後編
いきなりネタバレ
薄い紙をめくる手が止まったので、私は書く手を休めて早速「どうだった?」と感想をせがんだ。
「ちょっとちょっと、待ってください」
「あ、まだ読み終わってなかった?」
おや、速読がウリの我が第一読者にして担当殿にも珍しいことがあるものだ。
対面の椅子に優雅に座る私の麗しき担当者は今日も美しいウルシ色の髪を肩にそよがせて、深いハシバミ色の瞳は琥珀より深遠な輝きを称えている。
依然として世の流行は長髪だが、このミステリアスな美貌の前ではそんなものは関係ない。
黙っていれば童話の王子もかくや、中世的で凛々しい顔だちを困惑に染めて、首を振る仕草さえ完成されている。
もの作りが趣味な我が祖父自慢の最高傑作、自動駆動可能椅子に座るその姿勢も、…ええと、何だったか、『タケを割った』?『針を通した』?
とにかく、まっすぐに伸びて美しい姿勢であるので、実は小柄な身長という事実を知って私も驚いたものだ。
これが東洋の神秘の一端である。
「いいえ、というか・・・。リサは何者なんですか?
雪の中で死にかけていた娘さん?誰かに入れ替わってしまったらしい村娘?料理上手なホラーもののヒロイン?訳ありのエージェント?」
「うん、それがね・・・どれがいいと思う?」
「えええ…」
「書き出しというか、まあ、次回作の指針を決めようと思ってね。
パーシル先生がやってた方法、試してみたんだ。時間制限あり、キーワードあり、で連想というのをね」
「ああ、ところどころ線の端にあった走り書きの数字は経過時間だったんですね。
因みにそのキーワードって?」
「えーと……雪、記憶喪失、夫婦、だね」
「……全く反映されてないように見えますが。言われてみればどことなくこの先それを絡めるのかなっていうのはありますけど」
「大丈夫、今、外では雪が降っているし、私たちは夫婦だし、喧嘩したら私はいつもその記憶を喪失することで自己を守るから。
因みにこれは純然たる不正なき事実背景の描写であり、それ以外の意図はこのかぎかっこの中にはなく、
決して喧嘩をしたいという前フリでもないことを留意してほしい」
「僕だって喧嘩したくてしてるわけじゃありません。
でも、いつにもましてちょっと何言ってるかわかりませんね。先生が豆腐メンタルっていうことくらいですか。
そも何で外の方に向かって言ってるんですか?」
「まあまあ。で、ね。直感で、一番良かったものはある?」
私は大いなる自己保険を完了し、目線を美しいハシバミの瞳に合わせる。
うんうん、やはり現実よりこの瞳の方が目に優しい。なんならずっと見ていたい。
おはようからおやすみまで、閉じた瞼も見守りたい。
そんな私の思念を気付いたうえでスルーしてそれを気付かせるという高等技術をもって退けながら、律儀に返答される。
素晴らしい。これも東洋のしんp
「それはまあ…最初のですかね。『男』とのロマンスがそこはかとなく期待できそうでした。
三人称が上品だし、なんだか先生のいつもの感じと違いますね」
「ふむ、インパクトは「雪国緊急病棟24時~若き猟師と白頭巾~」、と」
「……。いや、実をいうと途中から混乱してそれどころじゃなかったです。
読み終わった時点で何とか話を一つにまとめようとしたんですけど、
黒髪が綺麗だけどお洒落なんかはしてない気さくな感じの料理上手なリサが
フルーツとかパン入った買い物袋を抱えて何かから逃げてるんだけど
途中から攻勢に出る為に買い物袋から銃を取り出してぶっ放して
その時に追手の正体を知るが、なんと昔の上司だった・・・
みたいなストーリーが展開しちゃいました」
器用なことするねえ、と私は感心した。さすが私の人生の伴侶である。とりあえずそれを脳内にメモしてから
混乱しきりというように頭を抱えてしまった可愛いひとのフォローを試みた。
高貴な王子の正体は表情と感情豊かな子供のように純粋な心を持つ人なのである。
