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円環のリナリア  作者: 石田空
神託の旅編

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騎士たちの夜会

 火の粉が飛び交う組み木の下で、輪になって踊るのは牧歌的なダンスだ。

 ここでは社交辞令もおべんちゃらも必要ないので、ずいぶんと肩の力を抜いた気楽な祭りとなっている。

 リボンの花で一緒になったレディーは、一曲終わったら「ありがとうございます!」と言って広場を後にした。

 見合いが嫌で形だけでも参加した証拠が欲しかったんだなと、俺は手を振って見送っておいた。名前を聞いておいてもよかったけれど、これは一夜の夢としておくべきだろう。なあんにもしちゃいないが。

 それじゃ、他はどうかねと思って眺めていた。

 カルミアはまあ……端からリボンを断っていたらしく、踊る気配もない。怖い顔で辺りをぐるっと見ているから、普通に自警団の代理のつもりらしい。ご苦労なことで。

 リナリアちゃんは……あらま、不愛想なアルと踊っていた。ふたりともしっかりと同じ青いリボンが胸で躍っている。巫女様と護衛の騎士が一緒に踊っているせいか、周りには幸運にあやかろうとカップルが群がっているのが見える。

 多分今晩の火祭りで、カップル成立率はいつもよりも跳ね上がるんじゃないかねと思いながら、俺は屋台でラム酒をもらってチビチビと飲んでいたところで。

 リナリアちゃんの表情が強張っているのが目に入った。

 あの子は、普段はどうにも取り繕った態度を取っていることが多い。それが巫女としての使命なのか、あの子の本性の問題なのかは知らないし、必死で黙っているのの口を割るとただでさえリナリアちゃん以外は野郎ばかりの旅だ。あの子に嫌われたら日照りになりそうなので聞いてないが、どうにもあの子はアルに対しては取り繕っている表情をあまり見せない。

 そのまま彼女が走って広場を後にしてしまい、それを見兼ねたカルミアが彼女の背中を追っていったのに、俺はラム酒を飲みながら頬杖を突いた。

 こりゃ、カルミアのほうが正解だな。夜に女の子をひとりで広場からほっぽり出したら危ない。

 アルは険しい顔のまま、こちらに来たので声をかけておいた。


「よっ、リナリアちゃんにフラれたか」

「……そんなのではない」


 途端に顔をしかめられたのに、俺は笑う。

 わっかりやすいなあ。リナリアちゃんもだが、この不愛想な神殿騎士が珍しく表情を表に出すのも、あの子が関わったときだけだ。

 俺が屋台に「ラム酒追加ー、こちらの兄さんに」と声をかけると、屋台の奥さんは「あらまあ、アル。フラれちゃったの」と言いながらラム酒をこちらに置いてくれた。

 途端にアルはぶすくれた顔をしながら「そんなんじゃない」と同じ言葉を繰り返して、ラム酒に口を付けた。

 次の曲がはじまり、カップルたちはそれぞれ踊り出す。さっきよりもしっとりとした曲調で、弦を弾く音は切なく響く。

 その曲を野郎とふたりで聞くには情緒が足りないが、こいつとふたりっきりで話をするのも今後あるかどうかわからないから、まあいっかと口を開く。


「で、野郎ふたりな訳で、少しは腹割って話をしてみようかと思うんですが、どうよ?」


 話を振ってみたら、案の定顔をしかめられた。本当に堅物だねえ。いや、神殿関係者がどいつもこいつも堅物だってえのは知っちゃいるが。

 俺は喉を鳴らしてラム酒を飲んだあと、カウンターにカップを置いた。


「正直な話、リナリアちゃんのことどう思ってるのよ。君ら、ずいぶんと距離が近いように思うんだけど? あのちびも神殿関係者なはずなのに、あのちびよりも距離が近いのって、ぶっちゃけどうなの?」


 今頃は神殿のほうでスターチスと次の祭壇攻略の話をしているであろうクレマチスの話もさらっと振ってみると、アルは目を細めてこちらをじろっと睨んできた。

 酒が入っても、その眼光が鈍っていないのに、おお怖いと大袈裟に肩をすくませてみせると、ボソボソとした調子で、口を開いた。


「……リナリア様を、そんな下世話な目で見たことはない」

「ほうほう。距離間があれだけ近くっても?」

「彼女は死んではいけない存在だ。護衛対象と護衛が遠ざかってどうする」

「ふうん……」


 どこまでもどこまでも真面目な話だ。

 でも、一応は聞いておこうとは思っていた。

 うちの旅の道連れは、はっきし言ってスターチス以外は全員独身だ。

 リナリアちゃんだって本来は巫女だが、還俗でもなんでもさせてしまえば一般人だ。そもそもが冷戦国の皇族であるカルミアを除いてしまえば、誰だって声をかけられるポジションにいるんだと、この男は本当にわかっているんだろうか。

