メイアン騒乱・1
地下道は相変わらず人がいない。メイアンのほうは大丈夫なんだろうか。
ゲームの設定だったら、王都なんだから、貴族以外にもたくさん一般人が住んでいる。こんなところで混乱が起こったら、大変なことになる。
「んー……警備までいないってことは、むしろあれかあ?」
「あれとは?」
アスターは眉を寄せて、ガシガシと頭を掻きつつ、自分の曲刀を取り出すと、そこに光を灯す。彼の象徴の力である【属性変化】は便利だ。無属性の曲刀に光属性を付加して、灯りの代わりにしてくれているんだ。
クレマチスに尋ねられて、アスターは「んあぁー……」と目を細めながら、地下道の先を見る。奥まで行ったら、きっと地上に出られる……王都メイアンに。
「結界を作動させたのは故意じゃねえかって話だよ。メイアンのほうで問題が発生して、その問題のために結界で余所者をシャットアウトってな」
「そんな……! そんなことしたら、王都の人たちはどうなってしまうんですか!」
「お貴族様は嫌だねえ~、自分のことばっかだ。いや、むしろ他所に被害拡散させないために、やったのかもしれねえが」
アスターがいつもの軽口を言っている間に、どんどんクレマチスの顔が青くなっていく。そりゃそうだ。現在の国王は、クレマチスのお父さんなんだから。結界で外部を遮断してまで起こっていることって、いったいなんなのか。
なにか言ったほうがいいのかと私が口を開こうとするより先に、アルがぽんと私の肩を叩くと、クレマチスに声をかける。
「心配するな。国王陛下になにかあるんだったら、真っ先に近衛師団が動く。それに殿下もおられる。国のほうは問題ないだろう」
「そう……なんですが」
クレマチスがなおも視線を落として震えている。アルはなおも言葉を重ねようとするけれど、意外なことにアスターのほうが先に言葉をかけた。
「はあ~、辛気臭い顔すんじゃねえよ。どういう事情があるのか知らねえけど、王様なんて命狙われてなんぼだろうが」
「……アスター、口が過ぎるぞ」
「お前だって神殿に不審者が出たらすぐにとっ捕まえるだろうが。どこだってよっぽど組織ぐるみでない限り、問題なんて黒を捕まえて終わりだろうが」
……まどろっこしいけれど、アスターはアスターなりに、クレマチスを励ましてくれてはいるみたい。
彼も一応は代々魔法騎士を輩出している家だし、近衛師団にも口利きできる立場なはずだしね。
まあ、口が悪いのには変わりないから、アルはしっぶい顔でアスターを睨んだままだけれど。でもクレマチスからは震えが引いてくれてはいるみたい。
「……おふたりとも、ありがとうございます。そうですね。陛下は無事でしょうし。街の皆さんに問題が起こっていなければいいんですけれど」
「そうですね、そちらのほうが肝心です」
クレマチスが平常心に戻ってくれたのにほっとしつつ、私たちは地下道の最奥に着く。ここで象徴の力を流すための魔科学機械があるけれど、そこには近衛師団の人がひとり、機械に繋がれている。別に苦しくはないみたいだけれど……。
アスターは曲刀に灯した光を消すと、近衛騎士に声をかける。
「よう、結界張られているせいで、外で立ち往生してたんだけど、メイアンのほうはどうなってるんだ?」
「……! アスター様、どうしてこちらにお戻りに!? ご遊学に出られていたのでは!?」
近衛騎士は慌てたようにアスターに振り返り、こちらのほうを見てさらにぎょっとした顔をしてみせた。
神殿騎士の甲冑に、巫女服の女に、神官服の少年なんだから、どこをどう見ても神殿関係者にしか見えないと思うけれど。
「し、神殿にまで……こ、これは」
「……ちょっと待て、神殿に知られてはまずい話なのか?」
アルは近衛騎士の慌てぶりに、眉を寄せる。いつものようにいつでもナイフを袖から抜けるように構えているのに、慌てて私が手で遮る。
まだなにが起こっているのかもわからないのに、いきなり近衛騎士の人に暴力を振るわないでほしい。私はどうにか呼吸を整えて、近衛騎士の人を見た。
リナリアだったらどう言うんだろう、こういう場面。私が今はリナリアだけれど、設定資料集でしか知らないことに首を突っ込むことになった以上は、きちんとしないといけない。既に変えたことで、バタフライエフェクトは発生しつつあるんだから。
「……まずは、任務お疲れ様です。近衛騎士の方。私たちは、神殿のほうから頼まれまして、カリステプス家の嫡男を王都までお連れしただけです。そこで王都の結界が作動しておりましたので、最初は誤作動かと思っていたんですが、外部を遮断しないといけない事情が起こっていると、今知ったところです。決して、神殿の介入ではございません」
「そ、そうだったんですね……アスター様を戻すと、公爵が……」
それにほっとしたような顔をしている近衛騎士。でもなにも説明受けてないし、メイアンになにが起こっているのか説明してくれない。
近衛騎士の反応があれなのに、やがてアスターのほうが口を出した。
「……俺の親父は、いったいどうして俺を呼び戻した? まだなーにも継いじゃいねえっていうのに」
え、そっちを聞くの? それとも、騒乱にカリステプス家がかかわっているっていうの?
