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円環のリナリア  作者: 石田空
禁断の象徴の力編

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嘆きのシルフィード・3

 私はペンダントを弄る。一部はペンダントに呪文を溜め込んでいるから、呪文詠唱は減らせるし、何度も何度も倒れてお荷物になるわけにはいかない。

 また長い詠唱がはじまったので、途端にアルが険しい顔になったのがわかった。それに私は軽く首を振る。何度も同じことは繰り返さない。巨人族やゴーレムとの戦いと同じことはしない。

 シルフィードはこちらの詠唱を遮ろうと、手を広げて、こちらへと扇ぐ。その動きと同時に現れたつむじ風を、スターチスの障壁(バリア)がせき止めたけど、また同じことはこりごり。


「紡げ幻想、叶えよ創造、全ては瞳の浮かべる世界……幻想創造(イマジネーション)


 私は言葉を吐き出すと、だんだんと私の創り出した幻想が、辺りを侵食していくのがわかる。一対一で話をしたいから、どうしても皆を追い出してしまう。


「一対一で話をしてきます。どうか、待っていてください」

「リナリア様……!」

「アル、心配しないでください。すぐに、終わりますから」


 アルがまた悔し気に唇を噛むのに、私はどうにか笑顔を浮かべて小首を傾げた。そこまで心配しないで、すぐに終わらせて帰ってくるから。この人は考えすぎなんだ。私やリナリアが自分を大事にしないから、必死で私たちを守ろうとする。大丈夫、あなたのおかげで、私たちは充分に無茶ができるんだから。

 だんだん侵食が進み、とうとう私とシルフィードを残して、辺りはただの草原へと切り替わってしまった。

 風の祭壇付近とは違う景色に、シルフィードは少しだけ端正な顔を歪めてこちらを睨んだものの、私は首を振る。


「今は、私とあなただけです。話をしたくて、力を使いました」

──ここから出せ、話すことなど、なにもない


 意思疎通はできるんだ。でもそりゃそうか、騎士だったクロッカスと一緒に穢れ討伐をしていたと言っていたんだから、できるはずなんだ。私はそう納得して、一歩シルフィードに近づく。彼女はどうにか風を遣おうとするものの、風は出てこなかった。

 ここは、私が創り出した世界。私もこの世界の維持が精一杯で他のことができない替わりに、ここにいるシルフィードだって風の力は一切使えないはずだ。


「あなたと戦う気はありません。先程も申した通り、話をしたいだけです」

──くどい


 彼女も風が出ないことに気付いたみたいだけれど、それでも私の傍に寄ってくる。私は……今は武器だって具現化できないから、もし彼女にこのまま首のひとつでも絞められてしまったらアウトだ。

 それでも必死で足を踏ん張って、逃げないで彼女と対峙する。

 やがてぐるりと辺りを見回してから、冷たい目でシルフィードはこちらを見てきた。


──私に、何の用だ

「あなたに聞きたいのはふたつあります。あなたは穢れに取り込まれた風の妖精ってことでいいんですよね? 私には、あなたは自分の意思で動いているように見えるので、不思議に思っていました。どうしてですか?」

──穢れに取り込まれたら、理性が無くなる。人間であったら、簡単に理性を飛ばして獣のように動き回るだろう。肉の器が保てなくなり、形すらなくなるものもある。私はそこまで弱いものではない


 なるほど……私は前に会った護衛騎士やガス人間のことを思う。ガス人間になってしまった人たちも、研究のこと以外言っていなかった。護衛騎士の場合は、よくわからなかったけれど。あれはリナリアが関わっているとしか思えないから、想定から外しておく。

 だとしたら、好感度二位がラスボスになってしまうのは、穢れを請け負った結果じゃという想定も、これで説明がつく気がする。

 母親人魚も自分の意思でギリギリ理性を残していたけれど。でもシルフィードは理性を残しているはずなのに、私だと穢れを浄化できるような気がしない。どういうことなの?

 私はさんざん考えてから、もうひとつの質問を口にする。


「質問を変えます。あなたが出会ったという巫女姫。あの人はどうなってしまったんですか? あなたが殺したんですか? 世を儚んでいなくなってしまったんですか?」

──いつの巫女姫だ

「……クロッカスの話をした、巫女姫です」

──クロッカス……!


 初めて、彼女の硬い口調が崩れた。

 クロッカスの名前を出した途端に、シルフィードの青い目から、ほろりほろりと涙が転がり落ちてきた。


──あの人を愛していた、殺したかった、殺したくなかった、愛していた、憎んでいた、でもこのままだと殺してしまう、死んでしまう、そんなことはしたくない

「ちょっと……シルフィード?」


 彼女の口から出てきた言葉は、必死で聞き取らないと、濁流に飲み込まれそうだった。

 シルフィードの紡ぐ言葉は、愛の告白と呪詛の繰り返しだった。


──あの人を愛していた、でもあの人には既に決められた相手がいた、それでもいい、あの人のためにあの人の村を守ろう、だからあの人の村の穢れを全て受け入れた

  ──あの人を憎んでいた、あの人を奪おうとする女が憎かった、あんな村滅んでしまえばいい、今の私にはそれができる

   ──あの人を愛していた、生きていた欲しかった、あの人の守りたいものを共に守りたかった

    ──あの人を憎んでいた、あの人を愛するものが憎んでいた、あの人のものを全て壊してしまいたかった、死んでしまえ、壊れてしまえ、消えてしまえ

──こんなことを考える私は愛される訳がない、愛しているのに、愛しているのに

 ──ああ、憎い、死んでしまえ、壊れてしまえ、消えてしまえ

   ──こんな私を、どうか殺してください


 彼女の繰り返される言葉を聞いて、私はようやくどうして巫女姫がいなくなってしまったのかが理解できた。……彼女はきっと、誰かひとりを犠牲にしないといけないっていう世界浄化の旅のシステムに折れてしまったんだ。

