王都への道中・1
朝食をいただいてから、すぐに荷物をまとめてウィンターベリーを出発することとなった。
アルメリアは私たちに道中のお弁当としてパンを何個も焼いてくれたのをありがたくいただく。パンだったら、途中でクレマチスが焼いて温めてくれるだろうから、ずっとおいしくいただくことができるだろう。おまけに研究所のときにも使ってくれた薬草を籠いっぱいにくれた。「わからなかったら、そこのメモを見てちょうだいね」と教えてくれたから、これだったら王都に着くまでは持ちそう。……穢れの襲撃があんまりなかったらって条件付きにはなるけれど。
「本当に、なにからなにまでありがとうございます」
最後に私はふたりのことを覚えておこうと、スターチスとアルメリアの顔を見る。
いい夫婦だった。アルメリアになにかがあったら、きっとスターチスは復讐のために旅に出てしまうことになってしまうから、これでよかったんだ。
ふたりとのお別れを名残惜しく思いつつも、次はアスターの問題をどうにかしないといけないんだから、行かないと駄目だ。
スターチスは穏やかに笑い、アルメリアも微笑みながら小さく手を振る。
「道中お気をつけて。王都まででしたら、そこまで穢れは出ないとは思いますが、最近は商人ギルドの馬車が襲われる事例も増えていますから」
スターチスは気を遣わし気に私を見たあと、私の護衛であるアルのほうをちらりと見た。
アルは涼し気な顔で答える。
「そのための護衛です。既に手配は済んでおります」
「そうですか……なら安心ですね」
ふたりの家を離れて、何度も何度も私が振り返るのに、アルはボソリと耳打ちする。
「そこまで振り返らなくとも大丈夫だ」
「わかってるけど……私はもう、ふたりに会うことがないから……」
「そうか」
こちらの会話を打ち切るように、ひょいっとアスターが顔を覗かせてきて、私は思わずびくっと肩を跳ねさせる。
「それでぇ、王都までは手配が済んでるって言ってたけど、馬車は借りれる訳かい?」
アスターがまたも私のほうをちらちら見てくるのに、私は思わずアルを盾にする。この距離を変に詰められるような感じは苦手だ。アルは私の反応に渋い顔をしつつも、アスターの言葉に短く返事をした。
「王都に出る商人ギルドがあるから、そこに護衛を条件に同乗の許可をいただいた。……くれぐれも、余計なことはしないように」
「厳しいねえ」
「……普通だ」
アルの生真面目な反応にアスターは茶化すように答えるのに、私はぐんにゃりとしてしまう。
つくづく、今まではルートに入るまでは安全圏な人しかいなかったから、私は安心し過ぎてたんだなあ。アルは本物のリナリア一筋だし、クレマチスはルートに入らない限りは基本的に弟みたいなもの。そもそもスターチスは妻帯者だ。
一方アスターは、キャラの背景が原因で最初っからナンパ癖があるんだもの。ルート入る入らない関係ないんだもんなあ……。
……気を引き締めないと。そもそも全員生存させるためにフラグを折りに来ているのに、全然違うところからフラグが立って、誰かの死亡フラグが立ったら困るもの。
私はそう自分に言い聞かせた。
さて、ウィンターベリーの町並みを歩く。ちらりと見ている限り、学問都市なだけあり、本屋さんや文房具屋さん、あと実験道具を取り扱っている小間物屋が多い様子だった。王都にまで行く商人ギルドって、いったいなんのギルドだろうと思っていて、どうしてアルがアスターにわざわざ釘を刺したのかがよくわかった。
「あら、いらっしゃい騎士様……そちらが同乗者のかたですの?」
馬車の前で馬の手綱を握っている人を見て、思わず絶句した。それは乗馬服を着た女性だったのだ。今まで馬車を動かしていた騎手は全員男性だったと思うけれど。
そしてひょこひょこと馬車から顔を出したのは、皆女性だった。
「いらっしゃいませ! 積み荷を全部運び終えたら出発しますから!」
「すまない、今回はよろしく頼む」
「はあい!」
