28話 親子の絆
ミスティ怒りの理由…。
カイン達は、ランクAの昇級試験の説明を受ける為にナタールのギルドに来ていた。
ギルドマスターイジェルの部屋に入ると、カインの魔法の師匠ミスティが座っていたのだ。
ピリピリとした空気の中、カインはミスティと2年ぶりの再会となったのだが……。
「……カイン、2年ぶりに会えたのだけど、とりあえず、勝手にオボルから居なくなった件について話そうかねぇ。」
「………まぁ、そうだよな。まず、俺がエレメント測定器で無能者と判断されたのは知ってるのか?」
「あたしに宛てた手紙に書いてあったからねぇ。もちろん知っているが、勝手に居なくなる理由にはならないと、あたしは思うよ。」
カインの残した手紙にも説明はあったが、ミスティは納得していない。少し怒気を含んだ口調で答えた。
「勝手に居なくなったのは、ごめん。ちゃんと会って話をした方が良いと思ったが、絶対に止められると思って手紙を残したんだ…。」
「止めるのは当たり前だねぇ。あたしだけじゃなく、長い間ずっと一緒に居た者ほど、その思いは強かった筈だよ。」
「………あの時は、皆に迷惑をかけられないと判断したんだ。この世界は無能者には厳しい。だから、もう一緒には居られないと思った。」
カインは、オボルの皆に迷惑をかけない為。
更に無能者で力を失って、自分は全く役に立たないと判断して街を去ったのだが……。
「あたしが気に入らないのはその言葉だよ。」
「その言葉?無能者だからという事?」
「違うねぇ。正直、無能者とかどうでもいいんだよ。街を去った理由が、あたし達に迷惑をかけない為ってのが気に入らないんだよ。」
「だが、俺が無能者だと周囲の奴に知られると……特に、貴族や王族なんかに知られたら、どんな目に合うか分からない。」
この世界の無能者は、エレメント主義なこの世界にとって汚物として扱われる。地位の高い者ほど、強いエレメントを持つので、余計にその風潮が強い。
なので無能者は、何も罪を犯していないのに罰を受けたり、奴隷として扱われたりしているのだ。その無能者を庇った人も、世界の裏切り者として一緒に罰を受けることもある。
そんな腐った理不尽でも、まかり通るのがエレメント主義のこの世界という訳だ。
「……カインを庇う事であたし達が罰を受ける事に、何か問題でもあるのかい?」
カインの言葉に対して、それがどうしたという感じでミスティは質問する。
「問題って…大有りだっ!!俺なんかを庇って罰を受ける事なんて絶対に駄目だっ!!」
「そんな事はあたし達が自分で判断するよ。カインが何を言っても、誰であっても、最終的に庇うかどうかはあたし達が決める事だ。」
「そ、それは……。だが、俺なんかを庇って罰を受けるなんて……。」
自分の事は自分で決めるから勝手に判断するな、と言う意味を込めてミスティは告げた。
だが、カインにはそこまでして庇って貰う理由が分からない。
「なぁ、カイン…。あんたの残した手紙に何を書いたか覚えているかい?」
「えっ?……ミスティさんには〈楽しかった、ありがとう〉だったかな……。」
「そこじゃないねぇ。カインの手紙には、あたしの事を〈俺のお母さんみたいだった〉と書いてあったよ。」
「……うん、ミスティさんは、いつも厳しいけど俺の事を思って言ってくれていたのは知ってる。そんな優しいところが、俺にお母さんが居たらこういう感じだと思った。」
カインは自分を犠牲にして無理をする事が多かった。仲間を守る為に厳しい鍛錬をずっとしていた。
そんなカインに対して、無茶をした時は叱ってくれたり、厳しいけど心配してくれたりしたミスティをカインは母親と感じていたのだ。
「あたしもカインの事を息子みたいに思っていた。何でも出来るけど、ちょっとした所で抜けている危なっかしい息子としてだ。」
「………だが、俺とミスティさんは本当の親子じゃない…。」
「もちろん、あたしとカインは血は繋がっていない。
だけど、あんたがあたしを母と思ってくれている。
そして、あたしもあんたを息子だと思っている。
それなら、あたし達は血が繋がっていなくとも親子の筈だ。」
「………だけど、親子でも無能者だったら…。」
「あのねぇ、無能者だからとか迷惑を掛けるとか……親子のあたし達に関係あるのかい?大事な息子を庇うのに理由なんているのかい?
