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円環のリナリア  作者: 石田空
神託の旅編

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火の祭壇と皇太子・2

 炎の熱が集中を邪魔し、汗ばむけれど。呪文詠唱を続けているアスターとクレマチスは神経を研ぎ澄まして、炎の檻が迫る中でもなおも詠唱を終えていない。

 ふたりの呪文が完成するまで、炎の檻を解除させなければいけない。

 私はどうにか【幻想の具現化】を表に出した。何度も何度も見てきて、シーンみたいに動画みたいにはできないものの、カルミアの意識を逸らすのに向いているもの……姿見でずっと見てきた、リナリアの姿そのままを、カルミアとアルが剣を結ぶ場面に浮かせたのだ。

 ほんの一瞬だけ、カルミアは驚いたように目を見開くと、皺をくちゃくちゃにして睨む。


「……足止めのつもりか……!」


 一瞬だけ。本当に一瞬だけ、炎の檻が狭まるのが止まった。

 それが全てだった。私がリナリアの姿を解除させたのと、アスター、クレマチスの呪文詠唱が終了したのは、ほぼ同時だったのだ。


審判(ジャッジメント)!!」

水の矢(アクアアロー)!!」


 炎の檻に水の矢(アクアアロー)がぶつかり、一瞬で蒸発する。途端に辺りが霧で包まれる。その霧の中、審判(ジャッジメント)の光がカルミアに直撃したのだ……でも。

 カルミアの大剣がまたも、ぶわりと炎を巻き上げる。審判(ジャッジメント)の直撃を受けてもなお、彼は立っていた。

【熱の操作】を使って、自身に直撃した審判(ジャッジメント)の熱量を下げたみたい……いったいどこまでピーキーなんだろう。

 でも。クレマチスの魔法を受けたのはカルミアだけではない。アルは大きく振りかぶって、カルミアを薙ぎ払おうとする。彼の持つ刀身は、光を纏って彼を倒そうとしていた。アルもまた自身の【力の持続】を使って、審判(ジャッジメント)の光属性を刀身に取り込んでいたのだ。

 光と炎。それぞれの属性を纏った大剣がまたもぶつかり合う。

 剣技は互角、アルの猛攻のおかげで、カルミアも炎の檻を操る暇がないらしく、これ以上炎の檻が狭まることはないけれど……まだこちらが蒸し焼きになる危機が去った訳じゃない。

 どうしよう……私は歯を食いしばって考える。カルミアをここで殺すわけにはいかない。あちらはこちらを足止めする大義があっても、こちらがあちらに手を出す道理はない。

 元々、カルミアは火の祭壇の中で立ちはだかるボスだったはずなのに、その順番がずれてしまっているせいで、リナリアとそっくりそのままの説得ができるとは思わない。

 でもここでアルとカルミアのやり合いは不毛だから止めないと、火の祭壇の解放をする前にアルの体力が消耗してしまう。

 スターチスはメガネを持ち上げて、やり合うふたりを交互に眺める。


「……困りましたね。ジェムズ帝国の皇族に手を出すわけにもいきませんし、でも彼も引いてくれるとは思えない」

「このままふん縛って神殿に引き渡し、国に強制送還されるのが関の山ってところじゃねえか? こっちだって戦争したいわけじゃねえんだしな。また一発、魔法でも食らわせるかい?」

「ですが……このままではアル様にも当たってしまいます」


 三人のやり取りを聞きながら、私はなおも考える。

 私はリナリアのように、鮮明に記憶をそのまま具現化させることはできない。でも……どうにかしてカルミアが止まってくれる方法はないの?