そして私はそれを愛でるあまり時に暴走しちょっとした意地悪を仕掛けてしまう罪な大人だ。
毎度律儀に引っかかってくれる様子に快感を覚えるいけない私を誰か罰してくれてもいい。
...いや、やっぱり我が担当殿にしかお願いしたくないな。そしていつかその機会に恵まれば新たな(本のジャンルの)扉が開ける気がする。(本のジャンルの話である)
加えてこの吐露は決して個人的な興味から希望している情景ではないことを私のトメィトの蔕のような尊厳にかけて示しておくべきだろう。ただの可能性における自己予想である。
この、明言を避け本意をずらして煙に巻くような言いようからも察せるように、私はわがままで意地悪で捻くれた、罪ぶかき大人だった。
「いちおうね、点線で一応区切っておいたんだけども」
「ただの場面転換だと思いましたよ!数字にしたって、何かの暗号とか数字順に読み直すと意味が変わってくるんじゃないかとか、深読みして損しました」
ふむ。時間内にいかにキーワードを絡めて書き連ねられるか試してみたというのもあるが、
全部通してひとつの物語に見れたとしたら涙目で苦情を連ねる小さな読者がこの物語をどう結ぶか知りたかったというのもあったので此方としてはいい成果が得られた。
いやしかし、うまいことくっつけてみせるものだ。やはり若く柔軟な思考は得難い宝であると何度目かの確信を得る。
別に担当殿と私の年齢差を気にしたわけではない。八つくらい、どうということはない。ないのだ。
そのままウムウムと素晴らしい伴侶を得た自分の幸運と慧眼と手腕に惚れ惚れしていると、先ほどまで泣きべそにうるんでいたハシバミ色は胡散臭いものを見るものに変わっていた。
身体もちょっと引いている。物理的と心情的、どちらも距離を置かれたということだ。
実に清々しいくらい解りやすい。表情がころころと変わるのも可愛い。そして、繊細な私の心は傷ついた。と同時に少し高揚した。
からかいたくなるくらい可愛いのが悪いのに、理不尽な世の理である。
或いは東洋の神秘がなせる業なのかもしれないが、どちらにせよ別段不満はない。
可愛いものは理不尽でも可愛いからだ。これは私が恋に盲目だからではない、理を解いているだけなので、読者諸賢、誤解なきよう。
「あれ?何で距離が空いてるのかな」
「だって先生がその顔してる時って、大抵ロクなこと考えてませんもん」
「はっはっは賢いなあ!よしよし。君は私をよく理解してくれているんだね」
「はあ。まあ、10年も幼馴染兼雑用してますからね。ちょ、やめてください!ああ…髪がくしゃくしゃ…
もう…仕方ないなあ…。
ところで、僕の脳内のリサは今、武芸百般のクールなナイスガイになってるんですが、どうにかしてくださいませんか?
ヒロインなんですよね?ちょっとこのままじゃダーティーなイメージがちらついて困ります。先生の担当として」
困ります!と言っておきながら顔でも困ります!と眉を下げるとは、なんと表現に貪欲なのだろう。
紳士な表情筋以外が死滅しているともっぱらの噂の私には大層うらやましいことである。
8つ年下の我が幼馴染殿の髪は細く、少し混ぜて放置すればたちまち絡まってしまうのだ。
それを気にして今も髪を整える様が可愛い。年頃なのだなあと感慨もひとしおである。
しかもその不満げな表情の全てが可愛いなんて、罪だ。詐欺だ。いいやご褒美かもしれない。
いや、いや違う。違わないけど、それよりも。
物書きとしてのスイッチが入る音がした。
「それ、面白いね。うーん…あっ、閃いた!
「えっ?」
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そうして相手は地面に沈んだ。否、最早あれは対戦相手ではない。獲物だ。その骸。
高らかにジャッジが名を叫ぶ。勝利の名。私の名を讃えて響く、勝利の銅鑼!
