20話 新たな目標
実在したのか…。
「では、情報の方をお願いします。」
カインはここに来た目的、王都の奴隷の若い女性の数が多い事についての理由を、奴隷商人に聞いた。
「最近ココの王族が変わったのは知ってるな?国の名前そのものが変わったんだから有名な話だ。」
「……知りません。」
「なんだとっ!お前ら、どこから来たんだ?転移門が使えない今、そんなに遠くからは来られない筈だ。」
「……………。」
カインは黙ってしまう。
正直に話して、2年間無圏内地帯で生活して、その後この国に自分で転移してやって来ました……なんて、非常識は言えない。
こんな事言ったらギルドの二の舞いだ。
「我らは、無圏内地帯で2年間過ごして、さっき主の術で転移してこの国にやって来た。」
「おいコラっ!!!!」
完全にぶっちゃけたアルディオに突っ込むカイン。野犬に空気を読むという概念は無いらしい。
「ははっ!お譲ちゃんは面白い事言うなぁ。あまりにも冗談が過ぎるぜ。」
「我は冗談など言っ「黙れ犬っ!」……い、犬では無い…。」
冗談で済みそうだったのに、もう一度言い直そうとする駄犬を黙らせるカイン。神獣は犬と呼ばれて項垂れる。
「まぁ、独自の移動手段があるので、かなり遠くから来たんですよ。しかも今日着いたばかりなので、この国の事は良く知りません。」
「…………なるほど。お偉いさんって所か。」
「まぁ、色々とあるんです。」
ギルドと同じく、勝手に勘違いしてくれているので言葉を濁すカイン。この方が都合が良いのだ。
話がズレたので本題に戻す。
「で、その新しい王族に問題があるって事ですね?」
「あぁ、元々この国は獣人の王族が治めていた国だったんだが、2ヶ月前にその王族全員が失踪してしまってな。それで、別の圏内から人族の新しい王族が来て、それが今の国を治めている訳だ。」
「王族が全員失踪ですか?」
「そうだ。ナニカの出現で戦いに出て、その後帰って来なかったみたいだな。しかも王族のみだ。」
この世界の王族は、三色のエレメントを顕現できる者がなる。なので、部下よりも王族が強く、自分で率先して戦う者が多い。
王族の中には七星天兵団に所属している者が大半なので、この国では第五師団の大隊長の筈だ。
「………全員、王子女や王妃もですか?」
「まぁ、そうなる。自分の戦いを見せる為に王様が連れて行ったとか噂だが、本当の所はわからん。」
「……七星天兵団はこの事を調べたんですか?」
「あぁ、現国王が担当したらしい。元々は違う国の第二王子だったが、国を継げなくて流されたって感じだな。」
「……調べた現国王が失踪した旧王族を抹殺したなら、証拠も無くなりますね。この事を誰も指摘しなかったんですか?」
「俺ら平民が指摘した所で何も出来ないし、現国王の力が強いから、旧王族の家臣達も何も言えなかったみたいだな。」
「……完全に黒だな。」
この世界はエレメントによって身分がある。それに純粋に戦闘力も三色となると絶対的に強者となるのだ。
エレメントが完全に優先されるこの世界の弊害。
「それで、この現国王が率先して奴隷狩りを行っている。各村々から若い女ばっかり狙ってな。抵抗した男は皆殺しらしい。そして、若い女は運が悪ければそのまま王の……。」
「………下衆が…。」
ブワァァァァッ!!!
カインから覇気が溢れでる。この部屋が圧倒的な力のオーラによって振動が起きている。
「こ、これはっ!!
