カリステプス家の魔女・2
アスターがそれぞれの寝室に案内してくれる。私にあてがわれた部屋はアルとクレマチスの部屋に挟まれているのは、彼なりの気遣いだろう。
神殿から持ってきた部屋のベッドも相当ふかふかだけれど、これが貴族の家のベッドかというようなふかふかなベッドでさんざん転がり回っていたけど、なかなか眠れないのは、アスターの問題にどこまで口を出していいのか、考え過ぎて頭がショートしかかっているせいだろう。
家の問題どうにかしてこいなんて、迂闊なこと言えるの?
そもそも、アスターには相談すらされていないし、私は彼の人生に責任取れないっていうのに?
「……どうしよう、無責任なことは言えないけど、アスターに離脱されても困る」
既に私の知っているシナリオからは大きく逸脱しているのはわかっているけど、大筋こそは未だに世界浄化の旅のメインシナリオそのものなんだ。光の祭壇に着けば、声の人が真相をいろいろと教えてくれるらしいけど、そのためには全員で総力戦で挑まなかったら無理だ。今までもさんざん無茶やってきたけど、光の祭壇の試練は今までと桁が違うんだから、誰かひとり抜けても試練は達成できない。
なによりも。アスターにはさんざんお世話になっている自覚がある。彼は私が巫女のふりをしているって薄々わかっているにもかかわらず黙ってくれているし、私が勝手に落ち込んでいるのを励ましてくれているのに。
シナリオの達成条件のためだけじゃないんだよ、アスターにいなくなって欲しくないのは。彼がただ、本当に心配なんだ。
さんざん考えていたら、余計に目が冴えてくる。普段だったら疲れ果てて寝落ちてしまい、強制的に考えるのをストップしてしまうのに、それすらできない。思考はずっと袋小路で、進めない。
駄目だ。私はそう思うと、腹筋を使って起き上がった。ちょっと頭を冷やそう。そう思ってそろそろと中庭に出ることにした。
カリステプス家の庭からはちょうど月が見えている。世界浄化の旅に出て、いつも月を見上げていたと思うけれど、今日みたいに近く見えるのはなんでだろう。いつもはいつ穢れに襲撃されるかという緊張感があるけれど、今はその心配がないから、余計に月に親しみを覚えるんだろうか。
私がぼんやりと月を眺めていたら。
「リナリアちゃん?」
いつもよりもかすれた甘い色を帯びた声で名前を呼ばれて、私は肩をビクンと跳ねさせる。アスターだ。こちらもまだ眠れていなかったらしい。
「アスターもまだ寝付けなかったんですか?」
「まあそんなところ。でも俺よりもリナリアちゃんのほうが早く寝たほうがいいんじゃないの? 夜更かしはお肌の大敵よ?」
そう冗談めかして言われると、私も困ってしまうけど。月明かりの下、相変わらずのように髪を揺らめかしているアスターの横顔を盗み見る。家の事情が公になってしまってどう反応するんだろうと思ったけど、相変わらず顔に物事を出さない男だ。
でもなあ……私はどこまで踏み込んでいいのか悩んだ結果、口を開く。
「あなたのお義母様の話は……」
「あの人、無茶してるからなあ」
「え?」
どこまで線引きするか確認しようとする前に、アスターのほうから先に話を振ってきた。無茶しているっていうのは、ローダンセのことだろうか。アスターはこちらに振り返って、ふっと目を細めて笑う。
その笑い方は、仕方ない、しょうがない、そんな諦観の色を帯びていた。
「一応表立っては、あの人俺の義母で、シオンの母、父上の後妻で元愛人ってなってるけどなあ……ちょっと違うんだよな。すこーし昔話をしていい?」
その言葉に、私は押し黙る。もし選択肢が見えたのなら、間違いなく「いいえ」を選んでいると思う。だって私は、アスターに対して責任を取れないから。彼をカプリプス家の後継者から降ろすような真似をして、責任取らずに逃げるなんて真似は、とてもじゃないけどできない。
私の沈黙に、アスターは悪戯っぽく、「まあ、俺の独り言よ。リナリアちゃんはたまたまそれを聞いちゃっただけ」と前置いてから、勝手に話をはじめた。
「とある家で、同じ日に男児がふたり生まれた。年子なんて言われてるけどな。同じ日だった。でも母親が違うもんだから、双子という訳にもいかない。どっちが長男でどっちが次男かということで、大騒ぎになった。権力闘争や保身に走る人間の中には、どちらが後継者になるかというので、どちらに着いたほうがいいかと計算はじめる奴もいた。まあ、神殿のパトロンやれるくらいに金があって、騎士団にも物が言えて、王家とも話し合いができる程度の爵位となったら、皆が皆目を血走らせるって訳」
それに私はアスターの顔を凝視する。彼は茶目っ気たっぷりに話を続ける。
まるでそれは世間話のようで、他人事のようだけど、私はこのシナリオを知っている。
……私、これをこのまま聞き続けていいんだろうか。彼の人生を棒に振らせるようなことは、できないのに。
「そこでもうひとつ騒ぎが起こった。正妻が子供を置いて亡くなってしまったんだよ。子供を産むっていうのは一大事業だって本当に思うわ。昔は愛人に子供をつくらせて、正妻は子供を育てるって役割があったらしいけど、その辺りの風習はだいぶ廃れたし、今じゃその風習も異端扱いだしなあ。とある家は嫡男誕生の騒ぎと同時に、正妻の葬式のことでてんてこ舞いになった。でもそのとき、密かに動いた人間がいた。愛人だ」
「あの……この話は、私が聞いてしまっても、いいものでしょうか?」
私は思わずアスターに口を挟んでしまう。今だったら、彼の人生を棒に振らせなくて済むとそう思ったからだ。
それにアスターは目を細めて笑う。
「リナリアちゃんが誰を好きなのかは知ってるわ。もうバレバレだし」
「あ……あの、ではどうして……?」
「んー、これは俺の愚痴だし、別にあいつから寝取ろうとかそう思ってる訳じゃないのよ? まあ、ここは俺んちだし、やろうと思えばできるけど……って、逃げない逃げない。本当にしないから」
私が肩を抱き締めて後ずさったのに、アスターはからからと笑って手を振る。
「たださあ、リナリアちゃんってば自分もいっぱいいっぱいな癖に、あれこれ拾おうとしてるし、そんなんで光の祭壇のところに着いたら、どうなるかわかんないでしょ? それこそリナリアちゃん、誰かのためとか言って無茶なことしかねない。もう何度も何度もしてるしさあ。だからリナリアちゃんの本命にはなれないけど、重荷にはなれるかなあと思ったわけよ」
「重荷……ですか?」
「そっ、重荷。無茶なことしないように。そもそもリナリアちゃんが無茶なことして今にも一番死にそうな顔してるの、俺よりもぶっちゃけアルのほうだしねえ? そのことは忘れないように」
あれ……? もしかしなくってもこれって。応援されてるってことなの? 好感度二位とか、そんなん関係なく……?