女性陣はきびきびと荷物を運んでいく。私がびっくりしてそれを見守っていたら、クレマチスがそっと教えてくれた。
「そこまで珍しくはありませんよ。最近は穢れのせいで強盗が増えましたから減ってきただけで、女性だけの商売ギルドは。あの方々は、アマリリスの香水や服を貴族女性に売りに行く方でしょう。貴族の中にはご息女が婚姻を済ませるまでは男性に一切会わせないようにする方もおられますから」
「そうだったんですね……」
うーん、ゲームで表面だけ知っているのと、実際に見るのは大違いだ。神殿騎士だったら神殿に所属している身元確かな人だもの、下手な傭兵を雇うよりも信頼があると判断したんだろうな。神殿騎士のあの白い甲冑は身分証明書替わりにも使えるんだなと、全然違うことで感動している自分がいる。
馬車に乗ってから、アルが釘を刺したにも関わらず、案の定アスターは積み荷と一緒に馬車の中にいる女の子たちにちょっかいをかけはじめた。
アルは眉間に皺を寄せてはいるものの、それは無視して外の気配に集中している。私はひとまず邪魔にならなそうと判断して、クレマチスの隣にちょこんと座った。
「王都って、どんな場所なんですか?」
そう聞いた途端にクレマチスは一瞬だけ曇った顔をするのを、どうにかしてやり過ごす。本来のリナリアだったら、幼少期とはいえども住んでいた記憶はあるだろうから。
クレマチスはすぐに曇った顔を引っ込めて、控えめな態度で教えてくれた。
「王都メイアンは美しい都ですよ。どこを歩いても四季咲きのバラが咲き誇っていますから」
「まあ……」
「貴族の間では、庭園のバラの美しさは爵位と並んで重要とされていますから」
たしか、設定資料集によると、メイアンは元ネタはパパメイアン。深紅のバラの品種名だったはずだ。ゲームで見ても、メイアンの街並みの煌びやかさは目を奪われたけれど、同時に血生臭い裏設定もゴロゴロ転がっていた。
多分だけれど、バラのフランス語呼びのロゼとか、もっとわかりやすい名前にせずに深紅のバラの名前を付けたのは、この都には血が流れているっていう隠喩だろうなと思う。
そうこうしている間に、ずっと剣の柄に手を当てているアルが、ピクンと瞼を動かした。
「あのう、アル?」
「……まずいです。賊ではありません」
「えっ?」
「穢れです」
アルはそのままばっと馬車の騎手さんのほうへと走っていった。
「穢れが近い。どこかで停められるか!?」
「ええっ、穢れかい!? どっちの方向に」
「北北東の方角からだ」
「ああんっ、すぐ停めるから。くれぐれも積み荷に傷がつくような真似はしないどくれね!?」
「わかっている」
その声を聞いていると、アスターは軽く口笛を吹く。
「驚いた。お前ずいぶんと反応が早かったなあ? 足音が近付くまでちっとも気付かなかったわ」
いや、足音だってちっとも聞こえないけれど。アルの反応がいつも人より早いのは見ていて知っていたけれど、アスターは軽口叩きつつも、既に腰に提げている曲刀に触れている。
女の子たちはすこし震えているのに、クレマチスは穏やかに声をかける。
「大丈夫ですよ、アル様は強いですから。今回はアスター様もおられますし、リナリア様もおられますから」
「ねっ」とクレマチスが言うのに、アスターはにやにやと笑いつつ、その表情をすっと引き締めて女の子たちに声をかけた。
「それじゃ、子猫ちゃんたちは大人しくここに座ってな。すーぐ追い払ってやるからさ」
そう言いながら軽い足取りで馬車の布をめくると、軽い足取りで馬車を飛び降りた。アルも騎手さんのほうから降りているだろうし、私も行かないと駄目だろう。私はクレマチスのほうに振り返る。
「クレマチス、ギルドの皆さんをよろしくお願いします。もしこちらに危険が及んだら、そちらからの援護をお願いします」
「わかりました、リナリア様もお気を付けて」
「はい」
