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円環のリナリア  作者: 石田空
チュートリアル編

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王都への旅路

 ウィンターベリーに戻り、アスターを連れてスターチスの家に帰った途端、スターチスとアルメリアは驚いたように目を見開いてしまった。

 そりゃそうか。アルは昔ここに住んでいたから、騎士然とした立ち振る舞いでも、ふたりの中では案外近所の子が大きくなった程度の反応なのかもしれないけれど、アスターは違う。遊び人風の格好をしていても、貴族のオーラを醸し出しているんだから、学者夫婦にしてみれば面食らってもしょうがないと思う。

 そしてアスターはというと、早速アルメリアにちょっかいをかけていた。アルメリアの手を取って、その甲に唇を落とす。


「はじめまして、まさかこんな場所でこんな美しいお嬢さんにお目にかかるとは思いませんでした」

「あ、あの……私は既に主人が」

「おや失礼。こんなにお美しいのに、既にご結婚されていましたか」


 ……このぺらっぺら出てくるタラシ文句の語彙はどうなってるのか。それとも私がブラックサレナ以外の乙女ゲームに対してあまり適性がないだけで、他の乙女ゲームの攻略対象はこれくらいはデフォルトで言えないと駄目なのか。

 リナリアはそんなツッコミ入れないと、ツッコみたい言葉をぐっと飲み込みながら、私はぎょっとしているスターチスのほうに目を向ける。


「申し訳ありません。彼を王都まで連れ帰ってほしいと教会からの指示がありましたので。今から王都に向かうには時間が足りませんから。……明日にでも王都に出立しますので、今晩一日だけでも部屋をお借りできないでしょうか?」

「そりゃかまいませんが。しかし、まあ」


 スターチスは困ったようにアスターのほうを眺めるのに、私は重ねて「申し訳ありません」と謝る。

 彼にしてみれば、アスターみたいなタイプはなかなか話をしないし、実際ゲーム本編中でもこのふたりは互いを苦手視していた。今は奥さんのアルメリアがナンパされている訳だから、苦手度があがってもしょうがないと思う。

 さんざんアルメリアに甘い言葉をかけるのを見かねて、クレマチスが顔を真っ赤にしながら間に入った。


「そ、その辺で。そもそもアルメリア様は既婚者ですから」


 可哀想なくらいに顔を真っ赤にさせているクレマチスを見てか、ようやくアスターはずっと離さなかったアルメリアの手をそっと放した。


「そりゃ残念だ」

「あ、あまりご婦人をからかうのは、よくないかと」

「でもそこの巫女姫様はそこの騎士がすっごい顔で睨んでいるからなあ……」


 そう流し目でこちらを見てくるのに、私は思わず引きつった笑いをしそうになり、口元を抑える。ちらっとアルを盗み見たら、アルは本当に不機嫌さを前面に押し出した顔をしているのが意外だった。この人は使命に対しては本当に忠実なんだな、自分の恋心はともかく。

 ひとまず、アスターのために一部屋借りる許可をもらってから、アルメリアを手伝って夕食をつくる。

 アルメリアは「お客さんがたくさんだったのに、リナリアさんたちが帰ったら寂しくなるわね」と言いながら笑っているのに、私は思わず胸が痛くなる。

 多分、もう会わないほうがアルメリアのためだと思うの。ゲーム本編には出てこなかった彼女だけれど、本当におっとりしたいい人だったし、彼女と一緒にいるスターチスは本当に幸せそうだった。

 ゲーム内であれだけ粘着質な闇オーラを帯びていたことを思うと、このふたりにはこれからも平穏無事に暮らしていてほしい。

 夕食が済んだら解散となり、相変わらずクレマチスはスターチスに本を借りて、象徴の力の研究について談義をしている。アルはアルメリアの手伝いをしつつ、見回りとしてスターチスの家の前で見張りをしていて、私はそのまま部屋に戻ることにした。

 階段を登ろうとしたところで、アスターから「ああ、ちょっといいかい」と声をかけられた。私は思わずギクリとしそうになりながら振り返る。


「……なんでしょうか?」

「巫女さんや巫女様って呼ぶのも味気がないし、今は騎士もいない」

「はあ……」


 実際、アルは私を部屋に送ったら与えられた部屋に戻るとは思うけれど、今は席を外している。

 なんのフラグも立ててないし、アスターの性格上女好きではあってもすぐに手を出すことはしないとは思うけれど、過剰なスキンシップはしてきそうな気がする。思わず逃げ腰になりそうになるけれど、リナリアはそこまで逃げ腰にならない気もすると、どんな体勢で話を聞けばいいんだろうととまどっていたら、アスターのほうから苦笑されてしまう。


