農村ペルスィの火祭り・3
アルはいつもの甲冑とマントは外し、大剣だけを背負っている。これだとお祭り用の飾りなのか本物なのかはわからないし、村の人たちにも物々しさを伝えないから大丈夫だろう。ちらっと彼のパンツのほうを見るけれど、ポケットからリボンの花の色は見えそうもなかった。
「それじゃあ、参りますか?」
「はい……あの、アスターとカルミアは?」
「ふたりは既に外に出ています」
アスターは普段から遊び人みたいな格好をしているから、案外お祭りでも浮いた感じにはならないんだけれど……問題はカルミアだなあ。
カルミアの真っ黒な甲冑姿なんて、夜だと真っ黒でどこにいるのかわからなくなるし、なによりも物々しすぎるんだけれど。私はそう気を揉んでいたけれど、神殿の外に出てみて、特に問題ないと感心する。
カルミアもまた、甲冑とマントは外して、背中の大剣だけ背負っている。下のベストにパンツルックは、ちょっと洒落たお祭り衣装にも見えるから、これだったら問題ないだろう。ただやっぱり黒すぎるから、火から遠ざかったら見失いそうだなとは思う。
「ふたりともお待たせしました。それでは参りましょう」
「はあい、リナリアちゃん。リボンの花はもらった?」
「あ、はい」
「一緒だったらいいんだけどねえ」
アスターはそういつもの調子で言うので、私は笑顔を浮かべつつも、背中が冷たくなるのを感じていた。
前の時に、何故か好意を向けられていたような気がしていたけれど、それは私の思い込みなのか、本気だったのかがわからなかった。だからといって、下手につついて藪から蛇を出すわけにもいかないし、臭いものには蓋をしていたほうがいいかもと、触れないでいる。
カルミアは昼間に話している限り、特になにもないから、問題はないだろう。
皆でゆったりと広場まで歩いて行ったら、既に音楽が流れ、なにやら香ばしい匂いが漂ってくるのがわかった。
「これなんですか?」
「揚げパンですね。火祭りの周りで食べるんです。ほら、あそこ」
「わあ……」
組まれた木には火がくべられ、村の人たちが弦楽器を弾いたり鈴を鳴らしたりして、陽気な音楽を奏でている。
小さな屋台が出ていて、そこには石鍋が置かれて、熱の象徴の力を溜め込んだ石を使って揚げ物をしていた。ぷんと香ばしい匂いを立てて揚がる揚げパンを食べたり、温かいラム酒を飲んだりしながら、リボンの花を付けて、同じリボンの花の人を見つけたら一緒に腕を組んで踊っているようだった。
私は自分も胸元に花を付ける。白いリボンの花を見て、アスターは「なあんだ」と少しだけ拗ねた声を上げた。
案の定、アスターはイメージカラーの赤の花が胸元を飾っていた。
「リナリアちゃんと踊りたかったんだけどねえ」
「うふふ、残念でした」
「リナリアちゃんはあんまり残念がってないでしょうが」
そう言ってカラカラと笑っていたところで、アスターは「あの」と声をかけられる。
村の派手なエプロンドレスで身を包んだ女の子だ。胸元には、ちょうど赤いリボンの花。
「一緒に、踊ってくれませんか?」
「あらま。俺、明日にはペルスィ出るけどいいの?」
「大丈夫です!」
どうも、彼女は村のしきたりだから参加しているだけで、明日すぐに村を出る人がリボンの花の主だったからほっとしているみたいだった。
アスターはちらっと私たちのほうを見ると、ひらひらと手を振る。
「それじゃ、ちょっとお嬢さんをエスコートしてきまーす」
「いってらっしゃいませ」
ふたりが踊りに行くのを見守っている間、「あの、巫女様」とおずおずと声がかけられたのに気付き、振り返る。
こちらも派手なエプロンドレスを着た女の子だったけれど、こちらは頭まで綺麗に三角巾で身を包み、しゃらんしゃらんと首飾りや腕輪まで施している。こちらは本気でお見合いに来た感じの子だ。
私みたいに、好感度ってどうなってるんだろうとたしかめるために来たような下心あるのとは大違いだと思って感心していたら、「お話したいんですけれど、よろしいですか?」とおずおず声を上げるので、私は思わず頷いた。
「かまいませんけど……」
それにアルとカルミアが目を細めた。
アルは胸元にそろそろ花を付けようとまさぐっていたところなのに対して、カルミアはちっとも付けようとする気配がない。どうも、本気で村の警備以外には興味がないみたいだ。
アルは短く言った。
「話の内容は聞きませんから、できれば俺たちの目に留まるところでお願いします」
「そ、それだと困るんですが!」
女の子が必死で、ちらちらと向こうのほうを見ているので、私はその視線を追ってみて、気が付いた。
少し派手なドレススーツを着た人は、こちらも本気でお見合いに来た人だろう。そして彼が胸元に付けているリボンの色を見て、ピンと来た。
「アル、ここは女同士の話ですから、ご心配なく」
「しかし」
「危ないことはしません。すぐ戻りますから」
アルが渋い顔をするものの「四半刻以内に戻ってこない場合は、探しに行きます」ということで了承してくれた。
小さく手を合わせてお礼をしてから、私は女の子についていった。
女の子は「あの、巫女様。そのリボンの花、私のものと交換してくれませんか?」と、案の定言ってきたのだ。
