29話 これが現実か
カインの夢が…。
ギルドで話し合いを終えたカイン達は、ナタリシア家のある都市『フォレスタード』に向けて出発する事になった。
依頼主はミストラルなので、一緒にナタリシア家に行って護衛対象のメルトに会うことにしたのだが……。
「そういえば、母さんはカタールまでどうやって来たんだ?現在は転移門が使えないから直ぐに来られないし、フォレスタードからナタールまでかなり距離がある筈だろ?」
フォレスタードからカタールまでは1000km以上ある。普通の移動手段では、とても1週間では来られない距離だ。
「はぁ…。これでもあたしは七星天兵団、第六師団長だよ。魔導飛行船を使ったに決まってるだろう。」
カインの問いにため息を吐きながらミストラルが答える。現在、七星天兵団の移動手段が魔導飛行船となっている事は結構有名な話なのだ。
「おおっ!!魔導飛行船かっ!!!俺も一度は乗ってみたかったんだよな。」
魔導飛行船が空を飛んでいるのを見た事しか無いカインは、幼い頃から一度乗ってみたいという夢を持っていた。元々はそれが理由で飛行魔法を考えたらしい。
「ふふっ、興奮してるねぇ。もちろんフォレスタードまでは魔導飛行船で行こうと思う。カインも初めての飛行船を楽しむと良いよ。」
「おおっ!!それは楽しみだっ!!」
自分の夢が叶うと、非常に興奮してるカイン。平民には乗れない魔導飛行船なので、確かに嬉しい事なのだろう。
しかし、少し離れた所で従者達が……。
「なぁ、ソフィアよ…。魔導飛行船など、主の作ったジェットブラックと比べれば大した事無いと思うのだが…。」
「……カイン様が普通の魔導飛行船を見て、ガッカリしないと良いのですが…。」
カインは魔導飛行船など比較にならない程にぶっ飛んだ魔導四輪?を作っている。なので、今更魔導飛行船など大した物では無い筈だ。
自分の夢をカインがとっくに超えている事に気が付いていない事に、従者達はカインがショック受けると心配していた。
カイン達はそんな話をしながら魔導飛行船を停めてある、七星天兵団の第六師団カタール支部へとやって来た。
ミストラルの姿を見た七星天兵団の兵達は、それぞれが立ち止まって敬礼をしている。第六師団長が来ているのでとても緊張した様子である。
「母さんが第六師団長だと改めて認識した。
明らかに周りの兵達が緊張してるのが分かるからな。」
「あたしは堅苦しいのは嫌いなんだけどねぇ。一応、第六師団長だから兵達はあたしに敬礼をしないといけないんだよ。」
ミストラルは7人いる七星天兵団の師団長の1人だ。七星天兵団は第一師団から第七師団まであり、ナタリシア家の第六師団はエルフ族とドワーフ族が多いのが特徴である。
ちなみに師団長同士の優劣は無く、7人が同位でトップという訳だ。何かあれば7人の多数決で決議される。
「俺には七星天兵団の事はよく分からないな。まぁ、平民の俺が気にする事じゃないだろう。」
「あたしの息子なんだから、別に身分とか気にしなくてもいいんだよ。そのうち関わる事があるかもしれないからねぇ。」
現在、七星天兵団は貴族以上の身分しか入団出来ない。戦いも多いので、やっぱりエレメントが優先されるという訳だ。
そのまま第六師団ナタール支部の中を歩いていると、ようやく魔導飛行船が見えて来た。
「あれが魔導飛行船かっ!!七星天兵団の制服と同じく、本体は黒で金のラインが入っているんだな。」
「今、あたしは着ていないけど七星天兵団の特色だからねぇ。それぞれの師団によって、紋章は異なるけど基本色は同じだよ。」
カイン達の目の前にある魔導飛行船は、全長100mの大型飛行船だ。本体の色は黒で、他は金のラインとなっている。基本色は同じだが、制服も飛行船も所属する師団によって、師団長である天族の紋章を刻むことで区別している。
ちなみにナタリシア家の紋章は『大樹』である。
「私は一度乗った事があります。しかし、ここまで大きい魔導飛行船では無かったですね。」
「ナイトリーツ家は派手な事が嫌いだからねぇ。確か小型の魔導飛行船しか所有していない筈だよ。」
「そもそも魔導飛行船はあまり使いません。」
ナイトリーツ家は隠密主義のようだ。普段から、皇族なのに影として行動している変わった家である。
そして、カイン達は魔導飛行船の中に入った。
