火の祭壇と襲撃者
パレードの途中でウィンターベリーに立ち寄ることができた。
ここの人たちは基本的に学者気質の人たちが多いせいか、他の町よりも人波は少なく、そのことにほっとした。
途中でスターチスの家に立ち寄ったら、アルメリアがにこにこと笑いながら出迎えてくれた。
「まあ、リナリアさんお久しぶり!」
「……お久しぶりです。こちらはあまり変わりがなくて安心しました」
「そうねえ、ウィンターベリーが大変なことになっていたら、本当に一大事だったわ」
彼女はスターチスの首には抱き着いていた。
……そうだ、火の祭壇への道に入ってしまったら、もう簡単には会えないんだから。
スターチスは苦笑しながらも、くしゃりとアルメリアの髪を撫でる。
「そういえば、研究の成果はどうなっていますか?」
「ええ、前の事故調査のおかげで、すこーしだけど進んでいるわね。でも浄化の旅までには間に合わなかったものねえ……」
ふたりの学者の会話に、私は「あれ?」と思いながら耳を傾けていたら、アルメリアは「立ち話も難ですし!」と、皆にそれぞれ席をくれた。
彼女の焼き立てのパンを久しぶりに味わいながら、スターチスの言葉を聞く。
「そうですね、立ち会いましたから、リナリアさんやアルストロメリアくん、クレマチスくんは知っていますね。ここの研究所で、穢れ発生探知の実験を行われていたけれど、失敗に終わったのは」
「はい……」
あのときのことを思い出して、苦い気分になる。
ウィンターベリー半壊は阻止できたけれど、研究所の人たちを全員助けることまでには至らなかった話だ。
私が硬い顔をしているのに、アルは短く「大丈夫ですか?」と尋ねるので、私は頷いた。
こちらの話で続けてもいいと判断したんだろう、スターチスは話を続ける。
「あのときの事故調査の結果、穢れが人や獣を取り込んでしまう性質を生かして、穢れ自体をどうにか使えないかという実験がはじまったんです……他国ではその研究がフルール王国よりも進んではいるんですが……」
「神殿の教義に反するから、なかなか穢れ自体を利用する研究が進まないと?」
アスターの言葉に、スターチスはこくりと頷く。
ああ、そっかあ……。私は皆のやり取りを聞きながら頷く。
神殿では穢れは絶対に消し去らないといけないものとしているし、聖書にもそのことは書かれている。
でもそれを他国……現在フルール王国と冷戦状態になっている国では、穢れの利用方法を開発してしまっているし、穢れの取り扱いのせいで、いつ火種が飛んできてもおかしくない状態のはずだ。
……一応この話は、もうちょっとあとになったら出てくるはずだったんだけれど、ウィンターベリーが半壊を免れたがために、ここでも穢れの有効活用の研究がはじまるとは思わなかったなあ……。
クレマチスはそれに眉を寄せる。
「たしかに、穢れは生き物の形を変えてしまいますから、それを有効活用できる道があれば、それは象徴の力を使えない人たちにも利用できるものにはなると思いますが……まだこれが安全かどうかがわかりませんよね。現に、これで人間が穢れのせいで気体化してしまう現象まで起こっているんですから」
クレマチスは神官見習いではあるけれど、意外と考え方が信者のそれとは違う。どちらかというと学者寄りの考え方だ。
それにスターチスも頷く。
「ええ。まずはこれの安全性についての調査をしないといけません。ただ、先の事故のおかげで、幸か不幸か無害化の糸口は掴めたんですよ」
「それは……すごいですね」
スターチスの言葉に感嘆の声を上げるクレマチス。
アスターはギリギリ理解できるみたいだけれど、アルには難しいらしく、だんだんパンを食べるのに集中しはじめているのに、私は思わず笑う。
パンを食べつつ、ふたりの魔科学談義を耳にしていた。
私の世界浄化の旅には間に合わなかったけれど、次の世界浄化の旅がはじまる前にその技術が開発されて、実用化されれば……。
もう巫女が旅に出なくってもいいんだろうなあ……。
彼女に部屋を宛がわれ、眠らせてもらう。
私は前に泊まった部屋だと思って喜んでいたけれど、アルがずっと一階に座っていることに気がついた。
スターチスはアルメリアと話をしているし、アスターはクレマチスとなにやらしゃべっているみたいだけれど。
私は「んー……」と悩んだあと、アルのほうへと進んだ。
「アル、眉間の皺が」
思わずそう言うと、アルはちらっとこちらを見てきた。
彼は相変わらず、ピリピリとプレッシャーを放っていた。
つまりは……まだ襲撃者が近いってことだ。
「まだいるってことですか?」
「ええ……潜伏しております」
「人、でしょうか」
他の町だったらいざ知らず、ウィンターベリーは前の事故の結果、前以上に有事の際の結界の作動の義務が厳しくなっている。
ここでは穢れの発生は起こる可能性はあっても、ほとんど学者しかいないこの町では敷居をまたぐことすら無理なはずだ。
それにアルは頷く。
「ここまで来たということは、人で確定でしょう」
「そうなんですね……既に皆にも伝えているのでしたら、どうかアルも休んでください」
「しかし」
「……いざというとき、私を守ってもらえなかったら困ります」
アルは一瞬だけ虚を突かれたような顔をしたあと、少しだけバツの悪い顔をした。
「……俺は、リナリア様を守るのが使命ですから」
この人は。私はそう思いながら会釈をする。
「はい、いつもありがとうございます」
お願いだから、もうちょっと軽くなって。アスターほど軽くなれとは言わないけれど、せめてスターチスくらいに流せるようになって。
