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円環のリナリア  作者: 石田空
禁断の象徴の力編

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巡礼の旅人

 町長さんにお世話になったことを挨拶に出かけたら、すぐに歓迎されてしまった。


「巫女様! 本当にご無事でよかったです! このまま世界浄化の旅が終わってしまうとなったら、世界はどうなるのかと本当にそればかり……! ほら、巫女様や旅の皆さんに食事の用意を!」


 町長さんの声で、メイドさんたちは慌てて台所まで走っていってしまった。私はそれでおろおろしていたけれど、アルは短く教えてくれる。


「巫女姫が倒れたらそれくらい損失だということです。どうぞ信者の心に負担をかけませんよう」


 言葉こそ丁寧だったけれど、力の使い過ぎ、三日も寝過ぎと諫められているんだろうと、私は「ごめんなさい」と肩を竦める。

 メイドさんは「お待たせいたしました! 巫女様食事をどうぞ!」と言って食堂に出してくれた。

 食堂に行って私に出してくれたのは、白いとろんとしたものだった。これってなんだろうと思ったら、匂いはミルクのもの。ミルク粥のようだった。


「巫女様は三日間なにも食べてらっしゃいませんから、少しずつ体を慣らさなければいけませんから」

「……いただきます」


 ひと口スプーンですくってみると、優しい味がする。どうやってつくっているのかはわからないけれど、体にすっと染みる味。それを夢中で食べていると、スターチスは「食べながらでいいですから聞いてください」と話を振ってくれた。


「まずはひとつ。リナリアさんが三日間眠っていましたので、体力が落ちていますから、リナリアさんの体が快調に戻るまではアネモネに滞在します」

「……申し訳ありません。旅を止めてしまって」

「あ、気にしないでください。リナリア様。どっちみち、ぼくたちもどこかの町に入らなかったら、備蓄もいただけませんでしたから」


 慌ててクレマチスがフォローを入れてくれるのが、我ながら情けない。思わずしゅんとしつつ、スプーンを動かしていたら、スターチスは「続けますね」と話を戻す。


「ひとつは、風の祭壇の攻略ですが。ここはあまり穢れのほうは心配ないんですが……」

「穢れの心配がないというのは?」

「ここは巡礼地のため、神殿側が最低限の神殿騎士を派遣しているからです」


 なるほど。巡礼地として各地が潤っているんだから、それのために神殿も人を派遣しているというわけか。

 でも、おかしいな……。私は首を捻る。

 ゲームでだったら、補給できる場所だからっていうので、巡礼地という名の町があることにとやかくは言わないけれど。世界浄化の旅を行っている以上、試練はどんどんきつくつらくなっていく感覚があるのに、こんなに平和でいいのかと思ってしまうのだ。

 巨人族と戦うのだって、ゴーレムと戦うのだって大変だったし、実際私たちも削られまくった挙句に三日間も眠り続けたんだ。どうしてこんなイージーモードなんだとついつい思ってしまうんだ。

 でもそれはあっさりとアルが口を開いた。


「……こちらから先は、世界浄化の旅を反対している人間が、巡礼者の中に混ざる恐れがあるからです。寝首をかかれないよう、今まで以上に用心して旅を続けないといけません」

「それって……どういうことなんでしょうか?」


 私の疑問には、今度はカルミアが答えてくれる。


「俺の祖国みたいな考えの人間も、こちらの国にだって少なからずいるということだ。魔科学を研究したい学者、神殿に理不尽に虐げられた者たち、妖精も人魚に連なる者たちだって、神殿の教義に対して思うことはあるだろう」

「あ……」


 カルミアはそもそも世界浄化の旅に反対気味のまま、今に至るんだから、その言葉には重みがある。カルミアが旅に同行してくれているのは、彼なりに目的があるから着いてきてくれているだけだ。

 既に神殿があちこちで恨みを買いまくっているというのは嫌というほど思い知っていた。でも今のところ、考えを反するカルミア以外の人間とは直接敵対はしていなかったけれど……今度は人間も敵に回るのかもしれないというと気が重い。

 私は最後のミルク粥をすくって口にすると、アスターはゆったりと笑って頬杖をついた。


「まっ、大丈夫なんじゃねえの? リナリアちゃんだったらなんとかできるでしょうよ」

「そう……でしょうか?」

「そうそう。自分の気持ちを伝えればいいんだからさ」


 そんな簡単なものではないと思うけれど……。

 カルミアの場合は、そもそも旅の妨害をしたかったのは自国のためだった。だからフルール国の困っている人たちの声を聞かせて止めることができたけれど……そもそも神殿に恨みを持っている人たちが、同じことをして止められるとは思えなかった。

 私が悩んでいても、アスターはさも平然と言う。


「俺はリナリアちゃんが宗教関係なく、相手のことを思いやれるところ、結構美徳だと思うけどなあ?」


 それに思わず目をパチパチとさせられた。

 神殿の力が強い中、神殿の教えは絶対だと刷り込まれている人は多いし、だからこそ祭壇をつくるために異種族と揉めることだって、信じてない人たちを迫害だってできるわけだ。

