巫女姫の追憶・1
リナリアの花が揺れています。
ぷちりと一輪手にすれば、その中で揺れているのは、はじめてアルとクレマチスと神殿を旅立ったころの記憶が転写されています。
この場所は、私の記憶でできています。何度も何度も繰り返して、私の記憶を転写していくたびに、この場所にはリナリアの花が増えていきます。
楽しかった記憶もありますが、中には消し去りたい記憶も、忘れてしまいたい記憶も転写されています。でも……この記憶がなかったら、きっと私はもっと早くに諦めていたことでしょう。
アルに剣を向けられたことも。
カルミアに炎で閉じ込められたことも。
クレマチスに錫杖で腹を突かれたことも。
アスターに首を絞められたことも。
スターチスに結界で封印されかけたことも。
怖くて、恐ろしくて仕方なかったことも、忘れられなかったこと。
いったい何度やり直したでしょうか。
慣れなければ、何度心がすり潰されていたでしょうか。
何度も決断を迫られました。
ふたつの選択肢。取れる選択はひとつ。片方の手を掴むことはできても、もう片方を取りこぼします。
泣いても、叫んでも、全員を助けることはできない……。
そう諦められたら、認めてしまったら、私はもう楽になれたでしょうが、どうしても諦めきれなかったのです。
何度も繰り返している中、誰かが私を……いえ、私たちを見ていることに気が付きました。
『ギャー、アル!?』
『えぐい、ここはいくらなんでもえぐい……』
『ここで死ぬ必要がどうしてあった!?』
『アスター、あんたはどうして全部隠しちゃうの』
『どうしてスターチスは奥さんと一緒にいられないの』
『撫でたい、もうクレマチスは頑張り過ぎで……無理しないでって頭を撫でたい』
彼女たちは、私たちを旅を、一喜一憂しながら、応援してくれていました。
でも……何度も繰り返している中、その声はどんどんと小さくなっていくことに気付きました。
『もうヤダ……どうして何度やり直しても……』
『白百合行こう。もうしんどい』
『誰だ、こんなえぐいシナリオ考えたのは。ライターか、プロデューサーか』
『ブラックサレナはいっつもこうだよ……』
過酷な旅で、見守っていた【観測者】の心もどんどん疲弊していって、諦めていく人たちが増えていったのです。
彼女たちがどうして私たちの旅をずっと【観測】していたのかは、わかりませんが……。興味本位でずっと見ていたのに、疲れてしまったら見るのをやめてしまうのに、なんとも言えない黒いシミを胸に落としていくのです。
もう、見られたくない。聞きたくない。諦めの声も。嘆きの声も。
私は何度耳を塞ごうとしたでしょうか。何度も投げやりになって、投げ出そうとしたでしょうか。
これは私のエゴじゃないか。全員助かる術なんてないんじゃないでしょうか。
そう思い、私も何度も心がすり潰された……そのときでした。
『どうしたら、皆笑って終われるんだろう……?』
素朴な声が、すっと私の耳に届いたのです。
そこで私は思い出しました。どうして、この過酷な旅を繰り返しているのかを。
私は、アルの手を取ったのと引き換えにカルミアを見捨ててしまいました。あのときは、どうして彼が死ななければいけないのかがわかりませんでした。
カルミアを助けようとしたら、クレマチスを失いました。彼は、本当に優しい子なのに。
クレマチスを救おうとしたら、アスターを失いました。彼の声に、私が耳を塞いでしまったせいです。
アスターを助けようとしたら、今度はスターチスが死にました。彼は……ずっと救いを求めていたというのに。
スターチスに手を伸ばしたら、今度はアルを取りこぼしてしまったのです。彼は、本当に大切な人なのに。
助けたい。皆を死なせたくない。何度も何度もやり直して、心が擦り減って、すり潰されても、彼らを助けたいという気持ちだけは、手放すことができなかったんです。
……何度も何度も繰り返し、探して、試して、方法は見つかりました。
真実を知れば、私はきっと彼女に恨まれるのかもしれません。憎まれても仕方がないことをしていることも充分承知です。
それでも。私が彼らを助けたいという気持ちにだけは、嘘偽りはありません。
私は──を、なによりも大切にしているのですから。