中も色々と装飾が施してあり、とても綺麗な造りとなっている。
カインは、そんな魔導飛行船を見渡しながら…。
「……見た目と同じ広さなんだな。」
「当たり前だよ。何を言っているんだい?」
「カイン様…どんな物にも時空術が使われていると思わないで下さい……。」
期待と違っていたので、少し残念がっているカインに呆れる2人。ミストラルは何の事か分かっていないが、ソフィアには分かるので尚更呆れている。
そして、カイン達が船に乗った事を確認した後、船員達が魔導飛行船を動かし始める。エンジン音と共に船体が少しずつ浮いて来たようだ。
「おっ、動き出したなっ!!一体どのくらいの速度が出るんだっ!!」
船内の広さの事は忘れて、動き出した魔導飛行船の速度について興味を持ち始めるカイン。
その間にも、飛行船はだんだんと上昇していき、雲の近くまでやって来た。そして、速度を上げて走行を始めるが……。
「…………遅くないか?」
現在、魔導飛行船は80km/hで走行している。結構速いが、ジェットブラックと比べればかなり遅い。
「あんたねぇ。何と比べているんだい?これでも最新型だから最高120km/h出せるんだよ。」
「120km/hが最高だとっ!!!そ、そんなバカな……。」
予想より遥かに遅い魔導飛行船にガッカリしているカイン。
ちなみにジェットブラックは通常速度200km/h走行しており、最高速度は350km/hである。
「主よ…だから言ったのだ。ジェットブラックは世界最高の魔導四輪だと…。」
「そもそもジェットブラックは魔導四輪でも無いですけどね…。」
「そ、それなら、他の機能はどうなんだっ!!」
その後、カインは魔導飛行船の中を色々と物色した。ミストラルの許可を得て操縦室にも行き、全てを確認していくカイン。
そんな調子で船内を色々と見て回っていたのだが……。
「索敵地図機能も付いてない…攻撃や防御機能も付いてない……特に凄い機能が付いてない……。
これが魔導飛行船なのか……。」
どんどん落ち込んでいくカイン。
てか、これが現在最新型の魔導飛行船なのだ。そもそもカインの思う魔導飛行船が普通だったら、世界は非常に大変な事になっている筈である。
「どうしてカインは落ち込んでいるんだい?」
「うむっ!明らかに主のジェットブラックの方が数百倍凄いっ!!この程度では物足りないのは仕方無いっ!」
「これは最新型の魔導飛行船で、これ以上の物は無い筈だよ。
あんた達は何を言っているんだ…。」
カインが落ち込む理由がミストラルには分からない。アルディオはジェットブラックの件があるので、仕方無い事だと分かっている。
まぁ、あれと比べるのは無理があるのだ。
「俺の夢は何だったんだ……。」
「カイン様…元気出してくださいね…。」
そんな元気の無いカインの側に近寄って、慰めの言葉をかけるソフィア。カインの元気が無いのでソフィアも哀しい顔をしている。
「ありがとうな、ソフィ…。」
一緒になって哀しんでくれるソフィアの頭を撫でてあげるカイン。良く気遣ってくれる、優しい従者に感謝を述べた。
その後は部屋で大人しく待つ事にしたカイン達。
そんな、夢破れたカインを乗せた魔導飛行船はフォレスタードを目指して飛行するのであった…。
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「見えてきたよ、あれがフォレスタードだ。」
魔導飛行船の甲板に出ていたカイン達は、ミストラルの指差した方向を眺める。
そこには、大きな湖の上に5km以上ある巨大な都市が存在していた。
「おおっ!あれがフォレスタードかっ!!
あんな大きな湖の上に町があるなんて…。」
「うむっ!とても綺麗だなっ!!」
「何度見ても良い景色ですね。」
初めて見た、水の上に町があるという光景に感動しているカインとアルディオ。
ソフィアは何度か来たことがあるのだが、この風景は何度見ても綺麗だと思うようである。
フォレスタードは、天族ナタリシア家が治めている都市で、人口は2万人くらいだ。
七星天兵団、第六師団本部や大きな鍛冶場も存在しており、主な種族はエルフとドワーフである。武器や防具などの鍛冶産業が世界で1番発達している都市として有名だ。
「ふふっ、気に入ったようだねぇ。」
「ああ!もっと近くで町を見たいなっ!
