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円環のリナリア  作者: 石田空
禁断の象徴の力編

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魔法学者の面接

 皆が心配してくれて、シルフィードとなにがあったのかを聞かれたけれど、私はおぼつかないことしか答えられなかった。

 今まで、どれだけ守られていたのかがよくわかる。

 人を殺すのはアルがしてくれたし、穢れに取り込まれた獣を倒してくれたのはカルミアやアスターだ。試練の獣こそ私がとどめを刺さないといけなかったけれど、今までこうして誰かに手をかけたことはなかった。

 穢れに取り込まれた存在は、骨さえ残らず消えてしまう。この世界で妖精はどうカテゴライズされているのかはわからないけれど、初めて手にかけた相手が、彼女だった。

 ……助けたかった。

 それはシルフィードとクロッカスのことが憐れだったからだけではない。

 世界浄化の旅。誰かひとりが必ずラスボスになって殺される。そのロジックに気付いてしまったことが大きい。

 闇の祭壇で、誰かひとりが穢れを全部請け負ってしまうのだとしたら? 穢れに取り込まれた誰かを殺すことこそが、世界浄化の旅の真の目的だとしたら?

 それだったら、説明がついてしまう。

 祭壇に行くたびに神が現れて、私たちひとりひとりの力を強くしていく理由が。穢れに取り込まれてもガス人間みたいに形を保てなくならない頑丈な器に、その器を壊せるだけの人数に、力。

 リナリアは何度も何度も繰り返した結果、絶対に誰かひとりが死なないと成立しない世界浄化の旅に、嫌気が差したの? それが、自分だと駄目なんだと思いつめた結果なの?

 気分が悪くなり、私はふらふらしながら「ちょっとだけ休ませてください」と言ってから、自分の部屋へと戻っていった。

 アルがなにか言いたげだったけれど、今の私にはどうしても彼の話を聞く余裕はなかった。


****


 ベッドに転がり、今まで叩いていた大口について考え込む。

 人が死ぬのにも、妖精が死ぬのにも全然慣れていない。アルは慣れなくてもいいとは言ってくれるけれど、誰かが死ぬたびに落ち込んだり寝込んだり誰かに慰められるのが癖になってしまうのはよくない気がする。

 乙女ゲームの世界なんだから、誰かに頼ればいいじゃないっていうのは頭の片隅で思ってしまうけれど、どうしても首を振ってしまう。

 ただでさえ、私は自分の気持ちを自覚してしまっている。アルが好きだと気付いてしまっている。もし好感度が揺れてしまったら最悪の場合……。誰かがラスボスになってしまう。

 そう考えたら、怖くって誰かに頼ってしまうことができなかった。

 ぐちゃぐちゃ考えているせいか、眠気が全然訪れてはくれない。

 そのまま夜までスコンと眠れたらよかったのだけれど、部屋のドアがトントンと叩かれたことで、頑張って眠る気が失せてしまった。誰?

 思わず警戒したけれど「リナリアさん」の声で思わず拍子抜けしてしまった。

 その声はスターチスだ。


「少し薬草を持ってきたんですが、よろしいですか?」

「ええっと……前に買ったものですか?」

「薬草って言い方はよろしくないですね。ハーブティー淹れたんですが、よろしかったらどうですか?」


 思い出したのはアルメリアがいつも処方していた薬草だ。薬草というともっと苦くてまずいものを想像していたけれど、彼女の処方はいつもおいしかった。

 彼女に習ったものなら、多分スターチスの処方もそこまでまずいものじゃないんじゃないかな。

 私は「どうぞ」と言ってから部屋を開けた。

 スターチスはぷんとハーブの匂いを漂わせてやってきた。匂いは淡い花の香り。多分カモミールティーだ。


「すみません。女性の眠る時間に来て。妻ならまず間違いなく寝ている時間に女性の部屋に伺うなと怒るでしょうね」

「いえ。本当でしたら今からが活動時間ですものね。どうぞ」


 スターチスはひと言謝ってから入るのに私がぶんぶんと首を振って、彼を招き入れた。

 彼はアルメリアひと筋だから安心できる。

 彼に椅子を持ってきて座ってもらうと、淹れてもらったカモミールティーをありがたくいただく。

 さっきまで強張っていた体がほぐれていくような、不思議な感覚だ。


「おいしい……ありがとうございます、こんなにおいしいハーブティーを」

「いえ。妻の趣味に付き合っていたら覚えてしまっただけですよ。大丈夫ですか?」

「え?」

「シルフィードのことです。一応話は伺いましたが」


 スターチスに尋ねられて、私はカップの柄にきゅっと力を込めた。彼女はクロッカスと彼の故郷を守りたかった。だから穢れを引き受けたんだろうけれど。

 彼女の真実を知っていなくなってしまった巫女姫、殺されるのだけをただひたすら待っていたシルフィード。

 そのことをただ「可哀想」のひと言で済ませていいものかを私は測りかねていた。

 私が黙り込んでしまっている中、スターチスはゆったりと「すみません、別にリナリアさんを困らせたかったわけではありません」とひと言添えてから、口火を切った。


「リナリアさんは巫女姫がいなくなったことと、シルフィードのことを気にしているようですが。なにかあったのですか?」


 そう尋ねられて、私はますます迷ってしまう。

 スターチスは学者なだけあって、少しの情報量でもいくらでも推測で物事の本質を測ってしまう。言っていいものかと考えあぐねていて……ふと浮かんだ。

 スターチスは今でもウィンターベリーに置いてきたアルメリアのことを想っている。彼女の話は節々で語っているし、本人ものろけているつもりではないんだろうけれど。

 ゲーム本編の寡夫の彼にはまず言えないけれど、私の知っている彼は妻帯者だ。現に今もずっとアルメリアの話ばかりしていたし。

 彼だったら、どうあっても好感度を無視できるんじゃないか?