あんたが罰を受けるなら、あたしが代わりになろう。
あんたを酷い目に合わせる奴が居たら、あたしがぶっ飛ばしてやるよ。
あんたが寂しい時は側にいてやる…それが親ってもんだ。
あんたを守るのは親として当たり前の事なんだよ。」
ミスティはカインの事を弟子以上に息子として見ていた。優秀だけど危なっかしい自分の子供として面倒を見ていたのだ。
そんな子が無能者だからと言って、親子の縁を切る理由にはならない。
ミスティが怒っていたのは、勝手に判断されて親子の縁を切られた事が気に入らないからだ。
「……俺には親が居ないから、よく分からなかった。そんな関係が親子なんだな…。
ミスティさん…ありがとう……。」
「はぁ…。本当に手間のかかる息子だよ。」
孤児のカインは親子というものを知らなかった、考えた事も無かったのだ。ミスティの言葉を聞いてようやく理解してきたカイン。
そんな様子を見て勝手に居なくなった、手間のかかる息子に苦笑するミスティ。
2人は血が繋がっていなくとも親子だったのだ。
「……うぅ…泣かせるじゃねぇか…。」
「わ…私も…感動しました…。」
そんな話を黙って聞いていたイジェルとソフィアは感動して泣いている。イジェルは、先程の部屋を出て行きたい気持ちはさっぱり吹き飛んでいた。
「はぁ…。おっさんの癖に泣くんじゃないよっ!いい歳して恥ずかしくないのかい?」
マジ泣きしているイジェルに呆れるミスティ。ソフィアの涙は可愛いとしても、可愛くないおっさんの涙など要らないのだ。
「当事者の俺達が泣いてないのにイジェルさんが泣くとはね…。
ソフィは可愛いのに…よしよし…。」
呆れながら、隣で泣いているソフィアの頭を撫でてあげるカイン。すると、泣きながらも耳と尻尾を動かして嬉しそうにしているので非常に可愛い。
どっかのおっさんとは全く違う。
「ミストラル様が良い事言うから悪いんですよっ!
わしも、泣きたくて泣いているんじゃないっ!」
「ミストラル様?……。」
イジェルがミスティに対して言った言葉に疑問を持つカイン。そもそも、ミスティに関してランクA冒険者である事しか知らないのだ。
「……そういえば、カインには言ってなかったか。別に隠していた訳じゃないんだけどねぇ。
カインは、この圏内の当主は誰か知っているかい?」
「俺は詳しくは知らないな……ソフィ分かるか?」
カインの知っている天族は、オボルでも馴染みのあるオニキス家のみだ。普通に暮らしている平民には、天族など別の世界の存在である。
「私は、父から全ての天族と皇族の名前は教えてもらいました。これでもたくさん教えて貰ったので、色々と知識はあるんですよ。」
「…………常識も教えて貰えよ…。」
知識だけで、常識を知らない残念な子になったソフィア。完全に父のせいだと思ったカイン。
「それで、ここブリアクライ連邦のある圏内は天族ナタリシア家。当主は七星天兵団、第六師団長のミストラル・ナタリシア様ですね。」
「ミストラル・ナタリシアか…。
あれ?ミスティさんがミストラル様って事は…。」
ミスティがミストラルなら、天族と名前が同じなので疑問に思うカイン。
「そう、あたしはナタリシア家の圏内を全てまとめているナタリシア家の当主、ミストラル・ナタリシアだ。」
「えぇーっ!!ミスティじゃなかったのかっ!!」
「ミスティはミストラルの愛称だねぇ。公の場所以外ではミスティとして活動しているんだよ。」
ミスティは〚天嵐〛のエレメントの顕現者で、エルフやドワーフの代表としても有名な、七星天兵団、第六師団長のミストラル・ナタリシアその人だ。
七星天兵団の中でもとても自由な活動をしている。なので七星天兵団、第六師団本部には殆ど不在であり、部下たちが困るほどの自由人でもある。
「えーと…ミストラル様と呼んだ方がいいですか?」
