26話 生まれたての子鹿?
意外に強いチンバンの実力は…。
「…てな感じで討伐達成となりました。」
「そうかそうか…お疲れさん。
って、納得できるかぁぁぁあーっ!!!」
荒地の狼の姿を見る事無く討伐を終えたカイン達は、直ぐにナタールへと戻った。
そしてギルドへと向かい、イジェルに報告をしたのだったが……。
「往復10日の道のりを10時間で帰って来て、更に荒地の狼を拠点ごと消滅させたとか納得出来んわっ!!!」
「これが主流ですよ。」
「なんの話だよっ!!!一体何をしたんだっ!!!」
あまりにもぶっ飛んだ内容に許容出来ないイジェル。ランクAのクエストをお使い気分で終わらせたので当たり前だ。
「イジェルよ…これが現実だ…。」
ナタールに着くまで放心していたチンバンだったが、今は落ち着いて来ている。さすが精神力系ランクA冒険者である。
「しかし、事実ですからね。この調子でどんどん指名依頼を受けていくので、よろしくお願いします。」
「………はぁ。チンバンの証言もあるし、とりあえず信じるか。後で、ギルドの方でも確認しておくからな。
ランクAのクエストをこの調子で成功させていくか………さすがお偉いさんは格が違うぜ。」
チンバンの証言とカインの事を皇族だと思い込んでいる事から、なんとか納得させたイジェル。皇族のスケールのデカさに感心していた。
「私は完全に必要無かったな…。終始驚いていただけで、部屋で普通に生活していたな…。」
ランクA冒険者なのに役立たずだったので、少し落ち込んでいるチンバン。でも、仕方が無い事だ。
「噛犬大丈夫だっ!我も何もしていないっ!」
ずっと、アルディオ専用寝室で睡眠していた神獣は、いつものドヤ顔で大きな胸を張っていた。
操縦をしていたカインや料理や掃除をしていたソフィア、そして客人のチンバンと違って全く役に立たない従者である。
「………お前はもっと頑張れよ…。」
やる気や元気はあるけど、何もしない従者に呆れているカインだった。神獣とはこういう存在なのだろうか…。
「思ったより早い達成だったから、わしも指名依頼を用意出来てない。明後日までに用意しておくから明日は休んだらどうだ?」
「そうですね。せっかくの休日なので鍛錬でもしておきます。」
「主よ…それは休んでいないぞ…。」
ストイックバカに休息の二文字は無い。
常に己を鍛え、何事も完璧にこなすのだ。
「そういえばカインの実力を見たことが無いな…。そうだ!明日は私と模擬戦をしないか?
これでもランクA冒険者だから、結構教える事も多いと思うぞ。」
カインの実力を知らないチンバン。そこで、今回実力を見せる事が出来なかったので模擬戦を提案した。『噛犬』もとい『舞剣聖』の二つ名の伊達では無い実力を持っている。
「良いですねっ!俺もチンバンさんみたいなランクA冒険者とは戦ってみたかったんですよ。是非よろしくお願いします。」
どのみち鍛錬をする予定だったカインは、ランクA冒険者と戦えるだけあって非常にやる気のようだ。
「……噛犬さんってそんなに強かったんですね…。」
「うむ。主と模擬戦とは、我らの思っている以上の実力なのだろう。」
カインの実力を知っている従者達は模擬戦を挑んだチンバンに感心している。だが、チンバンはカインの本当の実力を知らないから挑んだのである。
「ふふふっ、ようやく私の力を見せる事が出来るよ。楽しみにしておきたまえっ!!」
「はいっ!胸を借りるつもりで戦いましょうっ!」
カインとチンバンは握手を交わして、明日の模擬戦へと期待を膨らますのであった。
果たしてランクA冒険者の実力とは…。
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翌日、カインは早朝から1人でナタールの外へと向かい、刀剣術の鍛錬をしていた。おそらくチンバンとの戦いでは、2年間の修行で編み出した刀剣術を使う事になると思ったからだ。
未だ、片手ずつの戦闘だけで十分だったので、刀剣術での戦闘は行ったことが無い。
「破滅なる真炎を[ヘルブレイク《覇光》]つ!」
カインは的に向かって、[絶技]を発動させた。(覇気を使った技を[絶技]という。)
右手の『デュランダル《天光》』と左手の『天夜叉』から覇気で作られた地獄の炎と天界の光が発生し、斬撃として放たれた。
カインの放った絶技は周囲の空間を歪ませながら、超高速で一直線に的へと伸びていく。
ドゴォォォォォォォンッ!!!ドゴォォォォォォォンッ!!!ドゴォォォォォォォンッ!!!
