風の祭壇の試練・2
「なんだって空飛ぶやつを試練の獣にするのかね。わざわざこんなことをするなんてたちが悪いっつうの」
アスターはぶちぶちと文句を言いながらも、ペンダントを弄って弓を射抜くモーションを取る。
大方火の矢か水の矢を放つのだろう。それにカルミアは同意するように頷く。
「……試練を突破させる気があるのかどうか、これではわからんな」
その言葉の重さに、私はちらっとスターチスを見る。おそらくは、スターチスはカルミアには世界浄化の旅の話をしたんだろうなと思う。
カルミアは大剣を振るうと、炎がぶわりと巻き上がる。その炎で怪鳥を嬲ろうとするけれど、怪鳥は奇声を上げて軽々と避けた。が。
その逃げた先目掛けてアルの剣圧が飛んだ。それに怪鳥は声を荒げる。
……上手い。アルとカルミアは本当に性格の相性が悪いらしくって、一対一でちっともしゃべらないけれど、戦闘では連携が取れつつある。
カルミアが炎を放つことで怪鳥の動きを狭め、それでアルが重力負荷を伴った剣圧を放つ。このことで、少しずつ、本当に少しずつ怪鳥の高度が下がってきている気がする。
怪鳥は威嚇するように羽ばたく。そのたびに風がすごい勢いで吹き付けて、私たちの詠唱や動きを阻む……シルフィードのときと同じ。風自体に殺傷能力はなくても、動きを止めてしまえば攻撃ができない。防御力はピカイチなんだ。
クレマチスの呪文が中断されてしまわないよう、どうにかスターチスの円障壁で堰き止めてはいるものの、どこまでそれが持つのかがわからない。
「一応牽制で怪鳥の動きに制限をかけられても、これじゃ致命傷は与えられない……」
アルが少しだけ悔しそうな顔をしているのに、私も頷く。やっぱり重力場の呪文が完成しないことには、怪鳥は弱ってくれないし、攻撃が当たらない。
それにアスターが「はーい」と手を上げた。
「俺にも四半刻ほど時間が欲しいでーす」
「……ええっと、アスターの呪文に、怪鳥をどうにかするものはありましたか?」
「地面に落ちてくれないことには怪鳥に致命傷が与えられないんだったら、怪鳥のとこまで辿り着ければ、そのままアルやカルミアだったらやれるよなあ?」
私がふたりのほうを見ると、アルは頷く。カルミアは鼻を鳴らしただけだったけれど、同意らしい。もう一度アスターのほうに振り返ると、アスターはニヤリと笑う。
「俺がお前らに道をつくってやるから、四半刻寄こせ。ガキンチョもそろそろ呪文が完成するだろうから、少しは時間が稼げるだろ」
ふたりに道をつくるって……それに重力場が完成したら、そのまま攻撃は当たるようになると思うんだけど?
アスターの意図がさっぱりとわからないまま、ふたりに「かまいませんか?」と確認する。
「……詠唱だけにいいところを持っていかれるのは性に合わない」
「それでリナリア様の試練が終わるのならば」
……やっぱり、性格的な相性はともかく、戦闘的な相性はばっちりみたいね。このふたり。
私はアスターに「お願いします」と頭を下げてから、ちらっとクレマチスのほうを見る。クレマチスは汗をかきながら、どうにか聖書を読み上げている……もうすぐ、呪文が完成する。
「全ての因果は地の上に。縛りなき世に浮力はなし──重力場!!」
途端に、地面が小刻みに震えた。
前のときは私たちがかけられる側で身体が重くって自分の身体じゃなくなったみたいだったけれど、今はそれが怪鳥にかけられている。
重力によって地面に引っ張られる怪鳥は……地鳴りを上げて地面に落ちた。
それと同時にアスターが呪文を唱えはじめる。
……アスターがなにを考えているのかわからないけれど、地面に落ちている間にさっさと怪鳥をどうにかしないと。
私が短剣を投げつけるよりも先に、アルが直接怪鳥に切りかかり、カルミアが火を大きな球にしてぶん投げている。それで焦げる匂いでもするんじゃないかと思ったけれど。
アルは「ちっ……」と舌打ちをする。
「あの羽毛……針金みたいです」
「ええ……?」
アルの言葉に私が戸惑っていたら、同じく火の球をぶん投げているカルミアが顔をしかめている。
「なるほど……道理で弱点が鉤爪なのかと思ったら、あの羽毛に刃が通らないからだとしたら納得だ」
たしかに。普通羽毛が燃えたら焦げ臭いにおいがするはずなのに、この怪鳥からするにおいは明らかに鉄が熱されたにおい。一応熱いみたいで文句を言うように奇声を上げてはいるものの、ちっとも苦しんでる様子は見えない。
でも、そうだとしたら鉤爪を狙うしかないんだけど。今は地面に重力場のせいでめり込んでしまっているから、弱点に攻撃が当てられない……って。
これ、完全に作戦が裏目に出ているパターンじゃない!?
