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円環のリナリア  作者: 石田空
神託の旅編

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農村ペルスィの火祭り・4

 組み木は赤々と燃え、火花を散らして辺りを照らしている。

 その周りを踊っているのは、同じリボンの花を胸に付けた男女。意中の相手が既にいた人は、どうにかリボンの花を交換してくれる人を探しているみたいだし、たまたま一緒になった人はアスターとさっきの女性みたいに気楽に踊っているみたいだ。

 私はアルに教えられるがままに、手を取られて踊っていた。

 弦楽器の陽気で意外とアップテンポな踊りは、教えられてもなかなか上手く踊ることができず、私は何度も何度もアルの足を踏みつけては「ごめんなさい!」と悲鳴を上げる羽目になった。アルはときおり顔をしかめつつも、「別にいい」とだけ返してくれた。

 巫女と神殿騎士が一緒に踊っているせいか、村の年長の人たちも踊りを見に来るのが気恥ずかしい。本当に下手くそな踊りを皆に見せないといけないのが。


「あのね、アル。やっぱり私、踊らないほうがいいんじゃないかな……!」

「別にいいだろ。巫女が楽し気に踊っているっていうのを見せれば」

「そうかもしれないけど……あ、ごめんっ!」


 またギューッと彼の足を踏んづけてしまい、慌てて足をどける。アルはまたも顔をしかめたものの、「別に」とだけ言う。


「お前の世界では、踊りは習わなかったのか?」

「学校の授業……ええっと、学問所の勉強のひとつとしては習うけれど、一年に一度しか踊らないから、いちいち覚えてられない」

「そういうものなのか」


 アルが少しだけ感心したように話をしてくれるのにほっとしつつ、最後にくるっと回って終わった。

 弦楽器を弾いていた人や、見物に回っていた人たちが一斉に拍手をする中、踊っていた人たちがきらきらと笑って、ときには踊りの相方を抱き締めたりしていた。

 踊り終えてから、私はほっとする。

 てっきり知らない内にアルとのフラグでも立てたんじゃないかと思ってひやひやしていたけれど、単純にアルはペルスィのお祭りを盛り上げるために、巫女が踊ったほうがいいと思っただけみたい。

 私はそう思ってようやくアルの手を解こうとしたとき。

 指を強く絡められた。そうされると、露骨に手の大きさの違いがわかり、私は思わず固まってアルの目を見た。

 乙女ゲームでだったら、好感度がメニューでわかるけれど、当然ここでそんなもので好感度をチェックなんてできるわけがない。コバルトブルーのその目が、なにを考えているのかわからなくなって……怖くなった。


「……やめて」

「理奈?」

「……誰かと、フラグが立ったら駄目だから」

「ふらぐ?」

「……リナリアが、誰かを好きになったら……必ず誰かが、死ぬから……!!」


 私は必死で喉からそのひと言を絞り出すと、そのまま必死で手を解いて、そのまま神殿支部まで走り出していた。

 リナリアの演技をしている暇もなく、ただ逃げないとと必死で、走っていた。


****


 俺が巫女の旅の道連れだとわかると、この村の者は親切にラム酒と揚げパンを差し出してくれた。俺はそれをありがたくいただく。

 赤毛の騎士は同じリボンの女と一緒に踊りはじめ、巫女は青毛の騎士と一緒に踊りはじめた。巫女のリボンの花の色は違ったように思っていたが、どうも村人にリボンの交換を頼まれたらしい。なるほど、意中の相手と踊るために、裏で交換なども行われるのか。

 俺は神殿で配られていたリボンを受け取らなかった。明日はこの村を出る上に、元々ここに出向いたのは自警団の代わりだ。農具の代わりに棍棒を持って、民草同士で戦うというのも味気がないものだから、今晩くらいはそれを替わりたかった……それだけだが。