数度の轟音が周囲に鳴り響く。
着弾と共に超爆発して、圧倒的な力の奔流によって的ごと地面を消滅させていく。直径3kmの範囲の物が衝撃波によって全て吹き飛ばされた。
そして、S級の金属『アダマンタイト』で作られた的は跡形無く消滅した。
「よしっ!まずまずの威力だなっ!相手はランクA冒険者だから気を抜かずに行くかっ!」
的の消滅を確認したカインは、刀剣術の絶技に手応えを感じたようだ。かなり覇気を消費したがそれだけの威力はあった。
その様子を遠くから見ていた従者達…。
「噛犬は、主の絶技を受け止められるのか?さすがに絶技を受け止めるのは、我でも大変だ。」
「分かりません。ですが昨日、自信満々で〈実力を見せる事が出来る〉とか言っていたので、大丈夫だと思いますよ。
私には無理ですけど…。」
皇族の娘でも防げない絶技を、果たしてチンバンは受け止められるのか…。
そもそも、SS級の武器を2つ使用しているカインの通常攻撃を受け止めるのも難易度が高い。
そんな話を2人がしていると、カインがこっちに向かって歩いて来た。
「なかなか仕上がってたなっ!でも、相手はランクA冒険者だ。油断せずに全力で行こうっ!」
模擬戦に向けて物凄いやる気を見せているカイン。
「主よ、噛犬はそんなに強いのか?」
「………知らん。ランクA冒険者はキグロさんとミスティさんしか分からない。あの2人なら今の攻撃でも受け止める筈だ。」
※ちなみにキグロもミスティも四色のエレメント顕現者で、この世界でも最高位の実力。
「そうなんですね…。ランクA冒険者がそこまでのレベルだったとは…私もまだまだです。カイン様の覇気の前では、私は身体が震えて動きませんでした。」
カイン達3人の、ランクA冒険者に対する認識がかなりズレていると教えられる者は、この中に居ない。
だが、チンバンもランクA冒険者の中では上位の存在なので頑張ってくれるだろう。
そして、待つこと30分後…………。
「お待たせ……何だこの結界はっ!!!」
カインは無傷結界を張る魔道具を周囲に展開していた。こんなのを個人で持ってる者などいない。
「無傷結界ですよ、万が一の保険です。」
「それは分かるが……いや、何でも無い…。」
何故持っているんだと思ったチンバンだったが、あの魔導四輪を所有しているならと考え、何も聞かなかった。
「では、準備して始めましょう。」
カインとチンバンは模擬戦を開始する為に準備を行なった。カインは完了しているので、チンバンが軽く準備運動をしているのを待つ。
そして、準備が終わり2人が相対した場所に立つ。
「チンバンさんの武器は細剣ですか…。」
カインはチンバンの構えている武器を見て言った。普段はあまり見ない武器である。
「『ランベルト』と呼ばれるS級の細剣だ。私のエレメントとの相性が良い。
……そっちの純白の剣は鞘に収めたままか?」
「これは特別製なので、抜くと様子見も出来ません。最初はこのままで行きます。」
「なるほど…。物凄い力を感じるな……SS級の武器か…。」
イジェルからSS級の武器をカインが所有していると聞いていたチンバンは、改めて見て剣の放つ風格に感心している。
模擬戦を始める為に。チンバンが細剣を抜いて構えた。
「では、行くぞっ!」
チンバンがカインに向けて高速で詰め寄っていく。
その様子見ながら、カインはその場に立ったまま右手で鞘に収めた剣を構える。
チンバンはその間にもどんどん距離を詰めていき、細剣を突き出した。
キンッ!
高い金属音が聞こえる。チンバンの突き出した細剣をカインも剣を突き出して相殺させる。
お互いの剣先がぴったりとくっつき離れない。
「くっ、私の細剣の突き出しに合わせて完璧に相殺させるとは、さすがだなっ!」
「チンバンさんも流石ですね。とても早く鋭い突き出しです。」
ギジギジッ!ギジギジッ!
カインとチンバンはお互いの剣を突き合わせたままの状態で会話をしている。
このままでは埒が明かないと思い、チンバンが距離を取る為にバックステップをする。
その様子を見ているカインはまだ一歩も動かない。
「ふぅ…。様子見はこのくらいでいいだろう。『舞剣聖』と呼ばれている剣術を見せてやろう。」
そう言うとチンバンはカインに剣先を向けて構える。
そして、カインと距離があるにも関わらずその場で細剣を突き出した。
ビュッ!!
