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円環のリナリア  作者: 石田空
チュートリアル編

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巫女姫と騎士の約束・1

 目が覚めたとき、天井が木じゃないことに気が付いて「あれ……?」と辺りを見回す。

 アルメリアにあてがわれた可愛らしい部屋じゃない。真っ白で下手したら殺風景にも見えかねない部屋は、どう見ても神殿のそれだった。

 これは、夢? でも……。

 毎回夢でだったらリナリアに出会っていたはずなのに、いつもと勝手が違う。……いや、一度リナリアは、私の記憶から私の世界そっくりな場所をつくり出したことがあったんだから、これもリナリアが誰かの記憶からつくった世界なのかもしれない。

 真っ白なベッドから起き上がって、姿見を見て、ますます「あれ?」と私は目を見開く。

 すっかりと見慣れたパステルピンクの長過ぎる髪に真っ白な巫女装束ではない。日本人らしい真っ黒な髪は肩までのセミロング。ボーダーのシャツにレギンスといういい加減な部屋着を着た、本来の「里中里奈」の姿がそこにはあった。

 いったいリナリアは、私に今度はなにを見せたいんだろう……。私は恐々としながら、リナリアの自室を抜け出した。

 そこは本当にリナリアの記憶を元につくり出した世界なんだろう。普段だったら巫女見習いの子や神官見習いの子たちが掃除をしていて、「おはようございます」と挨拶されてしまうのに、だだっ広い廊下を走っていても誰も声をかけてこない。神殿騎士だったら、不審人物としてしょっぴかれてしまうかもしれないのに、それもなしだ。

 いったいどうなっているんだろう。気が付いたら、私は中庭の噴水の近くに出てしまっていた。いつかアルやクレマチスからシンポリズムのことや穢れのこと、象徴の力のことについて学んだ場所だ。

 そこに先客がいることに気付いて、私はとっさに中庭の木の後ろに隠れた。

 そこにいたのは、白い甲冑に青いマントをなびかせるアルに、真っ白なドレスにパステルピンクの髪をひらひらと舞わせるリナリアの姿があった。

 ふたりの間に流れているのは、さながら乙女ゲーム鉄板の柔らかい雰囲気。それでいて幼馴染同士の気兼ねない、明らかに距離感を間違えているほどに、肩を寄せ合っている雰囲気だ。

 思わず私はシャツをまさぐって、諦めた。もしゲーム機でこんなシーンがあったらすかさずスクリーンショットで納めるところだけれど、残念ながらそんなものはない。

 でもこのふたりの雰囲気はわかるけれど、いったいなんでだろう。これを見せてくるリナリアの意図がわからない。

 これはリナリアの記憶、なんだろうか?

『リナリア』コンプリートのために何度も個別ルートはやり込んだもの、当然アルのルートも暗記できるくらいやり込んでいるけれど、こんなシーンはなかったはず。

 ……そこまで考えて、気が付いた。

 これって、私とリナリアが入れ替わる前の時間帯なんじゃないかな?

 そう思ったら、リナリアがこれを見せようとする意図もなにかあるに違いないと思い、自然と盗み聞きがたぎる。

 私は木の下に屈み込みながら、必死で耳をそばだてた。


「……ねえ、アル」

「どうかしたか?」


 アルの声が、私が普段聞いている声よりも1オクターブは高い。あの人本当にわかりやすいな。思わず笑いそうになりながら、続きを聞いていた。

 アルの声は好きな人と話しているせいか弾んでいるのに反して、リナリアの声は固い。思い詰めているような感じがする。


「……もし、私が変わってしまったらどうしますか?」

「リナが、変わる……?」


 やっぱり……!

 私は必死で耳を傾ける。もしかして、リナリアは私と入れ替わる前に、「私が別人になるけれど、心配しないでね」とでも言いたかったんじゃないの!?

 そう思ったけれど、リナリアが告げた次の言葉は、ますます私を困惑させるものだった。

 リナリアはアルの言葉を受けて、こっくりと頷いた。


「私が悪人になってしまったら、あなただったらどうしますか?」

「……リナが悪人になるというのは……巫女の役割を放棄するという訳か?」

「違います」

「……リナ、本当にどうした? お前はいつだって秘密主義が過ぎる」


 ……ええ?

 聞いている私だって、混乱している。ちょっと待って。

 私は何度も何度も繰り返したゲームの内容を思い浮かべるけれど、リナリアが秘密主義なんて言われたことは一度もなかったはずだ。

「博愛主義」「お人よしが服着てる」「天然」……だいたいゲーム内で出てきた彼女の印象はだいたいこんな感じだったと思うけれど。

 まさかと思うけど……リナリアは何回も何回も周回プレイしているのが原因で、アルやクレマチスとの関係性も変わってしまっている?

 普段のふたりの会話を聞いていたけれど、ふたりからリナリアへの好感度はたいして変わっていなかったと思う。印象は変わっているみたいだけれど。

 私はドキドキしながら、続きを聞いている。

 少しの間を空けたあと、リナリアが口を開いた。


「もしもの話です。私が変わってしまっても、あなたは私の味方でいてくれますか?」

「……俺は」


 アルは目を見開いて、リナリアをじっと見ている。

 ふたりは幼馴染だ。小さい頃から神殿騎士として修行に明け暮れていたアルに、本来なら王女の立場にも関わらず神殿に入れられ、巫女として修行を重ねていたリナリア。

 ふたりの仲は、たとえどのルートを選択したとしても、誰にも裂けないような絆があると思うんだけれど。

 私はずっとアルの返答を待っていたけれど、ふっと浮上する感覚が来たのに、思わず焦る。

 ちょっと待って。リナリアとアルはいったい、このあと何の話をしていたの!? ……リナリアはわざわざ自分の記憶を見せて、私になにを教えたかったの!? 待ってってば、まだ私は起きたくない……!!

