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円環のリナリア  作者: 石田空
チュートリアル編

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学問の町ウィンターベリー

 幸いといっては難だけれど、強盗の襲撃以降は穢れの襲撃もなく、途中馬車の休憩を挟んだとはいえど、目的地のウィンターベリーまであと二日で辿り着けそうだった。

 私も首を切られて痛かったけど、包帯を替えて定期的に消毒液を塗りたくられたら、痕にはならなそうだった。それにほっとする。


「本当によかったです。リナリア様の傷がそこまで深くなくて……」


 アルとクレマチスが交替ごうたいで手当てをしてくれていた。私も首筋に触れてみる。じくじく痛んでいたけれど、もうちょっとで治りそうだ。


「ありがとうございます。もうそろそろ治りますから。ふたりには心配おかけしましたね」

「いえ」


 クレマチスはそっと包帯をしまい込んだ。アルは私の手当てに寄ってきた以外は、最初のとき以上に御者さんから離れない。多分は、見張りと襲撃対策だろうな。でも馬車休憩のときもだけれど、アルは神殿にいるとき以上に眠っていないのだ。

 多分だけれど。神殿にはアル以外にも神殿騎士がいたけれど、商人ギルドには戦える人はアル以外いない。そりゃクレマチスもいるけれど、彼は奇襲特化であって、アルみたいに正攻法で戦うのは無理だ。私が怪我したせいで、最初のとき以上に責任を感じているんじゃないかな。

 私はそろそろと御者さんのほうに歩いて行く。アルは御者さんの隣で腕を組んで辺りを見ている。相変わらずピリピリしたオーラを隠すこともしない。


「あの、アル……」


 コバルトブルーの目がじっと私を見たあと、短く「申し訳ありません。今は護衛中ですので」と会話は打ち切られてしまった。そこまで責任感じなくってもいいのに……。私はがっくりとうなだれたところで、御者さんは手綱を操りながらこちらのほうに振り返った。


「おや、リナリアさん。怪我の様子はどうですか?」

「はい。おかげさまでもうそろそろ完治です」

「それはよろしうございました。ウィンターベリーもあとちょっとですよ」

「ありがとうございます」


 一緒にご飯を食べて馬車に乗っていたら、それなりに交流も生まれる。御者さんとはそれなりに仲良くなって世間話ができるようになっていた。

 カサブランカから離れて一日経って、もうちょっと景色は変わるのかしらんと思っていたけれど、そんなことはない。まだ結界の近くのおかげでそこまで土地も痩せていないし、青々とした草木が生えているのが見える。ただ……。同じような景色が続いていると飽きてくるのだ。

 今やれることは、乗り物酔いにならないよう眠ってしまうか、外の景色を眺めることしかできない。せめてアルを休ませようと思って護衛はできなくっても見張りの交替くらいできないかなと思ったのに、やる気が空回りしてしまった。すごすごと馬車に戻ろうとしたら、「リナリア様」と短く声をかけられる。


「なんでしょう……?」

「俺のことは気にしないでください。有事のために鍛錬しておりましたので。リナリア様は休んでください」


 そう労わられてしまい、私はキュンとする。それがリナリアに向けての言葉でも、私は嬉しい。単純だなあと思うんだけれど。

 私はにこりと笑う。


「ありがとうございます」


 そう言って頭を下げると、アルの涼しげな目がじっと私を見る。なにか言いたいんだろうかと思ったけれど、結局は彼はなにも言うことなく、そのまま護衛に戻ってしまった。

 甘えてばかりで駄目だな。そう思いながら、のそのそと馬車の中に戻って行った。馬車でときどき馬車の中で遊んでいる子供たちと小さなボールでお手玉みたいなジャグリングみたいな遊びをしつつ、時間を潰す。

 途中で休憩で食事をいただいたり、交替ごうたいで眠っているうちに、舗装されていなかった道がだんだんと舗装されはじめているのに気付く。


「もうそろそろウィンターベリーですね」

「そうですね。でもウィンターベリーって象徴の力の研究が行われているということ以外あまり詳しくないのですが」


 私の疑問にクレマチスは「ああ」と笑った。この子は人に物を教えるのが好きだから、その手の話を振ったときが一番元気だ。


「象徴の力だけではありませんよ。聖書に書かれているシンポリズムの歴史の信憑性を研究したり、魔科学のことを研究しています」

「まかがく?」


 一応魔科学は『円環のリナリア』内に存在している魔法の力を科学する学問や応用技術全般を指すけれど。

 でも。あれ、フルール王国で魔科学なんて研究していたっけ?