私が目を瞬かせている間に、アスターは「話を戻すわ」と切り替える。
「どこまで話したっけ? ……そうそう、愛人の話だ。年子で、同じ日に生まれたら、普通に考えれば嫡男は自分の子供ではなく、正妻の子供だ。どうすれば自分の息子を嫡男にできるか必死で考えた末、自分の子供と愛人の子供を入れ替えることを選んだ。このまま正妻の座に転がり込めば、自分の子供が嫡男だと言い張ることもできるだろうと思ったけれど、それをよしとしなかったのは、愛人のプライドだろう」
私はアスターをじっと見た。赤い髪に、光の加減でラベンダー色が揺れる。シオンの髪も同じように赤く、ラベンダーの色が見え隠れする。ふたりともカリプステス公爵によく似た顔立ちで、母親の面影が見つからない。
もしまだ毛の生え揃っていない赤ん坊の頃に入れ替えられてしまったら、もう誰もわからない。
「あの人は自分の子供を正妻の子供と入れ替え、正妻の子供を愛人の子として溺愛し、実の子を正妻の子として何度も何度も刺客を差し向けてくるようになった。父上の声のおかげで外部に話が漏れることはないものの、父上は疲れ果てて、あの人をネモフィラの別荘に軟禁することに決め、どちらの息子も手元に置いて大切に育てはじめたという……そういう話」
アスターの吐き出した言葉に、私はなんとも言えずにうつむいてしまった。
彼が女遊びを繰り返しているのは、母親からまともな愛情を向けられていないせいだ。ローダンセは入れ替えた実の息子が家を継がない限りは、この奇行を繰り返すだろう。
もしアスタールートであったら、彼は母親の愛から逃れるため、自分の本当の立場を公開したうえで、シオンに継承権を引き渡して家を出る。でも。
彼自身も私が彼を選ばないことがわかっているのに、どうするつもりなの。私は恐る恐る口を開く。
「あなたは……どうしてこれを話そうと思ったんですか? 私の重荷になりたいと、本当にそれだけ?」
「そうねえ。リナリアちゃんにこのことを黙っていて欲しいんだわ」
「……ええ?」
思ってもいなかったことを告げられて、私は口を馬鹿みたいにポカン、と開いてしまって、思わず手で口元を抑え込んだ。リナリアはそんなことしない。
アスターは少しだけ髪をかき上げながら、したり顔で笑う。
「俺が愛人の子であり、シオンが本当の後継者だっていうことを。俺はこのまま家を継ぐ気でいるからさあ」
「あの、それはどういう意味で……?」
「本当だったら、理想の女の子が見つかったら、その子のために自分の正体を明かした末に継承権を捨てて綺麗な身の上になろうかと考えたこともあったけど。でもリナリアちゃん、多分後ろ盾がいたほうがいいと思うからさあ。だってさ、あからさまに神殿黒いでしょ? 世界浄化の旅があからさまにきな臭くなってきた以上は、リナリアちゃんに保険は何個あっても邪魔にはならないと思ったんだよねえ」
それに私は目をぱちぱちと何度も繰り返し瞬きをする。そりゃ願ってもないことではあるけど、アスターがそこまでしてくれる意味がわからない。
私は別に、アスターにそこまでしてもらえるようなことを言った覚えもやった記憶もない。
「あの……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「そうねえ……単純に、あのしかめっ面があそこまで必死に守ろうとする子と、必死で嘘を繰り返す子が唯一嘘をつかない相手っていうのが、これからどうなるのか見てたいと思っただけよ。あのしかめっ面の顔を崩せるの、君しかいないから、面白いと思ったんだよ」
……私の知らないところで、アルとアスターがしゃべっているなとは思っていたけど、そう思っていてくれたとは思いもしなかった。
ううん。アマリリスで出会ったこと。一年前に飛んで少しずつ変えていったことが、まさかこんな形で実を結ぶなんて思わなかった。
「ありがとう、ございます……」
私は頭を下げる。
アスターがすっと目を細めてなにか言いたげな顔をしたけれど、それは言葉にならなかった。代わりに彼が口にしたのは「まあ、いいってことよ。顔上げな、リナリアちゃん」という、いつも通りの彼の言葉だった。