 野郎だらけな中で紅一点っていうのは、身持ちがよっぽど固い人間でない限りは火種になりかねない。

 だから火種はないかどうかと確認しておきたかったんだがねえ。口が固いのはリナリアちゃんもだがアルも相当だ。


「じゃあ、俺がリナリアちゃんを狙ってもいいわけ?」


 そう言って俺がニヤリと笑ってみせる。するとあからさまにアルは目を釣り上げた。

 警戒しているときの、全身で神経を研ぎ澄ませているときのそれではなく、敵を見つけたときのプレッシャーを出しているもんだから、俺は思わず口から笑い声がこぼれていた。

 相当じゃねえか。これで無自覚だったら、逆に面白い。


「……だから、リナリア様をそのような下世話な目で見るな」

「あぁらら、わかんないでしょうよ。野郎ばっかの中で、女の子がひとりよ? その中でどうのこうのってなったとしても、そりゃわかんないでしょうよ。で、仮にリナリアちゃんが誰かひとりを選んだ場合、お前はそれを止める権利なんてあるわけ?」


 途端に押し黙ってしまった。

 さすがにいじめ過ぎたか。いやいや、神殿関係者が堅物の集まりなだけで、こんな話どこにでも転がっているよくある話でしょうが。

 俺はアルにそっと声をかけておいた。


「まっ、冗談だけどな。ただ、リナリアちゃん可愛過ぎて暴走だけはすんなよ……巻き込まれるのはごめんだからな」


 軽口に本音を織り交ぜて、そこで話は終わった。いや、俺が一方的に話しただけだけれどな。

 ただまあ。

 取り繕っている子が取り繕っているのを取っ払わせられるのも、不愛想な人間が必死で走れるのも、利権が関わらなかったら理由なんてひとつじゃないのかねと思うんだ。

 利権にまみれた場所に篭もっていたら、そんなものは滅多に見られない。その綺麗なものを遠巻きに眺めていたいのは悪いことなのかね。

 ……もっとも、巻き込まれて火の粉が飛んでくるのは、ごめんこうむるが。

 しばらくして、曲は終わった。そろそろお開きなんだろうか。

 辺りを見たところ、火事場泥棒っていうのは見当たらなかった。どうも今晩は自警団が仕事をしなくてもよかったようだ。

 俺たちもそろそろ宿に戻るかねと、神殿まで戻ろうとしたとき、「おい」とアルが声をかけてきた。……こいつ、話し方が無茶苦茶じゃねえか。


「なによ」

「……誰かに惚れたら誰かが死ぬと言われた場合、どう返せばいい?」

「はあ?」


 唐突になんの脈絡もないことを聞かれて、俺は思わず目を丸くさせてしまった。

 冗談、にしてはこの堅物がそんなことを言えるようにも思えない。堅物しかいない連れの中で、そんなもんを言えるのは俺くらいだろうが。

 このまま茶化してやろうかとも思ったが、それをしたらこの物騒な騎士様は短刀でもこちらに向けかねない。どうしたもんかと考えてから、俺は口を開いた。


「具体的じゃねえな。誰かに惚れたら誰かが死ぬって、どういう状況よ」

「知らん」

「知らんって……そうな、死ぬって言われて面白いと思う人間はいねえだろ。でも、死ぬから、で惚れた腫れたって止まるもんなわけ? 不可抗力だろうが。だったら死ぬのを止める方法を探るべきだろ」


 途端にアルは押し黙りやがった。

 ……この野郎、本当に腹割りやがらねえな。俺はいらっとして「で、俺もう神殿に帰っていい?」と聞いたところ、意外なことを言ってきた。


「……すまなかったな。ありがとう」

「……お前に礼を言われると気持ち悪いですけど」

「うるさいな、放っておけ」


 そう言いながら、アルと並んで神殿まで帰っていった。

 どうにも、この堅物は朴念仁ではあるし、圧倒的に言葉は足りていないが。礼のひとつは言える人間ではあったらしい。


 ここの連中は、どうにもこうにも種類が違うだけで、堅物の集まりだが。

 意外と居心地がいいと思えるのは、黙っていることは多くても嘘をつく人間がいないかららしい。

 火の粉が飛ぶのかはわからないが、飛んで来たら消す努力は、してみてもいいのかもしれない。

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