………やっぱり只者じゃないな。これは話をして正解だったかな。奴隷に対しても大事にしてくれる様子だったし。」
そんな男の声に冷静になったカインは溢れでる覇気を抑える。そして振動も止まったようだ。
「……耐えられる貴方も普通じゃありませんね。」
「ははっ、言葉が出ただけで身体は動かなかったし、今でも手が震えてるけどな。
俺は旧王族に仕えていた者だ。旧王族の家臣は殆どが左遷されてな、俺なんか平民で奴隷商人だ。」
「なるほど、元貴族ですか…。例えばですが、現国王が殺されたらどうしますか?」
「……あんたが殺るのか?もちろん殺してくれたら嬉しいが、あいつは強いぞ。」
「まぁ、殺すが殺さないかは本人次第ですね。それに、俺は下衆には絶対に負けません。…ですが、後始末の方を任せます。」
カインは下衆に対しては許さない。だが、殺すかどうかは実際に会ってみて、決めるつもりである。黒でない場合もあるからだ。
「よし、それなら俺も出来る限り手を貸そう。あの糞王をぶっ殺してくれっ!!後始末は任せろっ!」
「あぁ、分かった!我と主に任せろっ!!そんな雑魚など直ぐに殺ってみせる。」
ガシッ!と二人で握手を交わすアルディオと奴隷商人。必ずや達成させるという強い思いを感じる。
「で、主よ何を殺すんだ?」
「……お前…急に出てきて何やってんだ。
殺す部分だけに反応して出て来んなよ…。」
今まで全く会話に入って来なかったアルディオが”殺す”となって急に出てきた。
難しい事は良く分からなかった犬は、今まで内容を理解出来ていなかったみたいだ。
駄犬のせいで締まらない最後になったが、カイン達は作戦を練り、後日実行することに決めたのであった。
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カインとアルディオ、そしてソフィアの3人は宿に向かっている。来た当初の最初の目的、宿への道のりは非常に遠かった。
ギルドへ行き問題が起こり、奴隷市場に行き人数が増え、事情を聞いて抹殺計画を立て、そして帰りにソフィアの日用品を買い、ようやく宿に着いた。
「主よ、宿は遠い存在なのだな。」
「……俺も初めて知った…。てか、これは稀だからな、普通がコレとか思うなよっ!」
とか言いつつ、宿に入っていく3人。
宿の女の人が話しかけて来る。
「いらっしゃいっ!3人かい?部屋割りはどうする?」
「そうですね、1人1部屋を3「「2つだ(です)。」」………なんで2つなんだよ…。」
1人1部屋ずつ取ろうとしたカインだったが、2つで良いと割り込むアルディオとソフィア。
「私は、カイン様と同じ部屋にします。べ、ベットも同じでも構いませんっ!」
「そなたは一人で寝るのだっ!主は我と寝るっ!」
「な、なんでですかっ!!カイン様にお仕えしている私がお世話をするのです。貴方は一人でお願いします。」
「我も主に仕えておるし、夫婦の邪魔をするでない。」
「だ、誰が夫婦ですかっ!!聞きましたよ、カイン様が断っているのに、無理矢理押し付けて迷惑しているとっ!!」
「あれは照れているだけだっ!主も同じ気持ちの筈だ。」
また言い争っている犬と狐。
さっきみたいに注意して、仕返し食らうのは嫌なので、こっそりと宿の女の人に声をかける。
「すみません。1人1部屋ずつでお願いします。」
「君も大変だね。モテる男の定めだよ。」
「一人増えたので確かに大変です…。」
アルディオだけでも大変だったのにソフィアも加わり2倍の大変さの増すカインだった…。
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現在3人は、宿のカインの部屋に居る。
「主よ、無視して行くとは酷いでは無いかっ!」
「そうですよっ!なんで同じ部屋にしてくれなかったんですかっ!!」
相手にするのも面倒なので話題を変えるカイン。
「ソフィアは何故メイド服なんだ?」