 リナリアはたしか、彼に世界浄化の旅の中で見聞きした人たちの映像を見せることで、カルミアを止めたけれど、何度やってみても、私にはそれができなかった。

 でも……せめて。

 私は必死で頭の中で、今まで聞いた声を思い描いて、手を出した。

 ……この力は本当は、戦うためのコマンドではない。幻想を具現化して、皆を助けるためにあるはずのものだから。


「……カルミア・ジェムズ・ロードナイト!!」


 私が声を張り上げる。途端に、アルと剣を結んでいたカルミアが金色の目を釣り上げる。


「貴様……どうして俺の名前を知っている?」


 アルはこちらにちらりと顔を向けつつも、カルミアに剣を向けたままだった。うん、彼が皇族だということは察しただろうけれど、皆だって知らなかった彼の名前を上げたのは悪手だったと思う。でも。一瞬でもいい、彼がこちらを向いてくれたのならば。

 私はこの数日間聞いた声を、繰り返し繰り返し頭に思い浮かべて、その音を差し出した。


「あなたは……この声を聞いても、聞かなかったことにできるんですか?」


 ……カルミアの正義だったら、こちらが悪になってもしょうがないってことくらい、何度も何度もゲームをプレイしていたんだからわかっている。でも、彼を止める方法がこれしか思い浮かばなかった。