でも1回、第六師団本部に魔導飛行船を停めて、その後ナタリシア家の屋敷に向かうんだよな?」
「そうだねぇ。妹やメルトにあんた達を紹介しておきたい。でも、直ぐに修行の旅に出発する訳じゃないから町にも出られるよ。」
「よしっ!鍛冶の本場で色々と見て回りたいし、楽しみだっ!」
魔導飛行船の件があったので、今度は鍛冶に期待するカイン。
天宝製作術で武器や防具を作る事が出来るカインだが、実際鍛冶をするのとは少し違うので、鍛冶の本場では色々と学ぶ事があると喜んでいる。
「主には天宝製作術があるから、鍛冶は必要無い筈なんだが…。」
「まぁ、カイン様が楽しそうなので良い事だと思いますよ。」
「確かに、主には元気が1番だなっ!」
昨日の魔導飛行船の件で落ち込んでいたカインだったが、現在は嬉しそうにしている。
そんなカインを見て従者達も嬉しそうだ。
ナタールから出発して20時間でフォレスタードへと到着したカイン達。そのまま七星天兵団、第六師団本部へと着陸していく魔導飛行船であった…。
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第六師団本部から直ぐに出発したカイン達は、ナタリシア家の城を目指して馬車で移動した。
そして、20分ほどでナタリシア城に辿り着いた。
「ここがナタリシア家の城『ナタリシア城』だ。なかなか立派な建物だろう?」
「凄いな……城は2回目だけど、ナタリシア城の方がやっぱり格が違うな…。」
白を基調とした圧倒的な存在感のある城に感心するカイン。どっかの王国の城とは比べるまでも無い。
「確になっ!ラダサトリ城は脆すぎて全然ダメだったっ!キリークを吹き飛ばしただけで城門が壊れたからなっ!!」
「警備も全然ダメでしたね。あっという間に私の侵入を許して、謁見の間にも簡単に入れました。」
「この城は中々硬そうだっ!どんな攻撃をすれば吹き飛ばせるのか分からないなっ!」
「そうですね。忍びこむ時にも骨が折れそうです。先ずは影術を上手く行使して偵察します。」
「では、我は獣化して[ヘブンスブレス]を放って様子を見てから正面突破しようっ!」
「分かりました。では、私は[影写転化]を使って囮を作り、警備の者を誘導します。その後侵入しますね。」
「うむっ!その後は当主を探し出して、正面から「待てコラァァァーーっ!!!!」…………どうした主よ。」
だんだんと物騒な話になっていく従者達に待ったをかけるカイン。いつの間にか城の攻略作戦まで話が進んでいたようだ。
「どうしたじゃねぇよっ!!!!お前らはこの城に何をしに来たんだよっ!!!!」
「「……当主暗殺だ(です)っ!!」」
「どこからその話が出てきたんだよっ!!!
てか、当主は母さんだからここに居るわっ!!!!」
「おお!本当だっ!!!
……あれ?何でこの話になったのだ?」
「分かりません。城の格が違うという話から来たような……。
それなら、カイン様のせいですね。」
「なんだ、主のせいかっ!!
自分の母の城を狙うとは…。」
突然、もの凄いリターンが来た。
責任は完全にカインだと従者達で一致している。どういう流れでこうなったのか理解出来無いカイン。
「…………おまえらの頭はどうなっている?」
「「とても賢い頭だ(です)っ!」」
「………聞いた俺がバカだった…。」
滅茶苦茶バカな事を言ったとしても、ソフィアとアルディオは自分の事は賢いと思っていた。
そんな2人に、あれが素なんだと再認識したカインだったが…。
「あんた達は何を遊んでいるんだ?
3人でバカやってないで早く行くよっ!」
「母さん、俺をあいつ等と一緒にしないでくれ…。」
何故かバカの相手をしていたら、自分まで一緒にバカ扱いされてしまったカイン。
全く納得出来ないまま、ミストラルとバカ3人組はナタリシア城に入って行った。
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「おかえりなさいませ、ミストラル様。」
城に入ると執事や侍女達が迎えに来ていた。全員がエルフの男女で、30人以上居るようだ。老けない種族なので年齢が全く分からない。
「ああ、出迎えご苦労様。こっちの3人はメルトの護衛依頼を受けてくれた者達だよ。部屋まで案内してあげてくれ。」
「かしこまりました。」
「あんた達、部屋の確認したらあたしの部屋に来てくれ。その時に妹やメルトを紹介するからねぇ。」
「分かった。じゃあ母さんまたあとで。」
ミストラルは先に城の方へ入って行った。
残されたカイン達は、執事に部屋の案内をされるのを待っていたのだが…。
「おい、貴様っ!!ミストラル様の事を母さんとか言わなかったかっ!!」
突然、出迎えの執事や侍女達の近くに居たエルフの少年がカインを怒鳴りつけてきた。髪は短く金色をしている。歳はカインと同じくらいだ。
そんな少年にもカインは気にした様子も無く。
「確かに言いましたが、どうかしたんですか?」
「ふざけるなっ!!!なんで、貴様みたいな人族がミストラル様にそんな呼び方をするんだっ!!!」
カインの答えを聞いた相手の少年は、更に声を上げながらカインに詰め寄り胸倉を掴んで来た。
その時、近くにいたソフィアが短剣で少年の腕を切り落とそうと咄嗟に構えたが、カインに手で制止され構えるだけで終わった。
なので、カインは胸倉を掴まれてしまった。
「母さんが息子として接してくれるから、俺も母として接しているんです。何か問題がありますか?」
「ミストラル様が息子として接しているだとっ!!!
