放蕩貴族の気まぐれ
アマリリスはいい。王都から離れている分、俺を知っている人間はいないし、この辺りに住んでいるお嬢さん方は素朴な性格をしていて、しゃべっているとほっとする。
ティーサロンでこの町の名菓のマカロンをお茶請けにお茶を飲むと、お嬢さんはコロコロと笑って、俺のテキトーな話に相槌を打ってきてくれた。
出で立ちはそこいらの遊び人ではあるものの、屋台通りでは庶民のお嬢さん方と屋台巡りができ、店舗通りではこうしたお嬢さん方とお茶を楽しむことができる。
「まあ、王都からやってきましたの。素敵ですのね!」
「いやいやいやいや、この町で君のような可愛い子とお茶をできるのなんて、滅多にないことだからねえ。おっと、そろそろ時間だ」
こちらをちらちらとお盆で顔を隠しながら見ていた店員のお嬢さんにふたり分の会計を済ませると、一緒にお茶を飲んでいたお嬢さんが驚いたように目を見開いた。
「またな、お嬢さん」
「もう行ってしまいますのね」
「俺がお嬢さんを独占しちゃまずいでしょ。それに君の従者がすっごい顔で睨んできているしねえ」
お嬢さんが名残惜しそうにしているものの、近くで待っていた従者のお兄さんが目を釣り上げているのがわかる。どんな家柄の人間であっても、箱入り娘を傷物にされるのは大問題だろう。
大丈夫大丈夫。どこの馬の骨ともわからん奴はさっさと退散しますよっと。俺はお嬢さんとお兄さんに手を振ると、さっさとティールームを後にした。さすがに地方のお嬢さんとはいえど、令嬢は令嬢。屋台通りまでは追ってこないらしい。
綺麗に着飾ってはいるが、腹芸をしないのだから、この辺りのお嬢さん方は本当に可愛い。玉の輿に乗りたい程度だったらちょろいちょろい。雇っている呪術師を使って俺の家に取り入ろうとするような迷惑極まりない連中だっているのだから、余計にだ。
まだ俺には、なんの権限もないっていうのに、わかっているのかね。
自由にさせてもらっているのは、まだ家業を引き継いではいないせいだ。社交界には顔出しちゃいるが、誰も彼もが嘘を貼りつけているし、どうにも面白味がない。学問所の教員やら家庭教師やらに習ったらしいお決まりのおべんちゃらばかりをしゃべるんだから、出席しないといけない夜会では常々あくびを噛み殺している。
一応世の中大変なことになっちゃいるが、王都の社交界では相変わらず醜い足の引っ張り合いをしていて窮屈だ。おまけに馬鹿みたいに高い建物のせいで、空はひどく狭い。そう思ったら、俺は適当な服に着替えて、商人ギルドに金を払って馬車に乗せてもらい、あっちこっちを見て回って遊びほうけてから、王都へ帰る。
アマリリスにも顔を出したし、ウィンターベリー、カサブランカにまで足を伸ばしたら帰ろうか。うちが出資をしている神殿でなにやらあったらしいが、箝口令が敷かれていていまいち概要はわからない。さすがに神殿まで足を運んだら、神官長から暖かいもてなしという名の説教を受けることになるだろうから、それはごめんこうむりたいところだが。
ぷらぷらと屋台通りを歩いていると、ピンク色の髪の女の子が目に留まった。この辺りは世間知らずの女の子が多い分、そういう子たちに声をかける男が多い。その手のことを知っているような子だったら最初から屋台通りなんて入らないし、入っても連れから離れないため、ひとりで歩いてるなんてずいぶんと無防備だなと思った。
可哀想にね、まあ今後の勉強だと思うことだな。そう思って俺は通り過ぎようとしたとき。
「すみません、この辺りに貴族様通りませんでしたか? カリステプス公爵家の男性なんですけど」
「それってどこの貴族様ですか?」
「王都の人って聞いたんですが……」
思わず二度見しそうになった。あまりにも要領を得ない聞き込み調査に、彼女は相当世間知らずなのだろうと判断した。保護者、さっさとこの子を迎えに来たほうがいいぞ。変なのが湧いても、追い払うことすらできんだろうさ。
人ごみに紛れて、彼女のほうを観察してみる。あの下手くそな聞き込みはどう考えても俺を探してるんだろうが、まず顔かたちがわからないもんだから、「王都の貴族」「男性」「魔法剣を提げている」以外に情報がないらしい。
彼女が着ているのはこの辺りの女の子が着ているようなワンピースだが、神殿にでも入っている巫女見習いだったら、貴族令嬢以上に世間知らずが多いから、そっち方面かね。おそらくそろそろ父上が俺の捜索願いをあちこちに出している頃だろうし、各地に支部のある神殿に出ていてもおかしくはない。俺がそう当たりをつけているところで、彼女は案の定変なのにぶつかった。
「ご、ごめんなさい。ちょっと人を探していて」
「……見つけたよ」
「…………。は?」
「そのバラ色の髪、その憂いを帯びた瞳……まさしく、僕の求めていた……運命の人! まずはお互いの出会いに感謝するためにティーサロンでお茶でもどうかなお嬢さん?」