「勝者、リサ!」
「リサだ!」「リサが勝ったぞ!」「愛してる、俺の女神!」
野太い歓声が気持ち良い。
時折近くから聞こえる「クソッタレが!リサてめえ、あれにくらい負けろよ!熊だぞ熊!東の森の王熊!」という汚い声はあらかた大穴に賭けた負け犬のものだろう。
というかジャッジである。先ほどはなかなかいい声だったのに、試合以外では大層口汚く、まったく私に熱狂しない。
森の悪魔とはいえ四足歩行のもふもふに私が負ける要因なんてどこにもないだろうに、やはり声が良く大きいだけの飢犬は賢さとは無縁と断じざるを得まい。そんなものは見れば素人でも解るだろうに、まったく愚かなり、犬よ。
というか、ジャッジが毎度毎度賭けに参加するのは運営的にいいのだろうか?
大体、私があれに負けている何かがあるとすれば、かわいさだけだ。あのつぶらな瞳には一瞬アッパーが鈍り、爪の一撃が首の薄皮1枚掠るのを許してしまった。
ふ、私もうら若き乙女、可愛いものには弱いのだ。
「もう人間やめてんじゃねえか、賭けになんねえよ、ったくよ」
まだぶつくさと言っている。私に賭けておけばいつも勝利に酔えるのに、馬鹿なことだ。
が、その挑戦する魂は好ましい。小さな勝利を得続けるなら大きな大敗に唇を噛む。
おお、大層うつくしい精神であることよ。
思えば彼も前回の試合後、私への失言の報いを受けた脛の痣が消えたばかりである、はっ倒すのはやめにしておこう。
「ったく、何食えばあんな怪力が出せんだ?モンスターめ。俺がどれだけ苦労して無傷で捕えたと思ってやがる。
痛めつけるだけなら楽だろうなさぞかしよ!
ま、勝利報酬は全部賭けでスってプラマイゼロ、王熊に勝っちまうあいつが悪いってことでちょっとはスカッとするけどな、ははっ」
またお前の捕獲料で養われろというのかこの犬?
この鳥頭は、今月こそ私は自活するからという念書をしたためたことを忘れ果ててしまったのだろうか。
恐らくはその念書も山羊のようにむしゃむしゃ食べてしまったのだろう。
羊頭を懸けて狗肉を売る、立つ鳥は跡を濁さない。
うん、はっ倒すのはやめて半殺しにしよう。ご自慢の、言動に似合わない貴族的に整った顔をモンスターにしてやる。
ああ、私はなんて親切で慈悲深い淑女なのだろう。身をもってモンスターの謎を解き明かす手伝いをするなんて。
己の徳高さに眩暈がする。前世は天使だったに違いない。
完璧超天使リサちゃん。なんと、まったく違和感がないではないか!
「・・・あれ?」
眩暈がするとは言ったが、本当に世界が揺れている。まさか、歓声が地面を揺らすほどに?
否、それもあり得るが、もっと局地的な規模だ。そう、私だけが揺れているような・・・
「リサ!?」
揺れて、揺れて、遂には一瞬世界が倒壊、衝撃の後に今日半殺しにする予定の男の無駄に整った顔がアップ。
試合中と少し似た声が名前を呼ぶのを聞きながら、私の意識は暗転した。
半殺しにされるために自らその無駄な美形を近づけて来るとは、なかなか見上げたものだ。
折るのは臓器に影響の少ない下の方のあばらだけにしておいてやろう。
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…と、こんな感じか」
「またなんか始まってた!しかも物騒!ダーティ感の代わりにワイルドさが特盛になってる!」
我が担当殿の数々の長所にはこの的確かつ鋭いツッコミりょくも含まれていること、賢明な読者諸君にもお分かりいただけているものと思う。
「私のアイディーアの泉はこんこんとあふれるオアスィスのひとしずくなのだよ」
「泉なのかオアシスなのかしずくなのか」
「細かいことはいいのだよ、それより、ここから記憶喪失になるのと奇病奮闘記になるのと運命と戦う歌姫に転向するのとどれがいいと思う?」
「格闘家一筋じゃないんですか?!せめてジャンルを絞ってください!」
「実はミステリーにも挑戦してみたいんだよね」
「先生、ピアノ線と氷の凶器と脇にボールを挟んで生死偽装とバラバラ死体から出来る人間くらいしか理解できないじゃないですか…」
「うん、だから私は考えたんだよ。逆転の発想というやつだね。
そして私のカラスノヌレバ色の脳細胞は恐ろしい、悪魔的としか言いようのない事件を考え付いてしまった…!
