カリステプス家の魔女・1
アスタールートの当主継承権問題。
本当だったらアスタールートに入らない限りは浮上しない問題だ。
一年前の、そもそもアスターと顔を合わせたばかりのリナリアだったらどこまで口を出していいのかわからず、結局は「あなたは世界浄化の旅の仲間に選ばれるから、今の内に身辺整理をしておけ」という忠告以外できなかったけれど、どうにも一年で整理は追い付かなかったみたいで、継承権問題の話に今進みつつある。
本来のアスタールートだったら、彼は継承権を放棄するはずだけれど、今は既に私の知っているシナリオからだいぶ外れてしまっているせいで、予想がなかなか立てられない。
年子のアスターとシオンのどちらかがふさわしいかで揉めているのは、一年前に会った当主ではないし、アスターとシオンは互いのことをそこまで嫌い合っていない。
ただ、シオンを執拗に当主にしたがっている人がいるんだ。
ここがカリステプス家の別荘な上に、アルから絶対に離れるなとアスターから警告されている以上、いるとは思うんだけど。
私は気が重い中、ちらっとアルを見る。
アルはアスターとも普通にしゃべっているから、そこまで仲が悪くないみたいだけど、彼はアスターの話を知ってるんだろうか。
「……アルは、アスターと話をしていますか? その……家庭の話などは」
私がボソボソとアルに問いかけると、アルは少し考えたように眉を潜ませる。
「それは、理奈の言うところの未来予知で見た話か?」
「……はい」
「あれは俺を気遣ってか、自分の問題を話さない」
それに私は押し黙る。
アルは小さい頃からずっと神殿の支部にいたし、騎士の才能を見込まれて神殿騎士団に入った人だ。親代わりはいても、親はいない。
そんな人にアスターが身の上話をする訳なんかなかった。しまったなあ、と私が考えている間に、アルはもう一度私に話を振る。
「アスターの問題はそれか?」
「……彼を信じてあげてくださいね」
アルの問いに、私は肯定も否定もできず、それしか言えなかった。うう、一年前だって、お茶を濁してフラグを折るのに失敗してるのに。これで大丈夫なのかな。
シナリオ通りに進んでいる話と、進んでいない話がある以上、私の記憶頼りで全部ことが進むとは思えない。ここから先は、カリステプス家に着いてからだろうな。私はそう思いながら、先導するアスターの背中を眺めていた。
相変わらず捉えどころのない背中は、家の都合を微塵にも感じさせなかった。
****
辿り着いた先は、ただでさえネモフィラの別荘群は煌びやかなものばかりだというのに、その中でもひと際豪奢な建物だった。
カルミアは鼻白む。
「……ずいぶんといい家だな」
「言ってもいいのよ、世の中の悲惨さを無視した金持ちの道楽趣味だって」
カルミアの皮肉をあっさりと肯定したアスターは、さっさとカリステプス邸の敷地を通っていく。途中で明らかに遊び人の格好をした彼の足止めをした門番もいたけれど、彼が曲剣の紋章を見せたら顔を青褪めさせて通してくれた。身分すごい。
どこもここも派手な造りは、たしかにメイアンにあったカリステプス邸もそうだったけれど、どことなく違和感を覚えるのは、生粋のお金持ちだったらまずしないような、けばけばしい銅像や噴水があちこちに並んでいるせいだろう。
「ずいぶんと、まあ……」
スターチスが困ったように言葉を濁している中、アスターは頭の後ろで腕を組んで、軽い足取りをする。
「一応うちも公爵だし、金は持ってるとはいえど。笑えるほど成金趣味だろ? 俺もそう思うけど、そうでもしなかったら親父も抑えられなかったんだろうさ」
「抑えられなかったというのは、いったい……?」
「まあ、親父は今頃メイアンで騎士団の指揮を執ってメイアンの守護に当たってるだろうし。ここにはいないのは明らかだよな。ここに泊めてくれるのに挨拶するけど。特にアルとクレマチスは怒るかもしれねえけど、ああいう人だって、諦めてくれや。あと、リナリアちゃんからくれぐれも離れないように」
さっきも言った話を繰り返し言われて、クレマチスは困ったようにアルを見るが、アルも心当たりがないのか首を振っている。
私もあの人に会うんだよなあと、緊張しながら、彼の赤い髪についていったところで、応接間に辿り着いた。
「義母上、巫女様と旅の皆様をお連れしました」
応接間には、大きな肖像画がかけられている。その絵には赤毛の綺麗な女性が描かれている。黒いドレスは少々露出が多いものの、その赤毛の女性にはしっくりと来た。
そしてアスターが声をかけると、その肖像画の女性を年を取らせたような女性が振り返った。いや、若い頃の彼女が、この肖像画のモデルだったのだろう。
ぞっとするほど整った顔の赤毛の女性は、冷たい目でアスターを見た。
「神殿から連絡が入ったと思ったら……よくここに顔を出せましたね、アスター」
「義母上もご壮健でなによりです」
「……わが館は休憩場所ではありません。必要な荷は既に執事に預けていますから、さっさと荷を持って立ち去りなさい」
「いえ。巫女様も先程試練を終えたばかり。力を使い果たしてしまったら使命は全うできませんので。自分には必要ありませんが、なにとぞ巫女様に情けをかけてはくださいませんか」
よそよそしい言葉の応酬が続いているのに、ちらっとクレマチスを見ると、クレマチスはさすがにこのふたりの関係を察したらしい。
「あの方は、シオン様のお母様ということでよろしいでしょうか?」