………貴様、身分は?」
「平民ですよ。カインといいます。」
「なるほど、平民風情がミストラル様の優しさに甘えて調子に乗ったという事か…。
なら、さっさとこの城から出て行け。ここは、貴様みたいな下等な平民風情が入って良い場所ではない。」
カインが平民だと分かると、急に見下したような態度をとってきた少年。カインの胸倉から手を離して、ハンカチで手を拭き始めた。
そんな態度をとられてもカインは平然としているが、ソフィアがヤバイ…。カインが視線で制止しなければ、今にも飛び出して殺しに行きそうな程怒っている。しかも抵抗無く殺す為に、逆に殺気を潜めているので非常に危険である。
アルディオはカインが命令するまで何もする気はないようだ。
角が立っても面倒なので、カインはここに来た理由を説明する事にした。
「そういう訳にも行きません。俺は、今回依頼で城にやって来ました。勝手に帰る事は出来ませんね。」
「貴様、私の命令が聞けないのかっ!!!いいからさっさと出て行けっ!!」
「ここの当主の命令の方が上だと思いますけど。」
「うるさいっ!!黙って私の命令を聞けばいいんだっ!!」
カインとエルフの少年とのやり取りに、周りの執事や侍女達は全く参加して来ない。ミストラルの先程の命令を聞いているので、カインを帰らせるのはおかしい事だ。なのに、この少年を止める者はいない。
(誰も止めないって事は、この少年はかなり身分が高いのだろう。
……おそらく皇族。母さんに用事があって城に来ていたが不在で、帰って来ても俺達を優先して自分の存在を無視されたから余計に機嫌が悪い…ってところだな。)
カインは少年の素性を推測する。
相手が皇族ともなれば、非常に厄介な事になりそうだ。とりあえず、事実確認を始めた。
「命令ですか…貴方は何者なんですか?」
「ふん、貴様などに名乗る名前など無い。
私の名前が穢れてしまうからな。」
「それは困りましたね。依頼で来ているので、誰とも分からない貴方の命令を聞くわけにはいかないんですよ。」
「ちっ!…私の名はザック・バルシリガだ。」
バルシリガ家はナタリシア家の圏内に都市を持つ、皇族の1つである。当主は七星天兵団、第六師団副長のスナイデル・バルシリガで〚業風〛のエレメント顕現者だ。
ザックはバルシリガ家の長男なんだが……。
「バルシリガ……バルシリガ……。」
もちろん、カインは聞いたことが無い。特に興味が無いので天族や皇族は覚えていないのだ。
「き、貴様っ!!バルシリガ家を知らんのかっ!!!」
「えーと…勉強不足ですみません。」
「よくも私をコケにしてくれたなっ!!!」
カインに侮辱されたと判断したザックは、腰に差していた剣を抜いた。今にも、斬りかかりそうな様子だ。それに反応してソフィアも短剣を抜いて、ザックに向けて濃い殺気を放つ。
「カイン様に対する殺意を確認。ザック・バルシリガを敵とみなし処分致します。」
「なんだ貴様はっ!!メイド風情が出てくるなっ!!」
ソフィアの殺気に臆すことなく対抗するザック。そんな態度は、さすがに皇族という訳だ。
「私の事忘れているとは…さすが単細胞ですね。」
「な、何だとっ!!……金髪の狐人族…まさかっ!!ソフィア・ナイトリーツかっ!!
何故貴様がここに居るっ!!」
「私がお仕えしているカイン様がここに居るからです。私は常にカイン様のお側に居りますので。」
「ナイトリーツが仕えるか…。
ふん、平民などを主人に選ぶとは貴様も残念な女だな。」
「これ以上カイン様を侮辱するのなら、問答無用で処分させて頂きます。」
「はっ、やってみるがいいっ!!」
ソフィアの殺気が更に濃くなる。
ザックも剣を構えて今にも動き出しそうである。
(はぁ…。結局こうなってしまったか…。)
一触即発な状況にカインは面倒臭くなって来た、その時だった…。
「騒がしい…静かにして…。」
突然、あまり感情のない声が聞こえて来た。
その声のした方向をカインが見ると、無表情な顔をしたエルフの女の子が居たのだった……。
次回、ザックの目的…。
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