すると、チンバンの剣先から水流が発生し、渦を巻くように回転しながらカインに高速で迫っていく。
咄嗟に剣を払いその水流を弾こうとするが、かなりの水圧で回転しているせいか、全く起動が変わらない。
止まらない水流を顔だけ動かしてギリギリで避けるカイン。
ビュッ
カインの頬に掠り、浅く傷が出来る。
少し垂れた血を拭いながら…。
「……軌道を変えられませんでした。範囲が狭く直進のみですが、それだけ速度と貫通力があるって事ですか。」
「そうだ。この細剣ランベルトは、闘気を流す事によって、高圧の水流を回転させながら放てる事が可能だな。
……では、どんどん行くぞっ!」
再び、カインに剣先を向けて突き出し始めるチンバン。今度は1回だけでなく、高速で何回も突きを繰り返す。
ビュッビュッビュッ!!
複数の螺旋状の水流が急速でカインに迫る。
剣で軌道を変えられない事は分かっているので、カインは回避行動に移る。
瞬時に軌道を読み取りギリギリで回避を続ける。
「ほう、さすがだな。だが、まだまだ行くぞっ!」
ビュッビュッビュッビュッビュッビュッ!!
更に突きの速度を上げて物凄い数の螺旋水流をカインに向けて放つ。
数十の螺旋水流が急速に迫り、回避が不可能な隙のない攻撃。
そう判断したカインは右手のデュランダル《天光》の鞘を抜いた。
カッ!!!!
その瞬間、辺りが眩い光に包まれる。
そして、そのままカインが剣を横に振り抜いた。
ビュンッ!!!!
物凄い圧力を放つ光の斬撃が、螺旋水流を呑み込んで勢いそのままでチンバンへと迫る。
「くっ!!!」
チンバンは咄嗟に闘技を発動させて、水流の壁を出現させる。光の斬撃はその壁に着弾して…壁の方を霧散させた。
それでも光の斬撃の勢いは止まらない。
「なんだとっ!!!」
咄嗟に細剣を構えて受け止めるチンバン。
だが、光の斬撃の凄い圧力に堪え切れずに身体が吹き飛ばされる。
「うぉぉぉおおおーーつ!!!」
200mくらい吹き飛ばされも全く衰えない光の斬撃。
このままでは不味いと判断したチンバンは無理矢理身体を捻らせて、光の斬撃から逃れる。
そして、チンバンが逃れた途端、光の斬撃は消失した…。
「はぁはぁ…この細剣でなければ…剣ごと身体を斬られていたな…。」
息を切らせながら、先ほどの光の斬撃について考える。
チンバンがカインのいた方向を見ると、再び剣を鞘に収めているのが見える。
そして、チンバンの近くに瞬時に移動して来た。
「っ!!!……移動が速すぎだろ…。」
瞬間移動したカインに驚きながらも呆れるチンバン。
さっき遠くにいたカインはもう目の前だ。
「俺にとって、この程度の距離なら一歩ですよ。」
元々距離があった2人の位置だったが、更に吹き飛ばされて300mくらいはあった。だが、カインにはそれが一歩の距離だと言う。
「はぁ…。冗談では無いみたいだな。
……さっきの光の斬撃は何だ?」
ここまで吹き飛ばされても、威力が全く落ちなかった斬撃。それに回避したと同時に消失した、光の斬撃についてカインに質問する。
「あれがこの剣『デュランダル《天光》』の能力です。さっき斬撃は剣そのものです。この剣は覇気を流した分だけ長く斬撃を放つ事が出来ます。」
「なるほど、それで威力が衰えなかったのか。
それに覇気……聞いた事が無いが、昨日の討伐の時に感じた力の事か…。物凄い圧力で周囲の空間が歪んでいたな。」
チンバンは手の痺れを感じながら、先ほどの光の斬撃と力の事を考える。ランクA冒険者として名を上げた自分でも、受け止め切れなかった攻撃だ。
「まぁ、まだまだ威力を上げられますけどね。」
「……なるほどな。さっきの瞬間移動といい、まだまだ手加減をしていると言う事か…。
1つ聞いていいか?」
「はい、何ですか?」
「君のエレメントは覚醒しているのか?」
チンバンはエレメントの覚醒が15歳までという事は知っている。なので、まだ14歳だというカインが覚醒しているのか確認してみた。
「………まだですね。本当に覚醒するのかまだ不安がありますけど。」
「なるほど…。それならエレメントを顕現させる訳にはいかないな。」
通常の模擬戦で、エレメントを顕現させる事は無い。試合や実践の場合はエレメント同士で戦う事もあるが、片方の者だけ顕現させて戦う事は倫理に反する行為だ。
それだけ、エレメントの力には絶対的な差がある。