日用品を買っていた時に、普段着を買うように言ったカインだったが、ソフィアが選んだのはメイド服だ。そして、5着くらい同じのを買い、普通の服は買っていない。
「カイン様にお仕えする為の正装です。雑用でも料理でも何でもやります。こう見えて家事は得意なんですっ!!」
よほど自信があるのか最高の笑顔を見せるソフィア。確かにメイド服は、ソフィアの綺麗な金髪と真紅の瞳に良く合っている。
「それは良かった。どっかの神獣は寝る事しか取り柄の無い駄犬だったから、毎日俺が家事をしていた。これで鍛錬の時間が増えそうだ。」
2年間の修行の間アルディオは殆どの時間、寝て過ごしていた。起きたのはカインがご飯の用意して食事をした時が殆どだ。
「主よ…我は寝ていたばかりでは無いぞ。」
「………何かしていたか?」
「毛づくろいをして貰っていたっ!!」
「……そういえば、ソフィアは何故奴隷になったんだ?」
ここでツッコんだら駄犬のペースにハマってしまうと思い、完全に無かった事にするカイン。今までアレにツッコんで良い結果になった事は無い。
「きゅ、急に話題を私に逸らしましたね………。
まぁ良いです。私はある家の者だったのですが、自分の修行とお仕えする存在を探す為に旅に出たのです。転移門は使えなかったのですが、独自の移動手段もありました。」
「主よ…どっかで聞いた話だな。」
「……………。」
とあるギルドと奴隷市場で、話題に出て来そうな話である。カインは気が付いたが、このペースに乗るわけにはいかない。なので、気が付いてないふりをした。
「その旅は数々の戦闘や多くの町や国を見て回る事によって、私にも良い経験となって行きました。ですが、修行の方は良かったのですが仕える存在は中々現れなかったのです。」
「そこで、奴隷になって見つけようと?」
「違います。このシリアクヤ王国に入って1ヶ月の時に、とある男の人に会いました。その男の人は言いました。『旨いもの食べさせてあげるから付いておいで』と。」
「……完全にアウトだろ…。てか、まさか?」
明らかな誘い文句である。昔から言われている筈だ、知らないおじさんには着いて行ったらダメだと。
「もちろん着いて行きました。そして、ご飯を食べた途端眠くなりました。おそらく食物の中に薬か何か入っていたんだと思います。そのまま、身ぐるみ剥がされて気が付いたら奴隷になってました。」
14歳にもなって、こんな簡単な事が分からないなどあり得ない。カインはそんなソフィアに呆れる。
「……お前、バカだろ?」
「どうしてですかっ!!普通は付いて行きますっ!!
「そうだな。我も着いて行くっ!。」
何故かソフィアの意見に賛同する駄犬。カインは2年間一緒に過ごしたので良く知っていた。
「………そうだった、うちにはバカが二人居た。」
「ソフィアと主?」「アルディオとカイン様?」
「お前等だよっ!!!なぜ自分を外すっ!!!そして、なんで二人とも俺がバカ確定みたいになってるんだよっ!!!」
「落ち着け。」「落ち着いてください。」
「……………やられた…。」
気を付けていたのに完全に二人のペースに乗せられたカイン。最近、カインしか常識人がいないので完全にハマってしまう。てか、カインは悪くない。
「そんな訳で奴隷となった私ですが、奴隷になって直ぐにお仕えするべき存在と巡り合うことが出来ましたっ!これは運命の出会いですねっ!」
どんな訳かは知らないが、目を輝かせて発言をしているソフィア。そこまでの行程が完全におかしい。
「もはやソフィアの場合、俺じゃなくても同じ事を言っていた気がする。」
「なんでですかっ!!私もビビッと来たんですっ!一目見た時から、カイン様と出会う為に奴隷になったのだと…。」
「なんかいい感じ言ってるけど、奴隷になったのは騙されて付いて行ったからだ…。」
無理矢理いい感じの話になっている事に、呆れながらカインは呟いた。要するにエサに騙されて罠に捕まった野ぎつねと一緒である。
「………てか、ソフィア身分高いだろ?俺なんかに仕えて大丈夫なのか?」
