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魔王城の宿

「いらっしゃい」

「ふっ、よくぞ参られたな!」


 男たちが建物の入口をくぐると、黒いスーツを着た黒髪の青年と、メイド服を着た赤毛の少女が迎えてくれた。

 にこやかな笑みを浮かべる青年と、凛々しさを感じる自信にあふれた笑顔の少女。その少女には黒く、太く立派な……2本の角が生えていた。


「な、ま、魔族……っ!?」


 先頭で入ってきた男は、驚き足を止める。魔族。異界に住む人間とは別の知的生命体。

 彼らは気まぐれでこの世界へと訪れ、自分たちの領域を生み出す。人々はそれを、「ダンジョン」と呼んでいた。

 ダンジョンには人を食らうモンスターが跋扈し、死に至らしめる罠が侵入者を喰らう。それらがダンジョンの外に出て人を襲うことは、基本的にはない。しかし一定以上放置すると、飽和したモンスターたちがダンジョンの外へと出てきてしまう。その為、人々は定期的にそれらを駆逐しなければならなかった。

 時限式の脅威。しかし、人々はそれらを悲観しなかった。なぜならば、ダンジョンにはもう一つ、重要なモノが在った。

 ……財宝。モンスターと罠をくぐり抜けた先、それが報われるだけの、宝が存在していたのだった。戦う力を持った者は、それらを求めてこぞって、ダンジョンへと潜っていった。

 彼らは人々から、「探索者(シーカー)」と呼ばれていた。



 魔王城。

 そう呼ばれるそのダンジョンは、未だ数えるほどの冒険者しか到達していなかった。

 最北端都市オッカナイーの城壁よりかすかに見える赤と黒の城。そこへたどり着くには、「漆黒の谷」「混沌の森」そして「灼熱の台地」と言う3つのダンジョン「魔王の試練」を越える必要があった。

 現在活動中の最上位探索者(シーカー)が最速で突破して2週間。その先にある、史上最凶と言われるダンジョン。それこそが、「魔王城」であった。

 生半可な腕の探索者(シーカー)ではたどり着くことすら出来ない秘境。しかし、そこで得られる財宝は、他のダンジョンとは比較にならないものであるという。前座である魔王の試練が、ダンジョンとしては例外的に財宝があまり出現しない。その為、本来そこで出現するはずの財宝が、より濃密になって魔王城で出現すると考えられていた。

 そんな魔王城から財宝を持ち帰った探索者(シーカー)の事を、人々は敬意を込めて、「勇者」と呼んだ。


 そして今、新たな「勇者」となるべく、魔王の試練を越えた探索者(シーカー)が現れたのだった。



「ようやく……魔王城を間近で見ることが出来たな」


 恐らくは戦士であろう。幅広の両手剣を背負った30代半ばの男が、感慨深げにそうつぶやいた。

 すでに「灼熱の台地」は越えている。モンスターの脅威もないため、気を休ませて腰を下ろし、手足を投げ出していた。

 魔王城へと向かう道は何もない荒野だ。緩やかな上り坂となっているため見晴らしはよく、見回せば目前に魔王城。眼下に3つのダンジョン。そしてオッカナイーのシルエットを彼方に望むことができる。荒野ではあるが、絶景、と言って差し支えない風景であった。