 それが国教にも関わらず、それ以外を考えられる王族出身者は、貴重なのかもしれない……もっとも、アスターは私がなんなのかを未だに知らないはずだけれど。

 難しく考える必要はないのかな。

 そう思いながら、私は三日ぶりの食事を終えた。


****


 食事を終えたところで、アルとふたりで町長さんの庭を借りて鍛錬をはじめることにした。

 アスターはカルミアと一緒に備蓄の買い出し、クレマチスは神殿の支部のほうに出かけて旅の進捗の報告に出かけている。スターチスは町の様子を見に行った。こちらは情報収集とかよりも、風車を回しているこの町の文化について興味が湧いただけだと思う。

 三日ぶりに起きたせいで、たしかに筋肉はたるんでいるし、柔軟体操をしてから、短剣の使い方を再びアルに教わっていた。

 アルが持ってきている的を庭の木にかけさせてもらって、それで私は短剣を具現化して、それを投げる。……短剣を出すくらいだったら、象徴の力を使ってもそこまで疲れないみたい。


「重心がずれてる。このまま投げたら、手元が狂う」

「はいっ」

「手だけで投げるな。隙が大きくなりすぎる、手首を使え」

「はいっ」


 筋肉が緩んでいるせいで、久々の鍛錬はさんざんなものだ。

 私が短剣を投げるフォームを、アルに何度も何度も直してもらいながら、ふと思ったことを聞いてみる。


「ねえ、アル」

「なんだ?」

「風の祭壇では、本当に穢れに取り込まれた獣や、人とは戦わなくて済むんだよね?」

「……おそらくは。穢れに取り込まれる前に、神殿騎士が祓っているだろうからな。今だったら、理奈も完全に取り込まれる前の者だったら祓えるだろう」

「うん……そうなんだけれど」


 あの母親人魚みたいに穢れに取り込まれている人には、このところは出会わなくて済んだ。

 でも……次からは穢れに取り込まれていない、でも殺す気のある人たちに襲われるかもしれないと思うと、心苦しかった。それは強盗みたいに傍若無人なものではない。明確な殺意を向けられたことがないから、余計に気が重くなっていた。

 アルは「それはしなくていい」とは言っていたけれど。もしそういう人に遭遇したとき、私は平常心を保てるのかどうかというと、自信がない。

 私が押し黙ってしまったのに、アルが溜息をついた。


「また余計なことを考えているな」

「か、考えちゃ悪い? だって、人の命がかかっているんだよ? 私を殺しに来るかもしれない人だからって、殺していい道理はないじゃない。できるんだったら殺したくないのは本当……でも。反射的に力を使ってしまったら、どうなるかわからないもの。私はそれが怖い。……私は、リナリアみたいに割り切れないよ」


 彼女は敵対した人に対して、あくまで覚悟を示すように促していたように思うけれど。同じことが私にできるかどうかは自信がなかった。

 殺さないのがベストだけれど。パニックを起こしてしまったら殺してしまうかもしれないし、なにもできないで殺されてしまうかもしれない。どちらも最悪だ。

 私がうな垂れると、ますますアルは呆れたような顔をして、私の肩を叩いた。


「お前は充分やっている。それこそ、平和な世界に来たのに頑張り過ぎなくらいだ」

「そんなこと……そりゃ、力は強くなったかもしれないけれど、それだけだから」

「力が強いと、必ず誰かを殺さないといけないのか? 仕事ではなく、使命ではなく、自己防衛で?」


 そう尋ねられて、私は言葉を詰まらせる。

 いつかも、アルとそんなやり取りをしたような気がする。私がまた黙ってしまったのに、アルは言葉を重ねる。


「できないことはしなくていい。俺はずっとそう言っているはずだ」

「……そうかもしれないけれど、でも」

「お前が全部できるようになったら俺はどうなる? 俺の仕事は巫女姫の護衛だ。俺の仕事がなくなる。俺の仕事を奪うな」


 そうアルが軽い口調で言うので、私は思わず目をパチパチさせて、彼の青い目を見てしまった。

 彼の目は優しい。笑っているわけではないし、リナリアみたいに距離感が近いわけでもないのに、それでも私には優しく思える。……また勘違いしそうになるのに、私はそっと彼から視線を逸らした。


「……ありがとう。でも、私は迷ったままでいたい。これも、前に言ったと思う」

「そうだな。「忘れたくない」だったか」


 ウィンターベリーのことも、メイアンのことも。

 人魚のことも、妖精のことも、巨人族のことも。全部ハッピーエンドには程遠い回答しか示せていない。それでも、そのことは忘れたくなんかなかった。忘れて「次、次!」と行ってしまったほうが楽になれることはわかっているけれど、それはあまりにも無責任過ぎると思うから。

 アルには、メイアンでそのことを伝えている。


「うん……潰されたくないけれど、疲れるかもしれないし、そんなことになったら泣くかもしれないけれど……その人たちがなにを思ってこちらに来たのか、覚えておきたい」


 私がそう素直に伝えたら、アルはそっと溜息をついた。


「無茶だけはするな」

「しないよ、しない」


 彼の優しさに甘えそうになる自分は、本当に弱い。

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