カインは始めの内容が聞いたことのある内容だったので、ソフィアを王族以上の存在と判断した。
「私の家系は代々誰かに仕えて来ました。一人は家を継ぐのですが、二人目からは自由なんですよ。誰かにお仕えするに生きて行くのですっ!その為に家事も戦闘も習いましたっ!」
「常識は習わなかったのか?」
「特に習って無いですね。」
普通は習うものじゃないが、浮世離れしていた神獣と同じレベルの非常識さを持つソフィア。
「まぁ、それは今度教える。
しかし、良いのか?俺は無能者だ…。」
カインの言った言葉、自分は誰かに尊敬される人じゃない…そんな思いもその言葉には混ざっていた。
「私の家系はエレメントを優先しません。私もエレメントがあるから地位も力も強いというのは否定します。ですからエレメント関係無く、カイン様にお仕えしたいのです。カイン様には優しさと信念の強さを感じました。」
「ソフィア……ありがとうな。俺もソフィアの純真さは良いと感じた。
もう一つ聞く、お前は皇族か?」
「はい、ソフィア・ナイトリーツ。〚夜〛のエレメントの顕現者です。よろしくお願いします。」
カインの問い掛けに笑顔で尻尾を振りながら答えるソフィア…。
もう二度と関わらないと思っていた皇族。そんな人物が自分の従者となる。カインは黙って考えた。
(…………エレメントなんか関係無い。この世界では中々難しい夢だな。だが、俺もそんな世界が作れたら良いと思う。簡単に叶う夢など面白くないか。
それに、別れたあいつ等とも………。)
エレメントで身分が変わる世界。どんな立場でも、こんな世界でも変えてみせる。
新たな目標を見つけて決心するカイン。
「なぁ…ソフィアの思いに応えられるか、俺には分からない。でも、俺は精一杯この世界を生きていこうと思う。誰もが平等に過ごせる世界を目指して行く。
ソフィアも付いて来てくれるか?」
叶えられない夢だとは思わない。誰もが自由に過ごせる、誰とでも笑い合えるそんな世界を目指すカイン。
「はい、もちろんですっ!邪魔する者は皆殺しですっ!」
「そうだっ!我も主の邪魔する者は皆殺しにするぞっ!」
「…………はい?」
急に良い話が物騒な話に変わった。今までずっと黙っていたアルディオは、直ぐに”殺し”の話題に反応した。
「「邪魔する者は皆殺「聞き返したんじゃないっ!!!お前らの頭は大丈夫かっ!!どうしてそんな話になったんだっ!!!」
物騒な発言をリピートしようとする犬と狐。思わずカインが突っ込んでしまう。
「主よ落ち着け。」「カイン様落ち着いてください。」
「……………。」
また二人のペースにハメられてしまった。
急に一緒にいるのが嫌になるカインだった。
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次の日の朝…。
明日決行する計画にソフィアも参加する事になった。だが、皇族といっても戦闘力が未知数なので、実際に模擬戦を行いソフィアの力を試す事にした。
ギルドの訓練場だと昨日みたいに目立って面倒な事になるので、外の開けた場所で行う事になった。
「俺の作ったマジックアイテムで、無傷結界を張っている。直接身体にダメージは無いが、許容範囲を超えたら結界外に出される様になっている。」
「……カイン様がこの古代魔道具を作ったんですか?」
このマジックアイテムは、カインの仙術と時空術を組み合わせて作ったものだ。無傷結界を張れる魔道具は存在するが、SS級の物なので現存数は限られている。
「その辺は後で説明する。ソフィアは短剣を使うんだったな?追い剥ぎに奪われたみたいだが…。」
「旅立つ時に兄に貰った物だったんですが、まぁ無くなったので仕方無いです。そんなに思い入れのある物でもありません。」
「………お前の兄泣くぞ…。」
どんな思いで渡したのか知らないが、妹の門出に送ったものだ。良い物だったに違いない。
見た事ないソフィアの兄に同情するカイン。
「とりあえずコレを使え、短剣はこれしか無いからな。」