 巫女が顔を歪めて、騎士にひと言ふた言かけると走り去るのを眺める。騎士はというと、ずいぶんと腑抜けた顔をして、その後ろ姿を見送っていた。

 ……愚鈍だな、巫女をわざわざ神殿まで送り届けないとは。俺は黙って火を離れると、そのまま彼女が走り去っていく場所を歩いて行った。

 今は村全体が広場のほうに集まっているせいで、民家のほとんどには灯りがついていない。この中で灯りも持たずに神殿に帰るとは、まあ。

 俺が黙って短刀を差し出し、そこに火を纏わせて歩いていたら、やはり目が効かずに辺りをさまよっていた巫女を発見した。


「どうした。急に逃げ出して」

「……っ」


 息を詰めたような顔をして、巫女は振り返る。頬に涙を転がして、少し伏目がちにしながら、顔を上げる。


「騎士に邪なことでも言われたか」

「そ、いうのじゃ、ないです……」

「ではなんだ。そもそも、夜目も利かないのに灯りも持たずに神殿に帰るとは。自分の身も守れないのに、ずいぶん軽率な行動をとるんだな」

「……ごめんなさい」


 そこは謝罪ではなくて、言い返したほうがいいのではないか。

 どうにもやりにくい女なことに内心ざらりとしたものが走ったが、今はそれは関係ないとやり過ごす。

 空を見上げるが、星はない。月も出ていない。本当に火祭りのための日だろうと、息を吐いた。


「騎士となにをやり合ったのかは知らないが、自分の身は誰のためにあるのか、一度考えたほうがいい」

「……カルミアは、そもそも旅には反対では、なかったですか?」

「ああ。今でもそのつもりだ。この旅に意義を見出せない。いささか神殿の人間の自己満足を感じる、悪趣味なものだというのは拭いきれていない」


 そうばっさりと言い捨てると、巫女は少しだけ唇を噛んで、悔しそうな顔をしてこちらを睨んだ。

 俺が会った、あの女はこんなことを言われたら、どうやり返すのだろうとぼんやりと頭の隅で考える。

 だが。あの女の言う終着地点でわかるという謎は気になった。

 まるでこの旅自体が仕組まれているようなものだと。


「少なくとも、この旅の意義がないと判断するまでは、貴様らの敵に戻る気はない」


 そう吐き出すと、巫女は少しだけ考えたように、長い睫毛を伏せて考えはじめた。

 さっきまで頬を濡らしていた涙は止まった。そのことに少しだけ息を吐く。


「……ありがとうございます」


 その言葉は硬いが、少なくとも。冷静になったようだった。

 あの騎士と巫女の関係は得体が知れないが、少なくとも、騎士が巫女に干渉するそれは、護衛対象を見る目ではない。

 その熱に浮かされていたら、本当に大切なものまで見失うというのに。おかしな話だ。


****


 私はカルミアに神殿まで送り届けてもらい、どうにかごしごしと涙で濡れた跡を拭き取った。スターチスやクレマチスを心配させるわけにはいかない。

 カルミアはそのまま広場に戻っていったのは、自警団の人たちに気を遣ったせいだろう。あの人は本当に、私よりもずっといろんなものを見ている。

 カルミアがあまりにも当たり前なことを言ってくれたのに、ほっとする。あの人はあくまで国より上に大切なものをつくったりする人じゃないから……好感度一位になったときでさえ、それは変わらないんだから……。

 今はリナリアはいない。どうしてアルがあんなことをしたのかはわからない。

 でも。好感度一位ができたら、必然と好感度二位ができるし、その人は……闇落ちしてしまうかもしれない。

 明確にフラグが折れているって確認が取れているのはスターチスだけなんだから、もっとしっかりしないといけない。

 私はそう決心を改めているところで、「リナリア様?」と声をかけられて振り返ると、クレマチスが羽ペンと紙束を持って奥から出てきたところだった。

 そうだ、クレマチスはスターチスと一緒に大地の神殿の攻略を考えていてくれていたんだ。


「お疲れ様です。申し訳ありません。火祭りの途中で帰ってきてしまって」

「いえ。最後までお祭りにいらっしゃるのだと思っていたんですが、戻ってこられたんですねえ。ああ、お手伝いの方がお祭り限定だからと揚げパンをくださったんですよ。一緒に食べますか?」

「いただきます」

「わかりました、ミルクも温めてきますから、少々お待ちくださいね」


 そう言いながら、なにも聞かずに揚げパンとホットミルクを持ってきてくれたクレマチスの気遣いにほっとしつつ、私たちは長椅子に座って、揚げパンとホットミルクをいただきながら、地図を眺めていた。

 スターチスといろいろ話し合ったらしく、地図には細かい書き込みがいろいろと入っている。


「大地の神殿は、どんな場所になるんですか?」

「ええ、全体的に森の領域になります。あの一帯は妖精や巨人族の領域になりますね。人魚は沼の中に入っている間は見逃してくれていましたが、妖精や巨人族は大地の神殿付近にずっと住んでいますから、彼らとは戦うよりも逃げるほうが先になりますね」

「彼らは……穢れに取り込まれたりはしないんですか?」


 人魚は穢れに取り込まれてひと悶着があったんだけれど、妖精や巨人族の場合はどうなんだろう。

 妖精や巨人族もマップ敵以外の情報を持っていないから疑問なのだ。

 それにクレマチスが首を振る。


「彼らは独自の方法で穢れをろ過しているみたいですが、それを解析する手段がないんですよ。そもそも大地の神殿自体が、教義が広まる前から存在している妖精と巨人族の土地に無理矢理建てたものですから、人間は敵だと思われています」

「あの……そんな危険な場所、神官がひとりで管理できるものなんでしょうか?」

「はい。ですから大地の神殿には神官はいないんです。ぼくたちがペルスィで補給ができたのは、本当に幸運なことだったんですよ」


 そう教えてくれたのに、思わず天井を見上げてしまった。

 カルミアが言っていた、世界浄化の旅に懐疑的だって言葉が、ぐるぐると頭を回る。でも。

 だとしたらどうしてリナリアが、私をわざわざ代打に立てたんだって話だ。

 いろいろわからないことが多いけれど、そこだけは揺らいじゃ駄目なことなんだから。

 私はそう自分を納得させてから、地図にもう一度目を通した。

 スターチスとクレマチスがふたり掛かりで、どうにか妖精や巨人族と戦わないで済む大地の神殿までの最短距離の計算が行われていた。巨人族や妖精の根城と思われる場所から半径を計算して、それを基準に推測を重ねていたんだから恐れ入る。


「はい……どうにかして、敵対せずに済むといいですね」


 そう言ってから、私は揚げパンを頬張った。

 フラグのことも考えないといけないけれど、本分のはずの旅のことをないがしろにしちゃ駄目だ。

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