32話 深淵の樹海
最近真面目になった?…。
「メルっ!!左からも来てるぞっ!!」
「分かった…全て叩く…。」
カインの言葉に、メルトは両手に片方ずつメイスを持って構える。左から10匹以上の巨大な蜂が襲い掛かって来た。
そんな蜂の群れに対して…。
「[双嵐豪衝破]…。」
メルトはそれぞれ2つのメイスに風の闘気を纏わせて、そのまま蜂の群れに叩きつけた。
ドォォォンッ!!!ドォォォンッ!!!
2つの轟音とともに物凄い風の衝撃波を発生させて、蜂の群れと周囲の樹木全てを吹き飛ばしていく。近くで直接闘技を喰らった蜂は完全に潰れてしまう。
その蜂達を見てメルトが…。
「脆すぎる…。叩き足りない…。」
あっさり潰れた蜂達を物足りなさ無く感じたようだ。
メルトが無表情で呟いていると…。
「メル、右の150体も片付けたっ!!
一旦、アルと合流して先に進むぞっ!!」
「早かったね…お兄ちゃん。」
「Cランクの『ジャングビー』なんて、何体でも同じだっ!これでも俺はランクB冒険者だからなっ!!」
ジャングビーはCランクで蜂型のモンスターである。全長2mあり、群れで行動する事が多い。空を飛び、動きも速いので1匹だけでもCランク。群れるとB以上の討伐ランクとなる。
それなのに、ランクB冒険者と言っても10秒間に150匹のジャングビーを倒せる者など居ない。
「さすが私のお兄ちゃん…。」
それを聞いたメルトは全くの疑いも無く、無表情でカインに感心していた。
ランクB冒険者はそれ程強いのかと…。
「もう少しでランクA冒険者になるけどな。
じゃあ、アルディオと合流するかっ!」
「じゃあ、お兄ちゃんよろしく…。」
その言葉と共に、カインはメルトを抱きかかえる。カインが抱っこして移動した方が速いからだ。
そして、2人は深淵の樹海の奥へと向かっていった…。
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深淵の樹海、カイン達から少し離れたところで、アルディオは200匹以上の蜂の群れに囲まれていた。
「凄い数だな。だが、我には関係無いっ!!
喰らえ[狼撃掌連波]っ!!」
アルディオは、周りを囲んでいた『ジャングビー』200匹に対して、闘技を発動させた。
上空に向けて掌底を放った途端、アルディオの手から闘気で出来た小さな狼が複数発生した。
そのまま分散して、それぞれ蜂の群れに向かっ行く。
バァァンッ!!バァァンッ!!バァァンッ!!バァァンッ!!バァァンッ!!
バァァンッ!!バァァンッ!!バァァンッ!!バァァンッ!!バァァンッ!!
複数の爆音と共に、着弾点にいた蜂はあっという間に塵になり、周りにいた他の蜂達も木と一緒に全てを吹き飛んでいく。
そして、さっきまでアルディオを囲んでいた200匹のジャングビーは1匹残らず居なくなった。ついでに近くの木も全て…。
「久しぶりに深淵の樹海へと入ったが、モンスターの数がかなり増えているなっ!
だが、数だけでは我には勝てんっ!!」
誰も居ないのに、1人で話し始めるアルディオ。いつものドヤ顔で大きな胸を張っている。
そんな、1人で決めポーズをしていたアルディオの元へソフィアがやって来た。
「アルディオ…1人で何をしているのです?」
ソフィアに似ている影がアルディオに語りかけて来た。
この影は、ソフィアが影術の[影写転化]で作ったものだ。影写転化で作った影は術者の半径5kmの範囲なら自由に動く事が可能であり、その範囲なら意思疎通も出来る。
「おお、ソフィアかっ!!
我は1人で自慢をしていたのだっ!」
どうやら、5000年生きていたら1人で自慢する癖が付くらしい。年寄りの独り言が多くなるのと一緒である。
「……今は遊んでいる暇はありません。ちゃんとカイン様に言われた事を実行して下さい。」
「ソフィアは、最近真面目になったなっ!」
「前まで、私が不真面目だったみたいに言わないで下さい…。
現在の私はカイン様に色々と学んでおり、過去の私とは違うのです。父とは違い、カイン様には常識について猛勉強させられました。
それに……ナイトリーツ家の家訓。
一つ、短剣を持ち何も考えず任務を実行。
一つ、主人の命令は何があっても達成させる。
一つ、常に主人の側で待機し、主人の非常時には直ぐに行動出来るように準備しておく。
一つ、主人を侮辱した奴は密かに消す。
一つ、任務を達成したら毛づくろいをして貰う。
一つ、任務以外では主人に甘える事。
一つ、常識にとらわれない従者であれ。
以上です。」
ナイトリーツ家の家訓をしっかりと述べていくソフィア。前半は納得出来るが、後半からは変な家訓が混ざっている。
特に、最後のやつが従者として一番問題だ。
「ソフィアよ、いい家訓だなっ!!
