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円環のリナリア  作者: 石田空
チュートリアル編

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穢れの侵攻・1

 朝日と同時に目が覚めてしまうのは、既に神殿でそういう生活に染まっていたせいだと思う。朝急いで着替えて台所に向かえば、既にアルメリアが昨日アルが割ってくれた薪をくべながら、朝ご飯の準備をしていた。


「あら、おはようございます」

「おはようございます、遅れてしまって申し訳ありません」

「いーえ、昨日は男性陣がちょっと話に熱が入ってしまったみたいでね、まだ起きないの。アルストロメリアくんは早起きでさっさと出かけちゃったのにねえ」

「ええ……?」


 クレマチスとスターチスは互いに頭脳労働担当だから、話が合う人に出会えて嬉しくって話が弾んで寝過ごしたっていうのはまだわかるけど。アルが監視対象の私を置いて出かけるっていうのは引っかかる。


「アルはいったいどちらに?」


 私が正体を明かしたとは言っても、神殿に通報するにしても私の証言以外なにひとつ証拠がないんだから、巫女が入れ替わっていることなんて説明できない。アルも基本的に言葉が足りないもんだから、全部説明できないと思うし。

 だとしたら、私を置いて用事ってなんだろう……? 全然わからず首を傾げていたら、アルメリアはにこりと笑う。


「穢れの侵攻の予測装置をつくっているところがあるの。そこを見に行ったのよ。神殿でもそれを利用できないかって。あの子も使命に燃えてるのねって微笑ましくなっちゃったわ」

「そんなものつくってたんですね……」


 それは初めて聞いた。ゲーム本編の段階だったら、ウィンターベリーは半分以上破壊されてしまっていて、学問所と学問所に近い区域以外はなくなってしまっている。だから今残っている場所のことは私も知らないんだ。

 もしかしなくっても、そこで発見されたときには手遅れだったのかな。自分で「うーん……」と考えてみてもよくわからない。あとでアルが帰ってきた際に聞いてみようかな。

 気になることは多々あれども、ひとまずそれは置いておいて私たちはご飯をつくりはじめた。

 アルメリアが昨日のうちから発酵させておいたパンを竈に入れて焼き、それを半分に切ったらスクランブルエッグを挟む。塩コショウとオリーブ油で味付けしただけだけれど、シンプルでおいしいんだ。フルーツティーと一緒に、それが朝ご飯となった。

 既に日は大分昇ってきたっていうのに、アルが戻ってこない。ただの訪問だったらそこまで時間はかからないと思うんだけど。


「あの、その例の施設ってそんなに遠いんですか?」

「そうねえ、アルストロメリアくんの足だったら、そんなにかからないと思うんだけど。町外れとはいっても、ここからだったらそんなに遠くないわ」


 朝ご飯を置いておいて、私たちが庭で洗濯をしているところで、ようやくクレマチスとスターチスが起きてきた。私はぱっとクレマチスのほうに向かう。


「すみません、寝坊しました。おはようございます、リナリア様」

「おはようございます。アルは出かけて帰ってこないんですが……」

「ああ、アル様は穢れ予測装置の研究を見に行ったとおっしゃっていましたね」


 ああ、男性陣は既にその話を知っていたんだ。私は既に出来上がっているサンドイッチを見る。アル、ご飯を食べてないよね、やっぱり。それに一応はリナリアの護衛だし、実質は私の監視なのに……。らしくない行動にむずむずしつつ、クレマチスに言ってみる。昨日ずっと話し込んでいたらしいけれど、別に目の下に隈はないみたい。


