メイアン騒乱・2
地下道を通り、そのままスルスルとはしごを昇る。ワンピース姿なため、私が最後に出ると言ったらアルはすごく渋い顔をしたものの、クレマチスは「女性の服を覗くのはちょっと」と言ってくれたため、ほっとしながらはしごを掴んだ。
そのまま最後まで昇り終えた先のメイアンを見て、私は思わず目を見開いてしまった。
王都メイアン。ゲーム内では旅の通過点として、ラストの闇の祭壇に着く前にはセーブデータから何度も何度も遊びに行った場所だ。
街全体にバラが咲き誇り、白を基調とした建物と赤と緑で彩られた街並みの美しさは、プレイ中も楽しみながら回っていたけれど、ここはちがった。
バラが見事に散ってしまっている。それも季節や暴風のせいで花を散らしたというよりも、騒乱の最中に木が折られてしまって花が踏みにじられたといった感じ。赤い花びらが踏みにじられているのは、見ていても悲しくなってくる。
大通りには人が溢れているはずなのに、人っ子ひとり見当たらない。
「おそらくですが、近衛師団の二分化による騒乱で、巻き込まれたくない一般人が家から出ない、もしくは出ないよう触れ回っていると言ったところでしょうか」
「そんな……。早く騒乱を鎮めなければ、国にも影響が出てしまいますね」
王都メイアンには国全体の政治形態だけではなく、国の守護や神殿の行動認可もある。
神殿は基本的にフルール王国内にあるとはいっても、王都からの管理には入っていない。でもあまり権利が多過ぎても駄目だからと、神殿でのありとあらゆることは王都からの許可がないと無理だ。だから巫女であるリナリアの外出許可だって三日かかったわけだし。
騒乱が長引けば長引くほど、国の治安に尾を引くわけだ。
正直、これをどうやって解決したのかちっとも予測ができないから、ぶっつけ本番でどうにかしないといけないわけだけれど。
シオンにかけられているのは国王暗殺の容疑。でもシオンがそんなことをする理由もないし、ゲーム内でもそんな話が出たことが一度もない。となったら、冤罪のはずなんだから、どうにかシオン自身を探し出して、彼の無実を証明しないといけないんだけれど。
地道にシオンを探そうにも、聞き込みひとつできない状況だったら、どうするべきか。
私が街並みをきょろきょろと見回していると、クレマチスも同じく街並みをきょろきょろと見回して、倒れているバラの木の破片を見て、なにかを確認していることに気が付いた。
「クレマチス……? なにをしてるんですか?」
「ええ……元々メイアンのバラは、街の外観の美しさを保つのと一緒に、国からの象徴の力を組み込まれていますから、それが発動したのかどうかを確認していました」
「……そうだったんですか?」
「はい」
そう言いながら、真剣にバラの木にポケットからルーペを引っ張り出してまで、確認しているクレマチス。
てっきり街の街路樹だと思っていたのに、そこまですごい象徴の力が組み込まれていたんだ。それははじめて知ったな。
象徴の力は、だいたい花言葉から取られている力だけれど、メイアンだったら、バラ。バラの花言葉だったら、どれのことを差しているんだろう。
私はそう思いながら考えていると、クレマチスは「やっぱり」と息を吐いた。
「なにかわかったのか?」
「はい、アル様。結界がメイアンの第一の守護ならば、街路樹のバラは第二の守護。象徴の力の反動で折れたのでしょうね。……戦争の兆しを知らせる花が折れています」
「ええ……」
私は思わず花びらを一枚拾う。
バラは全体的に花言葉は【愛】が知られているけれど、色や模様で意味が大きく変わってくる。その花びらはゲーム中では赤にしか見えなかったけれど、そこにはうっすらと白い絞りが入っている。
……赤地に白の絞りのバラの花言葉は【戦争】だ。
要はシオンがきっかけで内戦が起こる一歩手前ってことなんだけれど。
クレマチスは折れているバラを次から次へと視線を移した。
「普通に考えれば、国中が指名手配をしたシオンを、バラの街路樹の折れた場所を伝っていけば、彼の居場所は特定できるとは思いますが……これだけでしたら確実ではありませんね。これだけバラが折れている以上、ここで騎士団同士が衝突したのは間違いないでしょうし」
そう言いながらクレマチスは折れたバラの幹に触れつつ、鞄にルーペと交替で聖書を取り出すと、小さく読みはじめた。
