43話 難敵エルフ
カインの苦労…。
カインを乗せた魔導飛行船は、皇族バルシリガ家の本拠地であるスピリュークへ到着した。
現在は、七星天兵団第六師団スピリューク支部へと離陸させた魔導飛行船から出るところだ。
「ザックちゃーーんっ!!!」
突然、女性の呼び声が聞こえて来た。ザックを”ちゃん付け”で呼ぶ人物など1人しか居ない。カインが声のする方向を見ると、エルフでは珍しい灰色の髪で太っている女性がいた。
「お母様、ただいま帰りました。」
カインは、太っているエルフの女性ジェニファに丁寧に挨拶をした。もちろん現在のカインは仙術の擬装転化により、声も容姿もザックとなっている。
「ザックちゃんっ!!会いたかったわぁっ!」
ギュウウウウウウ!
ジェニファに凄い力で抱きしめられたカイン。普通の人間なら悶絶する力である。
「お、お母様、落ち着いて下さい…。」
さすがのカインでも痛いものは痛い。ジェニファに対して、直ぐに離れるように促した。
「あら、ごめんなさい。私のザックちゃんに会えた喜びで興奮しちゃったわ。」
「いえいえ、私も嬉しいですよ。」
ジェニファに発言に、ニッコリと笑顔で返事をするカイン。本心ではない完璧な演技である。
「ジェニファ、ザックも疲れているんだ。早くバルシリガ城に戻るぞ。」
ここで、ずっと黙っていたスナイデルが助け舟を出した。あまり話をしてボロが出たらまずいのだ。
「そうね。ザックちゃん、早くお城に戻りましょ。」
スナイデルに同意したジェニファはカインの手を引っ張り、停めている馬車のある場所へと向かって行く。
(……早くも疲れてきた…。はぁ…。)
ジェニファに手を引っ張られているカインは、今までのやり取りだけで疲れている。今後、バルシリガ城にて振りかかるであろう更なる面倒事に内心溜息を吐くカインであった……。
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「ははっ、お疲れ様。ジェニファは昔からザックの事を溺愛していたから仕方無い。」
「……従者達の相手をするより疲れましたよ…。」
現在カインはスナイデルの執務室で話をしている。あのジェニファの相手を3時間以上していたので、精神的にかなりお疲れのようだ。
「まぁ、何とかなりそうだな。ジェニファですら偽物と気が付かないなら全く問題ない。」
「しかし、このまま一緒にいたらボロが出そうです。なるべく、早く作戦に移らないと…。」
今の所は何とかなっているが、いつボロが出るか分からない。その為にも、早くジェニファに罪を認めさせなければならない。
「その話なんだが……。」
スナイデルは、困った顔をして言い難そうにしている。なにか都合が悪くなっているようだ。
「…問題が発生したのですか?」
スナイデルの様子から察して、直ぐに問いかけるカイン。
「いや、私の心の問題だな。団長にも聞いているし、何個か証拠も確認したが……やっぱり分からないんだ。」
「……ジェニファさんが罪を犯しているのがですか?」
スナイデルが何に悩んでいるかを悟ったカイン。まぁ、今まで信じていた身内の事だから仕方無いだろう。
「すまない……だが、どちらにしても調べてみないと真相は分からないな。黒の可能性が高いが、実は白という可能性もある。」
「まぁ、やる事は変わらないですよ。俺もスナイデルさんに協力する……しかないので、乗り気はしないですが頑張ります。」
ここまで来たら最後までやるしかないので、スナイデルもカインも作戦に移るのようだ。カインも乗り掛かった船なので、仕方無く頑張るしか無い。
そんな2人が今後の事について色々話していた時……。
「ザックちゃーんっ!!!何処にいるのぉーっ!!」
執務室の外の廊下から、ジェニファの大声が聞こえて来た。どうやらザックを探しているようだが…。
「カイン君、任せた。」
カインをジェニファ地獄へと送り出そうとするスナイデル。
「……少しは休ませてくださいよ…。」
当たり前のように言うスナイデルに不満顔のカイン。普段は絶対に休ませてと言わないのでとても珍しい事である。この場に従者達がいたら、いつもの展開になっていただろう。
「ザックちゃーんっ!!!ザックちゃーんっ!!!ザックちゃーんっ!!!」
執務室の扉の前からザックを呼ぶジェニファの声が聞こえて来た。完全にカインの居場所がバレている。
「……カイン君、任せた。」
再び同じ言葉を送るスナイデル。
「分かりましたよっ!!!逝けば良いんでしょぅ!!逝けばっ!!!」
完全にやけくそになったカインは、自分から言葉の意味を変えながら自ら死地へと赴くのであった…。
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「はぁ…。」
ザックの部屋のベットで、うつ伏せになりながら溜息を吐くカイン。激しい死闘(ジェニファの溺愛)を繰り広げた戦士(カインの演技)は、ようやく落ち着いた時間を過ごせるようになったのだ。
(かなりの強敵だったな…。先日戦った竜型ナニカよりもジェニファの方が強かった…。)
カインの場合、身体に及ぼすダメージはほぼ無敵だが精神的には普通である。最近はどっかの駄犬のお陰で耐性が出来たが、ジェニファの攻撃(溺愛)はナニカよりも強い一撃らしい。
そんなクタクタのカインの所へ…。
コンコンッ!
