魔王召喚、強すぎてニューステージ
===魔王召喚、強すぎてニューステージ===
第八王女イリーナは考えていた。いや、それは物心ついた時から生きる目標とでも言える重要な事項であった。この国の王位継承権、並びにその序列は王の子、次に王の兄弟姉妹、次にその兄弟姉妹の子である。つまりは王の弟の三女である自分は、第八王女まで番号が増える。第八、とはそういう事なのだ。王位継承権は確かにある。王族を自分以外皆殺しにするか、又は魔王の首でも持ち帰るなどの望外の奇跡が起きないと次代皇帝になる事などないのである。
更には第八王女である。外国の王子との縁談からも漏れ、国内の有力貴族の子息との縁談も無く、帝国内の有力変態中年貴族の後妻くらいしか縁談が余ってないのである。騎士も貴族だが、有力貴族の騎士は既にお手付きで、しかも木っ端貴族や武功のみの騎士などとの婚姻は許されないのだ。それは王族の名を、国を多少ながらも背負うものとして、と言う事である。
私がまだ胸も膨らんでない時期から、会う都度にいやらしい目で私を舐めまわす変態貴族には本当に参っていた。目が笑うのだ。お前は私の物だと。お前は人形なのだと。屋敷で一生嬲ってやると――私は無事初潮を迎えて数年が経ち、今年で15歳である。王女ともなれば婚期はある程度融通が利くのだが、18歳ともなれば強制的に婚姻先が決定する。今、私以外に婚期の王女は居ない。つまりは変態貴族である。私を幼少の頃から狙っていたようだ。怖気が走る。
唯一、勇者との婚姻、これのみが逃げ道であった。勇者の召喚には月の運行、季節と天候、優秀な魔法使いなどの調整が必須である。良くて数年に一回、悪くて数十年に一度しか行われないのだ。特に月の運行が重要らしい。大月、小月の配置が呼び出す勇者の条件を選ぶのだとか、これを大きく外すと人型ですらない魔獣の類、又は奇天烈な生き物が召喚されてしまう事もあるそうだ。
私はこの召喚に掛けていた。占星術師と宮廷魔術師と神学者が言うには、若い男の来る確率が3割であったらしい。力があり、気性は穏やかで、顔は精悍で若々しく正義感がある青年である可能性が高いのだと。
――もう王子様も騎士様もいらない、恋に燃え、情熱を滾らせてくれるような勇者様、ぜひ、私をここから連れ出して下さいと。
召喚魔法陣の後ろの垂れ幕の後ろに密かに揃った神学者と宮廷魔術師の魔法と祈祷により魔法陣は金色に発光し、石板に刻まれたハズの魔法陣が踊るようにその文様を変えながら回転して数十秒かけてその光と速度を大きくして一気にそのピークが訪れ一面の金色の世界ののち、その青年は現れた。
薄い青の衣に身を包んだ、肌の白い、しかし程よく鍛えられた身体、武器は無く、寝所での服装の様に見受けられた。顔は…何かを口いっぱい頬張っていた。本当に寝る前だったかの様な寛ぎ様である。黒髪黒目の、精悍な、しかしどこか抜けていそうな青年が召喚されていた。
その場の誰もが、彼が人族で良かったと感じた。次は意思疎通ができるのか、文明的であるか、友好的であるか、何か力を持つか、勇者になって貰えるかと、彼の意志をできるだけ丁寧に、出来るだけこちらの有利になる様に話を進めていかなければならない。金や武具を望むなら財宝を、権力を望むなら王女を、女を望むなら美女や娼婦を、嗜虐や生贄を望むなら奴隷を、知識や魔法、武術を望むなら専門家を与える準備をしてきている。
善性なる者が召喚されるはずだが、万が一交渉が決裂した場合はこの場の全員の命を持って刺し違える準備すらあった。太古の神話に登場するような傲慢にして世界を布く英雄、価値観の全く異なる災害の様な強者などが現れてしまった場合は騎士と戦士が突貫して差し押さえ、宮廷魔法師が無作為転移でどこかへ飛ばす手筈である。
勇者にはそこまでする価値があるのだ。過去の文献でも人類滅亡の危機を覆したのは異世界からの勇者であったと各地の遺跡や書庫には残っている。