どうしよう。でもここで怪鳥に逃げられてしまったら、また全然当たらない攻撃で苦戦するし。
私はちらっとクレマチスを見ると、クレマチスはペンダントを弄って呪文を発生させていた。
「閃光!!」
怪鳥は逃げられずに確実に呪文を被ってはいるものの、これがいつまで続くかはわからないし、弱点を狙えないのでダメージのほうも弱いみたい。
私が考え込んでいる間も、カルミアは黙って大剣を一閃させている。さっきまでさんざん炎を吐き出していたのに、今は氷。怪鳥を凍らせようとしているものの、怪鳥の嘶きが簡単に氷を割ってしまう……どうにも怪鳥の嘶きはあたりを振るわせてしまうから、拘束などは効かないらしい。
重力で縛られているから、今のところは空を飛べないけれど、この呪文の効力もいつまで続くかはわからない。
私は、どうしよう……。
今まで見てきた呪文を劣化再現はできても、完璧なまでにコピーすることはできない。だからといって、そもそも弱点が明確にわかっている敵を私の幻想の中に閉じ込めても意味はないし……。
アルはせめてもと大剣を振るって怪鳥の足の付け根を狙ってはいるものの、やっぱり固いみたいで、大剣の刃が入らない。彼の怪力でも入らないって、いったいどれだけ固いの。
私はせめてもの抵抗として、光を浮かべて目くらましをするものの、怪鳥が嘶いたら、すぐに光はシャボン玉のように割れて消えてしまう。
あぁん、どうしよう。私は必死に頭をこねくり回す。
思えばゴーレムは呪文を圧縮させて呪文詠唱時間抜きで、大量の詠唱を発動させていた。あの中で、なにか怪鳥に効くものを再現できないのかな?
重力場が効かない以上は、他の呪文が……。思い返すけれど、なかなかいいものが出てこない。そもそも私が呪文内容をしっかりと見ていなかったら再現はできないし、完全再現ができない以上はアレンジを加えないと駄目で。
うんうんと唸っている間に、怪鳥が身を震わせた。
……ちょっと待って、なに?
「クギャァァァァァァァァ……!!」
鼓膜が破れるんじゃないかというような奇声を上げながら、怪鳥はくちばしを大きく開く。くちばしの中には、光が満ちていく。
……まずい。これって。
「円障壁!!」
光の発動より先に、スターチスの詠唱が間に合った。薄い膜が皆に張り巡らされたのと同時に、怪鳥は口から熱光線を発生させてきたのだ。
……よく考えれば当たり前だった。いくら風の祭壇だからって、風の能力しか使わない獣が試練でいるわけがない。そもそもゴーレムだって古代兵器な上に、使ってくる呪文は大地に関連するものだけではなかった。
熱光線は祭壇を割り、そのせいで地面にのめり込んだ鉤爪は抜けて、再び怪鳥は空へと舞い上がった。そして今度は、大きく勢いを付けてこちらに襲い掛かってきた。
「きゃっ……!!」
鉤爪が私の身体を抉ろうとするのを、かろうじて大剣を具現化して受け止めるけれど、私に筋力はそこまでない。ガチガチと音を立てて、大剣を鉤爪が叩き割ろうとする。
「リナリア様……!」
アルが力任せに自身の大剣を振るうと、怪鳥は致命傷は追わずとも吹き飛ぶ。壁にのめり込んだそれに向かって、追撃とばかりに剣圧を飛ばすものの、それより先に怪鳥はつむじ風を巻き起こしながら高く飛んでいく。
本当……とんでもない。私はアルに「ありがとう、アル」とお礼を言ってからも、空を我が物のように飛ぶ怪鳥を見上げた。
攻撃が当たらない、致命傷を与えられない。それだけでこれだけ不安になるなんて。
アスターの詠唱はまだ終わらない……次はいったい、どうしたもんか。




