夢の町アマリリス
ひとまず準備を整えてから、私たちはアマリリスに向かうことにした。事情を知ったアルは、ちょっとだけ顔をしかめていたけれど。
まあ、出かける都合があるのは私たちだけれど、神殿にいいように使われているわけだからなあ。
スターチスにアマリリスまで用事で出かける旨を伝えたら「おやおや」という顔をされてしまった。
「アマリリスまではそこまで距離はないですが、あの辺りは女性が多い分、それを食い物にする輩も多いですから、気をつけてください」
「女性を食い物って……?」
私が思わず聞くと、何故か気まずい雰囲気になる。リ、リナリアはそういうことも聞いちゃ駄目なんですかね!? 思わずアルの方に振り返ったものの、彼はアマリリスに向かうと聞いたときと同じく、しっぶい顔をするだけに留めていた。
男性陣が黙り込んでしまったのに替わって、アルメリアがころころ笑いながら口を挟んできた。
「大袈裟だわあ、化粧品や服を買い求めに、貴族の女の子たちがよく遊びに来るけど、世間知らずな女の子と遊ぶ男の子が多いだけです」
「アルメリア、君はもう少し危機感を持ってください。人目のない場所を歩いてはいけませんよ?」
「あら、大袈裟だわ、スターチス。それに人目の多い場所歩いてたらそんな人寄ってこないわよ? あそこの服は斬新な色合いのものが多いから素敵ね。これが王都にまで渡ったらすごい値段になっちゃうけど、直接アマリリスまで買いに行くんだったらお手頃価格だから、地元の人はついつい足を運ぶし、お菓子屋さんも多いからとてもいい町よ。楽しんでらして」
彼女の物言いに思わず笑いつつ、私たちは出かけることにした。でもアルメリアはあっさりとしてたものの、どうしてスターチスだけでなく、アルやクレマチスまで黙り込んだのかしらん?
ウィンターベリーを出たあたりで、私はふたりをじっと見ながら聞いてみる。
「あの……アマリリスってそんなにおかしな場所なんでしょうか?」
それにクレマチスが「あー……」と声を詰まらせる。
「別におかしな町ではないんですが、女性に声をかける人が、ですね」
「はい」
「……ちょっと、ぼくたちだとわからない人たちですので」
「……はい?」
そこで口ごもってしまった。アルは相変わらず嫌そうな顔をしている。うん?
私が知っている以上にダークな世界観だとは思うけど、シンポリズムは乙女ゲームの世界観、女性向けの雰囲気は保っているはずだ。まさかそんな肉食獣みたいな人ばっかりの場所があるとは思えないんだけど。そもそも女性向けの町って言っていたし、アルメリアの言動からして、スターチス抜きでもひとりで買い物に来てたみたいだしね。女の人だけで歩いても治安のいい町なんでしょう。
ウィンターベリーを出て、一時間。その間に穢れの襲撃は受けるのかなと思っていたけれど、そんなことは特になく、ウィンターベリーとは違う雰囲気の素朴な町並みが見えてきた。
ウィンターベリーは素朴な町並みながらも、学問所があったり研究施設があったりと堅い雰囲気があった。でもアマリリスは違う。
町の端にある馬車置き場は馬車でいっぱいになっているのが目に入る。それに乗ってこの町にやってきたらしい見た目からして派手な服の女の子たち。おそらくは貴族令嬢なり豪商なりの令嬢だろう。彼女たちが従者を連れて買い物をしているのが見える。多分オートクチュールの服や靴なんだろう。従者の人たちは荷物をいっぱい抱えているのとすれ違う。
お金持ちばっかりかといったらそうでもなく、アルメリアの言っていたとおり近隣の町の人たちも遊びに来ているんだろう。女連れの平民も多い。
屋台では飴細工をつくっている店、鉄板アイスを振る舞っている店などがあり、細々したところでは自作のアクセサリーや皮細工を売っている店も並んでいる。
平民は屋台で買い物をして、お金持ちは店舗のある店で買い物すると、区別がついているみたいだ。
たしかに全体的に女性向けの店が多いんだなあと思っていたけれど。屋台のひとつにアルが足を留めている。革細工の店だ。
「すごいな……このブレスレットに入っているのは」
「ああ、わかりますか? これは守りの加護が入っているんですよ」
「革でこんなに細やかな紋様なんて」
「全部手作業なんて大量生産はできませんが。神殿騎士でしたらなにかと護衛業も多いでしょう。どうですか、おひとつ」
うーん、なにを言っているのかはよくわからないけれど、どうもアミュレットが欲しいみたい。ゲームだったら防御力の上下に影響あるみたいだけれど、シンポリズム的にはアミュレットってどういうものなんだろう。
クレマチスはクレマチスで、巫女見習いの子たちの出しているお菓子屋さんで話をしている。
神殿も私たちが暮らしている本部はほぼほぼ貴族の寄付で賄われているものの、あちこちにある支部では、こうしてお菓子やアイテムを売って神殿運営資金の足しにしているらしい。この辺りはゲームのマップを巡っていても出てきた話だから、世知辛い。
「ああ、じゃあここでは今はジャムをつくってらっしゃるんですね」
「そうなんですよ。神殿のほうではどうですか?」
「次からはクッキーを売りに出そうとしているみたいですが、最近はなかなか」
しゃべっているのはいいけど。私、お金持ってないから、ここでひとりで立ち往生してても、生殺しなんですけど。
甘い匂いも、あちこちの目を引くアクセサリーも、私では買えないのだ。後ろ髪を引かれる思いでそれらを無視しつつ、屋台の人たちに一応話を聞くことにした。
「あの……この町にカリステプス公爵の方が来てらっしゃるそうなんですが、なにか知りませんか?」
「貴族様ですか? 女性はよくお見かけしますが、特徴はありますか?」
「いえ、男性なんです」
「男性の貴族様はあいにくお見かけしないのですが」
ああ、やっぱり。私は屋台の人にお礼を言いつつ、他にも聞いてみるけれど、似たり寄ったりの返事が返ってくる。
例の放蕩貴族は、自分の立場を隠してあっちこっちに行っているもんだから、ぱっと見だと貴族だとわからないはずなんだ。一応魔法剣を腰に差している人と言っても、一般人だと魔法剣と普通の剣の区別が付かないものだから、一向に見つけ出せる気配がない。だからといって、私が姿かたちを知っているっていうのがおかしいから、さっさとふたりに戻ってきてほしいんですが……!