「『神が降り立ったその地に、種を植え、芽吹き……探索』」
すると、バラの幹が青白く光りはじめた。それにアスターは口笛を吹く。
「なるほど、象徴の力で折れた木だけを光らせて、それを辿ると」
「木の生えてない場所にシオンが入ってしまったら、これだけでは探し出すことはできませんが、居場所を絞ることはできると思います。行きましょう」
うん。クレマチスは落ち着いていたら本当に頼りになる。王都の守護が働いているっていうのもあって、国王の命に問題がない限りは不安定にはならないはず。
私たちは人の全くいない道を、そのままクレマチスの象徴の力により光ったバラを辿りはじめた。
最初は大通りを歩いていたのに、どんどん道は狭くなり、王都の華やかな雰囲気とは裏腹に、埃っぽくって喉がイガイガするような場所にまで入ってきた。
アルは少しだけ目を細める。
「この辺りは、おそらくですが貧困街になるはずですが」
「そうねー、この辺りだったら、そろそろバラがなくなるかもよ。ほら」
立ち並ぶ、狭い場所に無理矢理建てられたような家の庭が最後で、とうとう青白く光ったバラはなくなってしまった。
空は狭く、ラベンダー色の空を区切るのは、家と家の間に吊るされた物干し用の紐。そこに洗濯物の服やタオル、シーツが引っかけられて、風になぶられている。
アスターは自嘲じみた顔をしつつ「でも、ま。この辺りだったら知り合いも何人かいるわ」と首を振った。
石畳の綺麗だった大通りとちがって、この辺り一帯は剥き出しの地面だ。そこをアスターは慣れた足取りで通っていく。
この辺りは正直言って、歩き慣れていなかったらでこぼこしていて、何度も躓きそうになり、そのたびに私とクレマチスはアルに支えられていた。アスターはそれを眺めながら笑うのを見つつ思う。
この人、本当に素直じゃない人なんだなと。
辿り着いたのは、いささか酒気を帯びた路地裏。さっきまで人は近衛師団の衝突に巻き込まれたくなくって誰も家から出ていなかったっていうのに、ここまで来たらあちこちに飲んだくれたおじさんが座っているし、鼻水を垂らした子供だって走り回っているのが見える。
そしてそんなごちゃごちゃした街並みの場所に、更にごちゃごちゃしている店が一軒建っていた。
……貧困街に店を出して、それでお客さんは来るの? 疑問が一瞬出たものの、アスターはそこに「邪魔するよー」と言いながら入っていった。
鼻が曲がりそうなほどにお酒の匂いが濃い店の中には、背中が折り曲がったおばあちゃんがいた。
「あらまあ、アスター坊ちゃん。最近はよそで遊んでるって言ってたのに、珍しいこともあるもんで」
「あはは……俺も呼び出されたらそりゃ帰るんだけどさあ」
「不良息子がふたりもだなんて、大変さね、公爵様も」
おばあちゃんはアスターと軽口を叩き合いつつ、こちらのほうにも視線を向けてくる。
「そこの坊ちゃんは飲めなさそうだけど、あんたたちふたりは飲めそうさねえ。あたしのお手製シードルでも飲むかい?」
そう言いながら、大瓶をこちらに向けてくれるけれど、匂いがきつすぎて飲めそうもない。一応フルール王国の法律だったら、リナリアでもお酒は飲めるらしいけれど、私はお酒なんて飲んだことがない。
思わず私がぶんぶんと首を振っていると、アルが短く言う。
「いや、いい。要件はそこの赤毛に聞いて欲しい」
アルに指名されて、アスターは肩を大袈裟にすくめて見せた。
「赤毛呼びかよ。まっ、いいけど。で、マム。うちの愚弟、引き渡してほしいんだけど」
「あらまあ……」
おばあちゃんはくすくすと笑いながら、カウンターのほうを見た。
やがて立ち上がった姿を見て、私は思わず喉を鳴らした。
その甲冑はさっき地下道で出会った近衛騎士と同じものだ。菫色のスポーツ刈りの彼は、アスターによく似た顔をしていた。とてもじゃないけれど、遺伝子が半分ちがうとは思えないほど、髪の色と長さ以外はそっくりだ。
「……兄上」
「よう、新年以来か」
……シオンは、どう見たって疲れ切った顔をしていた。
私は困惑したまま、助けを求めるようにアルを見る。アルは短く言う。
「話を聞かないことには、事態収拾もできないでしょう。どっちみち、王都も限りがあります。今はまだ捜査が入ってないだけで、いずれは貧困街にも及ぶでしょうし」