 ばたばた木の後ろでもがいていても、私の覚醒を止めることはできなかった。


「××××××──……」


 アルがリナリアになにかを言ったのを、背後で聞いたような気がするけれど、とうとうそれがなんなのかまでは聞き取れなかった。


****


「……惜しかった」


 私はぽつんと天井を見上げながら、思わず自分の髪を掴んでいた。セミロングの真っ黒な髪じゃなく、メルヘンなパステルピンクの髪は、今日もキューティクルつやつやだ。

 アルメリアに借りた部屋で、私はどうにか起き上がった。

 あの夢で、いったいリナリアはなにを伝えたかったんだろう……。

 わかったことと言えば、リナリアの印象はゲーム中の印象と今の印象がだいぶ違うっていうこと。「私が変わっても味方でいてくれますか?」っていうのは、リナリアと私が入れ替わったことを、事前にアルに伝えてたってこととも捉えられるけど、その割にはアルは私のことを警戒していた……。

 それはリナリアが伝えたもうひとつの「私が悪人になったらどうしますか?」にかかってくるとしたら、私を最初から警戒していたことにも繋がるのか。

 ……でも、本当にそれだけ?

 考えても埒が明かず、私はベッドでごろんごろんと転がってから、勢いをつけて起き上がった。

 とりあえず、このことはちゃんと記憶に留めておこう。

 今日から王都に行く訳だし。スターチスとアルメリア夫婦ともお別れなんだから、ちゃんと挨拶に行かないと。

 着替えて身だしなみを整えてから、私が階段を降りたところで、「ありがとうございます」と弾んだ声を上げているクレマチスのお礼が耳に入った。

 スターチスはにこにこ笑いながら、分厚い本を何冊もクレマチスにあげているところだった。


「おはようございます……あら、クレマチス?」

「ああ、リナリア様おはようございます」

「こんなにたくさん本を?」

「ああ、おはようございます。いよいよ今日王都に行かれるのですね」

「はい……本当にスターチスにはお世話になりました」


 私はぺこんと頭を下げる。

 ここに来て、感覚を掴まなかったら、象徴の力を使えないところだった。世界浄化の旅には、この力は絶対に必要なものだから。私はそれで頭を下げると、スターチスは目尻を細めて笑う。


「いえ、リナリアさんが頑張ったからだと思いますよ。私はそのお手伝いをしたに過ぎません」

「ですが……なんのお礼もできずに、すぐに出立という慌ただしさで申し訳ありません」

「いいんですよ。お礼なんて」

「ですが」


 そう言っていたら、「だったら」とアルメリアのほうから口を挟んできた。

 彼女は最後だからと、一生懸命パン生地を捏ねて、それを薄く伸ばして薪ストーブに入れているところだった。上にはたっぷりのチーズに、ドライ野菜。きっとおいしいピザになるだろう。


「また遊びに来てちょうだいな。私もスターチスも、待っていますから」

「ええ。妻も友達ができたと喜んでいましたから、ぜひ」


 ふたりが微笑みながらそう言う姿に、少しだけ胸がキュンとする。復讐心がないスターチスは、こんなに穏やかに奥さんと笑い合って、優しく人に声をかけられるんだなと、この数日を振り返って本当にそう思った。

 私がやったことは、間違ってはいなかったんだと、安心させる作業だ。


「……わかりました、絶対に遊びに行きます」


 外出許可は本当に長いことかかるし、あとすこしで世界浄化の旅に出る。そうなったらウィンターベリーまで来られるかはわからないけど。またふたりに会いたいな。

 名残惜しさを噛みしめていたら「へぇ~」と軽口を叩いて、アスターが降りてきた。低血圧なのか、まぶたが重そうだし、髪も乱れている。


「ふわぁ……おはよ。じゃ、俺もそろそろ実家に帰らないと駄目でぇ……ほぉーんと、残念だなあ、せっかくアルメリアちゃんとお近付きになれたと思ったのに」

「おはようございます」


 アスターがまたしてもアルメリアの手を取りそうになったのに、間にスターチスが入って立ち塞がるのに思わず笑いをこらえていたところで、「リナリア様、食事が終わり次第、出発です」と、アルがやってきた。こちらは既に朝の鍛錬も終わったらしく、さっぱりとした顔立ちで、甲冑からもマントからもたるみひとつ見つからなかった。


「おはようございます、はい、わかりました」


 そう返事をしてから、私はなにげなくアルを見る。

 リナリアの問いかけに、いったいアルはなんと答えたんだろう。一番肝心な部分が聞けなかったのはリナリア本人の意図なのか、それとも不可抗力だったのか。

 私が見つめているのに、アルは「なにか?」と尋ねてくる。


「……なんでもありません」


 どうやって聞けばいいのか、わかんないな。そう思って言葉を濁すしかなかった。

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