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円環のリナリア  作者: 石田空
神託の旅編

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偽りの巫女姫と神託

 メイアンからカサブランカに戻る際に見た夢を最後に、リナリアとの密会はぱったりと止んでしまった。

 彼女がいったい私になにをさせようとしているのかは未だわからないまま。ただ私は神殿での日常をこなしている。

 ときおりクレマチスに象徴の力を見てもらったり、アルに鍛錬をしてもらったりしながら過ごしていた。鍛錬……とはいっても、巫女であるリナリアの体でできることは限られていて、せいぜいナイフの投げ方を教えてもらったり、世界浄化の旅の最中にへばったりしないように体力増幅のトレーニングを付けてもらっている程度のものだ。

 毎日神託を受けるために神殿の祭壇で手を組んで目を閉じているけれど、それらしいものは訪れない。

 でも……。

 この数ヵ月のうちに、神殿を訪れる人が確実に増えているのがわかった。

 農村の人たちが、今年の不作を嘆いていたり。漁村の人たちがシケが原因で漁に出られないと悲しんでいる。

 少しずつ。本当に少しずつだけれど、神殿に集まる相談や祈祷、布施が増えていっていたのだ。

 でも……私もゲーム開始時期まで、神託が下ることはないって知っている。早めることなんてできなかったはずなんだ。

 巫女って。待つのが仕事っていうのも辛いな……。

 辛いといえば。

 フラグ管理がどうなっているのかわからないっていう現状がある。

 スターチスの分は確実に折った。スターチスの奥さんのアルメリアが死んでいない以上、フラグが立ちようがないから問題ないとしても。

 アスターの分は、あのメイアン騒乱の際に折れたのかどうかが、私にもわからないんだ。正史におけるメイアン騒乱がどんなものかわからないし、この騒乱はリナリアに利用されていた節があるから、あれでアスターの家の後継者問題にピリオドを打てたのかがさっぱりだ。

 今日も私は朝食の前に、アルを伴って聖堂へと向かう。


「疲れているのか?」


 アルにそっと尋ねられる。それに私は首を振る。最初はアルに鍛錬を付けてもらったときはへばって夕食を食べるよりも先に寝てしまうことも多かったけれど、今では普通に巫女の使命と鍛錬を両立できている。体のほうは本当に最初のころよりも楽になったんだ。

