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円環のリナリア  作者: 石田空
チュートリアル編

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神聖都市カサブランカ

 穢れは出ない。つまり戦闘はない。まだ象徴の力を会得してないのに怪我する心配はない。そう安心していた私は、自分の甘さっていうものを嫌というほど噛みしめていた。


「……疲れた」


 疲れが溜まると、どうしてもリナリアのような口調から素の口調がまろび出そうになり、思わず漏れた言葉をぱっと両手で口を覆って誤魔化す。

 そう、山も谷もないから歩き続ける分には楽だと思うでしょう。道だってでこぼこじゃなく舗装されているから足だって痛くならないと思うでしょう。でも。

 石畳の照り返しは思っているよりもきついし、それで暑いし、そもそも平坦な道でも五日間も歩き続けるとなったら、疲れるのだ。脚がむくむのだ。ゲーム中、ずっと神殿にいたはずのリナリアが文句なんて言わずに歩き続けたことを考えると、現代社会の文明の機器に慣れきった私は、いかに脆弱かってことを嫌と言うほど思い知っていた。

 汗がぱたぱたと落ちて、巫女装束に貼りつく。それで余計に身動きが取れなくなっているのに、クレマチスは苦笑する。彼もまた神官服で動きづらそうだけれど、私よりも余裕がありそう。アルは普段から鍛錬の鬼のせいか、汗ひとつ浮かべていないのが悔しい。


「そうですね……今日は思っている以上に日差しがきついですし。もうそろそろ休憩にしましょうか」

「先程も休憩したが。このペースだったら五日で聖都に着くかも怪しいぞ」

「う……それだったら、もうちょっと歩きます」


 アルのちくりとしたツッコミで、私は必死で歩きはじめる。スターチスの奥さんの件が間に合わないと、いろんな意味でまずい。さすがに本編でしか地雷の撤去のできない人だっているんだから、今の内に一番わかりやすい地雷は撤去してしまいたい。

 私が必死で歩き出すのに、クレマチスは「それじゃあ、せめて水分を取りながらですね」と言いながら、自身の鞄から水筒を取り出して、皆に振る舞ってくれた。それを飲みながら、私たちは歩く。

 馬車だったらもうちょっと早かったんだろうけど、この分だったら乗り物酔いしてたんじゃないかとついつい邪推してしまう。

 必死で歩いて行ったら、夜になった。夜は夜で、急に冷える。

 クレマチスはさっさと自分の部屋を鞄から展開して、そこで料理を振る舞ってくれた。さすがに焼き立てではないけれど、パンにスープ、サラダ。部屋を持ち運ぶと生野菜も食べれるというのは新鮮な発見だった。それを私たちはもぐもぐと食べる。疲れたせいか、いつもよりもペースが早かったような気がする。


「このペースだったら、聖都まで予定どおりに辿り着けるだろうが」

「問題はウィンターベリーまでの道ですね」

「ええ……?」


 私はスープをすくいつつキョトンとする。スープは甘い。いものスープかなと思ったけど、それよりもほくっとした舌触り。なんだろうと口の中で咀嚼していたら、これは栗じゃないかと思い至った。

 スープを一生懸命飲んでいる私に、アルは淡々と答えてくれる。


「聖都までは結界が守ってくれたが、そのあとはそうもいかないだろう」

「ああ……穢れ、ですね?」


 それにアルとクレマチスは頷いてくれる。クレマチスは硬い口調でアルの言葉を続ける。


「残念ですが、今のぼくたちでしたら、一戦二戦まではできても、何度も戦うのは難しいです。体力も続きませんし、リナリア様はその……」

「……ごめんなさい、足手まといになってしまって」

「いえ! そういう意味ではありません! 戦うだけでしたらともかく、守りながら戦うのが難しいだけです!」


 うん、そうだよねえ……。私はうな垂れる。そもそもお荷物は困るから象徴の力を会得しに行くのに、その前にやられちゃったら本末転倒が過ぎるんだよね。いくら前衛特化のアルや後方支援特化のクレマチスがいたとしても、回復要員がいない、神官長からもらってきた回復薬だってそんなに量がない中じゃ、たかが知れている。

 いちいちゲーム脳で判定する自分に苦笑しつつ、私は言う。


「それだったら……どうされるおつもりですか?」

「聖都で買い出しをしてから、ウィンターベリーに向かうしかないだろうな」


 アルが短くそう言う。神聖都市カサブランカかあ……。私は設定資料集を思い浮かべながら考え込む。

 あそこで連戦するためのアイテムなんて、なかったような気がする。でも実際に行ってみればなにか違うのかな。穢れ避けみたいなものもあるのかもしれないけれど。でも。そんな都合いいものがあったら、そもそも穢れが原因で世界滅亡の危機に瀕するわけがないんだよね。

 さんざん考えたけれど、残念ながら私にはお手上げだ。私が困り果ててるのを見兼ねたのか、やんわりとクレマチスが話をまとめてくれた。


「とにかく、一件一件回ってみればなんとかなるかと思いますので。それじゃあリナリア様もそろそろ休んでください」

「わかりました……その、本当にご迷惑おかけしてすみません」


 私はクレマチスの部屋を後にすると、私自身の部屋を展開させて、その中で眠ることにした。すごいなあ、この鞄。これがあったら、硬いベッドで眠るとか、宿でぼったくられるって心配がないんだもんな。

 私はもそもそと寝間着に着替えつつ、ベッドに入る。脚は突っ張っている感じがしてパンパンだし、足だって爪先から足踏まずの部分にかけて、とにかく痛い。さっさと眠ってしまうに限る。