私が目をぱちぱちさせながら、アスターのほうを見ると、近衛騎士がなんとも言えない顔で唇を噛んだ。え、図星?
「……シオン様に、国王暗殺の容疑がかかりました。現在王都を封鎖して、シオン様の捜索に当たっています」
「…………っ!!」
ずっと軽薄な表情が目立ったアスターの顔が、わかりやすく引きつった。それにこっちだって悲鳴を上げたい。
アスターの家の継承問題で揉めている相手だ、シオンは。シオンはアスターと年子の弟なのだ。カリステプス家には正妻の他に愛人がいて、アスターは正妻の子、シオンは愛人の子だ。ふたりとも同じ日に生まれたせいで、今のところは正妻の子であるアスターに継承権はあるものの、アスターになにかあった場合の第二継承権者として、シオンも手放すことができないという非常にややこしいポジションにいる。
でもちょっと待って。本編でもシオンは生きているし、問題なく話の節々で登場している。なのに本編がはじまる前に、暗殺容疑で捜索って……いったいなにが起こっいるっていうの……!?
私が混乱しそうになって、思わずこめかみを抑えていると、アルが私の肩を叩いてきた。そして、私に聞こえる程度に短く言う。
「落ち着け」
「……わかってる。でも」
「お前がどこまで未来を知っているのかは俺も知らない。でもお前は神じゃないから、万能だって期待してはいない。だから落ち着け」
「……うん。ありがとう」
こっちが倒れそうになっている中でも、アスターは顔を引きつらせつつも、どうにか呼吸を整えて近衛騎士に事情を聞いている。
「シオンひとりが暗殺容疑かかっているだけじゃ、近衛師団がわざわざ王都封鎖なんてしないだろ。他にもなんかあるだろ」
「……ええ、ですが。シオン様は慕われておりますから。冤罪を巡って騎士団が分裂してしまったのです。これ以上騒ぎを拡大させるわけにはいかず、閉鎖となりました」
それにアスターは顔を片手で覆う。
……本当だったら、近衛師団に入るのはアスターのはずだけれど、アスターはまだ家を継いでいない関係でフリーの身だ。逆にシオンは今のところなにも継ぐものがない上に、愛人の子の身の上にも関わらず卑屈な部分が微塵もない。自分の国を守るって名目で、わざわざ近衛師団の一番下の騎士団に入団したのだ。
神殿に介入されたくないっていうのは、これは国を巻き込んだ騎士団分裂問題だからってことだろうけど。
私は首を振りながら、近衛騎士に声をかける。
「私たちは、あくまでアスターを無事にカリステプス家にお連れしないといけませんから、これは神殿の介入ではなく、私たち個人の選択です。でも近衛騎士に見つかる前に、シオンを見つけないといけませんね」
シオンの性格上、アスターや家を没落させるために暗殺騒ぎを起こすなんて真似はしないと思う。でも彼は出自のせいで疑われやすい。
冤罪なはずなのに、話が大きくややこしくなっちゃったんだろうなあ……。
でも格好が格好だから、神殿の介入だと誤解して、騒ぎが大きくなってしまうかもしれない。私たちは一旦地下道を出ると、ギルドの人たちに話を付けることにした。
さすがにメイアン内で騒乱が起こっているなんてことは言えないから、結界作動システムが故障していて修理の手伝いをしてくるとお茶を濁し、一旦服を貸してもらうことにした。
「巫女さんはともかく、騎士さんや神官さんの服は、ちゃんとサイズが合うといいんだけれど」
女性ばっかりのギルドだったけれど、幸い売り物にはそれらしいものもあったみたい。
アルはシャツにアラビアン風のズボンと、サーカス団の剣士みたいないで立ち。クレマチスは商人風のズック。そして私はギルドのひとりのワンピースを借りた。アスターも含めて、なんとなく旅芸人一座みたいになってしまった気がする。
「ありがとうございます。これで、結界の修理に行ってきます! でも、あまりに長引くようでしたら……」
「ああ、別にかまわないですよ。こういうトラブル、慣れっこですから。さすがに魔科学は専門外なんで、専門の方に任せるしかないですけどねえ」
そう言って笑って手を振ってくれるギルドの皆さんの笑顔がまぶしい。
ひとまずシオンを探し出すことと、騎士団の鎮圧かあ……。
未知数過ぎるし、この辺りはゲームの知識が役に立たない。でも、ウィンターベリーのことだって、そもそも設定資料集には一行しか書かれてなかったことなんだから、今回もぶっつけ本番でどうにかなると信じることしかできない。
私のワンピース姿に、アスターは口笛を吹く。
「うん、リナリアちゃんはなに着ても似合うねえ。ウィンターベリーのワンピースもよかったが、こっちもなかなか……」
「ふ、服のことはともかく、行きましょう!」
「はいはい……ほーんと、なにミスったんだか、シオンは」
相変わらずなアスターの言葉だけれど、ほっとする。
シオンがアスターのことを好きなのと同じで、アスターもまたシオンのことが嫌いではないのだと。
この兄弟の問題がこの一件でどうにか決着がついたら……またひとり闇落ちするのを防げるんだけれど。
そう思いながら、私たちは地下道へと急いだ。




