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円環のリナリア  作者: 石田空
神託の旅編

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旅立ち

 その日は晴天。ラベンダー色の空が麗しい。朝の光を受けて真っ白な神殿がきらめいているのは、旅立ちの日にはちょうどいいと思わせるものがあった。

 今日見た朝焼けのように、世界浄化の旅なのだから、もっと神秘的なものなんだとばかり思っていたし、実際ゲームでは毎回神殿から出発するシーンにはわくわくしながらプレイしていたけれど。

 現実はどうしてこうも残酷なのか。

 てっきり歩きでそのまま旅立つのかと思っていたけれど、私たちは出発日にすぐに馬車に乗せられて、あちこち巡りをすることとなってしまった。

 一番はじめにカサブランカからメイアンに向かって、王から直接旅立ちの許可を得る。

 絨毯の上で、フルール王国の国王に許可を得て、その儀式の周りでは、貴族たちが煌びやかなドレスやスーツを着て見守っている。

 中庭はメイアン民にも開放されていて、私たちの儀式を見に、王都から大勢の人たちが詰めかけていた。そのたびに近衛師団の一番下らしい人たちが一般の人たちを抑えていた。

 それから、大きな町をぐるぐると回る。

 私たちが乗せられた馬車の窓から顔を出し、手を振られるたびに振り返さないといけないと教えられ、そのたびににこにこと笑顔をつくって手を振らないといけなかった。これじゃロイヤルファミリーの挨拶みたいだ。たしかにリナリアは元王族だけれど、今は使命を担った巫女のはずなのに。

 パレードしている暇があったら、さっさと旅立てばいいのにって思うのは私だけなのかな。それとも、こういうことをしないと旅立っても駄目なのかな。

 私は馬車でぐんにゃりとしているのに、クレマチスが申し訳なさげに頭を下げた。


「申し訳ありません。リナリア様。まだ儀式のことまで思い出せませんのに、ここまで無茶をさせてしまって……」

「いえ……大丈夫です。ただ……早く旅に出なくていいのかとは思いました」


 馬車からのパレードを見に来た人たちは、なにも何百年に一度しかない世界浄化の旅の旅立ちの瞬間を見に来た野次馬ばかりではない。

 いつか神殿にやってきた人たちみたいな、見るからにぼろぼろの農民姿の女性が、近衛騎士に抑えられながらも叫んでいたのだ。


「巫女様……! どうか! どうか早く浄化を……! お願いします……お願いします……!!」


 そういう人たちは、パレードの際に何人も見たのだ。

 まだ大きな町の周辺は穢れの影響は出ていないし、そもそもメイアンは結界が作動している関係で大きな穢れの影響はないはずだ。でも……。

 どこもそんなに平和だったら、そもそも世界浄化の旅に巫女姫を旅立たせる必要はないのだから。

 実際にパレードは、それこそクレマチスの言うところの一番「安心」させないといけない、穢れの被害で困窮極まっている小さな村や農村、漁村のほうには行かないのだから。

 私の言葉に、「そうね~」とアスターが手をひらひらさせながら言う。

 彼はパレードで手を振らないといけないときは精悍な顔つきで、特に女性陣から黄色い声を上げられていたものの、それ以外のときはいつものマイペースさで馬車で膝を曲げて座っていた。


「神殿も面子ってやつを気にするからねえ。どうせ神殿にも穢れの被害報告、大量に来てたんでしょう? でもいくら神官や巫女を大量に派遣したとしても、闇の祭壇の穢れをどうにかしない限りは、いたちごっこじゃない。それにそこでリナリアちゃんみたいに浄化の旅に出られる巫女を派遣させて、万が一のことになったら、浄化の旅に行く前に詰むからねえ。大事のための小事って斬り捨てたんだろうさ」


 アスターの言葉は、軽い調子で言うもののちっとも軽くない。仮にも彼も貴族だし、近衛騎士の家柄なのだから、その手の話だって耳に入る訳だ。

 その言葉に、私の気持ちは余計に暗くなる。


「そんな……たしかに闇の祭壇の穢れを浄化すれば、世界の浄化は完了しますけれど、でも」

「でも、できんのリナリアちゃん? そもそも穢れの浄化をさあ。そこのちびだって、見習いだから上位の神官みたいに穢れの浄化なんてできないし」

「……それは」


 本当、アスターはどこまでもズケズケと容赦なくえぐってくるなあ。

 私は思わず言葉を詰まらせる。でも全部本当のことなのだ。私には、穢れを祓う術がない。そもそもリナリアだってどうやって穢れを祓っていたのか知らないし、わからない。

 私が黙り込んだのを見兼ねたのか、「まあまあ」と穏やかな口調で口を挟んできたのは、スターチスだった。


「時間は有限ですが、まだ間に合いますよ。それに、リナリアさんだけに負担をかけるわけにもいきませんしね」

「まあ……そうだけどねえ」


 そのまま話は打ち切られた。

 次の町で、またパレードがはじまるけれど、どうにか笑顔をつくって手を振って、その日を終えたけれど。

 まだなにもしてないのに、既にぐったりとしてしまっている自分がいる。

 鞄に収納していた私の部屋のベッドに寝転がり、私はげんなりとしていた。

 もう町への挨拶はしないで、そのまま炎の祭壇を目指しちゃ駄目なのかな……。

 ベッドのふかふかとした感触が、心労で疲れ切ってしまった体を労わってくれる。その感触を楽しみながら、私は深く深く息を吐いた。

 リナリアは、本気でこの茶番みたいなものを、何回も繰り返したんだろうか。それとも、時間が変えられそうな場面にだけ戻ってやり直そうとしたけれど、どうにもならなかったんだろうか。

