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円環のリナリア  作者: 石田空
黒衣の花嫁編

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時の祭壇の試練・1

 階段を進んでいく。やっぱり光源がないと、階段の壁面に触れながらでないと足を踏み外しそうだ。

 アルが先頭に立ち、その真後ろに私。その次にスターチスとクレマチスが続き、アスターがその背を追う。しんがりはカルミアだ。

 カルミアの炎も出せない、私やクレマチスも光が出せない。ただ、互いの息遣いや足音だけは、いやに大きく響いている。

 ここから先は、神殿関係者であるアルもクレマチスもわからない世界。時の祭壇を抜けて闇の祭壇までノンストップなのだから。

 中は暗い上に、一度入ってしまえば、闇の祭壇に到達するまでは象徴の力が使えない。


「ここから先は、時の祭壇を超えるまでは力が使えないと思ったほうがいいでしょう。最後になにか、話しておきたいことはありますか?」


 スターチスが、皆をぐるっと見回して尋ねる。彼の声がこだまして聞こえるのは、この壁のせいなのか、時の祭壇の仕組みなのかはわからなかった。

 彼は既に、闇の祭壇で起こりうることを何度も何度もシミュレーションしているようだ。

 クレマチスは、軽く首を振る。


「……ぼくは特にありません。ただ、神と出会ったときのことばかり考えていました。神の使者との戦いのときだって、リナリア様の象徴の力で閉じ込めなかったら対処はできなかったと思いますが……相手は象徴の力を引き剥がしてくる存在です。あれをどうすればいいのか……」

「でも使者も剣は通用した。そして象徴の力で二重に閉じ込められていることまでは気付かなかった。それだけで充分対処する方法がある」


 アルは相変わらず力でゴリ押しの方法だ。それにアスターが「つうか、お前はリナリアちゃん守る仕事があるのに、戦わせられないでしょ」と突っ込みを入れながら、ペンダントを胸元に隠す。


「神と遣り合わないといけないのは、結局は俺とカルミアだろうがよ」

「だが神と名乗ってはいるが、俺たちの世界の創造神ですらなかった。もし創造神だったら俺たちなんかでは対処できないかもしれないが、そうでないのならなんとかなるだろ」

「その前向きさ、俺は心底羨ましいわぁ……」


 アスターが肩を竦めている中、私はちらりとしんがりのカルミアを見る。

 彼は神の言動に苛立って、アスターと剣を交えなかったら発散できなかったくらいだ。カルミアは神のこと、どう思っているんだろう。


「あの、カルミアは?」

「……飽きるまで花嫁を弄んで、花嫁に飽きたら世界ごと滅ぼしてやり直す、か……傲慢なものだな」


 そう言いながら、淡々と歩みを進めていく。

 この人はどこまでいっても国と結婚している人だ。この人が我を出すことなんて、それこそ好感度二位の闇落ちのとき以外はまずありえない人。


「……闇の祭壇では、どうぞよろしくお願いしますね」


 私がそう言ってぺこりと頭を下げると、カルミアは本当にちらりとこちらを見てから、剣を全て納めた。

 作戦としては、光の祭壇のときと同じく、私とアルがセットで戦う。神が出てくる前に【幻想の具現化】の私の幻想の中に閉じ込めるという形になっている。

 もっとも。相手は神だし、既に象徴の力を剥ぎ取ることができるということがわかっている以上、幻想の中に引きずり込めるか否かはわからないけれど。

 幻想の中でだったら象徴の力を使えない以上、皆も肉弾戦で戦うしかなくなってしまう。一番力の強いアルは、私の幻想を維持するために動けなくなってしまうから、どこまで持つかの話になってくるんだけれど。

 それにしても……。私は未だに好感度設定は現状だとどうなっているのかがわからないままでいる。

 神と戦うにしても、神はどっちみち闇の祭壇に納められた穢れをなにかが納めてしまわないことには出てこないような気がする。

 ……リナリアだったら、闇の祭壇の穢れなんて全て自力で浄化できてしまうかもしれないけれど、私は地底湖の穢れすら自分ひとりで浄化しきることはできなかったんだ。たしかに私の力は強くなってきてはいると思うけれど、全部ひとりで浄化できるんだろうか。

 誰かひとりが、穢れを受け継いで、その人と戦わないといけなくなるの?