アイテムボックスΩから短剣を出してソフィアに渡す。短剣は刃の部分は黒で、鞘や柄は赤のデザインになっている。
「こ、これは…。かなりの力を感じます。」
短剣を受け取ったソフィア。持った瞬間手に馴染み、異様な力を感じていた。
「それは俺が作った短剣『ダーインスレイブ』だ。Sランクのベルセルクドラゴンとスレイプニルの素材から作った。
能力は無治癒で、斬った傷は仙術以外の回復術は効果を薄くする。そして、所持者の移動速度を速める効果もある。」
これは自信作だと言う顔をするカイン。あっさりと最上位のモンスターを材料に使っている。
「………カ、カイン様一生大切にしますっ!!」
SS級の武器を渡されたソフィアは感動したのか泣きながら感謝を述べる。カインが一言もあげると言ってないのに、貰う事が確定する。
それがソフィアという存在だ。
「………まぁ、いっか。追い剥ぎに盗られるなよ。」
「そ、その事は忘れて下さいっ!!あんな物よりもこの短剣は命をかけるほど大切な物ですっ!!」
「…………そうだな…。」
あんな物扱いされる短剣…。カインはまた、ソフィアの兄に同情した。
「ソフィアはメイド服で戦うのか?それだと動きづらいし防御能力も無いだろ。」
「はいっ!これは私がカイン様にお仕えする為に必要な正装です。いかなる時も着ない訳にはございません。」
別にメイド服が正装って訳では無いとカインは思ったが、あまり気にするのは止めた。後悔しそうな気がしたからだ。
「……今度、防御力のあるメイド服を作ってやるよ。」
「ほ、本当ですかっ!!!ありがとう御座いますっ!!」
満面の笑顔で尻尾を極限に振っているソフィア。単純だが可愛い従者である。
カインは、気を取り合おして模擬戦を始める事にする。
「よしっ!始めるぞっ!!」
「はいっ!行きますっ!!」
始めの合図ともに動き出したのはソフィア。動き出しと同時に風の闘気を足に溜めて発動、どんどん加速していく。
そのままカインの目前に来て、黒紅の短剣『ダーインスレイブ』を振るう。ソフィアがそこまでの動作にかかった時間は、わずか2秒。
咄嗟に鞘に収めたの純白の剣で防ぐカイン。『デュランダル《天光》』である。ソフィアの攻撃に対して、その場を全く動いておらず、右手のみで反応した。
ガキンッ!!
高い金属音がする。弾かれたのは攻撃した側のソフィアの短剣だ。
ソフィアはそのまま、弾かれた勢いで空中で一回転して地面に着地。カインとの距離をとった。
「さすがです、カイン様っ!!この短剣は移動速度をかなり上昇させてますね。」
「……まぁ、まだ遅いけどな。」
「では、次行きますよっ!」
ソフィアは次の攻撃に移る。闇の闘気を練り上げているようだ。
カインは様子を伺ったまま動かない。
そして、ソフィアは闘技を発動する。
「[八葉影歩]。」
ソフィアの姿をした8つ影が発生し、それぞれ高速で分散してカインに迫っていく。
カインはまだ動かない。
1つ目の影が正面からカインを襲う。ソフィアの形をした影は短剣を振り抜く。その攻撃をカインは剣で防ごうとする。
だが、カインの剣に当たる直前で、突然1つ目の影は爆発して煙幕を張る。
その瞬間、カインの周りを囲み、残りの7つの影がカインに同時に襲い掛かった。
(1つ目は囮か…。)
突然の奇襲にも冷静に分析するカイン。7つの全ての影を視線に捉える。
そして、全てを対処しようと動き出したカインの上空からソフィア本体が現れる。
「[風影閃華]っ!」
ソフィアの短剣から、影で出来た6つの斬撃がカインに同時に襲い掛かる。
人影の7つと影の斬撃6つの全方位攻撃だ。
「……中々やるな。」
カインはその攻撃を見て呟いた。
完全に死角の無い攻撃がカインに迫っていく。
しかし……。
「えっ?……。」
ソフィアは思わず呟いた。完全に包囲した攻撃をしたのにも関わらず、全てをすり抜けてしかもソフィアの目前にカインが居た。
「もっと本気を見せてみろ。」
そう言いながらカインはソフィアに横蹴りをする。
ドガァァンッ!!!