 一瞬私はそう思いながら、クレマチスの説明の続きを待つと、クレマチスは「魔科学です」と続けてくれた。


「普段象徴の力をそのまま使います。もちろんアイテムによっては象徴の力を込めることもありますが」

「鞄みたいなものですね」


 収納の力を納めた玉のことを思いながら言うと、クレマチスは頷く。


「皆象徴の力を持っていますが、それの力の強い弱いは存在しますから。それらを均等に使えるようにする研究です。神殿で持っているアイテムの数々も元々はウィンターベリーの研究成果を買い取ったものですから」

「でも、それだったらどうして買い取ったんでしょうか? フルール国でもうちょっと使えるようにしたらいいですよね?」


 実際に、私たちが神殿から配布されている鞄みたいなもの、一番利用できるのはどう考えても商人の人たちだけれど、ここのギルドの馬車を見ていても、そんな鞄を持っていないのはすぐわかる。

 私の言葉に、クレマチスは歯がゆそうに口をもごもごとさせた。


「それは……象徴の力を使い過ぎたら、穢れが発生すると言いましたよね。象徴の力から穢れを発生させない手段が見つかっていない中、魔科学の発展で象徴の力を手軽にどんどん使うようになったら……」

「あ……」


 穢れが増えたらその分だけ、穢れの侵攻が早まるってわけか。本当に面倒くさいことになってるんだなあと私は思う。でも、それが原因でウィンターベリーで穢れが発生するのも説明がつくんだよな。

 そう自分で納得させていたら、クレマチスはまとめた。


「ですから安全な方法で魔科学を扱う方法を、探しているんです。神殿が買い取ったのは、あくまで技術が外に漏れないようにする処置であり、独占したいわけではないんですから」

「そうなんですね……見つかるといいんですが。象徴の力を皆で使える方法が」


 私はそう思いながら、舗装された道なりを眺めていた。あれだけガタガタ揺れていたっていうのに、道が舗装されてからは快適で、最初の吐き気は遠ざかっていった。よかった……吐いてしまっていたら、乙女ゲームの登場人物としてどうよとなるところだったし。


****


 やがて。馬車はウィンターベリーに入っていった。

 カサブランカと比べればずいぶんとおしゃれな町並みに見えるのは、真っ白な建物ばかり並ぶのではなく、レンガ造りの丈夫な町並みだからだろう。

 でも通り過ぎる人、通り過ぎる人は皆、白いローブをまとって歩いているようだ。あのローブは、多分白衣替わりなんだろうなあ。

 ひとまず先に神殿の支部に行ってアルのふん縛った強盗を引き渡す。そして旅の援助金を受け取ると、それを商人ギルドに支払った。商人ギルドの人たちは、それを受け取ると、商売をしに広場のほうへと立ち去っていった。

 風車がぱたぱたと音を立てて回るのを耳にしながら、私は辺りを見回す。


「それで、いったい私たちはどちらに向かえばいいんでしょうか?」

「はい。それですが」

「スターチスの家に向かいます」


 そういえば。私は不思議そうな顔でアルを見る。

 アルは幼少期から神殿騎士として騎士団に入っていたわけだから、神官ほどでもないけれどそこまで自由は利かなかったはずだ。どうしてスターチスの存在を知ってたんだろう。言い出しっぺはアルなんだよなあ。

 本編に書かれてなくって、設定資料集にも載ってないことは、私だって全然わからない。


「あの、アルはどうしてここに住んでらっしゃる魔法学者さんの存在を知っていたのですか?」


 私の問いかけに、アルは気まずそうに眉を寄せて、ボソボソと話しはじめた。


「……昔、俺に象徴の力が本当にあるのかどうか診てもらったことがあります。あそこの夫妻はいい人物ですので、リナリア様の力になってくれるでしょう」


 そう言い切って、すたすたとアルは歩きはじめていた。

 ああ、納得。アルの力は単品だと意味がないから、発動していてもわかりづらいんだ。実際、アルは強盗との戦いではほとんど腕力だけで片をつけてしまったのは、あそこでだったら使えないせいだ。