 でも。世界はなくなっていない。そのときも世界浄化の旅は行われた……のよね?

 この部分だけが納得できなかったんだけれど、私はどうにかシルフィードに声をかけようとしたら、彼女の長くて細い手が、私の首に食い込んできた。


「ぐっ……ううっ……っっ!!」

──あの人のことは、忘れていたかった、きっと私のことを、あの人は憎んでいるから


 違う。もし憎んでいるんだったら、彼女のことを懺悔なんかしない。彼女と故郷の村を天秤にかけて、村を取ってしまった人だ、クロッカスは。

 首を絞められて、息ができなくなったせいで、私の緊張が少しだけ解かれ、つくっていた世界が崩れていく。

 世界はだんだん草原から、高原へと戻っていく。そしてシルフィードも風の力を取り戻していく。


──死ね、殺してやる……

「シ……ルフィ……」


 私は必死で手に力を込める。彼女の手を離そうとするのではなく、象徴の力の花を取り出すのに。私は必死で昨日教えてもらったクロッカスとシルフィードの話を反芻した。


「リナリア様……!!」


 戻ってきた私がシルフィードに首を絞められているものだから、慌てて皆が救出に来ようとするものの、彼女が怒ったように竜巻を引き起こし、全てを遠ざけてしまう。

 どうにか竜巻を突破しようとしているものの、誰も風をどうにかできていない。

 メリメリと土肌が砕けて吹き飛び、木が折れていく音を聞きながら、シルフィードが呪詛を吐く。


──消えてしまえ、まずは巫女姫。その次はお前たち。それから。それから……

「……そんな自分が、いやでいやでしょうがなかったんでしょう?」


 私は酸素が回らなくなるのを感じながら、最後の力を振り絞って手に花を咲かせた。

 それは私の記憶でもないし、シルフィードの記憶でもない。ただクレマチスから教えてもらった話を元に、私が想像しただけの話だ。


『愛していた、シルフィード』

──クロッカス!


 男性の声だって、私がそうじゃないかと思ったものをつくっただけだ。クロッカスは懺悔するくらいだから、きっとシルフィードのことが嫌いではなかった。

 好きな人と故郷を天秤にかけられた騎士がどう行動するのかは、わからないけれど。

 でも大多数のためにひとりを取りこぼしたことをずっと後悔しているからこその懺悔だと、そう思う。

 私の取り出した花……リナリアじゃない、彼女に合わせて紫のクロッカスの花だ。花言葉は、【愛の後悔】【切望】。

 彼女はそれを抱き締めると、そのまま泣き崩れてしまった。それはとてもじゃないけれど、穢れに取り込まれた妖精の姿とも、そもそも妖精とも思えない……人となんら変わりがなかった。

 ようやく息ができるようになった首を抑えていたら、シルフィードが私に訴えた。


──巫女姫。どうか

「シルフィード」

──私を、殺して……そのために私はいるのだから


 ……穢れに取り込まれたら、理性が消えてしまう。彼女がいったいどれだけ穢れに取り込まれたままひとりでいたのかはわからないけれど、彼女には理性があるのだからいいじゃないか。そう一瞬思うけれど。

 私だと彼女の穢れを浄化することができない。彼女が理性を飛ばした途端に、攻撃的になるということがもうわかっているし、私も実感してしまった。

 ここは巡礼者たちも訪れる場所。彼女はいなくならないといけない。

 ……それはただの言い訳だ。私が殺したくないから、言い訳して彼女を殺さないといけない理由を探しているけれど、でも。他に彼女が助かる方法が思いつかなかった。なによりも、彼女の決意まで穢してしまいたくはなかった。

 私は手に短剣を取り出すと、彼女に向ける。


「……ごめんなさい」


 涙が出てきた。

 私は、もうこれ以上犠牲が出ないようにってここに来たはずなのに、全然犠牲が減らない。

 考えが足りなかった? もっと他の方法があった? 何度考えても、そればかりだ。

 彼女の胸に短剣を突き立てると、シルフィードは痛みは一瞬。ただ嬉しそうに目を細める。


──ようやく、自由になれた


 ぱたりと倒れて、形を崩していくシルフィード。

 彼女の死に際が安らかだったことだけが、慰めだった。

 あれだけ荒れ狂っていた風がピタリと止み、皆がようやくこちらに走ってきたときには、もう崩れたシルフィードは、どこにもいなくなっていた。ただ、彼女の胸に突き刺した短剣だけが残っていたけれど、私の具現化が解けてしまったら、それすらも消えてなくなったのだ。

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