このあたりは世間知らずのお嬢さんがひとりでうろうろしていたら、そういうのは引っかけても大丈夫だろうと、同じく世間知らずの坊ちゃん……三男以降は継ぐものなんてないもんだから、どこかに養子縁組するなり出仕するなりしなければいけないんだから、いいとこに養子に迎えてもらおうとそれはそれで必死なのだ……のナンパの練習場に使われている。
案の定、彼女は振り切ることができずにそのまま固まってしまっていた。
やれやれ。こんな子が保護者なしでこんなところうろうろしているとは思わないが、本当にいないのかね。俺は通りをぐるっと眺めてみる。すると少し先にある革細工屋でなにやらしゃべっていた神殿騎士が血相変えて人ごみを掻き分けてきた。……やっぱり神殿関係か。
普段だったら、追っ手を撒いてさっさとこの町から離れるところだが、気まぐれ心がむくりと頭をもたげた。
固まっている彼女の手を、俺はひょいと掴んだ。
……手先に若干の荒れがある。貴族や商家の令嬢だったら家事をしない以上手荒れなんてない。それがあるということは、家事や奉仕活動に参加している……こりゃ神殿関係者っていうのは当たりか。俺はそう算段をつけつつ、ふっと声をかけてみる。
「あー、お待たせ。子猫ちゃん。そちら、知り合いかな?」
彼女はビクンッと肩を跳ねさせる。彼女に声をかけた途端、どこぞの三男坊が空気を読めないことをのたまった。
「その可憐な人を離したまえ、遊び人の出る幕ではないだろう!!」
「子猫ちゃんは乗り気じゃないんだ、帰りな」
少しだけ含むように言った途端、どこぞの三男坊は顔を引きつらせた。……残念だったなあ、修羅場っていうもんは場数が物言うんだよ。
「……くっ! 覚えておきたまえ……!」
そのまま立ち去っていった三男坊を見届けつつ、手を取った彼女を見てみる。パステルピンクの髪を伸ばしっぱなしにし、目は湖のようなうっすらとした青。
「あの、助けてくださりありがとうございます。そろそろ手を離してくださると嬉しいんですが……」
「どうして?」
「どうしてとおっしゃられましても……」
整った顔の造りやら言動やら、ずいぶん噛み合っていないなと思う。言葉自体に嘘はないようだが、言動が巫女見習いにしてはいささか庶民のようにおぼつかない。よっぽど幼少期から神殿にいられない限りは、大概は社交界に向けて最低限の教育は受けているんだがな。それは王都の腹芸を学んできた令嬢だろうが、地方の素朴な商家の令嬢だろうが、替わりはない。
ようやくこちらに顔を上げた彼女は、呆気に取られたように、小さく口を開ける。そこでようやく人ごみをすり抜けて神殿騎士がこちらに辿り着いた。顔には不機嫌さを露わにしているのに、俺はにやりと笑う。
そんなに大事だったら、もうちょっと目を離すんじゃない。その辺りは地方のお嬢さんの従者の方がまだできているだろうさ。
俺は興味本位で、彼女の耳元に声をかけてみた。腰に手を回してみるが、彼女はするりと避けることもなく、固まってしまっている。
「で、俺を探してどうしたの? 子猫ちゃん」
気まぐれに言ってみた声で、彼女は途端に目を釣り上げた。本当、噛み合ってないな。俺はますます笑いが込み上げてくるのを感じた。
巫女見習いだったら、もうちょっと表情を消すだろうに、裏表がないのがおかしい。いったい彼女は本当になんなんだろう。
もうちょっとからかおうとしたところで、彼女の身体はすっと離れた。彼女を引き寄せたのは先程からこちらに向かってきていた神殿騎士だ。
「……いい加減にしてもらおうか。リナリア様、申し訳ありません。お加減は大丈夫ですか?」
「いえ、ありがとうございます。本当に大丈夫なんですが」
「よかった。……こちらは?」
「えっと……」
彼女はちらちらと俺を見てくる。どうも、神殿騎士の方も俺を捜索はしていたものの、俺の姿は知らないらしい。でも彼女は俺の正体に気付いているみたいだしな。
このまま煙に巻いても面白いが、彼女の言動をもうしばらくは見てみたいと、そろばんをピンと弾き終えた俺は、軽く一礼をした。
「いや、まさか俺を探しにはるばる神殿からお越しくださるとは光栄ですな。俺はアスター・カリステプス。探し人ですよ」
そのひと言で、ますます神殿騎士は顔をしかめた。わかりやすいな、このふたりは。俺はにやりと笑いつつ、更に言葉を重ねてみる。
「で、どうされますか? そのまま俺を王都まで送り返しますか?」
十中八九そう言われるだろうと踏んでいたら、案の定神殿騎士は硬い口を開いた。
「当然です。カリステプス公爵家から神殿まで捜索願いが出ておりましたから……」
「待ってください。アル」
「……リナリア様?」
意外なことに、リナリアとか呼ばれた巫女見習いのほうが割り込んできた。俺が目を細めていると、彼女はじっと俺の方を見上げてきた。
「すこしでいいですから、お話をしませんか?」
「そりゃ、可愛い女の子とのデートは大歓迎だけれど。でもいいのかい?」
「はい」
どうにも。言葉に嘘はないのに、見た目と言動のいまいち噛み合わない子とデートになりそうだ。
お嬢さん方についてる従者よりもよっぽどおっかないおまけは、ついてきそうだが。