特に〈任務を達成したら毛づくろいをして貰う〉は最高だっ!!」
「そうですっ!!!カイン様の毛づくろいは非常に上手で気持ちいいですよねっ!!」
「我は頭を優しく撫でられるのが好きだっ!そして、髪を櫛でといてもらうのだっ!!」
「私は、尻尾を櫛で綺麗にといて貰うのが好きですっ!!カイン様にといて貰った尻尾は、とても滑らかでフワフワになるんですよねっ!!」
獣耳従者達は、耳と尻尾を元気に動かしながら毛づくろいの話で盛り上がる。周りを全く警戒しておらず、お茶会での話題みたいになってる。
そんな、従者達の元へ…。
「お前ら…真面目にやれよ…。」
メルトを抱きかかえたカインがやって来た。危険地帯の深淵の樹海で談笑している従者達に呆れている。
「わ、私は真面目にやっていましたっ!!!
ちゃんとカイン様の教えを守っています!!」
「いや…任務中に談笑してたろ?」
生まれ変わった自分を見て欲しかったソフィアは、慌てて否定する。だが、カインは疑っているようだ。
「さっきのは、アルディオに注意していたのですっ!!」
「いや、毛づくろいの事を話していたのだっ!!ソフィアから言い出した事だっ!」
「あ、あれは家訓を言っただけですっ!!
カイン様っ!私を信じて下さいっ!!!」
ソフィアは、目を潤ませながらカインに詰め寄り懇願する。あまりにも必死なソフィアが可哀想になったので、カインは信じる事にした。
「……分かった、信じるよ。
それより、ソフィの本体は今どこに居る?」
「あ、ありがとうございますっ!!
現在は、そこから北東に3kmくらい離れた地点です。しかし、未だザック・バルシリガの消息不明のまま分かりません…。」
信じてくれた事に尻尾を激しく振りながら喜ぶソフィア。だが、ザックの行方が未だ不明なので少し落ち込んでいる。
「まだ深淵の樹海に入って3日目だからな。これだけ広い樹海で、人間を1人見つけるのは難しいだろう。
どこに居るか分からないが、ザックは相当暴れながら進んでいるらしいな。森のモンスター達が獰猛化している。
特に、ジャングビーが多い。もしかしたら蜂の巣に攻撃してクイーンビーを怒らせたのかもな。」
深淵の樹海に生息するモンスターが集団で次々に襲い掛かって来て、思うように前に進めないカイン達。
そもそも500km以上ある樹海なので、捜索範囲が非常に広い。森の中だけなのに修行の旅と言われる理由は、この樹海が広すぎるからだ。
「昔の深淵の樹海は、ここまでモンスターの数が多くなかった。それに、もっと狭かったような気がする…。我が来たのは1000年以上前だが。」
「……ナニカの襲来で、この森にも異常が発生しているのかもな。普段は人の入らない場所だから、発見が遅れてる可能性もある。
まぁ、とにかくザックは見つけ次第拘束な。そっちはソフィ達に任せて、俺らは森の奥へ向かうぞ。」
「分かりましたっ!見つけたら直ぐに報告しますね。」
「うむ、見つけ次第抹殺だっ!!!」
「……ソフィ、このバカは任せた…。」
全く聞いてないアルディオに呆れるカイン。
そんな駄犬をソフィアに任せて、メルトと共に森の奥へ向かうのだった…。
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時は遡り、深淵の樹海へ入る前の話。
ミストラルの執務室にて…。
「とりあえず、ザックの拘束は決まりだねぇ。
ナタリシア家が管理している場所へ勝手に入ったんだ。いくら皇族でも今回は罰を受けてもらう。」
「確かに、これで何も罰を受けなかったら再び同じ過ちを犯すだろうな。
俺みたいな平民ならすぐに罰を受けるのに、皇族なら免除されるのはおかしい。」
平民なら直ぐに罰を受ける事件でも、皇族なら自分の主張を無理やり通して無かった事にも出来る。
そんな弱者だけが罰を受けるのはおかしいと主張するカイン。実際にこの世界で行われている事なので、余計に腹が立つのだ。
「カイン、大丈夫だ。今回の件はナタリシア家として、きちんと処理していくからねぇ。
だけど、問題は誰が行くか……。」
「それなら私が姉様に代わり、ナタリシア家の当主代理として深淵の樹海へ入りましょう。そして、ザックを拘束して来ますよ。」
ザックを拘束して深淵の樹海から連れて帰る任務を、ユセルは自分が行くと立候補して来た。
ナタリシア家として処理する為だったが…。
「いや、今回は俺達が行こう。ユセル姉さんはナニカ討伐から帰還したばかりだから、今回は休んで欲しい。」
「カイン、私の事は気にしなくて大丈夫です。そんなに強くないナニカだったので、あまり疲れていません。
