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円環のリナリア  作者: 石田空
神託の旅編

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しばしの休息

 水蛇に大剣を振り下ろし、血がついたこれをどうしようと思っていたら、アルが黙って受け取って、血をぶんっと振り回してから鞘に納めた。

 水の祭壇の最上階まで溢れかえっていた湖の水はだんだんと引いていき、元の水域にまで戻っていったのを見て、どうもここでの試練は合格したらしいとほっとする。

 浸かってしまっていた祭壇が完全に見えるようになってから、光が湖から溢れることに気が付き、見下ろす。

 多分これは、火の祭壇のときと一緒だ。


『巫女と旅の者たち……よくここまで来た』


 厳かな神の声が響き、私たちのほうにポワポワと光の玉が飛び込んでくる。

 まただ、また象徴の力が入っていったんだ。


『水の祭壇の獣の審判は下された。道は開かれた……次は大地の祭壇へと進むがいい。皆にはそれぞれ力を受け渡そう』


 いったいなにができるようになったんだろう。私は頭の中でリナリアの花を思い浮かべて、その花の中に今までの記憶を封じ込めるイメージを込める。

 ……やっぱり、まだ映像どころか、スチルみたいにして私の記憶を具現化するところまでには至らない。今までと同じ、音を具現化できるところまでで留まっている。

 リナリアの正しい象徴の力の使いこなし方には、まだまだ時間がかかるみたい。

 戦闘ではどうだろうと思ったけれど、私が思い描いた魔法を具現化するにしても、相変わらず劣化コピーの域を出ないな……そう思っていたけれど、今までは一回具現化させるのにひとつしかできなかったのが、欲しい数だけ具現化できるようになったことに気付いた。

 つまりは、スターチスが治癒の詠唱唱えている間に、絆創膏みたいな応急処置ができるようになったってことだ。いくらすぐ消える絆創膏だからとはいっても、短刀で刺されるんだったら皆困っちゃうだろうけどね。

 神は私たちの象徴の力を強化したあとに、消えていった。

 さて。私たちは水の祭壇を降りたけれど、神官さんが戻ってこない。


「困りましたね……あの方、試練の際に逃げ出したまま、神殿のほうに帰られたのでは」


 クレマチスが眉を潜ませると、カルミアはイラリとしたように言葉を吐き捨てる。


「軟弱な。ここの管理を務めているということは命の危機も織り込み済みだろうが」

「まあまあ、カルミアくん。神官も全員が全員聖書の意味を完全に理解して、詠唱ができるわけではないですから。ですが、困りましたね。補給ができません」


 そうなのだ。

 私たちは基本的に、世界浄化の旅の際には祭壇の管理を行っている神官から補給物資を調達して、次の祭壇に向かうんだけれど。

 水の祭壇の神官さんはヘタレ過ぎて、どうも試練がはじまったのと同時に逃げ出してしまったらしい。このままここの祭壇を放置されないといいんだけれど。

 次は大地の祭壇に向かわないと駄目なんだけれど。火の祭壇でも補給物資はもらっているとはいえど、そろそろ買い足さないとまずい。水は沼や湖のものを汲めばどうにかなるとしても、食べ物はね……。

 このメンバーだと、狩りでどうにかしようってできる人がいないと思うんだ。私だって、知識で知っているとはいっても、できるのかって聞かれたら答えは否だ。

 皆で顔を突き合わせていたら、やがてアルが声を上げた。


「……ここからだったら、浄化の旅の道しるべから一旦抜けて町にまで出ることもできる。町に出て、補給を終えたらまた戻ることもできると思うが」


 試練の結果なのか、さっきまではなかったはずの橋が、水の祭壇の前に架かっているのが見える。これをそのまま渡ってしまえば、大地の祭壇へ向かう道へと出るはずだけれど……。

 実は水の祭壇の前には道が存在している。これは元々ここを管理している神官が交替や物資調達のために使っている道だったはずだ。多分ここの神官さん、この道を使って脱走しちゃったんだろうなあ……。

 アルの言葉に、皆顔を見合わせるものの、アスターはすぐに手を挙げた。


「さんせー。ここだったら野郎と顔を突き合わせてばっかりで華がねえしなあ。リナリアちゃんもむさくるしい場所にずっと置いておくっつうのも可哀想だし」

「わ、たしは、別に……」


 アスターの軽い言葉で、私は思わずアルの後ろに隠れながら、ふわっふわな言葉を返す。

 一番危険人物だと思っているけれど、アスターはアスターで、いまいちフラグ構築がどうなっているのかわかんないしなあ。この間話をしてみてもさっぱりだったし、今だってわかんない。

 カルミアは若干眉をひそませてはいたものの、特に反対はしなかった。もしかしたらひとりだけ反対しても代替案がないからかもしれないけれど。

 アルはクレマチスと一緒に地図を広げて、水の祭壇から出て一番近い神殿支部を探して、見つけたらしい。


「ここからでしたら、ペルスィが一番近いですね」

「そうですか」

「農村になりますが、信仰に準じている者の多い場所になります」


 この辺りは、ゲームでも知ってるな。

 ここでもイベントが発生するはずだけれど……。ある意味チャンスかな。今の好感度やフラグ管理のチェックができるかもしれない。もしここで変なフラグが立っているんだったら、今の内なら、まだ挽回できるかもしれない。


****


 水の祭壇の橋は一旦放置して、私たちはペルスィに向かう。農村からは神殿に一番懇願の声が多かった。ゲームだとそんな声はマップにいる人たちに聞かないとわからなかったけれど、神殿にいたら、そんな信者さんたちにたくさん会ったものね。