チンバンは自分のエレメントを顕現させて戦闘を継続させようと思った。だがカインが顕現出来なかった事で諦めようとした…が。
「エレメントを顕現出来無くても、俺には身体能力強化を出来る手段があります。なので、例えエレメントでも負けません。」
「ほう……。」
この世界の常識を根底から覆す事か出来ると発言したカインに、チンバンは興味を持った。普通ならあり得ないが、カインなら若しくは…。
「いいだろう、では2回戦と行こうか。」
まだ自分の知らない力がこの世界にはある。
チンバンは自分のエレメントを顕現させて、全力でカインと戦う事を決めた。
青を基調とした三色の光が発生し、チンバンがそれを纏っていく。
「母なる光水を…〚海〛顕現せよっ!」
身体から大量の水のオーラを発生させて、三色のエレメント〚海〛を顕現させたチンバン。
「分かりました。手加減は出来ませんよ。」
ゴオオオオオオ…。
カインから覇気が溢れ出す。周囲を振動させながら、空間を歪ませる程の圧力を己の身体に纏っていく。
覇気を収束させて碧色の光がカインを包み込む。
「[天衣無縫《蒼天》]っ!!」
周囲に圧倒的なプレッシャーを放ちながら碧色の光に包まれたカイン。
「くっ!!!!」
自分のエレメントを凌駕する圧力に圧倒されるチンバン。全てを呑み込む圧倒的な力だ。
「………なるほど、この圧力は以前”あの御方”から感じた事がある。四色のエレメントと同等の力を、エレメント無しで作り上げたか…。」
世界最高位のエレメントと同等の力をカインに感じるチンバン。これは本当に世界の常識を覆す力だ。
「これが覇気です。それを自在に扱う者は超絶者と呼ばれていたそうですよ。」
「覇気に超絶者…。まさに超絶した力だ。この世界にはまだまだ知らない事が多いのだな。」
「俺も2年前に知った力ですよ。
………では、そろそろ行きますっ!」
気合を込めて更に圧力を高めるカイン。
全能力5倍に強化された身体で一瞬でチンバンに詰め寄り………。
「参ったっ!!」
ズコーーーーーーーッ!!!!
チンバンの手前で盛大にヘッドスライディングを決めるカイン。地面を物凄い勢いで削って行く。
そして、ようやく500mの所で止まるとチンバンにもう一度瞬時に詰め寄る。
「何でだよっ!!!思わず転げたわっ!!!」
「いや、威圧が強すぎて立っているだけでも精一杯なんだ…。この震えを見ろ。」
チンバンは身体のあちこちがプルプル震えている。まるで、生まれたての子鹿みたいだ。
「男がプルプルしても可愛くないわっ!!!ソフィは可愛かったけど、お前はキモいからなっ!!
『舞剣聖』はどうしたっ!!!ランクA冒険者の実力はどうしたんだぁぁーーっ!!!
俺に見せつけるんじゃ無かったのかぁぁぁあーっ!!!」
「………………絶対に無理だ…。
ランクS冒険者や七星天兵団の師団長、副長クラスの威圧で、立っている事を褒めてほしいくらいだ…。」
期待を裏切りたカインはチンバンを言葉責めにしていく。物凄い酷い言われようのチンバン。
いくらチンバンが強いと言っても、世界最高位の実力とは無理だ。現在のカインは神獣と同等以上に戦えるので、良く考えてみれば実力は最高位である。
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その様子を遠くで見ていたアルディオとソフィア。
「噛犬はあの程度で、よく主に模擬戦を挑んだな。」
「そうですね。ランクA冒険者と言っても、結局は私と同じ結果とは……さすが噛犬さん。」
「主に挑んだ時は感心したが損をしたな。やっぱり精神力だけの男みたいだ。」
「さすが精神力だけでランクA冒険者になった男ですね。」
実力があるのに、カインと出会ったせいで色々と評価が下落していくチンバン。そもそも超万能型のカインでは相手が悪過ぎる。
「主が可哀想だ。我が相手して来る。」
「はい、勉強させて頂きます。」
カインの事を気遣ったアルディオが戦闘に参加する事になった。結局、ソフィアとの模擬戦と全く同じ結果である。
そして再び、闘神VS神獣の世界最高レベルの戦闘によって、ナタールの周辺には大きなクレーターがいくつも出来上がるのだった…。
次回、ついにランクAの試験…。
読んで頂きありがとう御座いました。
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