闇の胎動
私の索敵の劣化コピーのおかげで、皆が次々と闇の祭壇前まで辿り着いてくれた。
「あー……ひっどい目にあったぁ……。あらら、俺が一番乗り?」
最初に辿り着いたのはアスターだった。手に取っていたリナリアの花は、辿り着いた途端に拡散して消えてしまう。私はほっとしながら、彼の元に近付く。
「ご無事でしたか?」
「まあね。しっかし悪趣味な試練ねえ、ここは?」
「そうですね」
「でもリナリアちゃんも、俺らのことは放っておいてもよかったのに。力温存しとかないと、これが最後だってのに」
そうやんわりと説教するアスターに、私は肩を竦ませる。でも幻想創造よりもよっぽど力は使ってないんだよ。私もこれをアルなしで連発して無事だとは思えないし。
私がごにょごにょと「でも、皆がいないと私も祭壇で戦えないと思います……」とつぶやくと、アスターはふっと笑う。
「まっ、最後の敵はあんまりだもんなあ。あれとどうやって戦うのかは賢い連中に任せるとして、俺はリナリアちゃんを守りますか」
「えっ? ですけど……」
「リナリアちゃんが詠唱を行うとしたら、どっちみちアルは身動き取れないだろう。アルがやられたらリナリアちゃんはそのまま誘拐されちゃうし、そうならないために、誰かひとりくらいは君の盾が必要でしょうが。カルミアはそういうのしてくれねえだろうしなあ」
そう言ってカラカラと笑うアスターに、私は少しだけ胸が痛くなった。
本当にごめんね。私はあなたに対して優しい言葉をなにひとつかけられない。あなたが私に優しいのに、甘えてばかりで、好意をなにひとつ返せない。
そう思っていたら、アスターは軽く目配せしてくる。
「あんま苦しそうな顔しないでよ。俺ぁ好きでやってんだからさあ」
「……本当に、ありがとうございます」
「いいって、いいって」
そう軽くアスターに背中を叩かれたところで、リナリアの花が再び揺れるのが目に入った。
「リナリア様……!」
そのままこちらに駆けてきたのは、クレマチスだ。手を広げると、彼がそのまま腕の中に飛び込んでくる。
「本当にご無事でよかったです……!」
「クレマチスも本当に無事でよかったです……試練は、大丈夫でしたか?」
「はいっ……!」
この子がこくこくと頷くのに、私はほっとする。
クレマチスもいなかったら、神を倒すなんてことは無理だ。でも……まだどうやったら神を倒せるのかはわからない。私が少し考え込んでいると、クレマチスは「あのう」と声を上げるのに、私は顔を合わせる。
「……最後の戦い、どうすればいいのかとずっと考えていました。方法はあるのですが、それにはいろんなものが足りなくって、できるかはわかりません」
「話してください。できるかはともかく、私ではそれに対する知恵が思い浮かびませんから」
私の言葉に、クレマチスは辺りを見回しながら、そっと口を開いた。
それを聞いた途端、私はそれはあまりにも「無理」だと思った。隣で聞いていたアスターも、げんなりとした顔をしている。
「そりゃ、できたらすごいとは思うけど、まあ……リナリアちゃんだけでなく、アルまで死なねえの? これ。前に神の使者を倒したのの応用だとしても、これはいくらなんでも……」
「はい、ですけれど。闇の祭壇に溜め込んである穢れを、全部燃料に換算できれば、あるいは」
たしかに世界中の穢れを溜め込んである闇の祭壇は、無毒化さえすれば、燃料としては魅力的なんだ。それは光の祭壇のところでもカルミアが話していたことだしね。
でも。無毒化する方法はジェムズ帝国にしかないし、今から即ジェムズ帝国に魔科学の装置をもらいに行くっていうのは、もろもろが難し過ぎる。
皆で考え込んでいたところで、リナリアの花がまたも揺れる。現れたのはスターチスとアルだった。スターチスは疲弊したところも見えなく、無事に試練を突破できたらしい。そっか……彼の場合はトラウマになることを私たちが最初に解決したおかげで、試練にならなかったんだ。
アルはアルで、あまり疲れた顔を見せない。彼の試練もなんとかなったらしい。
私はようやくクレマチスを離して、ふたりのほうへと向かった。
「アル、スターチス。ご無事で」
