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円環のリナリア  作者: 石田空
神託の旅編

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火の祭壇の試練・2

 炎の獣の嘶きと同時に、戦いははじまった。

 牙を剥き、鋭い爪を立ててこちらに向かってくる獣の前に、私は「アル!」と声をかけてから、彼の大剣に触れる。

 アスターが見せてくれた水の加護を付加したものの、気休めだ。きっとこれだけだったら力は及ばない。

 アルは大剣の柄を構えると、私にだけ聞こえる程度に声をかける。


「……短刀だけだと間合いが近過ぎる。短刀を連続で出して、間合いを保てるか?」

「……やってみる」

「フォローはスターチスとクレマチスがやってくれる。臆するな」

「わかった」


 本当に。リナリアだけに限らず、臆することなく獣と対峙できる人は強い。

 ただでさえ、私の世界では百獣の王って呼ばれるライオンの姿を取っているんだ。その上火の粉を撒き散らしているんだから、怖い上に火傷しそうで熱い。できることだったら逃げ出したいけど。

 それができないから困るんだ。怖いと思う気持ちを、足を踏ん張ってやり過ごす。そうしなかったらすぐに逃げ出しそうだし、そうじゃなくっても腰を抜かしそうだから。

 襲ってきた炎の獣に、アルは大剣を掲げる。


「ガゥゥゥゥゥゥ……!!」

「……ちっ!」


 力が強く、大剣で足止めするのが精一杯だ。その間に後方にいるアスターの呪文が完成しないと意味がない。私はどうにか獣の気を引くべく水の加護を付加した短刀を投げるけれど、炎の獣は気休めだと気付いているのか、こちらのほうを見向きもしない。

 お願いだから、アルばっかり狙わないで。私はどうにか見た覚えのあるものを具現化させようとするものの、間近で見たことのあるものじゃなかったらはっきりと具現化させることは無理だし、一度スターチスがやったことのある円障壁(サークルバリア)で火の獣を閉じ込めるなんて芸当はできそうもない。

 背後ではどうにか呪文が完成したらしいアスターの声が響く。


「豊かに広がる母の腕、踊れ波間で、静かに眠れ……大津波(タイダルウェーブ)!!」


 巨大な水の塊が炎の獣の上に広がり、同時に「障壁(バリア)!!」と再びアルの周りに結界が施される。獣はダイレクトに水を被り、濡れたのを嫌がるようにブルリと身を震わせる。ずっと纏っていた火の粉が消え、近付いても火傷しそうな気配が消えた。

 でもすぐにドライヤーを当てるかのように自身の放つ熱ですぐに毛並みを乾かそうとする。

 その意表をついて、アルが大剣で薙ぐ。一瞬だけ反応が遅れて、獣の腹に剣が辺り、ようやく横に倒れてくれる。

 でも。


「ガゥゥゥゥゥゥゥ……!!」


 獣はまだこれだけだったらやられてはくれないみたい。

 すぐに大きな体を起こして大きく跳躍し、後方へと跳ぼうとする。……まずい。アスターは再び呪文を唱えはじめている中で狙われてしまったら、呪文が中断されてしまう。クレマチスもまた、聖書の詠唱が終わっていない。向こうにいるスターチスはそもそも接近戦なんてできないのに……!!

 私はどうにか短刀に水の加護を付加すると、それを獣にぶん投げる。

 お願いだから、止まって……!

 すると獣はこちらを邪魔だと思ったのか、ようやく不機嫌に鳴き声を上げながら、こちらのほうに振り返った。その眼光に、私は思わず立ちすくむ。

 さっき足止めしようとしたときは、ちっとも振り返らなかったくせに。こちらのほうに突進してきたのに、私は一瞬短刀を具現化するのが遅れた。

 ……しまった。私、丸腰じゃない。


「リナリア様……!!」


 アルの声が、耳に入ったときには、もう遅かった。

 牙が、爪が、私に襲い掛かってきた。


****


「……くそ」


 俺はイライラとしながら、耳にこびりついて離れない声を追い出そうとしていた。


『巫女様……! どうか! どうか早く浄化を……! お願いします……お願いします……!!』

 『シケがこれ以上続くと困るんです!! どうか世界浄化を……!』

   『私たちの声が届いていますか!? 畑が、麦が……!』

『畑に撒かれているはずの象徴の力が使えないんです!』

  『お願い……助けて……』

    『たすけて』

  『たすけて……みこさま……!!』


 悲痛な声。フルール王国の民草の声……そんな声を上げさせるまで放っておいたのはそちらだというのに。どうしてその声で俺は苦しまなければならない?