襲撃者が確定した以上、そう思わずにはいられなかった。
****
アルメリアにお別れをしたあと、ウィンターベリーを離れる。
馬車で向かう先は、いよいよ火の祭壇へと向かう大通りになる。
その大通りは石が敷き詰められているとはいえど、全体的に萎びた印象がある。大きな木が一本ある以外は、ただ道が続いているだけだ。
そりゃそうか。ここは各祭壇の管理を行っている神官や巡礼の旅をしている信者以外は、ほとんど通らないんだから。
穢れが発生して以降は、この道は危ないからと、神殿関係者以外はほぼ通っていない。
私たちは馬車を降りると、馬車の御者さんは気遣わし気にこちらに頭を下げてきた。
「巫女様、皆様……ご武運を」
「はい、ありがとうございます」
会釈をしたら、馬車は緩やかに立ち去ってしまった。
この辺りで吹いている風は乾いている。その乾いた風の中に砂が混じっている。
そして。その乾いた風が熱で温められていることに気付く。それに、アスターは口笛を吹いた。
「ようやっと、おいでなすったか」
「クレマチス、スターチスは解析を頼む。リナリア様は後ろへ」
「わかりました……リナリア様、こちらへ」
「ふむ、わかりました」
それぞれが熱が巻き上がるのを感じながら、それのほうを眺めていた。
やがてその熱は色を帯びた……それは、めらめらと燃える炎の壁だ。
それに対抗するかのように、スターチスが短く詠唱を終える。
「円障壁」
炎を透明な障壁が取り囲もうとするけれど、炎は意志があるかのように蠢き、障壁を掴ませてはくれない。
前のガスとは訳が違う。
その間に、クレマチスはクレマチスで聖書の詠唱を終えていた。
「『神が降り立ったその地に、種を植え、芽吹き……探索』」
わずかにスターチスの放った障壁に交じり込んだ炎の熱から、索敵に成功したのだ。
敵を示す青白い光は……木の真上を示していた。
その木の上から、またしても炎が飛んでくる。それはさながら矢のように、こちらを射抜こうとする勢いで。
「上から火を放ってくるって、いったいどうなってんだよ……!」
「……ちっ」
どうにかして、彼をここから降ろさないと話にならないんだけど。
私はなんとか今まで見たものを思い返す。
前に見たアスターの真似して水をかけて火を相殺してみる? ……ううん、今の私には火の壁を消せるほどの水なんて出せないし、大量に出さなかったら一瞬で蒸発してしまう。
スターチスは「障壁」と障壁を展開してくれたおかげで、被害は免れているものの、熱を完全に遮ることはできないために、このままじゃ焼かれて死ぬのが先か、蒸し焼きになるのが先かという違いしかない。
だとしたら……木を切り倒して無理矢理降りてきてもらうしかない?
私はスターチスを見る。
「あのう……障壁をアルに向かってかけてもらうことはできますか? ほら、研究所のときみたいに」
「できますが、どうされるおつもりで?」
「はい……このままでは私たちは身動きが取れませんから、木を倒す以外にないかと思ったんですが……駄目でしょうか?」
私がおずおずと言った瞬間、スターチスは一瞬熱で曇ってしまったメガネをずり落としてしまった。クレマチスはぎょっとした顔をし、アスターは笑い出してしまった。
って、ええ、これもリナリアっぽくなかった……? 一瞬アルをおずおずと見たら、アルは汗で前髪をペタンと貼り付けつつ、無言で口をパクパクとさせた。「馬鹿」と言われたような気がする。ひどい。
「たしかに。それが一番建設的ですが……」
「あのふっとい木を倒そうって発想はすごいわなあと思ったまでよ。で、アルはあの木を倒せるのかよ?」
「……やれと言われたら、やるしかないだろ」
アルが仏頂面になるのに、スターチスは苦笑しながら、アルに障壁を重ね掛けしたあと、私は「アル」と呼んでから、彼の大剣に触れた。
……木が倒れたらいい。できるだけ、硬く。頭の中でイメージしたのは、近衛騎士が振るっていた剣先だ。力で勝っていたからアルは勝てたけれど、剣の強度だけだったら、あちらのほうが上だったと思う。
そのイメージを流し込んだあと、アルは私たちのほうに振り返った。
「……行ってきます」
「気を付けて……!」
アルは大剣を大きく振りかぶって、そのまま炎の壁を突破していく。
いくら障壁をかけているから焼き殺されることはないとは言っても、熱だけは防ぐことができない。熱い、はずなのに。
それでもアルは問題の木まで向かうと、それを一閃したのだ。
木が、グラリ……と傾く。
やった……? そう思ったとき。木から黒い影が降りてきたのだ。それは、アルと同じほどの剣を構えていた。
「アル……!!」
思わず声を荒げたけれど、アルはその剣をなんなく受け止めた。
「……まさか、剣一本で大木を倒すとはな」
その淡々とした声色は、この場を吹き荒れる炎にはまるで似つかわしくない。
なびく長い髪は黒く、金色の目でアルを冷ややかに睨みつけている。真っ黒な鎧にはためくマントの色は赤く、剣を交わしているアルとは対極に見える。
その姿に、クレマチスはぎょっとした顔をした。
「その姿は……こんなところで、どうして……!」
黒い鎧は、本来だったら騎士や剣士は絶対に使わない色なのだ。
それは皇族の……ジェムズ帝国の皇族の色なのだから。
カルミア・ジェムズ・ロードナイト。
彼が最後の攻略対象であり……最初のボス戦の相手だったはずなのだ。
……出番が、早まってる。
まだ火の祭壇にだって着いてないのに。私はこの状況に唇を噛んでいた。