「センシー。しかしこれからどうしますか……?」


 メガネを掛け、漆黒のローブをまとった女性は魔導師であろう。豊満なスタイルを縮こまらせ、目的地は目の前であるというのに、その表情は晴れない。


「ブレア。どうもこうもない。俺はこのまま、魔王城へと向かう。残った食料は、全部持っていけ」


 センシーと呼ばれた戦士は、バックパックから乱暴に革袋を取り出すと、ブレアと呼ぶ魔導師に放り投げた。


「センシー、俺も行くからな。そうじゃなきゃ、食料が足りん」


 その様子を見ていた小柄な男が、やはり同じようにブレアへと革袋を投げた。


「俺が行かなきゃ、魔王城に入った瞬間罠でおさらばってのもありうるからな!」


 がはは、と笑うその男は、盗賊であろう。未知のダンジョンへの侵入には、彼の力が必要だった。


「兄さん、シフ。僕は……」

「ケイシー。お前はブレアと引き返すんだ。いくらマッピングができてるとはいえ、後衛職のブレア一人じゃオッカナイーまで持たない」


 ケイシーと呼ばれた少女は白い全身鎧に身を包んでいた。それは、仲間を守ることに特化した自由騎士が好んで使うデザインだ。

 このパーティは4人で構成されていた。回復、補助魔法の専門こそ居ないが、比較的理想とされる編成であった。事実、魔王の試練を乗り越えることができている。

 ……そう。乗り越えることは、出来た。

 彼らは、大きな問題に直面していたのだ。


 食料が、足りない。


 「灼熱の台地」で情報になかった高レベルモンスターと遭遇した結果、大きく消耗してしまった。。

 命からがらの撤退戦の結果、貴重なアイテム、食料の多くを失う羽目になり、その結果あと数日分の食料しか残されていなかった。

 追われた時点で街への帰還を考えもしたが、立ち回りの問題で結果的に先へと進むしか無かったのだ。


 もはや、全員が生存することは不可能。


 その為にセンシーは決断をする。残された食料は妹含む2人の女性に渡し、オッカナイーへの帰還を促す。それはそれで足りないが、帰り道はわかっている。

 全力で帰還すれば、2人の能力であればなんとかなるであろうとの判断だ。また例のモンスターに見つからなければ、だが。

 そして、センシーとシフは当初の予定通り魔王城へと向かう。食料を持たずに。……間違いなく、死が待ち受ける道に。


「ブレア、ケイシー。元々魔王城に挑むのは俺の我儘だ。特にケイシーは、まだ若い。試練を越えた実績だけでもかなりのものだろう。

 ダンジョンに潜った道中ならまだしも、生き残る事ができる時に、命を捨てるべきじゃない」

「センシー。それ私が若くないっていいたいのですか……?」

「おっ、お、おお……いや、そういうつもりで言ったんじゃ……」

「ふん。どうせもうすぐ三十路ですよー。探索者(シーカー)で30歳で売れ残りとかもう未来ありませんよー」

「ブレア……すまんて……」

「おいおい、こんな所でイチャイチャすんなよ。それかあれか? 夫婦漫才?」

「シフ! 夫婦じゃねえ!!」

「シフ! 夫婦じゃありません!!」


 ピッタリ息のあった反論に、シフは苦笑いする。全力で否定されたが、2人がまんざらでもないと思っていることは、知っていた。

 そして、ブレアも本当であれば魔王城へ同行したいであろうことも。

 しかしブレアがこちらに来てしまえば、ケイシー一人で帰還する事は不可能だ。それがわかっているから、センシーの決定に反論はしない。

 想い人の妹を護ることを優先する。それがブレアの結論だった。


「兄さん、ブレアさん……」


 この2人が、もう引かないことはケイシーには理解できていた。一流の探索者(シーカー)を目指すなら、引ける時には引かなくてはならない。まだ、引くことはできる。

 たとえそれが、仲間の犠牲を強いるものであったとしても。誰かを生かすため戦闘や罠でかばって傷つくのとは違う。ただ感傷に流され、死地へと向かうのは3流だ。自分たちが間抜けで、そして運が悪かったのだ。

 それがわかっているから、ケイシーもそれ以上は何も言わなかった。そして、センシーたちの思いを受け継がねばならないことも。


「……はぁ。まぁセンシー。魔王城はすぐそこです。特に危険があるわけでもないでしょう。最後まで、見送りますよ」

「はっは。そうだな。男の花道、見送ってくれや」


 そう答えると屈託のない笑顔を浮かべ、センシーは立ち上がった。探索者(シーカー)として、最後の冒険へと向かうために。



 魔王城は、巨大であった。

 史上最凶と呼ばれるだけあって、建築物タイプでは外観も最大級であった。

 本来であれば数日間探索する予定だったそのダンジョンを見上げ、彼らは思い思いに息を吐く。

 それは探索者(シーカー)として、一つの到達点であるそのダンジョンを前にした、各々の心情を込めたため息であった。


「さあ、あれが入り口か……うん?」


 センシーが、不思議なものに気がついた。少し離れた場所には、巨大な扉がある。話に聞いていた、魔王城の正門であろう。その脇に、進入するための小さな扉があった。

 そこまでは、話通りだった。しかし、その手前。その場所に情報がなかったモノがあった。

 それは、3階建ての木造の建物だった。ごくごく普通の、街中にありそうな家。魔王城の前の荒野には場違いである。そしてその建物には、看板がぶら下がっていた。

 「宿」と書かれた、金属の看板が。


「ええ……?」


 センシーだけでなく、全員が困惑する。こんな場所に宿。確かにダンジョンの前にそういった設備がある場合は多い。しかしここは、最果ての地。限られた探索者(シーカー)しかたどり着けない、魔王城。