 今まで、穢れに取り込まれた人たちや獣といくつも対峙してきた。穢れに取り込まれてしまったら、もう引き剥がすことも浄化することもできず、殺してしまう以外に方法がなくなってしまうことも、既にわかっている。

 私は。皆を殺さずに進めるの?

 なんのためにここに来たかというと、誰ひとり欠けることなく、ゲームのエンディングを迎えるためなんだから。

 ふいに、私の肩に手が置かれた。その手はなじみがある。アルの大きな掌だ。


「……あまり緊張しないでください。俺が、あなたを守りますから」

「アル……」


 昨日の夜の出来事を思い出し、少しだけ顔が火照る。

 ……昨日の言葉に、私はなにひとつ答えを出せていない。エンディングを迎えられたら、その答えだって出さないといけないんだから、ここで震えている時間だって惜しい。

 それにしても。階段はいったいどこで途切れるのだろう。いつまでたっても終わらない階段に首を傾げていたら、アルが「止まれ!」と固い声を放った。私はアルの背中に思いっきり鼻をぶつけて、顔を抑え込みながら彼の背中を見上げた。


「アル?」

「……ここから先は、床がありません」

「床がないって……」


 時の祭壇の試練は、闇の祭壇まで行くこと。

 その間、戦闘自体は存在しないけれど、試練は存在している。

 その試練はたしか、キャラのルートごとに違っていたはずだ。

 アルの場合は、彼が戦災孤児になるまでの過去を見せられ、それに飲まれるのを引っ張り出す話。

 クレマチスの場合は、神殿に送られるまでの王城での政治闘争を見せられて苦しむのを慰める話、と言った具合に。

 でも今回は誰のルートも固定なんてしていないから、私自身もいったいなんの試練を受けさせられるのかがわかってはいないんだけれど。

 床がないってことは、多分誰かの過去の中に入り込むはずなんだけれど、どうしよう。

 私は困って背後のスターチスやクレマチスの様子を伺うと、スターチスは少しだけ溜息交じりに言った。


「……ここには穢れも存在しませんし、ここを抜け切ること自体が試練なのでしたら、この床のない道も試練の一環なのでしょう。覚悟を決めましょうか」

「そうですね。たしかに、穢れの存在は確認できません」


 それには私も納得する。あの穢れ独特の肌寒い感覚はちっとも襲ってこない以上は、この辺りは本当に穢れなんて存在しない。

 ……誰のルートなのかはわからないし、もしかしたらゲームでは省かれていただけで、リナリア自身も試練を受けているのかもしれない。

 だとしたら、ここから先は抜け切るまでは全員、バラバラの試練を受けるのかも。


「……アル、行きましょう」


 私は軽くアルの手を取ると、ぎゅっと握った。

 アルがリナリアを家族のように大事にしている。執着にも近いそれは、彼自身家族を早くに亡くしているから、もう二度と大事なものを奪われないためなんだろう。

 彼が試練を突破できますようにと祈りを込めて掌の温度を分け与えたあと、私はないはずの階段の下を降りた。


「……理奈、出口で会おう」


 その声を聞いて、見えないはずの彼に頷いた。

 たしかに床はなく、そのまま重力に身を任せて落ちていった。不思議なことに、巫女装束が捲り上がることもなく、そのままストンと闇に飲み込まれていったんだ。


****


 どれだけ闇が続いたんだろう。

 浮力なのか重力なのか、どちらが上なのか下なのか、右なのか左なのかさえもわからない中。私はその感覚に身を任せていたところで、突然光源が見えたことに気付いて、目を細める。

 いったいなんの試練をさせられるんだろう。

 そう思っていたところで、視界が開けた。


「リナリア様! どうか穢れの浄化を! 世界浄化を!」


 女性の悲痛な声と共に、辺りの情景が広がった。

 ここって。私はきょろきょろと辺りを見回した。

 ツンとする匂いはカサカサに乾いた砂の匂い。草木は瑞々しさとは程遠く、黄ばんでかろうじて大地にしがみついているのがわかる。

 見た先は、水が足りなくって洗濯もできずにいる村だった。飲料水だけはどうにか確保できていても、ひとり病気になってしまったらもうそれだけで足りなくなってしまうくらいの水の量しか、この村では確保できていない。

 ……ここは私は見覚えがない。もしかしなくっても、これってリナリアの記憶のひとつ?