 穢れを全て失えば、ジェムズ帝国は成り立たなくなる。だが、穢れでこの国の民草は困窮している。それで世界浄化の旅を決行させる? そんなことできるわけがない。

 巫女が聞かせた声は、決して嘘ではないんだろうとはわかる。もし俺のことを完全に止めたいんだったら、祖国が滅びる幻覚でも見せればいいんだから。

 それにしても。俺は火の祭壇の地下にどうにか滑り込んでいたものの、先程から火の気配が活性化しているような気がする。具体的にいうと、熱風が吹き荒れている。俺の象徴の力が【熱操作】でなかったら、とっくの昔に蒸し焼きになっていただろう。

 どうにもこの祭壇にいる守護獣が巫女が来ることにより活性化しているのが原因らしい。

 あの巫女は、試練を受ける気か? 世界浄化の旅を成すために。

 あの女と瓜ふたつの顔に虫唾が走る思いをさせていたところで。気配を感じて、俺は胸元から短刀を抜いて突き出した。気配は動かない。


「……また貴様か」


 俺に幻聴を聞かせた巫女と瓜ふたつの顔の女が、俺の背後に現れたのだ。


「いったい貴様は何者だ。どうして巫女と同じ顔をしている? あれと貴様は双子か? 双子の片割れに世界浄化を任せて、自分は胡坐をかくか。いいご身分だな」


 俺がわざと選んで吐き出した言葉に、首元に短刀を突き付けられてもなお、女は動かない。ただくぐもった声でこの場を揺らした。笑い声をあげるのに、思わず振り返った。

 その女は、短刀を首筋に当てられている状況にふさわしくないような表情をしていた。目を細めて、密やかに笑っているのだ。


「なにがおかしい」

「あなたのことを馬鹿にしたんじゃありません。ただ……あなたがあまりにもあなたらしいので、嬉しくなっただけです」

「意味がわからないな。おまけに相変わらずこちらの質問に答えない」

「あなたはそうかもしれません……でも、私は前に言いましたよね? あなたの正義を示してくださいと」


 そう女が言った瞬間、またぶわりと熱が強くなったのに気が付いた。俺は指をくいっと動かせば、あたりの熱は冷める。この女はどうやってこの熱風の中で汗ひとつかかずにいるのかはわからないが、それもこの女の象徴の力なんだろうかと思う。

 熱が強くなったのに、彼女はちらりと上を見る。

 俺たちの頭上に、ちょうど火の祭壇が存在する。ここを管理していた神官はこの熱風に耐えることができずに避難した。これだけ熱が強くなった以上は、今は巫女たちが試練として火の獣と戦っているのだろう。

 あの連中でどれだけ戦えるのかは知らないが。今はあれとやり合う気が起きなくなっているのは事実だ。

 だが、穢れを完全に消失させられても国が困るという事実も変わらない。


「揺れていますか?」


 まるで俺の心を読んだかのように、女が言う。


「貴様は、なんの説明もせず、言いたいことしか言わないな」

「ごめんなさい。今は本当になにも話せないんです。巫女が間違いを犯すか犯さないかは、あなたが自分で確認してはどうですか?」

「……俺に、あの連中を助けろと言いたいのか?」


 短刀に力を強める。首の肉を抉らないぎりぎりで留めてもなお、この可愛げのない女は動じない。

 ……本当に、いったいこの女はどうなっている。

 簡単に国境を渡れる、唐突に現れる、おまけに人の考えを先読みしたようなことばかり言い、物事に動じない。

 神に仕える巫女のはずが、神になったみたいではないか。

 やがて、女は再びこちらに向けて笑った。


「あなたの正義を示してください……終焉の地でお会いできればと思います」


 そう言い残すと、いつかのときと同じように忽然と姿をかき消した。


「……ちっ」


 俺は乱暴に短刀を投げつけると、短刀は床のタイルへと突き刺さった。それを乱暴に拾い上げると、一瞬熱が引いたことに気付き、頭上を見上げる。

 もう獣を倒したのか? いや、違う。


「リナリア様……!!」


 巫女にかしずいていた神殿騎士の声が聞こえてくる。

 ……ちっ。俺は仕方がなく立ち上がった。

 いいように使われているような気がしてならない。国境を越えたこと、巫女と引き合わせられたこと……あれを助けろと暗に言われたこと。

 終焉の地というのは、世界浄化の旅の執着地点、闇の祭壇か。

 そこで全てがわかるというなら、まあいい。

 見届けろということなら見届けてやる。それで国が滅びるのを黙って見ていろというならば、こちらのほうから宣戦布告するまでだ。

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