光の巡礼地ネモフィラ
翌朝。私たちは神官さんに朝食を振る舞われていた。さすが巡礼地が近いだけあって、ここは新鮮な食材が多い。デザートに生の果物が出てきたのは初めてだったし、祭壇で出されるものはいつも乾いたパンや芋のスープばかりだったけれど、今日はサラダもついていた。
私が一生懸命食べていると、神官さんが私たちのほうに尋ねてくる。
「そういえば皆さんはネモフィラには向かわないんですか?」
「えっと……」
私が振り返ると、アスターが答えてくれた。
「そこは光の祭壇の巡礼地だけど……まあ貴族の別荘地だよなあ……あそこがカサブランカの次くらいに寄付をもらってるから潤っている巡礼地だったと思うけど」
普段飄々としているアスターが珍しく渋い顔をしているのに、私は納得する。
アスターの実家……カリステプス家の別荘も、たしかネモフィラにあったはずだ。
私がアスターの様子にハラハラしている隣で、スターチスは「そうですねえ……」とクレマチスのほうに顔を向ける。
「本当ならば時の祭壇の近くには巡礼地はありませんし、最後の補給として向かいたいところではありますが。貴族が多いとなったら少々面倒臭いことになりますね」
「はい……どうしてもパトロンが多い関係で、神殿の人間としては貴族の頼みを無下にはできませんから」
そのふたりのやり取りに、私はぶるりと身を震わせた。
三日三晩、世界浄化の旅をします宣言で謎のパレードをさせられたことは覚えている。はっきり言って不毛だったし、さっさと旅に出たかった。
なによりも今回は、ようやく世界浄化の旅の真相とか、行方不明になったリナリアの目的とかが掴めそうなんだから。ここでいきなりパトロンの頼みだからと、貴族の道楽に付き合いたくはない。
それにカルミアは心底嘲った顔をした。
「本当に、ずいぶんと無駄なことをするな。この国の貴族は」
「そうねー。俺もそう思うー。でもリナリアちゃんみたいな可愛い巫女ちゃん呼んでパーティー開いたら、一種のステータスになるからそれをやりたい人は多いのよねー。でも補給どうすんだって話」
「……貴族に見つからないように、神殿支部に寄って見つからない内にさっさと出るというのでは駄目なのか?」
カルミアとアスターのやり取りを尻目に、アルが当然なことをクレマチスに聞く。クレマチスも困ったように眉を寄せる。
「それが一番妥当なんですが、あそこの神官も報告義務がありますので、あの都市の管理者に報告しないといけません。あとは……まあわかりますよね」
貴族面倒臭い! 巫女姫は客寄せパンダか!
頭を抱えそうになったら、アスターは「そこで提案だけど」と手を挙げる。
「うちの別荘だったら、多少は他の貴族を黙らせることも可能だと思うけど、どう?」
「カリステプス邸ですか? たしかに公爵家で騎士団の家系であったら、他の貴族も沈黙するでしょうが……」
……んん?
神官さんに、カリステプス邸に鳥を飛ばしてもらえるよう頼んでいるのを見ながら、私はデザートのブドウをちぎって食べる。
これって、アスタールートの彼の家庭問題に決着を付けるあれこれの流れのような……。
正直、私の記憶による攻略情報が既に役に立たないことはわかっているものの、アルに続いてアスターのルートまで混ぜられると、こちらの胃もきゅっと痛くなる。
いくら既にゲームのシナリオから外れているからといって、今の状態だと誰かが闇の祭壇で穢れを全て請け負わないといけないかもしれないって状態から脱却できていないんだ。好感度二位がラスボスになるかもしれないフラグが完全に折れていない以上、これ以上私の胃に負担をかけないで欲しい。
久しぶりの生の果物の甘さも、私の心を落ち着けるにはちょっと物足りなかった。
私がすっぱいブドウを食べているような顔をしているせいか、アルが話しかけてくれた。
「リナリア様、一応アスターの別荘に移動する方向になりましたが。これで補給は受けられると思います」
「はい……ありがとうございます」
「……疲れてらっしゃいますか? あの天の声のせいで?」
「……まだ、なにもわかっていないのに、先に進まなくていいのかと考え込んでしまっていました。でも補給がなければどうしようもありませんもんね。時の祭壇では、もう補給は受けられないんでしょう?」
「そう聞いています」
アルは少し立ち上がって、皆に「出発前に鍛錬に行く」と言い残して立ち上がったとき、すれ違いざまに私に囁いた。
「本当に、大丈夫か?」
そう囁かれ、私はくしゃりと笑った。今の私はきっと頼りない顔をしていると思う。
「わかんない」
頭を悩ませることが、多過ぎるんだ。
****
神官さんは「道中お気を付けて」と頭を下げてくれるのに、私たちも頭を下げてから出かけていく。
試練を突破した影響だろう。高山植物の壁が消えて新しい道ができていたけれど、そこには向かわずに、祭壇の脇の道を進んでいった。
風の祭壇の辺りは、普通の信心深い巡礼者たち用に石造りで道は舗装されていたけれど、この辺りの舗装は訳が違う。