ねえ、君…それらの初歩的なトリック…合わせると、どうなると思う…?」
これを言うべきか私は迷っていた。基本的に秘密というものを持たない生活を送る私だが、こんな天才的な事件を思いついてしまうなんて、ゆくゆくは知能犯の素質ありと見做され敬遠されるか怪しげな黒ずくめの装束を纏うことが所属条件の国際的犯罪組織に勧誘されてしまうかもしれないっていう悩みを抱える少女の話も悪くないか?
日常的なものもすべて事件に思えてしまう少女の、刺激的で平凡な生活……おお、メモメモ。
「深刻そうに言われても…僕にはそういう発想力は欠如してますから、
雪山の別荘で最初に殺されたはずのピアニストが犯人、ボールを使う競技の選手が共犯、全滅させたと思っていたらひとりは逃げ出していて警察を呼んで事件が解決する、みたいなシナリオしか浮かびません。
あと先生にはそれらのトリックを初歩的と言う資格はありません」
さらば、ミステリ界の轟雷になりえた複合トリックを用いた事件に挑む筈だった少女探偵よ。
ようやっとメモし終わった紙を私は握り締めてゴミ箱へとホームランを打つ。
ん?
何か表現がおかしいかもしれないが、すまない。
私は野球には疎いのだ。今は添削する時間がない、羞恥から失敗作を速やかに隠匿しようとした私の意志だけを感じてくれたまえ。
ぐしゃぐしゃに丸まった球は芸術的な放物線を描く。
深層心理で跳弾を視野に入れたはいいが紙のボールに圧倒的に硬度が足りないことを忘れていたため、本棚の2段目にイン。
痛恨のファールであった。(このあたりも、意志だけを感じていただくように)
その一部始終の悲しいコールド試合を絶対零度の視線で祝福した担当殿は、後でちゃんとゴミ箱に捨ててくださいねゼロ距離で、と告げている。無言でのこの圧。オニか。
ちなみに、このノーコンが、とは聞こえない。聞いてない。万が一にも聞こえたとして、混線しただけに違いなかった。
十年来の付き合いともなればアイコンタクトで意思疎通も可能という紛れもない証明である。
が、今は私と幼馴染との甘酸っぱい生活を語る前にこの底の知れぬ麗人に問うのが先であった。さすが東洋の神p
「き、君…!天才か!?なぜ私が招く予定の人間の職種だけでなく渾身の、密室から外部への連絡手段をとる方法までわかったの?!」
「うん、先生はミステリーはだめです。絶対だめです。大人しくいち読者として数多の華麗なトリックに感動し続けてください」
「まあ、こんなミステリ界に激震を起す作品は他ジャンルの末席を汚す私がおいそれと発表してはいけないよね。
他の先生がこの複合トリックに気が付くまで少々待ってみるべきだろう。
もし時代が私に追いつかなくてもルースト先生に添削してもらうべきか。私にはまだ残ってる連載もあるしね」
「ええ、まあ、そういう見解でも僕の促したい結果からは外れてません。大丈夫です。大丈夫。
ただ、大物ミステリー作家の先生にその乳飲み子以下の作文を見せてはいけません。
あまりの嘆きにまた世を儚んでしまわれます」
「じゃあ残念だけどこれはまだ温めておくよ」
「ええ、はい、そうしていただくのがよろしいでしょうと存じます、是非に」
機械のように無慈悲な声色と寸分狂いない相槌を打つ瞳は硝子のように澄みつつも虚ろだったが、そんな雰囲気も実によく似合う。
いやあ、美形というのはまったく眼福であるなあ、と感心する私の耳に、いくらか自分を取り戻したような声で「結局このリサとは何だったのか…」と哲学的な問いが聞こえたので、私はしっかりと答えてやることでその命の輝きを取り戻さんと試みた。
「まあとりあえずリサは美少女だよ。私の書く物語の主人公なんだから当然だよね?」
やっぱり主人公なんですね、ヒロインではないんですね・・・というやや悲しげな呟きには、何をいまさら、と返してやる。
小説家、或いは脚本家である私、ア・・・ああ、いや、今はいいか。