それにあの男は大切な娘に詰め寄ったり、ナタリシア家の神聖な場所を穢したり…。
これでも私は怒っているんですよ。」
ユセルはいつも通りの笑顔だが、目が全く笑ってないのでかなり怖い。メルトの件も含めて、ザックには相当頭にきているようだ。
「ユセル姉さんの怒りは分かるが、実は提案がある。」
「提案ねぇ…。何か良い考えでも思い付いたのかい?」
ミストラルはカインの提案に興味を持ったようだ。ユセルも、黙ってカインの話を聞く事にした。
「良い考えかは分からない…。
今回は元々メルを俺達が護衛をして、深淵の樹海へ行く予定だっただろ?それを今日から行って、捜索と修行の両方を同時進行したいんだ。」
「つまり、あんた達だけで深淵の樹海へと向かうって事かい?」
「ユセル姉さんが付いて来たら、全く修行にならないからな。俺達でザック拘束組と神羅石組の二手に分かれようと思う。」
1週間後に予定していた修行を前倒して、今から二手に分かれて出発する事を提案したカイン。
ユセルが付いて来たら修行にならないと言ったが…。
「……私が行かなくても、カインが行ってしまえば同じ事でしょう?」
「俺は、基本的に手を出さない事にしよう。それに今回は依頼で来てるから、俺がメルと一緒に行かないという選択肢は無い。
だから組分けは、ソフィとアルがザックの捜索をして、俺とメルで神羅石だ。」
今回の依頼は昇級試験も兼ねているので、カインは絶対に行かなければならない。なので、必要な時まで手は出さない事に決めた。
「まぁ、元々依頼で来たんだからねぇ…。
分かった。ナタリシア家の当主として正式に依頼をしよう。あんた達なら大丈夫と信じてるからねぇ。」
「ありがとう、母さん。メルは俺が守るし、ザックも必ず見つけ出して捕まえよう。だからユセル姉さんも安心して待っていてくれ。」
「分かりました。カインならメルトの事を任せられます。
メルトもしっかりと修行に励むのですよ。」
「うん…。頑張ってくるね…。」
笑顔で話すユセルの言葉に、無表情で頷くメルト。相変わらず正反対な親子である。
一方、カインは従者達に話しかける。
「アル、ソフィっ!話を聞いていたか?」
「もちろんですっ!!私ソフィア・ナイトリーツは、必ずや任務を達成させてみせます。
敬愛するカイン様の名にかけて。」
ソフィアはカインの前で片膝を付き、頭を垂れた。
最近ソフィアは、従者として立ち振る舞いを理解して来たようだ。カインが時間の空いた時に、常識とか、常識とか、常識とかを教えて来た事が生かされている。
もう少し成長すれば完璧な従者となりそうである。ただし、主人のみを優先して、他に融通が利かない。これもナイトリーツの家柄みたいだ。
「これで、ソフィは大丈夫だな。
しかし、問題は……。」
カインはアルディオに視線を向けると、椅子に座りながら爆睡していた。そして、口からは涎が垂れていて、とても美少女の顔では無い…。
「アルっ!!聞いていたのかっ!!」
ビクッ!!「も、もちろんだっ!!」
カインの声により、一瞬で目が覚めたアルディオは肯定する。しかし、思いっきり寝ていたので、話を聞いてないと思ったカインは……。
「よし、内容を述べよ。」
「な、内容は秘匿事項だから話せないのだっ!!」
「勝手に秘匿事項にすんなっ!!!
聞いてなかっただけだろうがっ!!」
「聞いていたぞっ!!だが、ド忘れしただけだっ!!」」
「……秘匿事項をド忘れしたら駄目だろ…。」
自分で秘匿事項と言い、それをド忘れしたとか従者として終っているアルディオ。カインは、仕方無いのでヒントを教えた。
「深淵の樹海へと向かい、ザックを……。」
「よしっ!我は完全に思い出したぞっ!!
ザックに……アレを実行するのだっ!!」
「アレってなんだよっ!!
ザックを見つけて一体何をするか言えっ!」
「ザックを見つけ次第抹殺するのだっ!!」
「どうしてお前は直ぐに殺したがる…。」
全てを力で解決させようとする、脳筋なアルディオに呆れるカイン。神獣とは、もっと清く神聖な存在な筈だ。
「はぁ…。ソフィは、アルが暴走しないように見張ってくれ。お前だけは絶対に暴走するなよ…。」
「はい、お任せ下さいっ!!」
溜息を吐きながらソフィアにお願いするカイン。もう一人の従者にも、もっと真面目になって貰いたいものだ。
こうして、カイン達は深淵の樹海へ向かう事になったのである…。
次回、アレが出てきます…。
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