初めての天族との遭遇に少し困ってしまうカイン。普通なら平民には会う事など出来ない存在なのだ。
「はぁ…今更何言ってんだい。それに、カインはあたしの息子なんだし、遠慮する事は無いんだよ。」
「……分かった。今まで通りミスティさん…いや、俺の親なんだから母さんでいいか?」
「ふふっ、そうだねぇ。母さんと呼んでくれ。」
ミストラルはとても嬉しそうにしている。ミストラルは250歳を超えているが、未だ独身で子供も居ないのだ。初めての息子が母と呼んでくれる事に大変喜んでいる。
「カイン様のお母様と言う事は……。
私はソフィア・ナイトリーツと申します。カイン様の従者をしておりますので、どうかよろしくお願いします。」
ソフィアは、メイド服のスカートの裾を摘んでミストラルに華麗にお辞儀をした。カインの母ならちゃんと挨拶をしようと判断したのだ。
初めは警戒していたソフィアだったが、即座に態度を切り替えた。
「ナイトリーツねぇ。金髪の狐人族って事は〚夜〛で間違いないか…。
あんたはカインを主人に選んだみたいだねぇ。」
「はいっ!カイン様は非常に素晴らしい御方ですっ!私はカイン様にお仕えする事が出来て大変嬉しく思いますっ!」
とても元気な声で嬉しそうに話すソフィア。
尻尾も活発に動いているのが分かる。
「まぁ、あんたの家の家訓は良く知ってるよ。
一度決めた主人には一生をかけて尽くし、何よりも主人を優先するのがナイトリーツ家だったかねぇ。」
「はいっ!私にとってカイン様以外はどうでもいいです。ですが、カイン様のお母様のミストラル様なら、仕方無く第二優先とさせて頂きます。」
「融通が効かないのもナイトリーツだねぇ。」
絶対主人主義のナイトリーツ家の風習に苦笑するミストラル。しかし、それだけ信頼出来るので息子の従者としては安心できる存在だ。
「母さん、ソフィには家事をしてもらったり、隠密を活かして偵察をやってもらったり、色々と助かってるよ。少し融通が効かない所もあるけど非常に信頼出来る従者だ。」
「それは良かったねぇ。ソフィア、これからもカインの事をよろしく頼むよ。」
「はいっ!お任せ下さいっ!」
ソフィアはカインに褒められてとても嬉しそうにしている。可愛いのでカインは頭を優しく撫でてあげる。すると、さらに喜んだソフィアの尻尾は千切れそうなくらい激しく動いている。
「まぁ、ソフィアは良い子だと分かった。
……だが、そっちの子は…。」
ミストラルは、蒼い髪の狼人族のような女の子を見た。
その子はもちろんアルディオなのだが……。
「……母さん、こいつは駄犬だから仕方無い。」
カインも、自分の膝の上に頭を置いて寝ているアルディオを見る。
実は、先程のミストラルとカインのやり取りの間にアルディオは寝てしまったのだ。親子の良い話は、神獣には退屈な話だったらしい。あの状況でも寝られるアルディオには感服する。
修行の時に話していた、いつでも睡眠出来るん術は本当だったみたいだ。
「狼人族…では無いか。なにか特別な力を感じるねぇ。……彼女は何者だい?」
「………自称神獣だ。」
「自称では無いっ!!!我は誇り高き天狼だぞっ!!」
自称扱いされた事に、寝ていたにも関わらず咄嗟に起きて反論したアルディオ。かなり都合の良い耳をしているみたいだ。
「お前、興味ある事しか聞けない耳なんだな…。
はぁ…。アル、母さんに挨拶するんだ。」
「主の母だとっ!!!ど、どこに居るんだっ!!」
「お前…どこから寝ていたんだよ…。」
本当に役に立たない神獣である。
今のところ、戦闘以外で良い所が全く無い。
「……神獣ねぇ…。性格はともかく、能力はかなり高そうだねぇ。それだけに残念な感じになっているという事か……。」
「アル、お前の残念さを母さんにアピール出来て良かったな。」
「な、何だとっ!!このエルフが主の母かっ!!
