勇者召喚
===勇者召喚===
確認されている大陸の中で一番大きい中央大陸では、ほとんどの平野を人族が押さえていた。その繁殖力と開拓の勢いのままに、家を作り、土地を耕し、道を作り、文明を発展させその生活圏を急速に広げ、ついには国を作った。
魔物と魔族は人族よりも強い生物であったが、人族の圧倒的な数と武装によって平野から押し出されていた。魔物は森林や洞窟に潜み、魔族は人族との積極的闘争をやめつつある。
現在、中央大陸で一番大きな領地を持つ国はキプロス大帝国である。帝国は隣国に侵略を繰り返し、統治を小国に強いる。結果として王は複数いる場合があるが、皇帝はただ一人。キプロスの王城にある王座に座り、キプロス大帝国を力で動かすその人物である。
巨大な石造りの王城にある地下の一角に、様々な人間達が集まっていた。宮廷魔法使い、魔法陣学者、神学者、占星術師、沢山の衛兵、騎士、そして執事、メイド、更には奴隷や娼婦、稚児なども居た。
その閉鎖された地下空間の中、ある石の大部屋には見事な刺繍の入った垂れ幕やタペストリー、が壁を飾り、豪華な燭台には魔法の炎が灯り、美しい金細工の入った剣を掲げる全身甲冑が並べられている。
そして床には大きな石板が一枚。その上には黄金の線によって描かれた太古の魔法陣――勇者召喚陣と呼ばれる幾何学的な文様が見て取れる。その石板の魔法陣は太古から変わらずその使命を果たすべく、注がれた魔力に呼応して鳴動し、眩い黄金の光を部屋に満たす。
――黄金の光に包まれ、その光が漸く引くと、辺りは見知らぬ部屋になっていた。何ちゃら帝国の紋章だろうか、鷲と剣の描かれたタペストリーや宝飾品が見せつけるように飾り立ててある。そして見える範囲、正面には白を基調とした少し煽情的な中世の王侯貴族の身に着けそうなドレスを身に包んだ美女、その隣には青、赤、白、金を混ぜたこれまた王侯貴族の貴公子の装いの美男が居る。二人揃って人の好さそうな笑顔を顔に張り付けている。
その二人の後方には、金属光沢が目を見張る揃いの甲冑とマントに身を包んだ恐らくは騎士の一団が直立不動でこちらを見ている。顔つきはやはり貴族などに見られそうな整った顔立ちの、偏屈そうな髭のおっさんからナルシストそうな青年などが見受けられた。
俺の両脇には屈強そうな兵士、と言うか戦士、ファンタジーでよくあるベテラン冒険者らしい、荒事で飯を食ってそうな…暴力の塊みたいな奴が槍や大剣を手に数人佇んでいた。
どうやら女神に言われたとおり、どこかの帝国に勇者として召喚された様だ。足元を見ると、ゆっくりとではあるが黄金の光が引いていく魔法陣らしい文様の描かれた床、というか石板の様な、とにかく硬そうな板があった。
俺の口の中には女神が恵んでくれた果実がまるでリスの頬の様に詰め込まれている。何をするにもまずはこれを胃に落とさないといけないだろう。口が塞がって喋れないしな。
噛むと、これらの果実は死ぬほど美味しいのが分かる。甘味屋の豪華フルーツパフェよりも旨い。VRMMOで食べる甘味よりも旨い。言葉にできない。とにかく俺はこの食い物をゆっくり咀嚼し、堪能し味わうことに全身全霊を尽くすことに決めた。
吐き出してこいつ等と会話するなど選択肢に無い。飯食ってる時に呼び出して、いきなり喋ろとか言われたら俺ならブチ切れるね。いや、その前に君たちは誘拐集団だ。つまりは慈悲は無い。
『もぐもぐ…もぐもぐ…もぐもぐ、んっく』「ふぃー」
至福の時を終えてしまった。体が軽くなったかのような全能感がまた一気に強くなった。そうそう、俺の体は一体どうなったのだろうか。義務教育を終えてからは余暇の多かった俺は様々なVRMMOのゲームに手を出していたんだが。剣と魔法のファンタジーのアレだろうか、アトリエで物作りのアレだろうか、現代兵器の戦争物のアレだろうか、宇宙戦艦のアレだろうか、ロボットのパイロットのアレだろうか…ひょっとしてVR道場のアレだろうか――
手を見る。普通のソレだ。服も青い病院の服だ。ふむ
「ステータス、ウインドウ、パネル、コントロール、システム、シェル、ホーム、マスター、たのもー、先生ー、サー!、装備は?、依頼は?、残高照会、インベントリ、…ナビ、ナビィちゃん」
『お帰りなさいませ、リュージ様』