 そんな場所に宿などあるはずがなかった。


「センシー……。聞いたことが有りますか? こんなところに宿があるなんて」

「ないよ。あるわけがない。シフ、お前は?」

「聞くまでもねえだろ」

「僕も、知りません……」


 限られた探索者(シーカー)しか到達していない。逆を言えば、オッカナイーには勇者と呼ばれる探索者(シーカー)は何組か居るのだ。その為、試練の、そして魔王城の情報は多少は流れていた。

 しかし、魔王城の前にこんな建物があるなどと言う情報、噂は存在していなかった。


「これもダンジョンの一部なのか? ……まぁいい。調べよう」


 アイコンタクトで臨戦態勢を整える。本当に宿だとは思えない。しかし、本当に宿であれば死なずに済む……。

 僅かな希望を胸に、シフが静かに、窓へと近づいた。


「よぉ、なーにコソコソしてんだお前ら」


 近づいた窓が開き、髭面で強面の中年男が顔を出した。顔が赤い。どうやらアルコールが入っているようだった。


「っ……!? ……ファイドさん!?」


 その顔を見たシフが、素っ頓狂な声を上げる。ファイド。2刀流の剣士で……「勇者」と呼ばれる男の一人だった。会話をしたことこそ無かったが、オッカナイーの酒場などでよく見かける顔であった。


「おお!? なんだいなんだい新たな到達者か!?

 おいてめーら!! 新しい到達者だぞ!!」

「まじか!?」

「早く入って来い! 早く!」


 面食らったのはシフと、遠巻きに警戒していたセンシーたちである。やり取りは聞こえていた。こんな所に羨望の的である勇者がいる。いや、魔王城なのだから勇者が居てもおかしくはないのだが。

 釈然としない気持ちになりながらも、センシーたちは宿らしき建物の入口をくぐった。


「いらっしゃい」

「ふっ、よくぞ参られたな!」


 そして、宿の従業員と思われる2人に出迎えられたのだった。


「な、ま、魔族……っ!?」


 先頭で入ったセンシーが驚きの声を上げる。

 後続する3人も待ち構えていた少女に気が付き、硬直する。魔族は、ダンジョンの主。彼女は見た目こそ幼いが、魔族の見た目などあてにならない事を彼らは知っていた。

 疑問なのは、魔族は本来ダンジョンの最奥部に篭もり、ダンジョンの管理をしているはずだ。


「うむ。我が名はマオ。この『魔王城の宿』の主じゃ」


 仁王立ちで宣言する少女。その言葉から察することができるのは……この宿屋自体がダンジョンであるという事。


「あはは。大丈夫ですよ、お客さん。ここは、魔王城に挑む探索者(シーカー)の為の宿です。試練の突破、そして魔王城への到達。おめでとうございます」


 にこやかにそう告げる黒髪の青年。彼は人間であろう。身長はやや高め。パッと見の印象は薄いが、かなりの腕を持つであろう事が、センシーには見て取れた。

 混乱する一行のもとに、先ほど声をかけたファイドが隣の部屋から現れた。ここは宿に入ってすぐのホールであり、受付。ファイドが現れた部屋は食堂か酒場であろう。宿屋としては一般的な構造だ。


「いつまで呆けたツラ晒してんだい。まぁまずは祝いだ祝い! マオちゃん、マスター、酒頼むぜ!」

「だから(マスター)は我だと……まぁ良い。ユーシィ、お主は料理を頼むぞ」

「はいはい、よろこんで」


 センシーたちは混乱が解けぬまま、ファイドに連れられ食堂の方へと向かう。そこには数人の男女が酒盛りをしていた。そして、その誰もが勇者として名を馳せている探索者(シーカー)であった。