このしがない物書きは、どんなジャンルを書いたとしても、恋愛ものだけは手を出さない。
それは、恐らく死ぬまでずっと。そうでありたいと思っている。
気持ちが盛り上がってきたので、なにやら複雑そうな我が恋人の小さな体を抱きあげる。
彼女の愛用する椅子に常日頃嫉妬する私のすることなので、膝にその体を乗せて髪を梳いた。片手はペンを持ち直す。
うん、やはりこうして執筆するのが一番捗る。
「何故なら、リサが恋をする相手はもう決まっているからね。そうだろう?私の可愛い奥さん。
リサ・シュミット子爵夫人?」
途端、顔を真っ赤にしてしまう彼女が可愛くて仕方がない。普段は元気な少年王子といった風情が可憐な姫君に変わる瞬間はいつまでも私に驚きと愛しさを与えてくれる。「出す本全部主人公がリサっていうのも、僕、結構複雑なんですけど…」とか「お茶会の度に皆の視線が恥ずかしい」とかムニャムニャと言っていたが、私はリサ要素が含まれているものしか主人公として動かせないのだから仕方ない。
私の愛はすべてリサに向かうのだ!リサならば虚像でも構わない!全力で愛している!…ん?なんだか学術的だな。今度はこういう趣向のものも…
「ぷはっ!先生、僕を窒息させる気ですか!」
おっと、愛があふれていつの間にか抱きしめる力が強すぎたようだ。
髪を愛でていた手を背中に流しさすりながら、不安を取り除くために言葉を紡ぐ。
「ああ、ミステリの時はリサはもれなく探偵か刑事役だから心配しないでいいよ」
「そうじゃなくてっ!」
「ああ、次回作の話かな?特に困っているわけではないんだよ。
そうだね……次は、君と僕の愛の日々を僕の手記風に書いていくというのはどうだろう?」
「却下です」
実は今この瞬間、少し書いてみていたのだが(これのことだ)……だめらしい。この物語は没になりそうだ。
いまも会話を書き留めながら今必死に思いを文字にしているが、確かに僕自身が楽しくはあるけれどその文面は割と破滅的であろうことは読み返さずとも予感がするので、大衆向けではないだろう。
まあ、筆馴らしにはなったと思う。それでよしとするべきか。
……まあ?誰かが偶然これを見つけて読んでしまう分には仕方のないことだとも思うけれど。
さて、ゴミ箱に……ああ、いや、僕の超絶球技はこの紙には荷が重すぎるのだった。
とりあえずこの本にでも挟んでおくとしようか。おっと、これはガルディヒルド侯爵閣下に返す本だったかな?
マアイイカ後デ回収シテオケバイイサ、アハハ(棒)
「だいたい、なんで全部主人公が僕の名前なんですか、この前のなんてレアリーヌに『今回のリサはすごい悪女だったわね!お姉さまが教本にするほど感銘を受けてたわ。私も、あの氷の軍人様がリサに骨抜きになった時のエピソードがお気に入りで…』なんて言われて!
なんだか僕が浮気してる気分になっちゃったんですよ!?いえ、僕もあの本は楽しく読んだんですけど!氷の軍人は自業自得だと思っただけですけど。どちらかというと、周囲には好青年を演じているけれど本性は腹黒で陰険な花屋の息子を改心させた時の方が時代劇みたいで…」
良かった、そちらは楽しんでもらえたようだ。
日差しも眩しい遊歩道、恭しく椅子に腰かける淑女を見せつけるようにゆっくりとエスコートする私に羨望の視線を送る愚かな男たちを睥睨しながら歩いた出来事から認めたものだが、リサのお気に召したようなので何よりである。
うーん、幼い僕の罪なき教育により刷り込まれてしまった彼女の一人称には慣れきり適宜モエるのが習慣になって久しいので今更思いも至らなかったけれど、次の主人公は僕っ娘姫というのもいいのでは。やはり文章のみで表現するにあたって一人称は大切なものである。ありふれているが女性が使うとたちまち甘美な響きになる「僕」。
それは並大抵の設定では魅力を生かせない。
読者の想像力を掻き立てるような過去、目的、信念、...なにかないものか?
