さけぶ
おおかみさんは、話を聞いていたかと思いきや、やっぱり腕組をしながら向こうのほうを見ている。
まるで何か考え事でもしているみたいに。
「聞いてんの?」
「聞いてるよ。」
「そういうのは、既読スルーっていうんだよ。
ほら、正直に言えばいいとか言わせといて、おおかみさんは何もしてくれない。無視?」
「違う。いいものだな。こうして人と話すことは。
そう思っていたのだ。
このことは誰にも言ったことがなかったのだけれど、小さなお嬢さん、おまえだけは聞いてくれた。
前にも言ったが、何もしてやれないかもしれん。
だけど、私はお嬢さん、あなたの存在を私の人生に焼き付けておこうと思った。
そして、それは私にとっても同じこと。
考え方が、変わった。
私の人生を、だれか、そう、だれかに知ってほしかった。地上にいる間に誰かに受けとめて心にとめてほしかった。
そんな心を持った存在がいなくなった瞬間、人間は獣になるのだ。
そこに聞いてくれる誰かが今になって目の前に現れようとは・・・。
ありがとう。」
「いやいや、よくわからないんですけれど。
おおかみさんの話すことは矛盾しか感じられない。
さっきは、そんなもん聞いて何にもならんっていってたのに。」
「だから、変わったと言っておろう。」
「へえ、そんなん興味ないし。話長かったし。」
「・・・」
おおかみさんの顔色が変わった。
牙をむき出しにしそうなのをぐっと抑えている。眼鏡の奥の目の色がわからない。
いったい何なんだよ。
「・・・ところで、おまえは誰も何もしてくれないって自分のことばっかり被害者に立ててあげつらってるけれど、おまえ自身は、他人のために何かしたことがあんのかよ!?」
「はあ・・・?お前に何がわかるの・・・?
わかったふりされるのが一番むかつくんだよ。」
「わかったふりなどしてない。」
「してるよ。」
「だいたい、社会不適合になっておおかみになったってもともとは自業自得じゃね?」
「な、なにが自業自得だ。」
きっとお互いに傷のえぐりあいをしていることは分かったが、口論を止めることができない。
「「むかつくやつだな。もっと大人になれよ!自分の事しか考えていないで!幼いんだよ!」」
同時に同じことを叫んでいた。
「「お前こそ同じじゃないか!」」
まるで、鏡だ。
同時に同じ言葉を吐く。
「だいたい、おおかみさん、あんたはプライドが高すぎて人を見下してない?」
「ああ、みんなそう云うさ!
だが、違う・・・真実は違う。
何だと思う?」
「知るかそんなもん。」
「聞け・・・いいから聞いてくれ!」
「恐ろしいのだ・・・一切を怖がっているのだ。」
「・・・」
「それは、お前も同じことだろうよ。」
「ああ、そうですが何か?私は私が大嫌いです!
いちいち説教するのはやめてくれ。」
「ああ・・・もう埒がいかない・・・。
こんちくしょうめ!人間はみんな傲慢でわがままだ。
だから、人間とかかわるのは嫌いなんだ!」
「狼」は牙をむき出しにしてキレて叫んだ。
「・・・この鈍感で愚かなクソガキめ!
お前の顔なんか二度と見たくない。
とっととどこかに行け!殺すぞ!」
「狼」は四つ這いになり、「その本性」を現したみたいだった。
「グルルルルルルル」とうなって、あの分厚い机をかるくかみちぎり、こっちを睨みつけて本当に喉を掻っ切られ殺されそうだと思った。
この狼は本当に自分を殺すことができる・・・。
私は強がっていたけれど、本当にびびってしまった。
出てきた言葉は「ごめんなさい」じゃなかった。
「うあああああああああああああああああああああ!」
私はこのおおかみにありとありったけをぶつけた。
「お前に何がわかる!?お前に何がわかる!?
殺したい殺したい殺してやりたい!そして、死にたい死にたい死んでやりたい!
悔しい悔しい悔しいよ!」
私の理性はぶっとんだ。
いままで押さえつけていたものが・・・押さえつけていなきゃすべてが終わると思っていたもののタガが外れた。
視界がグルグル回る。何かを吐き出すほど叫ぶ。
叫んでいるうちに涙が止まらなくなってくる。
いったいどれほどそうやって怒りをぶつけたことだろうか。
論理的に整合性がいかないとか、自己中だとか、理不尽や不条理を一方的にぶつけていることは分かっていたけれども。
自分を殺そうとしていたおおかみの気配が感じられない。
そのかわりに、はっはっという息の音と、動物がわが子を舐めるように私は腕を舐められていた。
おおかみは何も語らない。
どういう目をしていたんだろう。
まだ、腕にはリストカットの赤い筋が何本も残っていた。
そのまま、私は眠りこけてしまった。もうほとんど、このシチュエーションから逃げるようにして。