「なんだ……ここ?」

「マオちゃんとマスターが言ってたろ。ここは魔王城へ挑む探索者(シーカー)の為の拠点だ。休んで、飲み食いして、準備ができる……な!」

「そんな話、聞いたことねえぜ……」

「そりゃそうだよ。街じゃここの話をすることはご法度だ。いや、別に知ってる者同士でする分には構わねえんだがな……」


 ようやく混乱が解けてきたセンシーたちの疑問に応えるように、4つのジョッキを持ったマオと名乗った魔族が口を挟む。


「この宿屋がある事を前提に来られては困るからな。最低限試練を往復出来るだけの腕と準備がなければ、魔王城の攻略は不可能じゃ。

 はじめから片道想定なら、ここにたどり着ける連中はもう少し増えるじゃろ?」


 そして、力が足りないものに物資を渡すのは無駄でしか無い、と言った。センシーたちの現状は、正当な攻略と認められるようだったが。


「初到達者にはサービスで食事と1泊をプレゼントです……存分に飲み食いしてください」


 ユーシィと呼ばれた青年が簡単なツマミを持って現れ、そう告げる。センシーたちは戸惑いながらも、大騒ぎしている勇者たちに流され酒盛りに加わった。



「魔王城も試練ほどではないですが、財宝の出現率自体は低いです。その代わり、それに見合ったものが見つかりますよ」


 一泊して食料の購入もしたセンシー一行。彼らはこのまま、4人で魔王城に挑むことを決めた。ユーシィとマオに見送られながら決意を新たに、夢にまで見た魔王城へと突入していった。



「おっ、連中もう行ったのかい」


 2人が宿に入ると、寝起きのファイドが2階から降りてきた。ファイドはこの後街へと帰る予定であったので、気楽なものだった。


「はい。……ええと、ファイドさんは確か20分でしたね」

「まぁあいつらじゃそんなとこだろ。試練超えギリギリじゃあなぁ」

「じゃがお主の記録は15分じゃろ? それを考えると評価しているようじゃな」

「俺の時よりパーティのバランスはいいからな。魔導師が居なきゃキツイぜ」

「そもそも前衛のみで試練突破されるのは想定外だったんじゃが……」

「ソロで突破したそいつほどじゃねえだろ」

「違いない」


 そんな談笑をしている彼らの元に、続々と目を覚ました勇者たちが降りてくる。朝食を出しますね、とユーシィが厨房へと入っていった。

 全員が降りてきたのを見計らって、マオはダンジョン操作の要領で客室の清掃とベッドメイキングを行う。彼女にとってソレは全く手間ではなく、一瞬で終わった。

 そういった宿自体の管理は彼女の担当であったが、頭を使う事、料理を作ることはユーシィ任せであった。細かい作業は苦手なのである。ダンジョン操作じゃ出来ないし。

 その為宿の中で出来る仕事は特に無く、日中の仕事である畑仕事をしようと、倉庫から必要な道具を取り出した。宿の裏手には、結構な規模の農場がある。そこはダンジョンでは無いので、自らの手で世話をする必要があるのだ。


「あ、全滅した」


 宿から出ようとした直後、ふっ、と何かに気がついたように声を漏らした。それが聞こえたのか、ファイドが顔を出す。


「何分だ?」

「18分じゃな。おめでとうファイド、ニアピン賞じゃ」

「よっしゃ転送陣無料券ゲットだぜ」

「流石ファイドさんですね。いい読みです」


 その会話に気がついたユーシィと、他の勇者たちがぞろぞろと食堂から出てきた。


「ダークドラゴンのブレスで一掃じゃな。ま、よくある死因じゃ」



 魔王城。入って10分で最高クラスのモンスターに襲われる、最凶の名に恥じないダンジョン。

 だがご安心を。魔王城前に店を構える宿屋で一泊すれば、魔王城内に限り、死んでも転送され蘇生する事が出来ます。魔王城ご利用の際には是非お立ち寄りを。

 一度訪れれば、街への送迎(有料)も行っていますので、ご用命の際は従業員に声をおかけください。


 魔王城の宿。それは魔王城の主であり、魔族の王が経営する勇者たちの為の宿。リーズナブルな宿泊料金で皆様をお待ちしております。

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