この場の全員が彼に集中する中、彼は動いた。いや、振動している。体はまるで分身しているかの様だ。その場の誰もが息を飲んで見守っていた。敵意は感じられないが、意思疎通が適うかはわからなくなってきた。日々自身を苛め抜いてきた騎士達は剣の柄を握る力を強め、幾度もの実践を生き抜いてきた戦士達はその青年の挙動により一層警戒を強めようと努める。
青年の頬が凹み、喉が何かを飲み下した。まるで金属の様な高い音を発していた。食事すら次元が違うのかと、誰かがつられて息を飲んだ。
次の瞬間だった。青年が口を開き、高音で金属の様な意味の分からない抑揚に過ぎた声らしき音を発した。音節らしきものを早口で喋り始めたのだ。いや、それは早口とかそういう物ではなかった。これも次元を超えていた。口が閉じているのか、開いているのかすらわからなかった。
意を決した王女イリーナが誰何の声を掛けた。いや、それは最早声に対して反応があるのかどうかの試しですらあった。笑顔が友好的に取られるかそうでないかもわからないが、それでも王女の嗜みとして自然と培った顔を作り話しかける。私はここで一番に死ぬかもしれないな、それも悪くはないかと捨て鉢にすらなっていた。
「勇者様、勇者様、聞こえていますでしょうか?」
「ああ、聞こえている」
意思が疎通できた。とりあえず、イリーナは安堵の笑顔を作った。傍からは何も変わってない様に見えるが、侍女あたりはその変化に気づいたかもしれない。
「ああ、良かったですわ。ここはキプロス大帝国という国の王城の一室で、私は第八王女のイリーナです。勇者様のお名前をお聞きしても宜しいですか?」
「リュージだ。あと俺は勇者ではない」
いきなり勇者を否定されたイリーナは内心顔を引きつらせていた。目の前の青年は勇者という単語に、いや、何処か遠くの大きなものを見据える目で、不機嫌そうにそう言った。勇者を自称して欲しかったが焦ることは無い。英雄でも戦士でも騎士でも何でもいいのだ。国として勇者と祭り上げられればそれは謙虚な態度として周囲に思われるだけなのだから。
「ではリュージ様とお呼びいたします。歓迎の宴の準備が整ってますのでご案内します」
イリーナはまずは宴会でもてなすのが先決と思い、率先してリュージの近くに寄り案内する様に動く。その時、後ろの垂れ幕からこっそり覗いていた前回に召喚された勇者『ユウカ』が「トオル君と違うじゃないっ!」とヒステリックな、しかし小声で叫ぶという器用な事をしながら憤慨していた。
数年前に召喚された彼女『ユウカ』は帝国にとってハズレである。言葉も通じるし身体能力も悪くは無いのだが、武術の才はからっきしで、魔法適正は有るのだが魔導本を見ながらゆっくり詠唱をしないと魔法を発動できないのだ。戦場で役に起たないのだ。本人もその気は無い様で、国としても扱いに困る人物だった。そして元の世界に返せと言う。それは出来ない事を告げると今度は元の世界の恋人をこちらに呼び出せと言うのだ。
その恋人の彼を呼び出せれば二人で一緒にすることでまた何か違った活路が見出されるだろうと思い、地球の、平成の、日本の男子というワードを何とか召喚に混ぜ込んで、その可能性を上げたが、そんな彼を引き当てることなどできはしないのは当たり前であった。
イリーナとしては、ユウカの憤りは最もな物だと思うし、勇者の召喚には賛成であった。この世界の為、人類の為、この国の為、私の未来の為、どうにもユウカは好きになれない性格ではあったが、それでも勇者召喚という同じ目的の為に共闘出来る程には折り合いを付けていた。
そのユウカの声に反応したのか何なのか、リュージは超高速で周囲を見回したり、後ろの垂れ幕の方を見たり、石板を見たり、先ほども動いていたが、手で何か印を結んでいる様に見える。早すぎて振動しているようにしか見えないが。何かの予兆なのか、しかしそれは数秒で収まり、何処か怪訝そうな顔でイリーナを見つめて来る。目が、何かを求めているようであった。