 夢でリナリアに会えるのかな、そもそもリナリアと出会ったのは夢だったのかな。そうぼんやりと思ったけれど、その日もリナリアに会うこともなく、なにかアドバイスをもらうわけでもなく、そのまま寝付いてしまった。


****


 五日間頑張って歩き続けた結果。私はひくっと匂いがすることに気付いた。初代巫女の象徴の花が百合だった影響で、神殿といい信者さんたちといい、皆百合の甘い匂いを纏わせている。

 その匂いがより濃くなる場所は、真っ白な外壁に囲まれた場所だった。恐らく、あれが穢れ避けの結界になるものなんだろう。


「すごいですね……」

「はい、あれが神聖都市カサブランカです」


 皆でするりと入る。神殿騎士のほうには既に巫女のお忍びの旅は伝えられているから、私たちのこともすぐに通してくれた。


「ご武運を」


 そうびしっと言われてしまうと、私は苦笑いを浮かべるしかない。だから戦闘は今は避けたいんだってば。まだ戦闘できないんだから。

 私は辺りを見回して「ふわあ……」と溜息をつく。巡礼の旅をしているような人たち用の宿があちこちに建ち並び、お布施用に神殿の巫女見習いの子たちがつくったお菓子が売られている店が並び、ときどき【カサブランカ名物】と称されてよくわからないお守りやお札が売られている。

 ゲームだったらアイテムショップや装備屋さんくらいしか見て回ることができなかったのが、こうして普通に見て回れるのは新鮮だ。私がまじまじと見ていて、ふと思う。


「そういえば、私って一応巫女……なんですよね? 誰も私のことを巫女扱いしませんね?」


 信者さんたちがたくさんいるんだから、てっきり知っている人たちに見つかったら大騒ぎになるものだとばかり思っていたのに、別にそんなことはない。それに「ああ」とクレマチスが言う。


「このご時世ですから、『私が巫女です』って言って回る人は多いですから。あやかるために巫女装束を買って着ている人だっていますし。いちいち巫女の格好をしているってだけでは誰もなにも言わないんですよ」

「そうなんですか……」


 どこもそんなことがあるんだなあ……。私がそう納得していると、アルがいないことに気付いた。それで私はおろっと辺りを見回す。


「あの、クレマチス。アルがいなくなってしまったんですけど」

「ああ。恐らくアル様ですけれど」


 人波の中、クレマチスがやんわりと説明してくれようとする中。


「一応話はつけてきた」


 そう言いながらアルが戻ってきたのに、私は目を丸くした。


「お帰りなさい……あの、話をつけたっていうのは?」

「ちょうどウィンターベリーに向かう商人ギルドが来ていたから、同行したいと言って来た。これで馬車に乗れなかった分を取り戻せると思う」

「おお……!」


 そっか。商人ギルドだったら、神殿から売られるお菓子を買いに来るし、食べ物をこの都市に売りに来るから、その足でウィンターベリーにも行くのか。あそこだったら、薬関係をもろもろ取引できるものね。

 私が目を輝かせているのに、アルは「リナリア様」と尋ねてきた。


「観光旅行ではありませんよ。着いたばかりですぐに移動になりますが。体は大丈夫ですか?」

「問題ありません。むしろ馬車に乗せていただくのでしたら、なにかしたほうがよろしいですよね」

「ええ……自分が護衛も兼ねるとお伝えしたところ、許可が降りたようなものなので」


 ああ……たしかに神殿騎士の護衛だったら、すぐにオッケーしてくれるかもしれないな。私は頷いた。


「よろしくお願いします」


 こうして私たちはすぐに商人ギルドの馬車に移動することになったけれど。途中途中で神殿に向かう信者さんたちとすれ違った。

 ほとんどは清潔な格好の人たちだったけれど、一部はボロボロの人たちもいる。簡素なワンピースに、足元を固めるはずの布靴は破れて指が飛び出し、どこも黒ずんで見える。


「すみません、神殿行きの出口はあちらですか?」

「はい、このとおりをまっすぐ行った突き当たりに門があり……」


 あんなにボロボロになっているのに、神殿までさらに五日歩くの。思わず私が凝視していると、アルが静かに言う。


「あの人にも願いがあるということです……本当に切羽詰まっている場合は、神頼みだってしたくなります」

「……そう、なんですね」

「今は混沌とした時代ですから」


 通りすがりの人に道を何度も聞いて頭を下げ、神殿に向かう彼女を見て、私は自然ときゅっと握り拳をつくっていた。

 あの人があそこまで切羽詰まって神殿に向かう理由が、穢れとは限らないけれど。既に不安になっている人たちは出ているんだ。

 なんとかしたい。なんとかしなくちゃ。私はリナリアではなくって代理だけれど。それでなにもしない理由になんてならない。

 私はアルに案内されて、商人ギルドのほうに挨拶した。人のよさそうな親子の運営するギルドの馬車に乗せてもらい、そのままガタガタとカサブランカを出て行く。

 その外は既に結界は途切れている。まだこの辺りまで穢れの侵攻は進んでいないせいで、青々とした牧歌的な景色が続いているけれど。私は馬車の隙間から景色を眺めながら思う。

 ここから先は、守ってもらえない。むしろ守るために力を使えるようにならないといけないんだな。そう自分に言い聞かせながら、私は拳を握りしめていた。

 クレマチスは本当に疲れていたのかくったりと積み荷にもたれている中、アルはそんな私の様子をポーカーフェイスのまま眺めていた。その表情の浮かべる色は、私にはわからない。

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