……我は誇り高き天狼で5000年の時を生きていて神獣と呼ばれているアルディオだ。主の母だったな、よろしく頼む。」
カインの母と聞いて、挨拶をするアルディオ。
しかし、身長150cmでドヤ顔&大きな胸を張っている姿や先程の睡眠の件で、神獣の威厳など全く存在しない。
「ふふっ、あたしよりかなり年上だけど可愛い子だねぇ。噂に聞く神獣じゃないみたいだよ。
ソフィアにアルディオ、皇族に神獣か……カインの元には色々な立場の人が集まるみたいだねぇ。」
「まぁ、いい巡り会いだったと思う。なんだかんだ言っても、真っ直ぐな可愛い従者達だからな。」
そう言いながら両脇に座っているアルディオとソフィアの頭を撫でる。2人の従者は撫でられて凄く嬉しそうな顔をする。
「2年前に突然居なくなって心配したが、やっぱりカインはどこに行ってもカインだったという事か。
……それに、本当は無能者では無いとあたしは思っているよ。」
「さすが、母さんだな。でも、その件については今度ゆっくりと話をしよう。
そろそろ、ずっと放ったらかしにしていたランクAの昇級試験について話をしないか?」
カインの神族、始祖の血脈の話は長くなるので今度ゆっくり話をする事に決めた。
今はギルドに来た目的、ランクAの昇級試験の話をする事にした。
「とりあえず、ミストラル様とカインが上手く行って良かったよ。今回の件で、ミストラル様に昇級試験を受けるのがカインだと話したら、あたしも会って話をすると言って来て、凄い威圧を放っていたからな。」
「それは…ご苦労様でした…。
やっぱり、今回の昇級試験は母さんと関係があるんですか?」
「まぁ、そういう事だ。丁度良くナタリシア家のメルト様が、修行の旅に出るって話を聞いてな。その護衛にカイン達をと思った訳だ。」
「ナタリシア家のメルト様?」
ミストラルは独身で子供が居ない、なのにナタリシア家のメルト様とは一体誰なのだろうとカインは不思議に思っていたが…。
「メルトはあたしの姪だよ。妹はあたしの100歳年下だが結婚していてねぇ。その2人の間に14年前に出来た子供がメルトだ。」
「なるほど…って、エルフは寿命が長いから年齢差が凄いな。妹が100歳年下とは…。」
エルフの寿命は1000年以上と言われており、ドワーフでも300歳なので凄い長寿である。なので、大きく年の離れた兄弟になる事が多い。
「それがエルフという種族だねぇ。メルトはカインと同じ14歳だ。身分とか気にせずに仲良くやってくれ。」
「母さんの姪なら俺の家族でもあるから、もちろんメルトとは仲良くするつもりだ。
……メルトの修行の旅は分かったけど、どうして冒険者に依頼をしたんだ?普通は七星天兵団の者を護衛にする筈だ。」
通常、天族ナタリシア家なら七星天兵団、第六師団の兵を護衛にする筈だ。カインには、わざわざギルドに依頼をして冒険者を雇う理由がよく分からなかった。
「七星天兵団に入団する前に、皇族や天族の子弟は修行の旅に出るのが通例だ。ソフィアも似た感じだとは思うが、七星天兵団の護衛は駄目な筈だよ。」
「そうですね。私も、父から1人で修行の旅に出るよう言われました。」
「なるほど、七星天兵団では無く冒険者なら護衛しても良いという訳か。あまり必要性を感じない、意味の無い風習だな。」
七星天兵団がダメでも冒険者なら大丈夫という風習が理解出来無いカイン。結局は護衛を雇うから七星天兵団でも良い気がするのだ。
「まぁ、昔から行われている通例だからねぇ。ギルドの無かった時代は、1人で修行の旅に出るのが普通だったらしい。それが現在は七星天兵団の護衛はダメだが、冒険者なら良いと変わってしまったという訳だ。」
「うむ、確かに昔はギルド無かったな…。ここ1000年前から出来た筈だ。」
「ギルドが出来て、護衛を付けるために無理矢理作った慣習という事か…。
まぁとにかく俺達がメルトの修行の旅の間、護衛をすればいいんだろ?」
「そうだねぇ。カインなら安心してメルトを任せられるから、よろしく頼むよ。」
「分かった。昇級試験も兼ねているから、精一杯やらせてもらうよ。」
これで、カイン達のランクA昇級試験はメルトの護衛という事になった。詳しい話はメルトと直接会ってするつもりだ。
こうして、2年ぶりの再会を果たしたカインは、ミストラルと一緒にナタリシア家のある都市『フォレスタード』を目指すのだった…。
次回、ソフィア怒ります…。
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