 象徴の力の強さが、必然的にこの世界での発言力の強さを物語ってしまうのがこの世界だ。あるのかないのか、そもそも使い方がわからない象徴の力を持ってしまったアルからしてみれば、力が判明するまで肩身が狭かっただろう。

 意外とナイーブな部分を知ってしまったなあ。そう思いながらアルについていった。

 どこもかしこも研究者や学者ばかりで、ローブの人たちを見かけるし、フルール王国一の学問所があるせいで、学生らしい子たちが露店のお菓子を食べてキャラキャラ笑っているのが目に入る。

 しばらく歩いて行った矢先に、ちんまりとした家が見えてきた。カラフルなレンガを積んで出来上がった家のベルを鳴らしたら、「はあい」と甲高い声が響いた。


「どちら様でしょうか?」


 ドアを開いてくれたのは、おっとりという言葉が一番しっくりくるような人だった。薬局で嗅ぐような匂いをまとった彼女は、おそらくは彼の妻……アルメリアだろう。パステルブラウンの三つ編みを背中まで垂らした、白いローブを纏った女性だ。

 彼女の登場に、アルがぺこりと頭を下げる。


「お久しぶりです」

「あらぁ、アルストロメリアくん! 大きくなったわねえ……!」


 そう言いながらクスクス笑うアルメリアに、アルは仏頂面の顔を火照らせている。はあ、ずいぶんと貴重な場面が見られたなあ。私が感心していると、アルメリアはパステルブラウンの髪を揺らして笑う。


「それじゃあ、あなたが巫女姫様で。はじめまして、私はアルメリア・リモニウムと申します。記憶喪失が原因で力が使えなくなってしまって不便だったでしょう?」

「は、はじめまして。リナリア・アルバです……」

「それじゃあ、主人に診てもらいましょう。大丈夫ですよ、主人は象徴の力のこと、本当によく研究してらっしゃる方ですから」


 そうたおやかに笑うアルメリアに案内されて、私たちはリモニウム邸を入っていった。

 よかった……まずはひと安心する。

 彼女が死んだら、スターチスの闇落ちの根本を食い止めることはできない。つまりはウィンターベリーの穢れ出現の騒ぎは、まだ起こってはいない。

 スターチスに象徴の力を教えてもらったら、しばらくここで滞在させてもらったら……なんとかなるはずだ。多分。

 私はぎゅっと握り拳をつくる。できることは全部したい。自分にそう言い聞かせながら、アルメリアの背中をついていった。

 プンと漂う薬草の匂いは、多分アルメリアのほうの研究成果だろう。その中、キィーコキィーコと音が響いていることに気が付いた。

 アルメリアに案内された場所には大量の本が積まれている。そこで音を立てる揺り椅子。それに座りながら、スケッチブックにさらさらと羽ペンを走らせている人の姿が見えた。

 パステルグリーンの髪はウェーブがかかり、目元には丸メガネ。オレンジ色のローブをまとった男性だった。

 集中しているのか、大人数で押しかけてきても、ちっともこちらのほうに気付かない。アルメリアは声を張り上げた。


「あなたぁぁぁぁ、お客様よぉぉぉぉ! 巫女姫様!! ……ああ、駄目だわ、完全に集中してしまってる」


 アルメリアはぷりぷりと怒ると、本を一冊手に取る。


「ああ、紙魚!!」


 そう言った途端、羽ペンの音が止まった。そんな、紙魚で止まらなくっても。


「アルメリア、本は無事ですか!?」


 ようやくスケッチブックから顔を上げた彼は、アルメリアだけでなく、私たちの存在に気が付いて辺りを見回した。

 穏やかだけれど、一度集中してしまったら本を人質に取らないとちっとも戻ってきてくれない……この人が、スターチス・リモニウム……攻略対象のひとりだ。

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