40秒でプロローグ
よろしくお願いします。
===40秒でプロローグ===
俺は生まれつき不治の病に罹って生まれた。闘病生活は肉体的にも精神的にも酷い物だったと思う。寝たきりになる病気ではなかったが学校に通うには不便だったので勿論入院しながらの生活が基本だった。
見える範囲の人達は誰も彼も俺に優しく接してくれた。親族がお見舞いに来て、隣の人の退院を祝福し、あるいはその死を悟る。日々目標も無く、特にやるべき事も無くで、小説を読んだり、ゲームをしたり、スポーツをしたりである。真の意味で空虚な人生だといつも絶望していたが、そういう時はとにかく必死に趣味を取り繕った。
定期的にやってくる手術がまた始まる。そして毎回医師が説明する、これで治る可能性もあるので諦めずに行きましょう、と何とも言えない定型句を掛けられ、全身麻酔で意識が飛んだ。
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そこは何処までも白い光に満ちた空間。豪徳寺龍樹はマジックテープですぐに着脱が出来る薄い青色の服を着てそこに浮いているのか、立っているのか、ただただ唐突に、在った。
「は?ここは…今度こそ死んだか」
とにかく声が出せた、喋れる。体も生前?のままである。自分の服装を見るに手術でいよいよ死んでしまったか、あるいはリアルな夢かもしれない、などと考えて自分の体を見て、そして周りを見る。
すぐに何かを発見した。そこそこの広さの、畳十数枚の極々一般的な和室が白色空間に浮いていた。部屋の中にはコタツだろうか四脚の四角いちゃぶ台、そしてブラウン管テレビがある。番組内容は刑事物ドラマの様だ。
――女神のような緑と金の溶けたような髪に瞳孔が茶色、光彩が金色少女が俺の正面に、左右に凄いリアルな牛の被り物をした肉付きのいいだろう女、黒ヤギの被り物をした偉丈夫らしき男の計三名が仲良く?みかんを剥きながらテレビを見ている。女神らしき少女がこちらを向いた。その頭に嵌っているキメ細やかな金細工によって光踊るサークレットだかティアラだかがキラキラと光沢を俺に反射する。
「っちょ、またなの? えいっ、あ、ごめん、そいっ」
少女が剥きかけの蜜柑を置いて、俺に指を一度振る。世界が暗くなり、息が苦しくなり意識が遠のき掛けた――所でもう一度少女が指を振ると体と感覚の異常が無くなった。唯一、テレビの映りがおかしく見える。画面の上から下へと光の線が落ちては消え、落ちては消えを繰り返している。
「貴方の体感時間を30倍にしました。取り合えずこっち来てくれます?」
どうやら見た目通りに女神らしい。ここで無暗に逆らってもいい事は無さそうなので、和室まで寄り、靴は履いて無かったのでそのまま上がり、ちゃぶ台の開いている一辺に胡坐で座る。いきなりな展開に対する反抗心が俺に正座という選択肢を選ばせなかったのかもしれない。この少女女神さまはちっさいので頭の高低差が無くて丁度いいだろう。
「時間が無いから手短に説明するね。貴方は元居た世界から、今のこの世界に召喚されようとしている最中です。あと40秒、貴方の体感で20分後です」
はぁ、なんで俺なんだろうか。とりあえず一番の疑問を聞いてみる。これは俺の人生で目下一番大事な事だ。だった。かもしれないけどな。
「俺、手術中だったと思うんですけど、耐え切れずに死んだのですか?」
「いや、ここへは生きて来てるから、こっちに召喚されるその瞬間まではしっかり生きてたはずよ」
「元の世界に帰れます?家族がとても心配すると思うので、出来れば送り返して欲しいのですが」
「ごめんなさい、今送り返すことはできないわ。そして一度この世界に召喚されてしまうと、地上の魔法であなたの元居た世界、元の時間、元の場所を指定して送り返すか、又は貴方の世界から誰かがあなたを特定して召喚し返すしかないわ。前者は限りなく不可能ね」