「…これか」
目の前の空中に半透明なウインドウが様々に展開していく。背景と補色になっているため、ゲーム中でも見間違えが少ない仕様だ。VRゲームでのハンドルネームは『リュージ』で通している。龍樹を(りゅうじゅ)と読むと思想家みたいだし、(リュージュ)と読むとウインタースポーツみたいなので、被らない様にと『リュージ』である。
今、スカイウインドウで文字と音声で応答してきたナビゲーションAIのコールサイン、ないしコードネームは『ナビィ』である。声質は女性型に設定してある。俺も男の子だからね。でも偶には渋い男性型も…という事で寡黙少女メイドっぽい設定を『ナビィ』老執事っぽい設定を『セバス』で使い分けていた。
で、今表示されているスカイウインドウを見るとインストールされているゲームは…『マジックメタルオンライン』であった。このゲームは剣と魔法のファンタジーなのだが、魔法金属を筆頭に多くの素材があり、アイテムの創作に重きを置いたゲームである。モンスターの素材、鉱石の多さ、乗り物やアイテムの種類の多さ、そしてそれらを自由に加工生成することが出来る。
プレイヤーが飽きない様にとゴーレムも魔改造することもできる。最早別物のゴーレム(ガン○ム)の外見になることもしばしばであった。確かにこのゲームはやり込むと強い存在に近づくだろう。魔法も剣も使える英雄が巨大なロボットに乗っているなんてきっと最強に違いない。
現在の俺の状態をステータス項目で確認してみる。ステータスの能力値は中途半端であった。もっと女神の果実を食べればよかったなぁ…。ゲームの一次カンスト組が100だとすると、今の俺は10くらいだろうか。
ここまで調べたところで俺は気づいた。この部屋の人、誰も動いて無い。音も聞こえない。…正面の美男美女をよく見ると、微妙に動いている。ああ、そうかこれ、俺だけ30倍速で動いてるんだな。戻しておいてくださいよ女神さま。
スカイウインドウのシステムの項目を操作し、ゲーム進行速度を平時30倍にしてみる。戦闘時や集中するとにゆっくりになる便利な機能である。まさか使えるとは思わなかったが…俺だけ遅くなればいいのだから使えるのかな。
「――ゃさま、勇者様、聞こえていますでしょうか?」
「ああ、聞こえている」
目の前の見目麗しい、肉感的な金髪蒼眼で髪を後ろに流した美女が話しかけてきた。
「ああ、良かったですわ。ここはキプロス大帝国という国の王城の一室で、私は第八王女のイリーナです。勇者様のお名前をお聞きしても宜しいですか?」
「リュージだ。あと俺は勇者ではない」
会話は何故か通じる。口の動きが日本語ではないので女神のミラクルフルーツの効果だろう。体の常在菌、空気の組成、気圧、重力なども違うだろうがこれらの問題もクリアされている様だな。俺の病気も治っているのだろうか。こんなにあっさりと治されると何か虚無感があるな。家族と、いつものナースさんと、主治医の人と、皆で祝福したかったな。
「ではリュージ様とお呼びいたします。歓迎の宴の準備が整ってますのでご案内します」
俺が名乗ったあたりで、見えないところから「トオル君と違うじゃないっ!」とヒステリックな女の声が小さく響いてきた。良くわからないが俺は誰かと間違われて召喚されたのかもしれない。
このまま俺はこの国の都合で体よく勇者として魔王討伐に駆り出されるに違いない。この場の面々の何処か慣れた雰囲気、初めて召喚したという物でもないだろう。
ムカつく話だ。俺は意識を集中し加速し、スカイウインドウを出して操作する。
【周辺探査LV1】
【総合解析LV1】
【素材回収LV1】
【元素魔法LV1】
【概念魔法LV1】
【武術総合LV1】
【クラフトLV1】
【総合学問LV1】
表示が俺のやっていたゲームと違う…雷属性の【プラズマキャノン】さえ使えれば怖い物無しなのだが、どうやらあくまで似せているだけのシステムの様だ。ゲームとこの世界の法則は違うだろうしこれは致し方のない所だろうか。異世界で100円ライターを着火したら核爆発しても可笑しくない。慎重に考えよう。
ゲームのユーリティーがアベコベになっているのでここはナビィに頼んでみるか。ユーザーのああしたいこうしたいを察して高度な操作をしてくれる頼もしい奴である。