 彼女の花畑には、既に花は撤去されてしまってなにも残ってはいなかったと思うけど。


「必ず、必ずや成し遂げますから……!!」


 そう喉を通っていった声は、私のものではなかった。

 これは、リナリアの記憶……多分、これはリナリアの周回した記憶のひとつだ。

 やがて、リナリアは皆と一緒に旅をはじめていった。

 最初の火の祭壇。火の祭壇の獅子をどうにか倒して、やれやれとしていたところで、いきなりカルミアの襲撃で、必死で彼を説得している。

 次の水の祭壇の試練、大地の祭壇の試練、風の祭壇の試練……。

 その中で織り交ぜられていく恋愛模様は、どれも混然としている。

 火祭りで一緒に踊っている相手がアスターだったり、買い出しで一緒に買い食いしている相手がクレマチスだったり。私の記憶にはないものがポコポコと混ざっている。

 それに。

 アルとリナリアが抱き合っているところが見えたときには、思わず私自身視線を逸らしてしまった。

 ……これはあくまで、リナリアの記憶であり、今じゃない。わかってはいても、胸が軋んでしまい、見ていられなかった。

 でも。

 だんだんと彼女の記憶も、階段へと近付いていくのがわかる。

 その中で、急に肌が焼けるように熱くなっていくのに気付いた。

 黒い鎧に黒い髪。そして金色の瞳はいつも見知っているものよりも鋭く見えた。彼の周りの炎は、赤を通り越してひどく青く、濁った色を放っている。


「……お前を、本気で欲しいと思っていたのに」


 その声には、抑揚がない。

 ……それで悟った。

 これ、リナリアの最初の記憶だ。私は、それを追体験してる……!

 青い炎が一気に巻き上がり、私を包んだ。


「リナ……ッ!!」


 アルの悲鳴をよそに、私はその炎に包まれる。

 体中の水分が蒸発するような感覚。産毛という産毛に火がついて、熱い。痛い。熱い。痛いいたいあついいたいあつい……!!

 私は悲鳴を上げそうになり……気付いた。

 ちょっと待って。これ、私の記憶じゃないのに、どうして熱くって痛いの。さっきまで、これってリナリアの記憶の追体験だったはずなのに……!

 恐る恐る青い炎に手を近付ける……さっきまで皮膚から水分が全部飛んでしまうくらいに熱かったはずなのに、今はちっとも熱くない。

 ……そうか、わかった。この試練の内容。

 時の祭壇はあくまで戦闘がないだけ。でもここはゲーム内でも攻略対象の過去と無理矢理対峙させられて、飲み込まれてしまったら出られなくなってしまう。

 私はあくまでただのイチプレイヤーだ。だからこの世界の記憶がなかったからこそ、リナリアの記憶の追体験をさせられたけれど。……もしこれが、私の記憶だったらそのまま引きずられてしまっていたかもしれない。

 私は顔を歪ませてリナリアを殺そうとするカルミアを見た。

 ……多分だけれど、あの人、リナリアの記憶に残りたかったからこそ、穢れの器の役割を受け持ったんだと思う。

 それがリナリアを傷つけて、結果として彼女が何十回と周回してしまうことになったけれど。


「……ごめんなさい、カルミア」


 私はそっと口に出していた。

 ……私自身も、彼とはそんなに交流できなかった。でも彼は皮肉めいていても、本当は優しい人だとは知っている。

 自分の国を大事にしていて、自分のことよりも国を第一にするカルミアは、ちゃんと生きて国に帰らないといけない。

 彼がアルの大剣に貫かれ、リナリアを見たときに顔を綻ばせている姿を見て、私は首を振った。

 ……こんな結末には、絶対にさせない。

 私はそう思いながら、足を踏み出していた。

 もう、私を焼き尽くそうとした炎の温度は感じない。

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