「あの、俺の世界は魔法とか無いんですが…」
「貴方を見る限りそうみたいね。ほんとごめんなさい。私にはどうすることもできないわ。このまま召喚されるとあなたは高確率ですぐ死んじゃうから色々と能力を付けてあげてもいいわ」
「…なにか条件が?」
「まずは軽く説明よ。世界間を越えての神の与り無い強制召喚はほんとに困るの。今回あなたを召喚したのは…キプロス大帝国という帝国の…王族ね。召喚条件は、絶望に屈することなく死の呪いを背負いながらも日々自己鍛錬し、見識を広め、そして最後の試練を打ち破った存在、まぁ有り体に勇者ね。多分貴方の手術は成功してるわ、おめでとう」
絶対に帰らなければ。俺はあんなに周りの人に支えられたのに、最後に神隠しで行方不明は不孝者に過ぎるだろう。キプ何ちゃら帝国許すまじ。怒りとヤル気のエンジンに燃料がくべられているのがわかる。
「で、能力との交換条件は、召喚魔法陣を壊すこと、以後なるべく召喚魔法を使わせない様にする事。その魔法陣は創世時代の神の置き土産でね、壊せば万事解決よ。研究資料なんかはあなたが押収しなさい。万に一つ、帰還の方法が分かるかもしれないからね。どうかしら?」
「この世には帰還の魔法陣は無いのか?」
「無いわね。送り出すのは、呼び出す一万倍難しいと思っていいくらいだから。貴方、自分の世界で異世界人がいきなり出現したとか聞いたことあるかしら?…残念だけど魔法の無い世界への帰還は――」
「まった、どのみち俺の道はその一本なんだろ?義理がなくともお礼参りはするから安心しろ。知り合いが此方に喚ばれても困るしな」
「勇ましいわね。では、時間も押してきてるし…貴方たちっ、神庭の果実をここに並べなさい」
女神がパンッパンと手を打ち合図をすると。両脇に居た不気味なアニマルフェイスの男女がいそいそと立ち上がり、襖を引いて、何故か向こう側が白亜の庭園のような場所に歩いて消える。すぐにまた部屋に入って来て、その手にはライチの様な実、柑橘系の実、木の実、アセロラの様な実、野苺っぽい実…などなどを抱えて持ってきた。
「後八分くらいかしらね。まずはこの実、次にこの実を食べなさい…」
女神がどんどんと俺に催促してくる。後八分、いいぞやってやる。俺は胃カメラで鍛えた丸飲み能力を発揮し、次々と実を胃に収めていく。胃に入ると満腹感はあるものの、異物感がふっと消える。これなら飲み込みが最善だ。どんどん飲み込む。裂ける物は割いて飲む。
「ふふ、これとっても美味しいのに、味わって食べなさいよ」
「これは、ゴクンッどんな能力が?ゴクンッ」
「貴方が鮮明に想像出来て、かつ強い存在に近づいていくわね。VRMMOだっけ?やってたんでしょ?」
「マジかよそういう感じじゃないだろこれ、もっと頭が良くなるとか不老不死になるとかそういう――」
「ではいってらっしゃい」
俺の下の畳から何やら円形の文様が現れ発光し、模様が動き始める。
「おっと、俺は豪徳寺龍樹だ。女神さま、あんたは?」
――私は豊穣の女神、アスタルテよ
俺は最後に口に実を詰め込めるだけ詰めて行く中で、ドヤ顔している女神の名を聞いたか聞いてないか分からないままに、しかし最後にその鈴の鳴るような、磁器が震えるような神秘的な声があったとだけ知覚できた。
ちらっと、牛さんヤギさんは草食動物だったねーなどと考えながら今度は太陽の様な黄金の光に飲まれていった。今更ながら、ゲームやウェブ小説に有りがちな異世界転生物と言う奴だなと思った。もっと望んでいる奴を召喚しろよな。
一応マギ・ヘイズと近い世界観です。あっちで世界観を広げてこっちで物語を描きたいなって思って書き始めた次第です。マギ・ヘイズを読む必要はありません(まだ完結してませんし)