「っ!!!」
突然、ザックの部屋をノックする音が聞こえて来た。普段なら常に周りの気配を警戒しているカインだったが、今回は完全に油断していたので身体がビクッと震えた。
しかし、まだ擬装転化をしているのでそのままの状態で尋ねる。
「……誰ですか?」
気配を読み取ったが知らない人物だったので、少し警戒を強めていたが…。
「リンシアです。少しお話したい事がありまして。」
透き通った女性の声でリンシアと名乗る声が聞こえて来る。会った事はなかったのだが、スナイデルから話を聞いていたのでカインには誰なのかが分かった。
「……入っていいぞ。」
「失礼します。」
カインの了承を得たので部屋の中に入ってきた女の子。その人物は、長い灰色の金髪を後ろで束ねているエルフの美少女で、ザックの1つ下の妹のリンシア・バルシリガだった。
そのリンシアは何故か暗い表情をしている。
「とりあえず、座れ。」
部屋の中にある長椅子へ座るように促すカイン。リンシアから話したい事があると聞いたので、当たり前の行動だったのだが……。
「……お兄様…ですよね?」
リンシアはカインの顔色を伺うようにしながら尋ねてきた。
その言葉に一瞬動作が止まってしまうカインだったが、直ぐに元に戻って逆にリンシアへ問いかけた。
「……どうしてそう思ったんだ?」
「いつものお兄様なら、私に座れとは言いません。自分だけ椅子に座り私を扉の前に立たせたままの状態が当たり前でしたので、いつもと違うお兄様を不思議に思ったのです。」
リンシアはカインの顔を見ながらしっかりと説明をした。どうやら、完全に様子をうかがっているみたいだ。
(さすがにそこまで把握してなかったな。
自分の妹に対しても従者と同じ扱いだったとは……。)
予想外の展開に少し動揺したカイン。まさか、妹にも色々と命令していたなどとは思わなかった。
しかし、なんとか理由を考えて……。
「ナタリシア城に行って色々と学んで帰ってきたんだ。そして、今まで私がどんなに小さい人間だったか理解した。以前の私とは少し違うと思うがリンシアもよろしく頼む。」
咄嗟に上手くまとめたカイン。ナタリシア城に行って更生して帰って来た兄という設定だ。
「お兄様の口から自分を過小評価する言葉が出るとは…。本当に改心されたのですね…。」
カインの言葉に驚きながらも、少し嬉しそうにしているリンシア。少しだけ微笑んでいる。
「まぁ、そういう事だ。改めてよろしくな。」
そう言いながらリンシアに握手を求めるカイン。いい感じにまとまったので、内心は少し安心している。
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね。”カインお兄様”っ!!」
満面の笑みでカインと握手を交わすリンシア。さっきまでの声とは違い、とても弾んでいて明るい声だ。
そして、そのまま手を繋いで椅子へとリンシアを誘導していくカイン。リンシアを座らせた後に自分も反対側へと座る。向かい側のリンシアを見ると、入ってきた時とは違い物凄い笑顔でカインを見つめている。
しかし、さっきの事をふと思い出して…。
「ちょっと待て、さっきカインと言わなかったか?」
握手を交わした時にカインお兄様と言われた事を思い出したカイン。自分の名前なので違和感がなかったのだが、よくよく考えてみれば今の姿はザックである。
「カインお兄様です。」
カインの問に笑顔で答えるリンシア。
「はぁ…。スナイデルさんか…。」
溜息を吐きながら原因が誰かを理解したカイン。スピリュークに向かう時に乗った魔導飛行船にて、お楽しみにと言っていた事を思い出したのだ。
「はい、お父様からカインお兄様の事を聞いてきました。部屋に入った時は本物のザックかと思い少し動揺しました…。すごい変装ですね。」
犯人は、やはりスナイデルのようだ。リンシアもカインの擬装転化によって、事前に話を聞いていてもザック本人にしか見えなかったようだ。
「……俺も動揺したけどな。
それより気になったんだが、リンシアはザックを呼び捨てにしていたのか?」
「……直接言葉を交わす時は、お兄様と呼んでいました。しかし、私はあの男を兄だと思った事はありません。私の事を見向きもしないで、他では非道な事も好き勝手やっていた最低の男です。」
ザックの事を話すリンシアの表情が険しくなっている。相当ザックは嫌われていたようだ。
今の言葉を聞いたカインは……。
「リンシアは、知っていたんだな。」
「はい……。ですが、あの男が怖くて誰にも言えませんでした。ここの城の者も、お父様以外は全てあの男の味方なのです。私もずっと顔色をうかがいながら過ごして来ました…。」
今までずっとザックの顔色をうかがいながら生活してきたようだ。まだ13歳のリンシアには、つらい経験だっただろう。
その言葉を聞いたカインは、沈んだ表情をしているリンシアの隣へと座った。
「カインお兄様?」
不思議に思ったリンシアは首を傾げている。
そんなリンシアに対してカインは…。
「あっ…。」
思わずリンシアの声が漏れる。何故ならカインがリンシアを抱きしめたからだ。
優しく抱きしめながら頭を撫で始めるカイン。
「もう大丈夫だからな…。今度、リンシアに辛いことがあったら俺がなんとかしてやる。」
優しい声でリンシアの耳元で囁いた。
「……………はい…暫くこのままでお願いします…。」
長い沈黙の後、静かに返事をするリンシア。声には出ていないが、どうやら泣いているようだ。
「リンシアは可愛いなぁ…。」
その後もずっとリンシアを抱きしめながら頭を撫でるカイン。すすり泣くリンシアの声が、静かな部屋の中で暫く続いていた…。
次回、従者達メリルの元へ…。
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