私がぺこりと頭を下げると、アルは「はい」と頷き、スターチスは穏やかに目を細めた。
クレマチスも私たちのほうに寄ってきて、闇の祭壇での戦い方について説明をする。スターチスは少しだけ目を細めて、メガネを押し上げる。
「……理屈としては、一番の理想論ですが、やはりこれでは、リナリアさんにアルストロメリアくん、それにクレマチスくんへの負荷が強過ぎるように思えますが」
一方アルの目は険しくなる。
「……それは、いくらなんでも、力を使い過ぎて、最悪」
そうこう話している間に、最後にカルミアが現れた。
「カルミア……! 大丈夫ですか!?」
「問題ない。巫女は?」
「私は特に問題がありません。カルミアも来ましたし、これで全員のはずです」
全員揃ったことで、クレマチスは慌ただしく索敵を使って闇の祭壇のほうへと偵察をはじめた。
スターチスとカルミアもまた、呪文詠唱をペンダントに吹き込んで溜めはじめる。
私はその間、もやもやしていた。
クレマチスの提案は、たしかに魅力的ではある。魅力的……なのだけれど。その提案はあまりにも壮大過ぎて、果たしてこれを本気で私はできるのかと考えてしまうんだ。
ただ、それが一番これ以上の犠牲者を出さなくって済む。
今までに穢れのせいで死んでしまった人たち、穢れに取り込まれて死んでしまった人たち、そして……歴代の巫女姫に守護者。
もう終わらせることは、たしかにできるんだ。
やがて、詠唱を吹き込み終えたスターチスが顔を上げて振り返った。
「おそらく、次が最後になると思います。神がどのような条件でリナリアさんをさらいに来るのかわかりませんが、先に闇の祭壇に溜め込まれた穢れをどうするか、考えないといけませんね」
「そうねー、あの光の祭壇のところにいたのの言葉をそのまま信じるとしたら、神は巫女姫を娶るか、人柱をひとり立ててそいつの中に全部の穢れを注ぎ込んで拡散を防いだ上で殺すって方法を取ってたみたいだし。普通に考えたら、神を召喚するとなったら、嫁入り宣言だけど。それを阻止するとなったら俺らの象徴の力を全部剥がされる可能性もあんじゃねえの?」
「もしそうなったら、さすがに神に対して対処ができません。だとしたら、先に闇の祭壇の穢れの対処に当たって、そのあとに神を呼び出すほうが確実……ですね。クレマチスくん、向こうの様子はどうですか?」
索敵による索敵を終えたクレマチスは、少し困惑で表情が揺れていた。
「闇の祭壇のほうには神の気配はありませんが……ただおびただしいほどに穢れの気配があります」
当然か。シンポリズム全体の穢れが溜まっているんだから、その量は私たちが今まで対峙してきた量とは比べるまでもないだろう。その中でクレマチスは「ただ……」と訴える。
「あそこに人の気配があるみたいなんです。世界浄化の旅の達成条件を満たさなければ、あそこには辿り着けないはずなのに、いったいどうなっているんでしょうか?」
それに私は困惑の顔でアルと顔を見合わせた。
闇の祭壇は好感度二位と殺し合いをする場であって……今までそこに先客がいた例なんて、聞いたことがない。
カルミアはピクンと眉を持ち上げると、ボソリとつぶやいた。
「……厄介なものだな」
「最後になりますが、カルミア様少々よろしいでしょうか?」
闇の祭壇に足を踏み入れる前に、クレマチスは私たちに伝えてくれた作戦内容をかいつまんで説明した。
私たち全員が困惑して聞いていた話だったものの、意外なほどにカルミアは落ち着き払った態度を取っていた。
「巫女が望むなら、それは可能だろう」
「でもこれ、力の負荷がかかり過ぎるでしょ。燃料もないのに」
「燃料は手に入る。闇の祭壇に辿り着いたら、だが。巫女」
ふいにカルミアの金色の目で見られて、私は首を捻る。
この人は私に興味がなかったと思うんだけれど。私が「なんでしょうか」と聞くと、彼は淡々と言う。
「……最後に確認する。闇の祭壇に辿り着く覚悟はあるか?」
その言葉に、私は少しだけ黙り込む。
元々、私は誰も死なないようにするために、ここまで来た。私のゲーム知識では全然足りなくて、現地調達で得た知識もたくさんあるし、上手くできたかどうかは、ここまで来てもなお、自信がない。