ドレスの裾を摘まんで、馬車から飛び降りると、既にグルグルとした獣の鳴き声が馬車を包囲しようとしていた。騎手さんが馬が暴走しないように手綱で鎮めているものの、それがいつまで持つかはわからない。
私まで降りてきたのに、アスターはほんの少しだけ驚いたような顔をしつつ、曲刀を引き抜いていた。
「おーどろいた。リナリアちゃんまで降りて来たんだ」
「私も……皆さんを援護はできますから」
「そりゃ、どうも」
目の前にいる穢れは、ウィンターベリーで見た実験動物みたいな狼に憑いたもの以外に、この辺りが岩砂漠になっているせいかサソリを巨大化したようなものまでいる。狼はなんとかなるとしても、サソリなんて近付いたら毒にやられてしまうだろう。
だとしたら、投げナイフでどうにか凌ぐしかない。
早速アルは剣を抜いて、狼に対して一閃した。そのにおいに引かれるようにして、狼がアルのほうに集中する。
「アル!」
「……くっ、リナリア様はそちらを片付けてください!」
「わかってはいますが!」
そう言うけれど、投げナイフを投げるだけだから、サソリの甲殻にぶつかってしまうと、簡単に弾かれてしまう。いくら【幻想の具現化】で無尽蔵にナイフをつくれるとはいっても、当たらないんじゃいつまで経っても倒せない。
と、なかなかナイフが当たらないサソリの正面から、ザクリとアスターの曲刀がその身を薙いだ。
サソリは身を震わせて、その衝撃に身を備える。
「あのサソリ……甲殻でナイフが弾かれてたのに……」
「リナリアちゃん。あいつって砂漠の生き物よ?」
「ええっと……」
「砂漠の生き物は、水に弱いのよ。ナイフに水の加護、付けられるもんないの?」
「……あっ!」
すっかり戦いになっちゃってて失念していた。おまけにゲーム中だったら戦闘はターン制だったんだもの、ぱっとは出てこない。
穢れに憑かれた敵には属性が存在する。
水は火に強く風に弱い。風は水に強く土に弱い、土は風に強く火に弱い、火は土に強く水に弱い。
現実世界のサソリは殺し方はよくわからないけれど、砂漠に住んでいる生き物は軒並み火の属性を持っている。水の属性を付ければ、たしかに倒せるはずだ。
アスターの象徴の力は【属性変化】。攻撃にしか使えない象徴の力だけれど、穢れにはほぼ無敵と言えるようなものだ。彼の曲刀は見た目的にはなにも変わったところは見えないけれど、きっと彼の力で水の属性が付加されているに違いない。
サソリは何度かアスターになぶられて怒ったように尾を振りかざしはじめた。……まずい。あれにぶっすりされても、毒なんてどうすればいいのかわからない。さっさと倒さないと。
私はそっと頭の中で絵を思い描いた。
アスターの曲刀……それに滴る水の流れ。
サソリが尾を尖らせてこちらに勢いよく引っぱたこうとしてくるのに、意識を集中させた。
「ここでやられるわけには……いきません……!!」
私の反応に合わせて、曲刀がシュン、と勢いよく出てきて、サソリの身を薙いだ。サソリが尾をビチビチさせている間に、私のつくった曲刀は消えてしまったけれど。
とどめとして、アスターがサソリを蹴り飛ばして、そのまま上から曲刀で腹を掻っ捌いた。
「ふう……一応はお役目は果たせましたか。そっちの騎士もすげえじゃん。狼をひとりで無双してさあ」
「ええ。アルは強いですから」
アスターは地味に狼がこちらに向かわないよう、アルが狼を倒すまではサソリにとどめを刺さないようにしていた。サソリは足が遅かったからよかったけれど、狼の足の速さだったらどうなっていたのか私もわからない。
アルも狼が私に襲い掛からないよう、わざと血の匂いを振り撒いて狼を自分のほうに集めてしまったんだから、本当に申し訳ない。
強くなりたいな……。守ってもらわなくてもいいくらいに。皆が安心して背中を任せられるように。
そういうところを見ると、嫌でもリナリアの強さっていうものを思い知らされる。
自分への絶大な自信と、互いの信頼がなかったら、守られる勇気なんて出てこないんだもの。




