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円環のリナリア  作者: 石田空
チュートリアル編

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探し人の依頼

「……ん」


 考え込んでいる間に、すっかり寝付いてしまったらしい。私は目を覚ましてちゃんと布団を被って寝直そうとしたとき、思わずがばっと起き上がった。

 あたり一面はリナリアの花。はじめてリナリアから事情を聞いたときに訪れた、どこだかわからないセーブ画面のような場所。私が起き上がったとき、あの白いドレスを着た巫女姫が、こちらをじっと見ていた。


「リナリア……!!」

「おめでとうございます。ここに来られたということは、象徴の力を会得したんですね」

「あ、ありがとうございます……って、そうじゃなくって……!」


 同じ顔がふたり顔を突き合わせているのもシュールな光景だなと思ったけれど、私の今の出で立ちを見ていて気が付く。アルメリアから借りたワンピースでも、リナリアの持ち物の寝間着でもない。里中理奈がゲームしながら寝落ちていたときの部屋着そのまんまだということに。つまりは、今の私はリナリアの代理じゃなくって、普段の里中理奈というわけだ。

 どういうシステムなんだろうと思いつつも、こちらを見て微笑んでいるリナリアに言いたいことを考える。


「あの、リナリアの代理をしているってこと、アルにばれましたけど、いいんでしょうか……?」


 なし崩し的に私が理奈だと知っているのはアルだけなのだ。私の言葉に、リナリアは頷く。


「アルなら、なんの問題もありません。彼なら最後まであなたのことを他の誰かに告げるような真似はしないでしょう」

「あー……それで、誰も死なない最後にまで繋がるんだったらそれでいいんですけど……ええっと、いっぱい質問あるんですけど、いいですか?」

「私に答えられることでしたら」


 彼女にそうはっきりと言われると、私も思わず口ごもってしまう。質問や疑問はいっぱいあるはずなんだ。

 聖書の改竄なんてどうしてしたの? そもそもあれって、どうやってやったの?

 私でもできるのかなと試しに本を一冊手に取ってやってみようとしてみたものの、象徴の力を覚えたての私だったら、まず本を一冊複製することはできても一瞬しかそれを保つことはできないし、ましてや一瞬で複数の本の必要な記述を改竄するなんて無理だった。

 私と違って、リナリアは円環の力を使って力を溜め込んできたっていうんだったら理屈は合うんだけれど。でもそんなに強い力を持っているんだったら、わざわざ「観測者」って呼ばれる私を捕まえてきて代理に立てる必要なんてないんじゃないの? リナリアだって周回プレイをしているんだから、全員分の地雷やシナリオ、闇落ち理由や回避方法を知っているはずなんだから。

 リナリアがじっと私を見るので、どの質問をしようと考えて、ふと根本的なことを言ってみる。


「そもそもリナリアは、どうして私を巫女姫代理に立てたんですか? 今あなたは、どこでなにをしているんですか?」


 それを口にしてみると、リナリアはふんわりと笑った。これはもしかしなくっても答えてもらえないんだろうか。私はじっとリナリアを凝視していたら、彼女は言葉を紡ぐ。


「私は、観測者のあなたを育てなければいけませんから」

「え? でも、私をわざわざイチから育てるよりも、周回プレイを続けているリナリアのほうが強くって、いろんなことできますし、皆を助けることだって……」

「……私じゃ、駄目なんです。前にも言いましたよね? 私だと、皆を助けることは、できません」

「あ、あれ?」


 たしかに、リナリアは一番はじめに会ったときもそう言ってた。でも、なんで?

 象徴の力も私よりも何倍と使いこなしている。全部のシナリオを知っているはずの彼女が「自分じゃ駄目」って、いったいどこをどうしてそんな結論に至ったの?

 湧き上がる疑問は、リナリアのゆったりした言葉により、流された。


「スターチスとアルメリアを助けることができました。……本当でしたら、研究所の罪のない人々も助けられたら理想でしたが」

「あ……本当に、ごめんなさい」


 あのときの私は自分の身を守ることで精一杯で、ガス人間にされた人たちの穢れを祓うっていう選択肢を思いつくことすらできなかった。……でもどうやって穢れを祓えばいいのかは、象徴の力を使うことで精一杯だった私も知らない。

 ……研究員さんたちを助けることは、できなかったんだもんね。そう思ってしゅんとしていたら、リナリアが笑う。


「どうか、あなたはその気持ちを失くさないで。……私とあなたが違うのは、そこですから」

「あ、リナリア……!」

「あなたが成長するまでは、ちゃんと見ていますから。大丈夫。あなたでしたら、大丈夫」


 私の言葉を無視して、リナリアはそのまま遠ざかっていった。

 黄色、オレンジ、ピンク、白。溢れんばかりのリナリアの花の咲き誇った場所は、遥か遠くへと見えなくなってしまった。


****


「……ん」


 目が覚めたのは、スターチスの家の一室。アルメリアのワンピースを着ているパステルピンクの髪が、ベッドに散らばっている。つまりは、今の私は「里中理奈」ではなくて、「リナリア・アルバ」だというわけだ。