頭を掻きむしりたい衝動に駆られつつ、ひとまず屋台の人たちに目撃情報を駄目元で聞こうと、次の店に向かおうとしたとき。人とどんっとぶつかってしまい、思わずよろめいた。
「ご、ごめんなさい。ちょっと人を探していて」
「……見つけたよ」
「…………は?」
思わず素になりそうになったのに、私は口元を抑える。私がぶつかったのは、真っ青なドレススーツを着て、細い剣を腰に差している、金髪の男性だ。これだったら攻略対象のひとりやふたりにいそうだと思うんだけれど。その人は何故か口に棘を抜いたバラを咥えている。
……ここまで日本人の考えたフランス人像を全面に押した人知らないぞ。ピエールと呼びたいところだけれど、シンポリズムの名前ルールから考えたら、おそらく彼も花の名前が付いているんだろう。うん。
「そのバラ色の髪」
パステルピンクなんですが。
「その憂いを帯びた瞳」
ただ探し人をしているだけです。どこぞの放蕩貴族を。
「まさしく、僕の求めていた……運命の人! まずはお互いの出会いに感謝するためにティーサロンでお茶でもどうかなお嬢さん?」
……なんなんだ、この鳥肌立つようなことばっか言う人は!!
つっこみどころ満載なナンパに、私は髪を逆立てそうになる。これリナリアだったらどう言うところなの、そもそも全編シリアスだったシナリオ中にそんな面白キャラいなかったと思うんだけど。それとも私が見落としていただけか。
私はちらちらと屋台の向こうを見る。アルは屋台の人と話がついたらしく、ようやく私がナンパに遭っているのに気付いて慌てて寄ってきたけれど、それより早く、私の手は誰かに取られた。間違ってもピエールじゃない。
「あー、お待たせ。子猫ちゃん。そちら、知り合いかな?」
その人はひどく甘い声で言う。
いやいやいや、あなたも知り合いじゃないんですが。なにここ。ナンパ天国なの。そりゃスターチスだってひとりでアルメリアがここに買い物に行くのいい顔しないわ。
「その可憐な人を離したまえ、遊び人の出る幕ではないだろう!!」
頼むからこれ以上話をややこしくしないで、ピエール。というより、お願いだから帰って、ピエール。私の手を取る人はピエールに鼻で笑ったような声を上げる。
「子猫ちゃんは乗り気じゃないんだ、帰りな」
その声は甘いながらも、ひどく剣呑な色を帯びていた。成金らしいピエールは唇を噛んで脅える。いや、そんな脅えんでも。
「……くっ! 覚えておきたまえ……!」
そう常套句を投げ捨てて去って行くピエールに、私は溜息をついた。
どうもナンパ二号に助けられたらしいけど、ナンパ二号に捕まっているという事実は変わらないわけで。
「あの、助けてくださりありがとうございます。そろそろ手を離してくださると嬉しいんですが……」
「どうして?」
「どうしてとおっしゃられましても……」
さっきのピエールのときの剣呑さはどこに落としてきたのか、相変わらず声が甘い。
いや、逃げてってくれたあの人みたいに弱腰だったらよかったのに、なんなのこの強情なナンパは。アルが人ごみを掻き分けてくるのを眺めつつ、思わず眉を寄せる。
ツッコミが追いつかないと思いつつ振り返り。思わず目を見開いた。
赤い髪は何故か時折光の加減でラベンダー色を映し出し、彼に色香を与えた。胸元が大きく開いたシャツからは惜しげもなく鎖骨をさらけ出し、だぼりとしたパンツ。ピエールみたいに細い剣を腰に下げている。どう見てもそれは遊び人風の風貌だが、彼は。
今ちょうど探していた人じゃない。でも私がそれを知っているわけはないし。こちらに向かってくるアルに、私は必死で口の中で訴えた。
こ・の・ひ・と。こ・の・ひ・と。
元々今日の話に乗り気じゃなかったアルは、ますます顔をひん曲げてしまったのが、非常に申し訳なかった。
こちらの表情に気付いたのか、彼は私の腰に手を回そうとする。
「で、俺を探してどうしたの? 子猫ちゃん」
耳元でそう言われて、思わず睨んでしまった。こっちが聞き込みしてたの、どこから見てたんだと。