『ナビィ、この魔法陣を調べてくれないか?』
俺はハンドサインというかフリックな動作で文字を入力してナビィに知らせる。
『可能かと思われますが、入力情報が不足しています。【フルセンス】【サーチ】【アナライズ】を実行しますか?』
『頼む』
温度やら色やらなんやらの情報が3Dでスカイウインドウに表示されている。足元を見ると石板の召喚魔法陣の情報が取得できたようだ。数十秒して、
『情報の取得はほぼ完了しましたが、解析はできません。石材はミスリルと鉄と銅を多量に含み、更に未知の成分が含有されているようです。文様は一定の幾何学的な図形と意味のある文字で構成されているようです。解読には更に情報が必要です』
『よし、破壊できるか?』
『現在の装備では不可能かと思われます』
っち、
『あの甲冑の持っている剣ではどうだ?』
『この部屋に見られる武器での破壊は不可能かと思われます。特殊な力や魔法に依る破壊が必要に思われます』
創世記から残っている石板だけはあるな。
『俺の倉庫は残っているか?』
『ゲーム内の所有空間、天空城砦キャバリエと接続できません。…メタルホースは召喚出来るようです。その時に装備していた物も同時に召喚できるようです。召喚しますか?』
おお、俺の愛馬のメタルホースか、しかしその時は俺のセカンドキャラの【でゅらんらん】の装備だよな。金属の馬に乗るデュラハンを目指したキャラなのだが、このゲームは首が取れるプレイと言うのが出来ない。技術的には出来るのだが、色々と問題が発生する為の配慮である。そんなわけでキャラクター【でゅらんらん】は小人族ホビットのちっこい男の子である。デュラハンに模したゴーレムの腹の中にはでゅらんらんが居るのである。
マジックメタルオンラインではプレイヤーのセカンドキャラは殆どホビット族となる。理由はコクピットが小さくて済む。それだけである。ロボを小さくすることはとても価値がある。レア金属のインゴット一本手に入れるのにどれだけの時間が……つまり今の俺には装備できない。
『ナビィ、キャラクターの装備を呼び出したら、今の俺の身体はどうなるんだ?』
『…』
『切り替わるのか?』
『いえ、リュージ様の体と【でゅらんらん】様の体が同時に現れるのが通例でした。今回どうなるかは予測できません』
ゲームのログイン、キャラクター選択みたいなものだろうか。
パターン1:俺がでゅらんらんだ!、身体は魂が抜けて残る
パターン2:俺はでゅらんらん、体は都合よく四次元に保存中
パターン3:俺はそのまま、でゅらんらんはNPCとして登場
パターン4:俺はそのまま、デュラハンの中には誰もいませんよ
希望としては2、1、3、4の順だろうか。
『召喚したとして、元に戻すことはできるか?』
『はい、それは可能です』
『よし、俺がこの部屋を出たら魔法陣の上に召喚だ』
『可能です。それで、できれば石板を破壊、でよろしいでしょうか?』
『ああ、あのゴーレムの馬力なら…まて、可能なら略奪、不可能なら破壊だ。その後はリュージと他人を装って暴れ馬となって脱出する』
集中力を霧散させリラックスすると。世界の音が戻って来た。高速移動中って超キモイ動きに見えてるのかと思い、見まわすと、皆さん訝しむ様な顔をしているがそれ以上何かをしてくる様子はない。
「宴の席はこちらです」
俺が第八王女のイリーナちゃんを正気に戻って見返すと、再び案内し始めた。この子、濃い化粧にちょっとエロチックな服着てるけどきっと背伸びしている王女様だな。それにしても第八って…国王、それとも皇帝かな?お父さん頑張りすぎだろう。隣のこのイケメンは王子かね?男女で来たという事は、召喚された人の性別に合わせているんだろうな。
大きな鉄の扉へと導かれるままに歩く。この部屋に居た騎士の半分が俺と王女の前方を、戦士の半分が後方について移動していく。残りの人物たちは何かごそごそしている様だ。
後方で白と青の混じった光が発生した。漆黒のデュラハンの登場には似つかわしくない爽やかなログイン――登場だ。
不定期更新です。物語性を重視して書いていきたいと思うのでゆっくりになるかと思いますがよろしくお願いします。ご意見感想などお気軽にどうぞ。飛んで喜びます。