「アルも朝から出てたんなら朝ご飯を食べていないんじゃないかしら。お弁当にして届けたいんですけど……」

「ああ、それだったらぼくも一緒に行きますよ」


 朝ご飯をさっさといただいて、アルメリアにバスケットのお弁当入れを貸してもらう。それを抱えて、ふたりで出かけて行った。

 朝は朝市用に農村からギルドがやってきて野菜を売っているみたい。それを眺めながら通り過ぎつつ、クレマチスが険しい顔をしているのに気付く。


「あら、商人ギルドになにか?」

「いえ……朝市の割には、来ているギルドの数が減っているなと思ったんです」

「ええ? 賑わっているように見えますが……」


 学問所の学生たちが集まって朝ご飯を買っているのも、この町に住んでいる学者たちが商人と話し込んでいるのも見られる。私も現実での朝市の規模がどんなものかは知らないけど……神殿に篭もりっきりだと思っていたクレマチスがそれに気付くのが意外だった。

 私がクレマチスを見て、首を捻っていたら、私の疑問に気付いたのかクレマチスがやんわりと教えてくれた。


「カサブランカに神官長の使いで出かけたことがありますから。聖都と普通の町だと規模も違うでしょうが、数が町の人口に見合わないように思います」

「それはつまり、穢れの侵攻が進んで、田畑の作物が育たない場所が増えていると……?」

「まだ予想ですが。この町で行われている研究が実用化に向かえばいいですね」


 そう締めくくりつつ、クレマチスは「アル様の元に急ぎましょう」とせかした。私は朝市を眺めつつ、思わず眉を寄せてしまった。

 本編中で、穢れの侵攻の予測が立ったなんていう話は出ていなかったと思う。ゲーム中に書かれてないだけで、実はその予測ができていたっていうならわかるんだけれど、もしその予測が立っていたなら、ウィンターベリーはそもそも半壊するようなことにはなってないし、アルメリアが死ぬ必要もなかったんだ。

 そう考えつつ、私たちは目的地に向かって行った。

 ウィンターベリーの外れにあるっていうその装置をつくっているっていう施設に辿り着いたとき、クレマチスが先程朝市を見ていたとき以上に、おっとりとした彼らしくも内難しい顔をしたのに、私は籠を持ちながら怪訝が顔をする。


「あの……クレマチス。なにか変なことはありましたか?」

「この建物、おかしいです」

「おかしいって……古いってことですか?」


 カラカラと回っている風車の音が軋んで聞こえる。

 レンガづくりで素朴な建物の多いウィンターベリーにしては、やけにくすんだ色をしていて、それを駄目押しするかのように蔦が壁に貼りついて生えている。ホラーゲームの舞台になりそうな建物で、正直言って気味が悪い。たしかにおかしいとは思うけど……。


「あの、たしかにちょっと怖い場所に見えますが」

「いえ見た目ではなくてですね。普段魔科学の実験を行う場合は結界を使う場所でなければ許可は降りません。ですが、この研究所で現在は結界が作動していません」

「そういえば……皆がこの研究を行っているのを知っているということは、一度は許可は降りているはずなんですよね?」

「ええ。フルール王国ではまだそこまで魔科学に積極的ではありませんから、一度神殿に許可を取らないといけないんです。結界石がある以上は、建物の許可は降りているはずなんですが……」


 普段神殿やカサブランカでは穢れを防ぐための結界が施されている。神殿の場合は結界の象徴の力を持つ人がその力を使っている。カサブランカや被害が大きくなり過ぎる場所には結界の象徴の力を込めた結界石が配布され、それを使用することが義務付けられている。

 この町でも人が多い場所や魔科学を使用する場所には結界石が屋根についているし、この建物にもその石はあるのに、作動しているようには見えない。

 たしか。ウィンターベリーで無事だった場所のほとんどは結界のおかげだ。学問所やその近辺は本編中でも無事だったはず。破壊された場所のほとんどは結界作動が間に合わなかった場所。そしてこの施設は、私は見たことがない。今初めて見たんだもの。

 そこまで考えて、嫌なことに気が付いた。


「……あの、嫌なことを言ってもよろしいでしょうか?」

「リナリア様?」

「穢れの侵攻を予測するとなったら、穢れが必要ですよね?」

「そうなりますが……」


 クレマチスもそこまで言って、気が付いたらしい。私たちは慌ててこの施設の入り口を探しはじめた。

 まさかと思うけど。穢れの侵攻を予測するために、それの実験のために、穢れをばら撒いたのはここの施設じゃないの?