 最後のコンタクト以降、ちっとも連絡が付かなくなってしまった彼女のことを思いながら、私はまたも溜息をつこうとしたとき。

 部屋のドアがこんこんと鳴った。


「はい」

「リナリア様、起きてらっしゃいますか?」


 旅がはじまってから、ずっとアルはピリピリとしていた。神経を張り巡らせているのは、ウィンターベリーを目指していたときにも見たことがある。

 平和ボケのくせのある私と違って、アルはずっと護衛として集中していたために、ちっとも話しかけることができなかったのだ。

 こんな時間にどうしたんだろう。

 ゲーム中の冒頭の部分を思い返したけれど、該当するイベントはなかったはずで、ただ首を傾げてしまっていた。

 私はドアの向こうへと「起きていますよ」とだけ答えると、向こうから短く声をかけられた。


「このままでいいので、聞いてください」

「はい……どうかしましたか?」


 ここまで来て、さすがに私も変だと思い至った。

 アルがずっと敬語で、私のことをリナリアと扱っていることに。ふたりっきりのときは、アルは私のことを里奈として扱っているのに、ずっと言葉を崩してないってことは……。

 誰かがこのあたりにいるってことだ。

 私は緊張しながら、アルの言葉の続きを待った。


「……何者かが、ずっと馬車に着いてきています」

「いつからですか?」

「メイアンを出てから、ずっとです」


 そういえば。アルが黙り込んでピリピリとした雰囲気を出しはじめたのも、ちょうどその頃からだった。

 パレードがはじまって、いつ乱入者が入るかわからないからだと思っていたけれど、そんなに前からだなんて。

 メイアンと言うと、どうしてもあの近衛騎士に成りすました穢れを思い浮かべるけれど。


「穢れ、ですか?」

「まだわかりません。どうします? 神殿のほうに連絡を付けて、パレードを打ち切ってこのまま火の祭壇に向かうか、このままパレードを続けるか、ですが」

「……アルはどう考えますか?」


 私は思わず記憶を探りつつ、ずっと追いかけている人について考えを張り巡らせる。

 本来だったら、旅のはじまりは穢れのついた獣との戦闘のみで、ボス戦みたいな対人戦闘はまだないはずなのに、こんなにしょっぱなから人が付いてくるなんてことは、どこかで人為的な意図が働かない限りありえないはずなのだ。

 可能性はふたつ。

 ひとつは、リナリアが放った刺客。何故かリナリアは意図的に刺客を送り込んでくるのだ。その理由がちっともわからないし、リナリアに事情を聞きたくてもいないから聞けないままなのだけれど。

 もうひとつは……。

 最後の攻略対象の出番が、なんらかの事象が原因で早まっている。彼は立場上最初は敵として登場する。

 ウィンターベリーの一件を改変した結果、本来メイアン騒乱に関わらないはずだったアスターが関わることになってしまったんだから、私が介入した結果、どこかでゲームの正史からずれている可能性は充分にある。

 私はそこまでぐるぐる考えていたら、アルが「恐れながら」と硬い口調を返してきた。


「火の祭壇の向かったほうが、早いかと思います」

「……何者かわからない敵を、火の祭壇にまで連れて行ってしまうことになるかもしれませんよ?」

「それは百も承知ですが、このままいったら、パレードで襲撃をかけられる恐れもあります」


 そのアルのひと言で、私は腹を決めた。

 もし私の推測が当たっていた場合、今私たちを追跡しているのは最後の攻略対象だ。

 ……おそらくは、彼は一般人を巻き込んで戦闘をはじめるようなことはしない。


「パレードを続けましょう」

「リナリア様、それは承知の上で?」

「敵がなにかを仕掛けてくるとしたら、おそらくは私たちが火の祭壇に向かうときです。たしかに火の祭壇に向かったほうが襲撃者の撃退を早めると思いますが……パレードの急な打ち切りのほうが、皆さんを不安にさせるかと思います」


 元々正史を変えるため……誰かが死ぬっていう結末を変えるためにここまで来たんだ。

 むしろ変わっていることに納得しよう。

 私はそう決意を露わにしていたら、しばらくの沈黙の後、アルは溜息をついた。


「……リナリア様がそう決めたのなら、俺はもうなにも言いません」

「このことは、皆にもそれとなく伝えてください。パレードが終了した後に、迎撃になるかと思います」

「わかりました」


 それだけを伝えてから、私はベッドにもう一度身を任せた。

 ……アルと彼の相性は、最悪だ。もしアルが闇落ちするルートが閉鎖されてないとなったら、彼と出会ったことで、アルがふがいないと自分を追い詰め、闇落ちしてしまう。

 時間が早まったのがいいことなのか悪いことなのか、そもそも追いかけてきている敵が彼なのかわからないけれど、なんとかなるだろう。ううん。

 なんとかするために、私はここに来たんだから。

 不確定要素が多すぎるけれど、やすむことも使命のうちだと、私はさっさと目をつぶることにした。

 あと三日パレードが終わったら、いよいよ火の祭壇に向かうんだから。

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