「いいですよ。あの方と踊りたいんですね?」
「……は、はい!」
彼女は頬を紅潮させて頷く。
やっぱり。先程のドレススーツの彼のリボンの花の色は白。ちょうど私と同じだったのだ。私はリボンの花を取ると、彼女に差し出す。彼女は嬉しそうに、リボンの花を胸に留めた。
本当はランダム性を狙ってお見合いをさせたいんだろうけれど、本当に好きな人がいるんだったら、もうその人と踊ればいいんじゃないかな。それに、こんなに本気でお見合いに来た子なんだもの。踊らせてあげないと損だ。
私はそう思いながら、彼女から「ありがとうございます! こちらが私のリボンの花です!」と言って渡してくれたリボンの色を見て……私は思わず目が点になってしまった。
それはすっきりとした青いリボンの花だった。アルのイメージカラーそのままの。
まさかねえ……と思う。
アルだってこの村出身な以上、この村のお見合いシステムは知っているはずだ。交換したいって志願されたらリボンを差し出すだろうし、ゲームと同じ色な訳がない。だって、私だって最初のリボンの色は白だったんだから。
私はまさかまさかと思いながら、女の子と一緒に火の近くに戻ると、彼女はペコリと頭を下げてから、目的の男性の元へと走り寄っていった。
彼女が上手くいくといいなあ。私はそう思いながら満足しようとしていたところで、「理奈」と声をかけられたので、思わず振り返り、目を細める。
アルは少しだけ咎めるように目を細めて、私の胸元のリボンの色が変わっているのを見やった。
「まさかと思うが、交換したのか?」
「踊りたいって人と踊るべきだと思うから。彼女は踊りたい人がいたんだからいいじゃない」
「そうだが……」
「それに、私は明日には村を出るんだから、お見合いって言われても無理だよ」
「そうなんだが」
「カルミアは? ずっと広場を見ていたと思ったんだけど」
どうにか話を逸らそうと、今は見えないカルミアの話をすると、アルは少しだけイラッとしたように眉間に皺を寄せて、言い捨てる。
「知らない。あいつは多分、村の巡回だ」
「本当に真面目だねえ……」
私がそう話をすり替えようとしたけれど、アルはそれに気付いたのか「話を逸らすな」と口を挟んできた。
バレたか。
「カルミアは元々、自警団を休ませるために来たんだからそうなるだろ」
「アルは? アスターは女の子と遊びたいからだと思っていたけど、アルは違うでしょう?」
「俺は……」
彼はふいに言い澱む。
この人、故郷に来たせいなのか、つくづく普段と知らない顔ばっかり見せるなあと思う。
火の粉が飛び、その周りで踊っている男女。時にはダンスを無視して揚げパンを頬張っている姿も見られるし、ラム酒を引っかけている姿も見える。
ものすごく派手なお祭りではない。素朴なお祭りで、屋台と燃え切った木を片付けてしまえば、すぐに日常に帰ってしまうような、そんなお祭り。
それでも、年に一度神木を燃やして、神木の結界や豊作のことについて感謝を捧げる、大切なお祭りだ。
炎が揺らめいてできる光と影のコントラストに目を細めていたら、ふいにアルが私の手を取った。
「……踊りたい人間と踊りたいんだったら、そうすればいいんだろう?」
「え?」
「俺と踊ればいいんだろう?」
そう言って、私の手首を掴んで、火の近くまで引きずっていくのに、私は目を見開いた。
痛い痛い痛い、引っ張らないで、痛いってば。でもこんなとき、いったいどんなリアクションをリナリアならするのか、全然出てこなかった。
「痛いです!」
せめてもの抵抗でそう言うと、アルは憮然とする。
「そうしないと逃げるだろう?」
「逃げませんってば! ダンスの誘いは普通にしてください! あと、私踊り方わかりません」
見ている限り、フォークダンスみたいだけれど、学校でやったどのフォークダンスとも違うから、見ただけで踊れるのかどうかはよくわからなかった。だからといって社交ダンスなんてもっと踊れないけれど。
こちらのほうを、温かい眼差しが向けられる。多分同郷のアルが巫女を引っ張ってきて一緒に踊っている微笑ましい図に見えるんだろうけれど、私にしてみれば困惑しかない。
だって、アルに対して好意を持たれるようなことをした覚えがないし、そもそもアルはリナリアと私が違うってことを知っているじゃないか。どうして、わざわざ求愛のダンスの場に連れてきたのか、意味がわかんない。
なんとか「踊れない」で逃げ切ろうと思ったけれど、アルがうっすらと笑う。
「俺が教えればいいだろう?」
「……あなた、そんなキャラじゃなかったと思っていたんだけれど」
「いったいどんな人間だと思っているんだ、お前は」
また軽口を叩かれてしまい、今度は軽く手を添えられる。
アルの手は、リナリアのものよりも一回りも大きい上に、指先も付け根も固いし太い。ずっと大剣やナイフを持って戦っていたんだから、当然だ。今までずっと、私や皆を守ってくれた手だ。
その手に触れていたら、逃げることも失礼な気がした。
「……今だけね」
私はそう諦めることにした。
アルが何故か嬉しそうに目を細めたのを、見なかったことにした。その表情は、私に向けるものじゃなくって、リナリアに対して向けるものだ。