「……そうですね」
アスターに冷たい言葉を並べる彼女は、ローダンセ・カリステプス。カリステプス公爵の後妻であり……カリステプス公爵の愛人だった人だ。
さんざんアスターがなだめすかして、気が済んだのか、ローダンセは冷たい眼差しでこちらを一瞥する。
「部屋を汚すことは許しません。あなたの部屋に連れて行きなさい。客としてのおもてなしはあなたでしなさい。間違ってもカリステプス家に恥じぬ行いをするように」
それだけ言い捨てて、彼女はさっさと自室へと引っ込んでしまった。
アスターは肩で「ふぅー……」と息を吐き出すと、こちらに振り返った。
「義母上、無茶苦茶だったろ? 悪い悪い、あそこまでご機嫌斜めなことは滅多にないんだけど」
「……支離滅裂だな、一応神殿に出資しているとは聞いていたが」
「出資しているのはあくまで父上で、義母上でも俺でもねえからなあ……」
神殿の人に対して、やたらめったらすり寄ってくる人が多かったから、あんな風に「私は神殿とは関係ありません」みたいに接する人がいるとは思わなかった。
アスターが与えられている部屋へ移動することになったけど、煌びやかな本邸から離れて少し。てっきり馬小屋みたいな離れにでも連れていかれるのかと思っていたら、むしろなんでこんな離れをひとりで使っているんだろうというようなくらいに、大きな家だった。具体的に言えば、前に泊めてもらったウィンターベリーのリモニウム家くらいある。
普通に石窯オーブンもあるし、水道も通っている。おまけに食材も貯蔵庫に普通にあるから、これならクレマチスが普通に料理すれば済むだろう。
私はクレマチスの料理を手伝いながら……そうはいってもせいぜい彼の指示のままに調味料を混ぜたりお皿を運んだり以外はさせてもらえなかったけれど……話をする。
手際よく料理をしながら、クレマチスは困惑したように言う。
「ぼくも王族以外の家庭環境というのはよくわかりませんが……愛人というものは普通に貴族にはいるものなんですか?」
「ああ、義母上の話? あの人も気の毒でなあ。父上が出征した先で死にかけて、どうせ死ぬなら最後にとあてがわれた出征先に来ていた治癒師が義母上だったのだと。そこで愛人扱いされたものの、義母上の献身で一命を取り留めたものだから、そのまま許嫁の元に、義母上と一緒に帰って一緒に暮らすというおかしなことになったと」
アスターは料理している私たちの近くで長椅子に座りながら、庭を眺めながら答える。
ネモフィラの街にはあちこちネモフィラの青い花が咲き乱れているのに、この庭には一輪も咲いていない。
アルはクレマチスの隣でイモの皮を剥きながら、怪訝な顔をする。
「それでお前とシオンが生まれたと?」
「年子なんだから、どっちが跡継ぎになってもいいけど、死んだ正妻の子供だから俺、と表向きはなっているわなあ。実際あの人は愛人から後妻になった訳だから、父上の匙加減じゃねえのと思う。まあ、あまりに煙たがって結局は義母はここの別荘に厄介払いされた訳だけれど」
ヒステリーで声を荒げて、訳のわからないことを出会う人出会う人に言われてしまったら、公爵にしてみれば困ってしまうから、離婚して追い出すような真似をしないだけ恩情ではあるけれど。
彼女からしてみれば、そもそも貴重な治癒師にも関わらずそのキャリアを捨てざるを得なかったのだから、自分の子供を世継ぎにする以外に復讐方法がなかったのかもしれない。公爵夫人なんて立場になって嬉しい人もいれば、治癒師というこの世界でも貴重な存在のまま頑張りたい人もいるだろうし、幸せは人それぞれだ。
そもそもアスターとシオンは親のせいで、微妙な関係の兄弟になってしまったんだから。
野菜とクリームをたっぷり入れてグラタンをつくると、それをオーブンに入れながら、クレマチスは困った顔でアスターを見る。
「この問題は、このまま持ち越しでも? その……」
「……俺が決める話でもないでしょ。これはうちの親の決めることだから」
シオンは自ら道を決めるために騎士団に入団したけれど、アスターの場合はそれもしていない。今のところはカリステプス家を継ぐ方向で話は進んでいるみたいだけれど。
私はどう口を挟めばいいのかわからず、なにも言えなかった。
彼のルートに話が進んでいる場合は、継承権放棄した上で、神殿の外を知らないリナリアと一緒に旅に出るエンドを迎えるはずだけれど。
私はこのルートに入っているとは思えないから、迂闊に責任取れないことは言えないんだよ。
でもなあ……。これ本当に責任取る気がない人間が好き勝手言っていい問題じゃないぞ。
なによりも、私はこのルートのことも、アスターの素行がよろしくない理由も、ローダンセの事情も知っているけど、知っているからと言って口にしていいことなのか? 無責任に?
……アスターからなにか言ってくれないことには、私もこれに関しては口を出せないけど、アスターは本当に口が固いのに言うのかって話なんだよなあ。
根回し……以外に方法なくないか。
アルとクレマチスは私から離れないだろうから、スターチスか、カルミアか……どっちのほうに話を聞いてあげるよう振るのが正しいのか、少し考えないといけない。
本当だったら光の祭壇に向かう前の最後の休暇だったはずなのに、休めないのはどういうことなのか。
乙女ゲームのヒロインに休みがないのは当たり前の話なんだけれど。リナリアみたいに私は、やっぱり上手くは立ち回れない。