「なにも取って食いやしないよ。君にその気がないのに」

「では、なんの話でしょう」

「そろそろもったいぶらないで、名前を教えてくれてもいいんじゃないかい?」

「あ……」

「あそこのチビが言っていたから名前は知っているけれど、君からはまだ聞いてないからな」


 そういえば、いっぱいいっぱいになってて、名前名乗ってなかった……。でもちょっと待って。

 私は背中が冷たくなるのを感じた。

 アスターは軽薄な言動とは裏腹に、頭がいい。跡継ぎ問題のせいでたびたび命を狙われているせいで、洞察力は同年代の男性の中でもずば抜けているほうだ。

 ……私が、普通の巫女姫じゃないって、勘付かれてない? さすがにリナリアと立場が入れ替わっていることまでは、察してないとは思うけど。

 そこまで考えて、私は引きつりそうな喉をどうにか動かして言葉を絞り出す。


「……リナリア・アルバです」

「ふぅーん、リナリアちゃん、ね。それじゃあこれからよろしく」


 そう軽薄な声をかけられて、本当になにもせずに立ち去ってくれたことに、私は心底ほっとして息を吐き出した。

 多分ときめきでドキドキするんだったら乙女ゲームらしい展開だと思うけれど、それ以外でドキドキが止まらないのは、どうかしている。……それがブラックサレナの特徴だとは、わかっているけれど。


****


 今日は昨日とは全然違う意味で疲れた……。思わずベッドでごろごろと転がってしまい、情けない顔になってしまうけれど、今はひとりだからいいや。

 一応象徴の力は手に入ったし、スターチスのフラグは折れた。アスターのフラグを折るための布石だって打てた。ただ、気がかりなのは最後のひとりの分のフラグが本編に入らなかったら折れないというのと、それが原因でクレマチスのフラグも折れないということだ。このふたりのフラグは連動してしまっているから、こればかりは本編に入らないとわからない。

 ただなあ……。私はごろごろと転がり、今朝夢に出てきたリナリアのことを思い返す。

 はっきり言ってここまでは、リナリア本人も想定範囲な気がするんだよね。一番わかりやすいフラグだから、アスターのフラグから着手するっていうのも、本編に入らないと折れないふたりのフラグも。

 どうしてリナリアは、そこまでわかっているのに「私じゃ駄目」を繰り返すんだろう?

 力が足りない? そんな馬鹿な。私よりもリナリアのほうが力が強い。

 敵が強過ぎた? それもおかしい。だって穢れは人や動物に憑依して暴れるのだ。ラスボスになる攻略対象だって、どんなに強くっても人間なのだ。それだけだったら「私じゃ駄目」の理由にはならないはずだ。

 リナリアじゃ駄目で、私だったら大丈夫な理由って、いったいなんなんだろう。そもそも。

 一年前に飛ばして、私が勘付くのを見越した上で本の記述を消したりする理由ってなんなんだろう。自分の力の誇示? それこそ意味がわからないよ。

 考えても考えても埒が明かず、ひとしきり転がってから、ようやく私は起き上がって座り込むと、手に力を集中させる。

 リナリアのふりをするために、一日一回、寝る前に象徴の力を使うようにしようと決めたのだ。

 私が頭に思い浮かべたのは、何度も何度もリナリアに連れられて入った、ゲームのセーブ画面に酷似した花が咲き誇る場所。あそこはリナリアが周回した記憶が全部花の中に入っている場所だった。あそこの花。あそこの花を全部調べたら、周回プレイ突破の糸口があるかもしれない。

 頭一杯にリナリアの花畑を浮かべて、手に力を込める。


【幻想の具現化】


 あそこがゲームのセーブ画面と同じ役割を果たしているんだったら、ゲームプレイヤーはリナリアから私に変わっているんだから、私にだってそこに行く方法はあると思うのに、今日もリナリアの花を一輪出すのが精一杯で、あそこまで行く方法が見当たらなかった。

 リナリアの花の中に入っているのは、今日一番印象に残ったシーンだと思ったのか、私がアスターに手の甲にキスされている場面が映っているのに、思わず視線を逸らす。

 ……あの人、誰にでもやっているじゃない。こういうこと。

 何度やっても同じだったので、リナリアの花を放り投げて、不貞寝してしまうことにした。明日から王都へ向かう。あそこまでいくのに、きっと魔物も強くなってしまっているから、戦闘だって今以上に大変になるだろう。そう考えたら、さっさと眠って力を回復させるに限る。

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