 ただ……待たないといけないことのほうが辛いだけで。


「ううん、アルは手伝ってくれているから、そこまでひどくない。アルこそありがとう。騎士団の鍛錬もあるのに、私の鍛錬にまで付き合ってくれて」

「いや……俺は、お前のほうに驚いているが」

「ええ?」


 この人が素っ気なくそう言うのに、私は思わず目をぱしぱしとさせる。

 アルは緩やかに笑う。


「リナの代わりだと言っていたから、どこかですぐに弱音を吐くと思っていた……あれから、本当にリナとの連絡は、取れないんだな?」

「うん……ごめん」


 一応、リナとは彼女の象徴の力で通じていたことは、アルにも伝えていた。

 ……さすがに、彼女がなにやら暗躍していたことまでは伝えていなかったけれど。

 私がうつむいても、アルはかまわず続ける。


「今はお前をリナの代わりとは思っていない。堂々としていればいい」

「……でも、私は相変わらず象徴の力はそこまで使えないし、未だにまともに戦えないよ?」

「戦うのは、俺たちに任せていればいい。お前は、巫女の使命を果たせばいい」

「……うん、ありがとう」


 そうこう言っている間に、聖堂が見えてきた。いつものように白百合が敷き詰められた棺の前で、膝をついて手を組んだ。

 そのとき。

 いつもよりも百合の匂いが強いことに気が付いた。毎日毎日この甘い匂いを嗅いでいたのに、それよりもなお強い匂い。

 なにかが、目の前に降りたような気配を感じた。

 ……目を開けてもいいの? 私は戸惑っていたら。


『おや……面白い試みだ』


 甘いテノールの声が、少しだけひょうきんな色を乗せた。私は今度こそ目を開き……その人を凝視する。

 金髪と言うには色が薄すぎて、白髪と呼ぶには淡い色がついた、そんな不可思議な色の長い髪を背中を覆うほどまで垂らした、真っ白な服を着た男性が立っていたのだ。

 ケープのような服を着た男性は、翡翠色の瞳でこちらを見て、目を細める。

 今まで、ここで出会った人たちの顔面偏差値はおそろしいほどに高いと思っていたけれど、今まで出会った人の中で一番高い人は、間違いなくこの人だった。

 切れ長の目、通った鼻筋、シャープな顔立ち……どこを取っても見入ってしまうこの人が、神託を授ける神なんだろう。


「どうした? 神託は?」


 アルは怪訝な声を上げていることで、ようやく神の姿は私にしか見えていないということに気が付いた。

 神は私を頭のてっぺんから足の爪先までを眺めるように見回したあと、面白そうに口角を持ち上げる。


『うまく化けたものだ……たしかに、あの子だったらできることだ』


 この人は、いったいなにを言っているんだ。

 そう思って気付く。この人は、いやこの神は、か? 私がリナリアじゃないってことを気付いているんじゃないだろうか。

 でも、神託を聞かないことには、なにもはじまらない。


「あの、神託は……?」


 とうとう私は焦れて声を上げてしまうと、神は『ああ、ああ、すまないね』と言ってくる。

 なんだ、この神は。

 私はイラッとするのをどうにか抑え込んで神を見ていたら、神はスラスラと言葉を上げた。


『世界は穢れに覆われた。海は荒れ、大地は乾き、いずれは人を蝕む。世界から穢れを浄化すべく、全ての祭壇に光を灯せ』

「はい……」


 この辺りは、ゲームで何度も何度も見た場面だ。

 リナリアの最終目的地は闇の祭壇だけれど、途中に六つの祭壇を巡り、そこに光を灯すことで闇の祭壇への道を開くという設定がある。

 火の祭壇、水の祭壇、大地の祭壇、風の祭壇、光の祭壇、そして時の祭壇だ。

 ほとんどの祭壇も穢れに制圧されてしまっているから、そこを穢れから解放することで、最後の闇の祭壇を浄化するというのは、どこのRPGでも似たような話はあったと思う。

 神は最後に光を纏ってから、皮肉げに言った。


『あの子がなにをそこまで抵抗しているのかは知らないが……あの子が──になることは、変わらないことだよ』


 そのひと言だけを残して、神は消えてしまった。私は光だけを残していなくなってしまった神の立っていた場所を、呆然と見ていた。

 今のセリフは知らない。今の言葉って、リナリアに対してだよね? リナリアが抵抗しているって……なにをだろう?

 私が考えていたけれど、「リナリア様?」というアルの言葉で我に返った。


「今……神託という言葉をうかがいましたが」


 アルが表情を引き締めていうのに、私は振り返って頷いた。


「……神託が下りました」

「……っ、わかりました。神官長にお伝えします」

「はい」


 アルが急いで聖堂を出ていく音を聞きながら、私は棺のほうを眺めていた。

 そういえば……神聖な場所で、神託を受ける場所なのに。どうしてここを白百合で敷き詰めた棺に祈りを捧げないといけないんだろう。

 神の言葉が、どうにも引っかかって仕方がなかったのだ。


****


 神託を受け、巫女姫による世界浄化の旅がはじまるということで、神殿内は大騒ぎになってしまっていた。

 前にウィンターベリーに向かうだけでも、メイアンからの許可を得るために数日かかったのが、今回もそれだけかかるというのに思わず閉口してしまう。

 国にだって、既にあちこちが大変なことになっているって情報は伝わっているはずなのに。

 一方で貴族からのお布施が大量に増えているのは、世界浄化の旅のスポンサーをしたというのが家に箔がつくからなんだろうか。その辺りは私もよくわからないんだけれど、あれこれとアイテムみたいなものを渡されても、いくらあれこれ収納できる鞄を持っているからといっても、使い方のわからないものをひょいひょい渡されても困ると、過半数は神殿に置いていくことになった。


「あの……前回の世界浄化の旅も、このようになっていたんでしょうか? 早く出発したいんですが……」


 数日も足止めを食らってしまった上に、巫女姫のお披露目であちこちに行かないといけないというスケジュールにげんなりしながらクレマチスに尋ねると、クレマチスは困ったように眉を下げた。


「申し訳ありません。ぼくもすぐにでも出発して、ひとつでも多く祭壇を浄化してしまったほうが早いとは思います。ですが、隠密で旅を進めてしまっては、本当に世界浄化の旅がなされているのかって不安になってしまう方もおられるのですよ」

「そのために、私たち一行が旅に出かけることを、宣伝する必要があると」

「はい……祭壇に近付けば、神殿関係者以外にはほぼ情報が回らなくなります。誰もかれもが神殿に頻繁に出入りするわけではありませんから……リナリア様が旅立たれると安心させたいのですよ」


 なるほど。知らない内に大事なことを決められてしまったら、そこから疑心暗鬼が生まれてしまう。それと一緒で、世界浄化の旅がはじまりますよと大きく宣伝することで、少しでも人を安心させたいということか。

 最初にメイアン、その次に小さな町をぽつぽつと回ってから、いよいよ最初の祭壇である火の祭壇を目指すという日程らしい。

 私はそのスケジュールに目を通しつつ、「そういえば」と思ってクレマチスを見る。


「私の旅の同行者は、いったいどのようになっているんですか?」

「はい。リナリア様の護衛としてアル様が、先日のメイアン騒乱の礼からアスター様が同行されるそうです。ぼくも、神殿側の代表として参加します」


 うん。私はその辺りを聞いて納得する。本来だったら、スターチスがウィンターベリーやアルメリアの復讐のために、神殿側にモーションをかけて学者として祭壇の謎を解くために参加を申し出るはずだけれど、今回はないんだな。

 そう安心していたけれど、クレマチスの言葉を聞いて、私は目を点にさせる。


「それと祭壇のことや象徴の力から発生する穢れのことで、学者たちから調査をしたいという申し出があったんです。ウィンターベリーでも穢れ発生を感知する装置のことで事故が発生しましたから、これをそのままなかったことにするのはまずいと。たしかに、穢れの発生が原因で象徴の力が使えなくなることが、農村や漁村で起こっている干ばつやシケの原因ですから、神殿側も許可を降ろしたんです」

「……つまりは」

「スターチス様が、学者側の代表として、参加されることとなったんですよ」


 ……ちょっと待って。

 たしかにフラグは折れているはずなのに、どうして付いてきちゃうことになるの?

 私は思わずこめかみに手を当てたのを、クレマチスは「リナリア様?」と不思議そうに顔を覗き込んできた。

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