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さようなら、勇者様。  作者: 四つ角
4/5

臆病者の勇者 3

よろしくお願いします。

食後にはコーヒーか紅茶か暖かい緑茶のどれがいいか聞くと、勇者様は緑茶が飲みたいとおっしゃったので、暖かい緑茶を入れました。


勇者様はそれをゆっくりと味わうように飲みました。


空になったコップを見て、私が注いでいると、勇者様が、

「ルルさんは飲まないの?」

とおっしゃるので、私も一杯、いただくことにしました。私は、カウンターを挟んで、勇者様の前に座りました。


熱いお茶をにフーフーと息を吹きかけていると、

「そんなに一生懸命にならなくてもいいと思うよ」

と勇者様は笑いました。


夜のスポットハウスは静かです。近くにある鶏さんや牛さんたちは眠ってしまって、風や草木なんかも寝てしまったかのように静かなのです。ただ、川の流れる音が、昼間と違って、大きく聞こえるのです。


勇者様は、窓の外を眺めています。


「僕はこの先、どこへ行くんだろう」勇者様はポツリと呟きます。


私はそっと、湯飲みを置きます。熱い湯のみを持っていた手のひらがだんだんと冷えていきます。


「私には分からないのです。勇者様方がそれぞれの世界に行くことは知っていても、その先、どうなるかは分からないのです」


勇者様は微笑みます。


「そっか」


何だか勇者様の笑みが、とても儚いもののように見えてしまいます。私は、勇者様が消えてしまいそうに思えて、何か言いたくなって、でもいい言葉が見つかりませんでした。それでもこの空気を変えたくて、堪えきれなくなった私の口から出たのは、

「でもきっと、活躍しておられるのです! 世界を救っておられるのです!」


そんな空っぽな言葉しか、私には見つかりませんでした。


勇者様はこくりと頷いて、微笑みました。


「ごめんなさい」と、私は呟きました。


勇者様は少し驚いた様子で、私を見ました。


「何も知らないのです」私は呟きました。


川の流れる音が聞こえます。なぜでしょうか。今日はいつもより、川の流れる音が早く聞こえます。


「僕は、自殺したんだ」勇者様は、ポツリと言います。


私は、その言葉が何だか自分とはかけ離れた場所にあるような気がして、その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかりました。


「学校でいじめられていたんだ。毎日、机の上には落書きがあって、机の中にはゴミが入ってた。あと、よく殴られた」


勇者様は大きな苦しみを隠すように、笑みを浮かべています。

私は、ただ聞いていることしかできません。


「あの日、別に何も変わりはなかった。ただ、たまたまいつもより起きるのが遅くなって、それでも、別に遅刻してしまいそうな時間じゃなかった。駅まで歩いて、電車に乗って、学校近くの駅で降りると、向かい側のホームに僕をいじめてたやつらがいたんだ」


勇者様の手が震えています。私は、勇者様の手に触れました。それでも、勇者様の手の震えは止まることはありませんでしたが、「ありがとう」と勇者様は言いました。


「あいつら、僕に気づくと、大声で笑って、僕に手を振ってきた。その時、ホームに電車が来るアナウンスがはいった。この駅には止まらない急行の電車だった。僕は、死んでやろうと思った。あいつらに、見せつけてやりたかった」


私は視線を落として、湯飲みの中を覗きます。茶柱がたっています。


「その後、女神にあった。僕を可哀想だねと言った」


勇者様のコップに入ったお茶が空になっていました。私が注ごうとすると、勇者様が拒んだので、やめました。


「別に人生を、生きるのをやり直したいわけじゃないのに。いっそのこと死んでしまいたいのに」


勇者様は唇を噛み締めます。そこから、少しだけ血が流れます。


「異世界になんて行きたくないのにな」


勇者様は体を強張らせて、机の一点を睨みつけています。


私は、何かをしなくてはいけないと思い、勇者様のコップにお茶を注ぎました。勇者様は、それを拒むことはしませんでした。


ありがとうございました。

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