 リナリアとしゃべっていたはずなのに、いろんなことを聞きそびれたなと反省しつつ、ワンピースが皺になってしまうと、眠いのを無視して起き上がる。

 とりあえず、昨日あの施設のことは神殿に通報したし、しばらくはここに滞在予定だけれど。象徴の力が使えるようになった以上は、なにかスターチスとアルメリアにお礼したいなあ。なにがいいだろう。

 私はそう思いながらリビングに出かけたら、スターチスとアルメリアがふたりで台所に立っているのが見えた。スターチスが捏ねたパンに、アルメリアが具を詰めている。詰めているのはオリーブオイルに漬け込んでいた木の実らしい。

 会話らしい会話はないものの、ふたりの流れ作業は本当に手慣れたものだった。


「ありがとう、それじゃあこれを焼いてしまうわね」

「ええ、お願いします」


 ふたりが微笑ましくしゃべっているのを見て、私は小さく息を吐く。

 正直、スターチスの力を借りられなくなるのは惜しいけれど、彼の闇落ち理由は消失した。世界浄化の旅が終わるまでは混沌としているだろうけど、そのまま夫婦仲良くしててほしいな……私はそう思いながら、ふたりがおっとりと朝ご飯の準備をしているのに気付かなかった体裁で声をかけた。


「おはようございます。……今日も早いですね」

「あら、おはよう。昨日は本当にお疲れ様」

「いえ。今日はスターチスも早いんですね」


 そう言ってみると、スターチスはちょっとだけ照れたように笑った。


「すみません。普段はこのくらいなんですが一昨日は話が弾みまして」

「いえ。きっとクレマチスも喜んでいたと思いますから」


 朝ご飯づくりはふたりがあらかた終えてしまったので、替わりに私はアルメリアと一緒に洗濯をしていた。せめてものお礼とばかりに玄関を掃除していたら、こちらに誰かが近付いてきたことに気付いて、私は箒とちりとりから顔を上げる。


「すみません、こちらはリモニウムさん家ですか?」

「はい」

「手紙です」


 やって来たのは商人ギルドの人らしく、荷物と一緒に手紙を頼まれたらしい。封筒を確認してみれば、それはクレマチス宛、届けてきたのは案の定神殿からだ。私はぺこりと頭を下げる。


「ありがとうございます。渡しておきますね」

「お願いします」


 そのまま箒とちりとりを片付けると、クレマチスの借りている部屋まで私は走って行った。


「クレマチス、神殿から手紙が届きました」

「神殿から……ですか? いくらなんでも早過ぎる気がしますが」

「あ……そうですね」


 クレマチスは部屋から出て来ると、その封筒にペーパーナイフを入れて手紙を読みはじめる。その内容を読んで、クレマチスは「ああ……」と声を上げた。


「あのう、神殿はなんと?」

「いえ。リナリア様の外出許可を降ろした替わりに、用事を頼まれてほしいとのことです」

「神殿が私たちに用事……ですか?」

「いえ。リナリア様はお疲れでしょうし、これくらいでしたらぼくだけでもなんとかなりますよ」

「そんな、昨日頑張ったのはあなたもでしょう?」


 そもそも一番危なかったのはクレマチスなんだから。幸いと言っては難だけれど、アルメリアは治癒魔法を使える人だった。家に帰った際に一番怪我をしていたクレマチスの服を無理矢理引っぺがすと、そのまま治癒魔法をかけられて悲鳴を上げていたのだから。

 肉体労働向いてない子に無理させた以上は、私もその用事に力を貸すべきだ。

 私の言葉に、クレマチスはやんわりと笑う。


「ぼくはそこまでひ弱じゃありませんよ……」

「あなたは無茶しますもの」

「リナリア様には言われたくありませんよ……いえ、神殿に出資しているカリステプス公爵の嫡男が行方不明になられているみたいで。その出奔先がここから近いらしくて。探してほしいとのことです」

「まあ……でも施設の話もありますから、あまりウィンターベリーからは離れられませんよね?」


 まあ、ウィンターベリーの手紙が届くまでに往復で八日はかかるはずだから、ちょっと出かけてもすぐに戻れば返事はもらえるはずなんだけれど。私の問いに、クレマチスは頷く。


「ええ、ウィンターベリーの隣町アマリリスですので、ここからだったら日帰りで行き来できるはずです」

「そうなんですね……」


 たしかアマリリスは素朴なウィンターベリーに似た町並みだけれど、系統が違ったはず。あちらも研究所みたいな場所は多いけれど、こちらは魔科学や象徴の力の研究が盛んな学問の町なのに対して、あちらは化粧品や染色技術など、ファッションに携わる町だった。

 あんまり距離も離れてないし、それだったら大丈夫かな。


「それでしたら問題ないと思いますし、探しましょう。でも、どんな方を探せばいいんでしょうか?」


 そう私はとぼける。実のところカリステプス公爵の嫡男ってところで既にピンと来てはいるものの、今の私は知らない設定なのだから。

 クレマチスはそれに気付いているのかいないのか、ゆったりと教えてくれた。


「はい、赤毛で魔法剣を腰に差している方ですので、見たらすぐにわかると思います。魔法剣なんて、相当裕福な方でなければ持てませんから」


 決まりだな。私は内心ガッツポーズを取りつつ、「朝ご飯に降りましょう」と催促した。

 それ、今の段階だと会える最後の攻略対象だ。

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