 映像は相変わらず具現化させることは無理だったけれど、音だけは、私にかけられた声だけは、具現化させることがどうにかできた。


『巫女様……! どうか! どうか早く浄化を……! お願いします……お願いします……!!』

 『シケがこれ以上続くと困るんです!! どうか世界浄化を……!』

   『私たちの声が届いていますか!? 畑が、麦が……!』

『畑に撒かれているはずの象徴の力が使えないんです!』

  『お願い……助けて……』

    『たすけて』

  『たすけて……みこさま……!!』


 この数日間、パレード中に何度も何度も聞いた声だ。パレードで出かけた街のほとんどは安全圏だったけれど、それを見守っていた人たちは全員が野次馬ではない。

 遠くから必死に助けを求めに来た人たちも、神殿にやってきて必死で訴えてきた人たちもいたんだから。

 私はリナリアみたいに映像は出せないけれど、声だけだったらカルミアにも届けることができる。

 カルミアの変化は、わかりやすいものだった。目を大きく見開いたあと、剣を背中の鞘に差し直したのだ。

 途端に、さっきまで真昼のように明るかった光が消え失せ、ひんやりとした夜闇が迫ってくる。

 カルミアはマントをばっと翻した。


「どうして」

「はい?」


 かすれた声で、カルミアはこちらを見てきた。アルは未だに警戒してカルミアに剣を向けたままだけれど、たいしてカルミアからは、先程まで発していた殺気は消え失せていた。


「俺を試す真似をする? 貴様の目的はなんだ?」


 カルミアの問いは刃のように鋭いものだったけれど、私には意味がわからない。

 ……彼がもしリナリアに会っているんだとしたら、なにか話をしたのかもしれないけれど、それはあくまで私の想像でしかないから。

 私は一瞬だけ目を伏せたあと、言葉を吐き出した。


「……誰も悲しむことがない、終わりが見たいんです」


 彼からしたら、その言葉は甘っちょろいものなのかもしれないし、アルにも何度も注意された言葉だったけれど。私がここに来たのだって、そのためなんだから仕方がない。

 星の瞬きだけだと、もうカルミアの表情は読めなかったけれど、彼はマントをなびかせてそのまま闇に溶けていなくなってしまった。

 残された風は冷えたもので、私は思わずブルリと身を震わせて腕をかばった。

 彼の言葉に、クレマチスは眉を寄せて私のほうに顔を向ける。


「リナリア様、よろしかったんですか? 彼をそのまま捕縛しなくても」

「本当だったらそのほうがよかったのかもしれませんが。私は彼が自分の正義のためにここまで来たように思いますから」

「しっかし、まあ……リナリアちゃんはよくわかったなあ……ロードナイトなんつう石名、今の皇太子の名前だろうが」


 アスターが頭の後ろで腕を組んで、カルミアが消えた先を眺めつつ言う。

 それに私はギクリとする。アスターは私がおかしいっていうのに薄々気が付いている人だったのに。どうしようと思ったけれど、それにスターチスはおっとりと口を挟んできた。


「だとしたら、もし彼を味方に引き入れることができたら。神殿を交渉することもできるでしょうね」

「神殿にって、なにをですか?」


 私の疑問に、スターチスはおっとりとしながら言う。


「ええ。このままですと教義の関係で穢れの研究が進みませんから。世界浄化の旅は、あくまで神託が下らなければ成されることはできませんが、毎年毎年神が降り立つことはありません。人がいつも神頼みできないのなら、穢れの研究は進めたほうがいいと、僕は思いますから」


 なるほど。ジェムズ帝国とフルール王国がきちんと協力関係を結べたら、穢れが原因で苦しむ人たちを減らせると。そのためにはどうしても神殿から許可を得ないと駄目だし、国のほうも説得しないといけないけれど。

 世界浄化の旅が終わっても、この世界で暮らす人たちの人生が終わるわけではないんだものね。

 私はそれに頷いた。


「そうなったら、きっと皆さんが生きやすい国になるでしょうね」


****


 戦闘が終わり、どうにか部屋に戻ろうとしたところで、「大丈夫か?」とアルに声をかけられた。

 彼もまた少し炎でなぶられてすすけてしまっている。


「私は大丈夫。アルのほうこそ大丈夫? ずっと神経を張り詰めていたから」

「これくらいは問題ない。この日のためにずっと鍛錬していたんだからな。それより……未来のことを知っていることを、皆に知られて問題はないのか?」


 ああ……私がカルミアの名前を呼んでしまったことで、私がリナリアじゃないことが露呈するんじゃないかと心配してくれているんだ。

 私はぶんぶんと手を振る。


「多分、名前を知っていること自体には驚いているとは思うけれど、私が未来を知っていることまでは、皆わかっていないと思う」

「そうだといいんだが……」


 この人に優しくされていると、それこそ勘違いしそうになるから、困る。

 私の『円環のリナリア』での推しはアルだけれど、あくまで推しだから。アルの一番はリナリアなのに、そこで調子に乗ってはいけないと自分を戒めておいて、私は笑った。


「明日になったら、火の祭壇に着くんだし、それに神官さんに会わないと駄目なんだから、アルも早く休んで。今晩は見張りはアスターなんでしょう?」

「……そうだが」

「おやすみなさい。私もそろそろ休むから」

「それでも、お前はリナではないだろう?」

「……っ」


 その言葉に、私は肩をぴくんと跳ねさせる。

 私はあくまでリナリアの代理であって、リナリアではない。そんなことは嫌というほどわかっているけれど、どうして今ここで言われるんだろう。

 おずおずとアルを見上げると、アルは気遣わし気にこちらを見ていることに気付く。

 いつも仏頂面なのに、どうして。


「……お前は、理奈だ。ずっと大義名分だけでしゃべっていたら、お前のほうが崩れるぞ」

「…………っ」


 息を飲み過ぎて、一瞬呼吸の仕方を忘れてしまった。

 音は同じはずなのに、彼が呼んだ名前は「リナリア」の愛称ではない。私の名前だった。

 私は頷くと「おやすみ」と言って、今度こそ部屋に引っ込んだ。

 そのままベッドに顔面から飛び込んで、そのまま転がる。

 ……勘違いしそうになる。私はあくまでリナリアの代理であって、リナリアではない。でも……アルは私のことを知っている。思い上がりそうになる。

 ……駄目だ。私は浮き立つ気持ちを、どうにか鎮めようと努めた。

 誰かを選んでしまったら、誰かが闇落ちするフラグが立ってしまう。

 私は、誰も選ばない。それが一番正しいことだと思うから。

 そう思って、なんとか目をつぶって寝ようとしたとき、一瞬だけ疑問が浮上してきた。


 じゃあ、リナリアは周回し続けたとき、誰も選ばない周回はあったの?

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