 だって、奥さんがいるんだから生きて帰らないといけないもの。間違っても私のせいで闇落ちした挙句、ラスボスになって自ら殺されるような真似はしないはずだ。

 そう腹を括ったら、あとはどう切り出すかだ。

 まさかこれが乙女ゲームで、ルートに入ってないキャラは死ぬんですなんてメタな発言をしても混乱してしまう。リナリアみたいに世界浄化の旅をずっと見ている人間がいるなんてわかっている訳じゃないんだから。

 私はまず軽いジョブとして口にしてみた。


「もしも……シルフィードみたいなことが起こったらどう思いますか?」

「シルフィードみたい、とは?」

「……彼女は、クロッカスと村を守るために、穢れを全て受け入れました。もし、もしです。世界浄化の旅が、世界の穢れを全て、誰かひとりが請け負った上で、殺すものだとしたら、どう思いますか?」


 花の柔らかい匂いが立ち上る中、沈黙が重い。スターチスは私の言葉を聞いてから、カップを手に考え込むようにして顎に手を当てている。

 やがて、ひと口だけハーブティーを飲んでから口を開いた。


「リナリアさんは、シルフィードと話をしました。彼女がそう伝えたのですか?」

「彼女がはっきりそう言った訳ではありません。ただ、彼女は自ら穢れを引き受けた旨は伺いました」

「なるほど……妖精は人間と違い、嘘はつきません。本当なのでしょうね」

「あの……もしそうなのだとしたら、この旅の続行は」

「このことは、誰かに伝えましたか?」


 スターチスの言葉に、私は軽く首を振る。

 ……こんなこと言える訳がない。特にアルとクレマチスは神殿の関係者だ。神殿がやらせようとしている世界浄化の旅の真相がこんなものだなんて、言えない。

 スターチスもまた考える素振りを見せてから「この件は」と口を開く。


「僕とリナリアさん。あとひとりでしたほうがよさそうですね」

「あの……あとひとりにこの話を伝える気ですか?」

「ええ。カルミアくんはそもそも神殿の信仰に染まっていません。彼にはこのことを話したほうがいいでしょうね」


 妥当な判断だ。私は震える声で「お願いします……」とだけ言った。

 でもスターチスはまだ考え込むようなそぶりを見せる。


「でも、これが本当だとすると、おかしいですね。シルフィードが真相を知ったときに、巫女姫は逃げたと思われますが。この辺りは聖書にも記述がないとクレマチスくんも言っていました。そのときの世界浄化の旅が終わってなければ、今頃世界は終わっているはずなんですが……あの時代に魔科学が発展していて世界浄化の手段があったとは考えにくいです」

「すぐに代行を立てて世界浄化の旅の儀式が行われたというのは?」

「世界浄化の旅を成し遂げるための旅の同行者は、神殿が選ぶはずです。戦力や巫女姫の能力も加味した上で。そう簡単に次が用意できるとは考えにくいのですが」


 それに私も考え込む。

 そういえば私が記憶喪失宣言したときも、巫女見習いはたくさんいたものの、肝心の巫女姫になりうる人はいないと騒ぎになっていたはずだ。

 だとしたら、あの行方不明になってしまった巫女姫は本当にどこに行ってしまったんだろう。

 とにかく。私がずっと不安に思っていたことを吐き出せる相手がいてくれてよかった。ハーブティーを飲み終えたあと、私は深く頭を下げた。


「本当にありがとうございます、スターチス」

「いえ、リナリアさんが思い悩んでいるのを見るのはこちらも不安になりますしね。でもリナリアさん。あなたも年頃なのですから、あまり無防備でいてはいけませんよ?」

「そう……でしょうか?」

「神殿にずっといたのですから、仕方がないかもしれませんが。俗世の男というものはすぐに肉欲に溺れますからね。僕は妻に操を立てていますが、世の中にはそういう人間だけでもないでしょうし」


 そう言って、スターチスはカップを下げて出ていった。

 私は思わず腕を抱き締めていた。

 ……スターチスのルートが完全閉鎖されていて、助かった。そうほっとしながら、さっきスターチスと話した内容を反芻する。

 リナリアは、本当に終わる気配のない誰も死なないルートが見つからないから逃げたんだろうか。あの巫女姫も、絶望したから逃げたんだろうか。

 でも……どうしても考え込むのは、リナリアがなにかやろうとしている、その「なにか」が見えないことだ。

 本当に全員生還することができないっていうんだったら、そのまま使命を放棄して逃げ出してしまえばよかっただけで、わざわざ私を代理に立てる必要なんてなかったんじゃ。いや、世界浄化の旅を決行しなきゃいけない理由があるんだけれど。

 でもそれだったらわざわざ私に助言したり、助けてくれたりする意味がわからない。

 まだなにか抜け落ちているんだろうか。

 あと思いつくのは……。

 カルミアも気にしていた、「神」の存在くらいだけれど。

 あの人が私たちに力を与えているのも、世界浄化の旅の完了のため……なはず。

 うーん……。まだなにかが足りない。

 さんざん頭を使ったら、ようやく眠気がやってきてくれた。きっとひとりで思い悩むんじゃなく、スターチスやカルミアにも相談できそうなので、気が少しだけ楽になったことが原因だと思う。

 安心して、夜まで眠りにつける。

 ……もうちょっとしたら、風の祭壇だものね。

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