娘、娘、魔女っ娘…僕っ娘アイドル……。
うん?
「大体、明るい復讐ものなんてどんな心境で…あの時僕たちただ散歩してただけ…って、
せ、先生?なんだか、最凶に最悪な何かを閃いたりしてませんか?」
!!!!これだ!!!
おお、我が最愛の妻よ!君は何という存在なのだ!東洋の神秘?島国の遺品?まさか、君は私の運命だ!
くちづけにありったけの熱情を込めて椅子に恭しくおろしてから、私は猛然と椅子に座りなおし勇猛にペンを構え燦然とそれを振り下ろした!
物語のための言葉は奔流となって私を取り巻いているのに、
君のための物語をどれだけ書いても、本物の君への言葉はいまだに見つからないままだ。飾った言葉でも飾り切れない。
紙の上で動かした君へはどれだけでも表現できるのに。
私を諌め名前を呼んでくれる君に、真摯な愛の言葉の一つ、上手くかけられない。
ふがいない私を笑ってほしい。そして、話をしてほしい。この物語の君のことを。私が想う、君のことを。
その時間が私は何より好きなんだ。それも、言えたことは無いけれど。
君という存在を誰に感謝しよう?
神に?悪魔に?手押しで動かせる椅子を作った器用な祖父に?
ああ、なんでもいい。
ペンが閃く。余白の潰えた紙が飛ぶ。
君はため息をつきながらも新しい紙を私の机に差し込み、ひらひらと舞う原稿を軽やかに拾い、揃えていく。
ペンを整備しインクを補充する。静かに椅子を動かして、私にコーヒーを淹れてくれる。
それはなんという幸福だろう。
私はそれを、もどかしさを、感謝を、感情を、心を。
或いは、どろどろとした、君にはとても見せられない欲なんかを飾って、隠して、文字に記していく。
君が私に文字を教えろと言ってきたあの時から、この国の物語を教えてほしいとねだってくれた時から、
私はずっと、君の為だけに物語を綴るのだ。
異国の君、しんしんと積もる雪の真ん中で様々な大切なものを失い倒れていた君。いまもって地を踏みしめること叶わない儚いあなたが、嘆きに沈まずに居られるなら、口を噤んで俯かずに済むのなら。凛とした瞳を曇らせることなく、口を噤み俯くことなく、この物語を誰かと読みあい、そして語れるならそれもいい。
君のための物語だということを、彼女は知ってくれている。それなら、他の誰に見られたって構わない。彼女に届くなら、なんだっていい。
君だけに捧げる物語は、私の終わるころにはきっと、完成しているはずだから、それまで待っていてほしい。
尽きることない物語を、友と私に語らいながら。
さあ、骨組みが出来た。主人公の性格も固まった。
これが、記念すべき20冊目の、君のための物語だ!
「次は……魔女僕っ娘だ!」
静かな空白の後、先生がまた壊れた!と叫ぶ妻の泣き顔が、やはりとてもかわいかったことを記すことで、この日の目を見ない19作目はおしまいだ。
親愛なる読者諸兄よ、君たちが読むことになるだろう19作目であり、私のなかでは20作目の本で、またお目にかかることもあるだろう。
その時は、我が最愛のリサの可愛さをとくと知ってくれたまえ。
では、また。
19 作目 アレン・シュミット
ガルディヒルド卿、そういうわけなので、これを読んだら貴殿の蒐集品たる「世界の魔女っ娘全集14年版 初版特典シリーズもの年代記つき」を参考資料として貸し出されたし。
養父としてリサの一人称をあえて訂正しなかった貴殿のこと、今回もご助力頂けることと信じております。
お貸し頂いた「筆ペンちゃんと学ぶミステリー」も大変参考になりました。
残念ながら今回、作品に活かせることは出来なくなりましたがこれからも末永く資料提供者としてお力添えして頂けますよう。
カシコ ←リサの国で使う締めくくりの文言だそうです。明後日お会いする時の会話のきっかけにどうぞ。お土産には夫人のミートパイが食べたいようです。
イイハナシニナリソウダッタノニナー
もうちょっとだけ続くんじゃ