ソフィアの放った攻撃が虚空に着弾したと同時に、カインに蹴飛ばされたソフィアも吹き飛ぶ。
「きゃぁーーっ!!!」
叫びながら吹き飛ばされて行くソフィア。
もう直ぐ地面にぶつかるという所で、なんとか体制を立て直し両足で着地する。
「はぁはぁ…。いつの間に避けたんですか?」
包囲した筈の攻撃を完全にすり抜けたカインにソフィアは尋ねる。
「今のは闘技は使ってない。純粋に歩法の技術で距離を詰めただけだ。予備動作を無視して、加速無しで瞬時に最高速度まで到達させた。」
「予備動作はともかく、加速無しで瞬時に最高速度までとか可能なんですか?」
予備動作とは、人間が何かを動作をする時は必ず腕や足を曲げてから動き始めることを言う。しかし、達人レベルなら厳しい鍛錬によって完全に予備動作を無視する事は可能だ。
だが、加速無しで瞬時に最高速度というのは、かなり無理がある。しかも、予備動作も無しで0%から瞬時に100%の最高速度を出すのは達人レベルでも不可能な動きだ。
「まぁ、俺が頑張って習得した【縮地法】だからな。俺以外の人には使えないんじゃないか?それに身体が出来てない者が使ったら、0から100の動きの負荷で筋肉が耐えられずに一気に弾け飛ぶぞ。」
「き、筋肉が弾け飛ぶ……。いや、カイン様は完全に人外のレベルですね。」
「一般人に人外とか酷いな。」
「何処にそんな動きが出来る一般人が居るんですか…。」
エレメントも身体強化も無しで、ここまでの動きをした自称一般人に呆れるソフィア。だが、このままでは全くカインに通用しない。
「分かりました。今の私では足元にも及ばないって事ですね?それでは私の全力をお見せしましょう。」
そう言ったソフィアの周りにエレメントが溢れ出して来る。黒を基調とした四色のエレメントが集まりソフィアを纏っていく。
「闇夜と深淵なる業…〚夜〛顕現せよっ!」
ソフィアは四色のエレメント〚夜〛を顕現させた。
「それが〚夜〛のエレメントか…。」
ソフィアの周りには、エレメントで出来た影がまるで尻尾の様に4つ出現している。
今までとは違い、圧倒的なオーラが波動となりここ一帯を包みこんでいる。日の光が遮られ、まるで夜が来たみたいに辺りが暗くなる。
「カイン様、私はまだ使いこなしていないので気を付けて下さいね。……行きますっ!!」
シュッ!!
さっき迄とは完全に別物の速度でカインに詰め寄る。そして、そのまま短剣で斬り付けていく。
常人には目に見えない速度だったが、カインは反応した。紙一重でソフィアの斬撃を避けていく。
ビュッ!ビュッ!ビュッ!
空気を切り裂く音が連続する。ソフィアはカインに連撃して行く。そして、カインは連続で避ける。
少しでも避ける速度と距離を見誤れば、一瞬で切り裂かれるが、カインは常にギリギリで避ける。
暫くその状態が続いた。しかし、ソフィアの背後にある影の尻尾が動き出す。4つある影の尻尾は〚夜〛エレメントで作られており、一撃でも食らえばかなりのダメージを受けるだろう。
ギリギリ避けているカインに今度は4つの尻尾が迫る。躱すので精一杯になっており絶対に避ける事が出来無い攻撃だ。
躱すだけでは防ぐのは不可能だと判断したカインは、鞘に収めたままの剣を構える。
「[フォトンバースト]」
バァァァンッ!!!