今までがアスファルトを流し込んで舗装した道だとしたら、ここは徹底的にデザインの施されたレンガ造りの道だ。滑り過ぎないよう水はけがいいようと計算されたレンガでモザイクの模様が描かれていたり、ときおり見えるマンホールにはそれぞれデザインが施されていたりと、明らかに巡礼というよりも観光を意識しているのに、私は呆気に取られていた。
「……なんでここにマンホールがあるんですか? 必要あるんでしょうか……?」
世界浄化の旅で歩いている道に下水道が通っていたら、それはそれですごく嫌なんだけどな……。
私のつぶやきに、アスターは「やっぱり無駄だと思うよねえ?」と笑う。
「馬車で行き帰りするだけの巡礼なんて、既に観光と変わりゃしねえと思うんだけどなあ。変わり映えのしない巡礼という名の観光に飽き飽きしたどこぞの貴族が、見栄えがいいようにと提案したんだと。それで道は舗装されたし、ワンポイントでマンホールまで置いたと。雨でも降りゃ蹄が滑るとか思わなかったのかねえ」
「……巡礼の旅が、徒歩じゃなくって馬車なんですか」
それって、日本でいうところのお遍路参りでバスツアーをするようなものなのか。
私は呆気に取られていたら、スターチスはアスターの皮肉に付け加える。
「悪いことばかりじゃないとは思いますけどね。学者が祭壇の研究に向かうのに穢れの心配をしなくて済むようになりましたから。学者の皆が皆、象徴の力が身を守るのに適している訳でもありませんから」
「神殿としては、人が集まってくれたらそれだけで充分ありがたいんですが。信仰は後からでかまいませんから」
そうクレマチスが締めくくるのに、私はまじまじとマンホールを見降ろしてしまった。
神殿の権威は私が思っているよりもずっと高いけれど、信仰の深さは本当にピンからキリまでって感じ。
世界浄化の旅に出なかったらいけないくらいに穢れが発生しなかったら、案外信仰の薄さなんて気にならないのかもしれない。それこそ対岸の火事だったら、案外信仰のことについて思いを馳せることなんてないもんなあ。
まさかマンホールひとつでそんなこと考えることになるなんて思わなったけれど。
そう思いながら道を歩いていたら、だんだんと街が見えてきた。見えてきたんだけれど……。
「……うわあ」
ものすごく俗っぽい声が出たので、私は思わず両手で口を塞いだ。リナリアはそんなこと言わない。
メイアンも貴族街は一軒一軒の邸宅が豪奢だったけれど、どこもかしこもひしめき合っている感じがして落ち着かない印象があった。でもここは別荘地と言っていただけあって違う。
一軒一軒の敷地がものすごく広い。家がゴージャスなのはもちろんのこと、わざと見えるようにしている庭先は華やかなガーデニングが施されているのがわかる。
そして。名前のとおり、あちこちにネモフィラの花が咲いている。青い透き通った花が、庭先だろうが街路だろうが咲いているのには、思わず見入ってしまう。
なによりも驚いたのは、店が一軒も並んでないということ。宿だってない。
私がこの辺り一帯を落ち着かなく見て回っていると、クレマチスも髪を揺らしながら困ったように眉を下げる。
「この辺り一帯は純粋な巡礼者は神殿支部に泊まりますし、ここで家を持つのは至難だと思います。土地代が高いですから」
「あのう……店が一軒もないんですが、これでどうやって補給をすれば……」
「既に連絡は行き届いてますから、カリステプス邸に着いてから考えましょう。アスター様が案内してくださいますから」
それに私は思わず止まって、アスターを見た。
風の祭壇では渋い顔を見せていた彼も、いつもより皮肉めいた言動が多いものの、いつもの飄々とした態度に戻って先頭を歩いている。
ゆるゆると歩いていても、その足取りは確か。私は場違いじゃと思って躊躇してしまうところを、難なく歩いて見せるのは、ここを歩きなれているからだろう。
「まあ、最初に言っとくけど。あそこ着いてあれこれ言われるだろうけど。『はいはい』で受け流してくれていいから。特にリナリアちゃんは絡まれるかもしれないから、できればアルから離れねえでくれない?」
「……カリステプス邸は、俺たちの滞在をよしとしていないのか? お前の父は気持ちのいい人間に思えたが」
アルが淡々と尋ねるけれど、アスターはへらりと笑うだけだった。
ふたりのやり取りを聞きながら、「やっぱり」というのと「まずい」というのが同時に頭の中を責め立てていた。
これ、間違いなくアスターのルートでのみ出てくるはずの、カリステプス家の跡取り問題に巻き込まれるやつだ。年子のアスターとシオン、どちらがカリステプス家の当主にふさわしいかという話。
一年前にフラグが折れるか折れないかわからないとは思っていたけれど、こりゃフラグの折り方が甘かったみたいだ。
頭が痛い。私はそう思いながら、これから起こるだろうことを覚悟した。リナリアみたいに上手く立ち回れる自信がない。




