おおかみの山小屋
目が覚めたら、山小屋にいた。
私は灰色のソファに寝かされており、ふかふかの毛布と布団が身体にかかっていた。
キッチンにはケトルにお湯が沸いており、そばではドリップ式のコーヒーがぽたぽたと落ちているところだった。
壁いっぱいの本棚にはぎっしりとだが、しかし整然と本が並べられている。
これはもう、山小屋というよりかは、お金持ちの別荘だ。
椅子には例のおおかみが座っていて、なにやら読書をしていた。
そのおおかみは、いかにもインテリというふうで、大学教授がかけているような眼鏡すらかけている。
そして私の知っているおおかみとはまた違った、深い青い色のたてがみが輝くようにつやを出していた。
「おおかみおとこさん・・・」
おおかみは振り向いて、
「おう、起きたか」
とその青い目を伏せがちに、興味なさげに言い放ち、椅子を回しまた読書に興じ始める。
不思議で面白くて、私はつい笑ってしまった。
「おおかみだからって、私に何もいたずらしてないところが紳士なんだね。」
「・・・当たり前だ。」
おおかみは苦虫を噛み潰したようにほんの少し顔を傾けて言い、また目線を本に戻す。
「私は、人間には興味はない。」
「お・・・おおかみさん。なんで、あなたはおおかみなの?」
「それはおいおい話すことにして、小娘がこんな山にいてはどうせ生きのびてはいけまい。」
「失礼な・・・ま、でもいわれてみればそうだし。」
「今回は助けたが礼はいらないし、俺のほうからこれ以上することは何もない。
おまえさんが、ここで何をするかは自由だ。
そして、俺もお前のために何かをするということも、今回を除いてはない。
勝手にやれ。
出ていくもよし。ひきこもるも出ていくも手伝うもよしだ。」
「仮に、私があなたの家から物を盗んでも?」
「そんなことしてどうするんだ?まあ、自由だが。」
「あははっ。そりゃそうだよね。」
こうして、私は行方不明になり、山奥のおおかみの家に家出することになった。
その山小屋の外に出てみると、草木の生い茂るはるか向こうに山々が見えて、ずっと向こうには点々と里が見える。
スマホは圏外。
時間も日付もどうでもいいや。
私の手元には時計もカレンダーもない。
ただわかってるのは、花が咲いてる季節だってこと。
その小屋は廃屋かもう誰も来なくなって忘れ去られてしまった小さな寺だった。
外見はぼろ家だけど、おおかみさんはうまく内装を施してそれなりのものにしていたんだ。
食物はおおかみのときは自分で狩猟して、おおかみおとこのすがたになっては大工仕事のようなことをしたり里の近くの使い捨てのものを拾ってきたりして高級住宅顔負けのインテリアを作っていた。
いったいどういう人、いやどういう獣なんだろう。