カインの周りに白い光が集まり瞬時に爆発する。物凄い衝撃が起こりソフィアの身体ごと全てを吹き飛ばす。
直ぐ様体制を立て直してカインの方向を見据えるソフィア。
「ふぅ…。もう少しだったんですが。」
「あぁ、物凄いスピードだ。躱すだけで精一杯とは。」
「〚夜〛のエレメントによって、私の通常の3倍の速度まで上昇させています。それなのに躱すだけでも凄いですよ…少し自信を無くします。」
「……3倍まで上昇するのか。いや、まだまだ早く出来る筈だ。」
「流石ですね。〚夜〛のエレメントはスピード特化型です。最大で8倍にまで上昇させる事が出来ます。」
「っ!!!…8倍か。さすが四色だな。」
二色のエレメントでは3倍が最大値。3倍でも元が速いとかなりの速度だ。それが8倍までなると最早別物である。
「まぁ、今の私では5倍が限度ですけどね。
カイン様は、何か見せてくれないのですか?」
「……まぁ、いいだろう。ソフィアにならアレを使っても良さそうだ。」
カインは2年間の修行で習得した技を見せることにした。
ブワァァァァッ!
カインの身体から覇気が溢れでる。闘気と魔力を完全に融合させているカインの覇気は、周囲に強烈な振動を発生させる。
ゴォォォォォ…。
「こ、これは…闘気?いや、全く異なる力ですか…。」
自分に向かってくる圧倒的な振動と圧力を感じるソフィア。今まで見た事も聞いた事も無い圧倒的な力だ。
(〚夜〛のエレメントを顕現させて無ければ、あの力に呑み込まれて身体が動かなかったかもしれません。これがカイン様の力ですか…。)
カインから溢れ出た覇気が収束していく。淡い碧色の光がカインを包み込む。
「[天衣無縫《蒼天》]」
身体から碧色の光が溢れ、周囲に圧倒的なプレッシャーを放つカイン。まるで空間が歪んでいる状態だ。〚夜〛のエレメントによって暗くなっていた周りも、カインの覇気で明るくなってきた。
「待たせたな。では行くぞ…。」
「参りましたっ!!」
「…………は?」
準備満タン、修行の成果を見せるとやる気に満ち溢れたカインだったが、ソフィアの一言でそれが削がれる。
「カイン様っ!!そんな力を私が受け止められると思っているんですかっ!!!正直カイン様の放つプレッシャーが強過ぎて、立っているのも辛いんですけど…。」
天衣無縫《蒼天》は身体能力を全て5倍に引き延ばす技だ。そして、常に覇気による圧倒的なプレッシャーを相手に放つ。普通の人なら失神レベルの威圧である。
「大丈夫っ!アルなら戦えたっ!」
「神獣アルディオと私を一緒にしないで下さいっ!!!」
「………そういえば、あいつ神獣だったな。最近と言うか、ずっと役に立たないから、只の駄犬にしか見えなかった。」
アルディオと過ごしていて役に立ったのは知識のみだ。他は全く役に立たなかった。それと、アルディオの言葉遣いがカインにうつった。
「神獣を駄犬扱い出来るのはカイン様だけです…。」
そもそも、5000年以上生きているアルディオはこの世界でも上位の存在である。そんな存在を相手と普通に戦える者は少ない。
「おーい。我を呼んだか?」
カインとソフィアの戦闘が終わったので、ずっと様子を伺っていたアルディオが走って来た。
「いや、アルは神獣だったなと言う話だ。」
「そうだ、我は誇り高い天狼だっ!」
「……犬じゃなくて?」
「主よ…我を犬扱いするのは主だけだ…。」
敬われる存在なのに、完全に只の犬扱いをされて項垂れるアルディオ。この世界の住人なら絶対にあり得ない扱い。
「なんか、不完全燃焼だな。アル、ちょっと一戦するか?」
「うむ。良いだろうっ!」
その後、闘神VS神獣の戦闘により、無傷結界の恩賞を受けない可哀想な地面は大きなクレーターになるのだった……。
次回、下衆抹殺作戦…。
読んで頂きありがとう御座いました。
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