イリーナは自分の役割を思い出し再度勇者に声を掛けた。先程も声を掛けたら人らしい反応が帰って来たからとの憶測であった。リュージはその声に反応しイリーナに案内されようと歩を進めて来る。イリーナはほっと胸を撫で下ろし、地下のその一室の鉄扉から出て行こうとしたその時である。
背面後方が発光し振り返ると、召喚魔法陣が白と青の眩い閃光に包まれた後にソレは姿を現した。
生気を全く感じさせない金属質で艶の無い黒い馬、その上にはこれまた黒い全身甲冑に内側の赤いマントを羽織り、背に大きく禍々しい形をした赤黒い大剣を背負った騎士が突如出現した。
その場に居合わせたほぼ全ての人間がソレを魔の物だと見た目から判断した。彼らはその出で立ちを知っていた。【デュラハン】――不死不浄の騎士の魔物や魔族の一部がそう呼ばれる存在であり。極めて強い戦闘力を持つ魔性の存在である。この場の騎士と戦士は更に理解した。この者には決して勝てないのだと。隙が無いのだ。ひり付く様な闇がその金属と金属の隙間から溢れ出ていた。その場は一瞬静寂と闇に飲まれ――
「勇者を呼びつけている愚者は貴様らか?」
その黒金甲冑の頭はそう問うた。低く底冷えするような声である。
「やれーっ!」
ベテランの戦士――Aランク冒険者のガルダンは叫び、その手にいつの間にか構えていた大剣を一足飛びに騎士の足へと切りつけつつ叫んだ。ガルダンは体を目いっぱい捻り、その圧倒的なエネルギ―を膂力に、そして大剣に伝える。狙うは足。狙うは時間である。剣は躱される事も防がれる事も無く足へと打ち据えられた。そして、剣が欠けた。
ついで近くの冒険者が鋭く突き出した細剣が首に吸い込まれ撓み、大男の冒険者の振り下ろした戦斧は柄が折曲がり、一拍の後に駆けつけた騎士の剣と槍を弾き返し、捻じ曲げ、柄を折った。第7王子オリオンはその腰のレイピアに手を掛けた。
「愚か、そして脆い、最早貴様らは言葉も通じぬ虫けらだ。虫けらには何もない、踏み潰されぬように怯え慄いていればよい」
その者は告げた。そして有無も言わさぬ裂帛と共に馬の腰に繋いだワイヤーを石板に突き入れた。投げたのではない、その場に居た者の殆どには分からなかったが、ワイヤーは飛び出したのであった。そして当たり前のように石板に固定された。不滅、不壊、不変と評されたアーティファクト、召喚の石板が傷ついたのである。
「ハアッ!」
そして牽き摺られる石板、相当に厚く、大きく重い石板が馬車でも牽くかの様に、罪人を引き回しの刑にかけるかのようにその単騎は遠慮なく軽やかに出口へと駆ける。その進路上に居た冒険者と騎士、王子は咄嗟に飛び退いた。あの鋼鉄の塊に、その強固な石板に撥ねられてはひとたまりも無いのを瞬間的に理解したのだ。
数舜硬直したリュージはしかし遅れることなく、唯一反応の遅れたイリーナを所謂お姫様抱っこでがっちりと下から救い上げて、その体を壊さないように力の配分を考えながら石板を飛び越した。
ナビィはVR機器を使うユーザーの管理も以前から行っていた。姿勢制御や体内の電気信号の管理、危機管理などである。この場でもその様に作用した。つまりは龍樹は【でゅらんらん】を操作し、その間のユーザーであるリュージの体はナビィが管理していた。
でゅらんらんとなった龍樹はスカイウインドウのモニター越しに、石板に吹き飛ばされそうな二人を見て、ナビィに回避行動を頼んだのだった。
そのすれ違う交差の瞬間、宮廷魔法使いのうちの一人が魔法を完成させた。転移魔法だ。高純度の魔水晶に予め魔法を封じ込めた使い捨ての魔道具の力を借りた即効性のある魔法であった。
転移範囲を目視で、とにかく対象を何処か遠くへ飛ばすだけの、しかし最高峰と言われる高純度で大きい魔水晶を用いた魔法抵抗の難しいそれは漆黒の騎士と石板と、更には近くに居たリュージと、イリーナを巻き込んで――再び何処かに転移した。それはこの世界の何処かへ、である。