放蕩貴族と皇太子の協議
風の祭壇で試練を終えた俺たちは、そのままここの神官に部屋を借りて、めいめい休むことになった。
でも皆が皆、揃いも揃って暗い顔だ。これだから堅物共ばかり同じテリトリーに突っ込んじゃいかんのだ。想定外に弱過ぎて共倒れになりかねないのだから。
いつもいつも祭壇の上でなにやらしゃべってる訳のわからないのが言っていることを聞いて、俺は「はあ……」と頭を引っ掻く。
なにやらアルが深刻な顔をしていたり、スターチスとカルミアが夜中にひそひそ話し合いしてたり、リナリアちゃんがやたらめったら悩んでいると思ったら、まあ。
ガキンチョはというと、人生の半分は神殿で過ごしたせいか、教義の内容と違う世界浄化の条件に顔を青褪めさせてしまっていて、今はアルが慰めているところだ。
リナリアちゃんはというと、スターチスとなにやら話し込んでいるから、しばらくは部屋で休む気はないらしい。
まだ寝るには早いものの、こんなところじゃ巫女ちゃんもいなければ信者の女の子もいるわけがなく、ひとり寂しく寝るしかなさそうねと思っていたところで、カルミアと出会った。
「よう。お疲れさん」
「……貴様はあまり態度が変わらないんだな。この国の連中はもっと衝撃を受けると思っていたが」
「どうも。うちは神殿のパトロンやってるけど、そこまで信心深い訳じゃねえしなあ。まさか信仰対象そのものが腹芸やってるとは思わなかったけど」
「そうか」
どうもカルミアは口が堅いし嫌味な言動も多いが。柔軟な思考回路を持っているとは思う。うちの学者連中もアルも、頭がカッチンコッチンに固いからなあ。まあ教義に多かれ少なかれ染まっていたらそうなるもんかもしれねえが。
頭をガリガリしながら、空を見上げる。
あの怪鳥を倒したせいなのか、あれだけ吹き抜けていた風はなりを潜め、夜風もさわやかなもんだ。
「あの天の声? あれは本気で光の祭壇で物事教えてくれるかね?」
「わからん。教義を刷り込む方法というのは基本的に、必要最低限な知識の頒布と敵対教義の弾圧だ。あの天の声が、昔相当派手にやった神殿の信仰している神だとしたら、口八丁で人間を丸め込むのかもわからん」
「でもさあ……これって一番やばいのはリナリアちゃんじゃねえの?」
普通に考えて。
女の子にわざわざ従者を付けてまで、苦労させて祭壇を巡らせるというのがまずおかしい。ここは偉そうにふんぞり返っている神官長が「世界のために!」とか仰々しいこと言って回るもんじゃないのかね。
で、スターチスの質問のせいで、そもそも前提がおかしいということがわかった訳だ。
闇の祭壇まで行かなくってもいいんだったら、今までの旅はただの徒労だったのかって話だ。
カルミアは俺の言葉に、渋い顔をする。
「……巫女がどこまで把握していたのかは知らん。ただ、神殿の儀式で、巫女を闇の祭壇まで従者が連れていくというのは、本来ならば巫女が逃げ出さないようにするための処置だったはずだ。原初の儀式と形を変えてはいるとは思うが」
「おいおい……それってリナリアちゃん本気でわかってんのか?」
カルミアがここまで言えば、嫌でもわかる。
神殿での教義では、巫女姫が儀式を行うことによって穢れを祓うとしか教えられていないし、リナリアちゃんやアル、クレマチスの反応からして、それ以上のことは本当に聞いてないらしいが。
……本当は人柱になる予定は、リナリアちゃんなんじゃねえのか?
カルミアは首を振る。
「巫女がそこまで考えているとは思えない。ただどのみちあの天の声が唯一の情報源だ。口を割らないなら割らせるしかないだろう」
「まっ、そうなるよなあ」
「……あの女はいったい、どこまでわかってやっていた?」
そうカルミアがぽつんと言ったことは聞き流しておいた。あれはどうにも、よくわからん情報源があるらしい。
はあ……俺は実家の面倒くさいことを先送りにできたらそれでいいってだけだったのに。余計に面倒くさいことに首を突っ込んでいるような気がする。
さすがにここまで来たら逃げる気もねえが、どうにかならんのかね。