誰も好きにならなかったら、きっとここまで悩まなかったと思う。誰かひとりを選んでしまい、万が一、二番目が選定されてしまったら……その人が闇の祭壇の穢れに取り込まれてしまう。
何度も何度も、穢れに取り込まれた人を元に戻すことはできないと思い知った。どうにかできないのか。どうすることもできないのか。何度泣いたのかわからないし、狼狽えたのかわからない。
……私は、たったひとりを好きになってしまった。その人と一緒にいたいと思っても、私だって闇の祭壇を越えた先になにがあるのかなんてわからない。そもそも、私の知っているゲームでは、世界や巫女姫の成り立ちが出てくることもなければ、神を殺そうなんて発想だって出てこなかった。
私の思い通りに動けていないのに、私の思い通りの結末になるかどうかもわからなくって、それが本当に怖い。
ここから先は、あまりにも私の予想が全然信用できなくって、本当に怖い。
でも。
「……わかりません。でも、だからと言ってしないという理由にはなりません」
私の憧れは、私をどうしても突き動かしていた。
ゲームの中でのリナリアは、いつだって気高かった。私はそれには程遠い。いつだって裏で泣いている。今だから思う。リナリアだって泣いてなかったはずはないと思う。それでも彼女は背筋を伸ばして、前を向いていたんだと思う。
虚勢であったとしても、私にたくさん隠し事をしていたとしても、彼女の皆を助けたいという言葉に、嘘はないはずだ。
現実では、リナリアのような綺麗ごとがどれだけ言えるのかわからない。ヒロイックなんてとっくの昔に消えてしまったし、正義の反対はもうひとつの正義とか言われるくらいに、混沌としてしまっている。
それでも、自分が正しいと思った方向に動かないで後悔することのほうが、よっぽど怖い。
最初はリナリアに「助けて」と言われたからだっただけど、今では違う。
シンポリズムで出会った人たちが、このまま神の玩具にされてしまうのは、我慢がならなかった。だって、巫女姫に飽きてしまったら、世界を壊すなんてそんな無茶苦茶な理屈あるの?
リナリアはずっと世界を守るために、何度も繰り返しながら、神の玩具にされた世界を救う方法を探していたんだと思う。誰も死なない、誰かが犠牲にならなくってもいい、そんな世界にする方法。
どうして私に声をかけてくれたのかはわからないけれど。私はこの世界を守りたいってそう思ってしまったから。
「……人の願いは玩具ではありませんから。誰かを助けたいって想いは踏みつけていいものではありませんから。それは、答えにはなりませんか?」
私の言葉を、カルミアは黙って聞いていた。そして、ぽつりと漏らす。
「その言葉をくれぐれも忘れるな。この先に着いたら」
そこで唐突に話は打ち切られた。
私が首を縦に振る。
皆のほうに振り返る。
アスターは飄々とした普段の雰囲気のまま、クレマチスはにこにこと笑っている。スターチスはペンダントを手に取り、カルミアは腕を組んでいる。
そして奥にぽっかりと空いた、先の見えない穴。この先に進めば、最終目的地の闇の祭壇だ。
ここに来るために、いったいどれだけかかったんだろう。どれだけ泣いたんだろう。どれだけ絶望したんだろう。
全員を助けるために辿り着いたんだから、もう誰ひとりとして欠けたくはない。
……本当は、今だって怖い。ここに足を踏み入れたとき、誰かひとりが闇の祭壇の穢れを全て注がれるんじゃという恐怖は、消えていない。
その人を殺さないといけないんじゃないかという恐怖は付き纏っている。
私が少しだけ震えていると、「理奈」という呼び声が私の鼓膜を震わせた。
アルは私の手を握った。何度も何度も握られた、私の手を取ってくれた、優しい手だ。何度も大剣を振るって盾になってくれ、今は私を支えるために取ってくれた手だ。
「行くぞ」
そう言ってくれたことに、私は頷いた。
私たちは振り返り、皆にも頷く。
闇の渦巻く穴に、私たちはようやく足を踏み入れたのだった。
──どうか、全てが終わったとき。この場にいる誰ひとりも欠けることは、ありませんように。