 気を揉んでいたけれど、不思議なことにこの辺りだと全然穢れに取り込まれた獣がやってこないことに気付く。

 水の祭壇の穢れは試練って形で祓ったけれど、火の祭壇と水の祭壇の間では結構な数の穢れに襲撃されたのに。

 ゲームでだったらどうだっただろう。思い返していると、アルが短く説明してくれた。


「この辺りは、結界が張られていますから。神殿と同等の」

「神殿と同等って……それはすごいですよね……?」

「ペルスィには神木があり、それにより結界が張られているんです」


 なるほど。私は思わず感心してしまった。

 生えている草木にだって、花言葉は存在している。神木にだって私だとぱっと見ではわからなくっても名前があって、花言葉があるってことは、そこから象徴の力があるんだろう。ただ人間としゃべらないから、その象徴の力の恩恵にあやかっていても、わからないだけで。

 それに。土の匂いがしてきたのに、私は驚いた。乾いた土の匂いじゃない。ふかふかな腐葉土の匂いだ。

 見えてきたのは、いかにも牧歌的な村だ。ウィンターベリーやアマリリスも女の子が夢に見るような可愛らしい町並みだったけれど、ゆったりと回る風車に、作物のそよぐ畑。どこからどう見ても平和って言葉が浮かんできて、とてもじゃないけれど現在進行形で世界が滅びるかもしれない危機が訪れているとは思えない村だった。


「あそこです。ペルスィは」

「すごい……作物が育ってますよね……?」

「ええ。土が象徴の力を受け付けなくなった土地が広がっていますが、この辺りはまだ結界のおかげで耐えているようですね」


 そう言ってふっと笑うアルを見て、私はふと思ったことを聞いてみる。


「もしかして、アルの出身はここですか?」

「……昔の話です」


 アルは気恥ずかしくなったのか、そのままふいっと村の景色のほうに視線を逸らしてしまった。

 うん。たしかアルのルートだと、彼の生い立ちが語られるんだよね。アルは幼少期に家族を亡くしてしまったから、ペルスィの神殿支部に預けられて育った。そこで騎士としての才覚を、巡礼していた神官さんに見込まれて、神殿騎士になったはずなんだ。

 知ってはいるけど、アルが言いたくないんだったら、知らないふりをしているのが筋なんだろうなあ。

 私たちはペルスィの神殿支部に顔を出したら、人のよさそうな顔のおじいさん神官さんがすぐに出てきてくれた。


「アル、それに巫女様まで……! いったいどうなさったんですか、今は世界浄化の旅の途中だったでしょうに」

「すまない、ソルブス。立ち寄る気はなかったんだが、旅の際にトラブルが発生してな」


 ソルブスと呼ばれたおじいさんは、アルやクレマチスの言葉を聞きながら、しわくちゃな目尻を下げて、ペコリと頭を下げてくれるので、慌てて顔を上げてもらう。


「申し訳ありません……こちらのほうには水の祭壇からの連絡は入っておりませんので、やはり逃げてしまったのでしょうね」

「神殿はいったいどんな教育をしているんだ」


 カルミアは顔をしかめて非難するのに、クレマチスが「申し訳ありません」と頭を下げ、スターチスが「あまり責めないでください。神官で前線に出て戦えるものも、自分の身を守れる程度の力を持つ者も、そんなに多くはないでしょう」と苦言を呈する。

 ソルブスさんはここで働いている人たちに声をかけると、私たちの部屋と食料を用意してくれた。


「今から大地の祭壇へ向かっては、夜になってしまいますから。備蓄はすぐに用意しますので、今晩はここで休んでください。あとアル。来てくれて早々だが、ちょっと手伝ってくれないかい?」

「……もうそんな時期か」

「そうだよ。男手が足りないからね」


 そう言って顔をしわくちゃにして笑うと、ソルブスさんは神殿の奥へと引っ込んでいった。それにアルは少しだけ遠くを見るような顔をすると、こちらに頭を下げる。


「申し訳ありません。今晩、ペルスィで祭りがありますので。木を組む手伝いをしてきます」

「お祭り……ですか?」

「神木の結界に感謝を捧げる祭りです」


 そう言うと、アルはソルブスさんについていった。

 私は思わずクレマチスの顔を見ると、クレマチスは鞄から本を取り出して、教えてくれた。


「この村は一番古い神殿の教えを今でも行っていますから。年に一度、豊作の報告をし、神木に感謝する祭りを行うんです。ペルスィの火祭りと言えば、このご時世でなければ観光で各地の商人もそれにあやかるんですけれどねえ」

「先程、男手が足りないと言っていたのは?」


 カルミアが静かに尋ねるのに、クレマチスはそっと窓の外を見る。

 畑の作物の面倒を見ている人たちがいるけれど、男の人もいるはずなのに。それに対してはスターチスが教えてくれた。


「おそらくですが……これだけ穢れの心配がないと、別の心配があるために、自警団を組んでいるのでしょう。それで男手が足りないんでしょう」

「別の心配って……穢れと戦う必要はないんですよね?」

「食うのに困ってる村の奴らにしてみたら、食うのに全く困らない奴らは面白くないだろうしなあ」


 ……平和に過ごしているだけで責められるなんて、皆で泣いていてもしょうがないのに。

 私は思わずがっくりと肩を落としてしまった。多分リナリアもここは落ち込むと思うんだ。

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