 アルもこの施設が結界を切っているのに気付いたから、出向いたんじゃないの?

 これって、人災以外の何物でもないじゃないの……!!

 やがて町はずれの通路に、施設に入るための裏口を見つけた。慌ててドアノブを回したものの、鍵がかかっていて入れそうもない。そしてその奥。ドア一枚を挟んだ先で獣の鳴き声が響いているのに気付いた。


「クレマチス……!」

「ええ、穢れです!!」


 穢れは穢れだけだったら活動はできない。……物や、生き物、人に取り憑いて、破壊の限りを尽くす。おそらくだけれど、ここで実験に使っていた動物たちが……。

 クレマチスが「リナリア様、お下がりください」と短く言うのに頷いて、私はドアから離れる。クレマチスは聖書を広げると素早く詠唱を行う。光が満ち、途端にドアが吹き飛んだ。


「急ぎましょう! アル様がご無事だといいんですが」

「アルは大丈夫ですよ、絶対に」


 ただ朝ご飯を届けに来ただけだったのに、どうしてこうなったのか。私たちは灰色の通路を走り、階段を駆け下りて行った。獣くさい、血の匂いがする、既にここで働いていた何も知らない人たちが被害に遭っているんじゃないの? ヒヤリとしたものが止まらない。

 これが町の外に出たら、大変なことになる……!

 やがて、穢れによって豹変した犬が、こちらを見つけた。既に犬だとかろうじてわかるのは四本脚なのと、そのサイズだけ。毛は青くなり、角が生え、さらにちょろりと蔦を生やしている姿は、おぞましいとしかいいようがなかった。こちらに鼻息荒く襲いかかってくる。

 ……って、こちらには犬をどうにかする術はないんだってば……! 仕方がなく、アルに持って来たバスケットをぶん投げようとしたとき。青いマントが揺らめく様が見えた。

 青い犬は、アルの大剣で切り捨てられた。最後に「キャンッ!!」と鳴いて絶命したのを見つつ、私はほっと息を吐く。


「アル……全然帰ってこないから心配しました」

「申し訳ありません。本来なら、ただ訪問して話を伺うだけだったんですが、結界が作動してないのを不審に思い、そのまま中に入りましたら、案の定……」


 アルは昨日の一件などまるでなかったかのように淡々と言う。うん、たしかに私が「なんとかして」とは言ったけど、まさかこんなに行動が早かったとは思わなかったし、私もこんなに猶予ないとは思ってなかった。

 まあ……まだ施設の中だけで治まってくれたら、ウィンターベリーは半壊しなくって済むんだけれど。


「それで、施設の方々はどうなさったんですか?」

「現在捜索中です。上層部は既に逃げているみたいですが、この実験に携わってない者もいるはずです」

「そうなんですね……それじゃあ参りましょう」

「ですが、リナリア様」


 アルは渋い顔で、私とクレマチスを交互に見た。……わかってる。クレマチスは本来後方からの攻撃であり、詠唱ができなかったら足手まといだ。私に至ってはそもそも象徴の力すら使えない。でも。

 どう考えたって、穢れを町の外に出すほうがまずい。こんな施設だったら、隔離壁があるはずだから、それを外から降ろしてしまえば、閉じ込めることはできると思う。私にだって、それくらいはできるはずだ。


「……私は自分が死んだら困るってことくらいわかっています。ですが、今ここで穢れを閉じ込めることができるのは、私たちだけですよね?」

「……自分の命の価値を忘れていないんでしたら、俺はそれ以上なにも言うことはありません。クレマチス、本当にどうしようもなくなったら、リナリア様を連れてウィンターベリーを離脱しろ」

「わかりました」


 アルは厳しい顔、クレマチスは難しい顔。私は未だに足手まとい。それでも今はこのままで行くしかできなかった。

 ああん、今本当に必要なのに。今象徴の力が必要なのに。

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