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前編

1度目は流しで読む程度の方が楽だと思います。



 夜半に降り出した雪は眠るように横たわる一人の女の上へ、まるで薄衣を掛けたようにうっすらと積もった。

 一面の白に反射した光が彼女の黒髪を照らしている。

 音すらも包み込む静かな雪の中、一人の男が近づきそのまま彼女の脇に屈み込んだ。それに合わせ装身具が冷たい音をかすかに鳴らす。

 男は剣をしまうと目を閉じたままの女の息を確認し、彼女を抱え上げた。青白い頬に血の気はないが、少なくとも生きている。急がなければ――。

 力強く雪を踏みしめ、男は足早に来た道を戻っていった。



2-------------------------------------------------------



リサが目をうっすらと開けると、辺りは一面の白い花が咲き誇る庭園だった。


(雪……じゃない?)


季節は冬…だった筈だ。違和感を解こうとすると頭痛がして思考がまとまらず、それ以外のことはわからなかったが。


(花?なんでこんな季節に……)


風に舞う花弁を掴もうとけだるい腕を上げると、しゃらりと手首に冷たい感触を感じた。


「えっ?」


自分の声が随分低く聞こえる。それも気になるが、手首に首飾りが下がっていることに驚きを禁じ得ない。


「綺麗……」


繊細な銀の鎖は最近も手入れをされたのか柔らかく輝き、花の形をした鉄の型には見たこともない色をした宝石が花弁に合わせて五つ、はめられている。

残念ながら、一枚目の花弁にはめられていたであろう石は外れてしまったらしく鉄の容だけが残っているだけだったが、総合的な美観を損なうものではなくむしろ一層神秘さを助長しているように見える。

自分には全く覚えのないものである。しかし、自分が手首に下げていたのなら、この飾りの部分を握るなりしていたのかもしれない。倒れた時に強く握るかしてその拍子に外れてしまったとか。


「勿体ないな、落としちゃったのかな……」


持ち主が悲しむだろう、見つけられたら直……せるといいのだけど。不器用な自分には難かしいだろうか。

何気なく腕をさらに上げて目線を下にやり、視界を明るくする。

すると気づいた、首飾りというには鎖が長すぎる。

装身具であることは確かだろうが、これを首からかけると自分の背丈では膝のあたりまで花が下がりそうだ。


腰に二重三重にして巻くタイプのものだろうか?しかし、身に着けておきながらもやはりこんなものを持っていた覚えがない。

そんな瀟洒な、というより装身具自体、花祭りで幼馴染と交換した紙で作った花輪くらいしか持っていない自分だ。しかも、それすら身に着けずに引き出しの肥やしと眠っているというのに。

さらに年頃の娘としての自覚をこんなところで問われて消沈するまもなく、自分が帯剣していることにも気が付いて悲鳴をあげてしまう。


「ぎゃっ剣!?なんでこんな……」


自分はしがない村娘だ。剣など、事件の香りしか感じない。

騎士様の持つようなこんな立派なものを、何で我が物顔で腰に佩いているのか?


さらに混乱は深まるばかりだ。


「私、こんなに声、低くない……」


確かに、最近村では雪が猛威を振るっていた。自分は喉が弱く、隊長が崩れる時は必ず喉が腫れる。

屋外で眠った所為で風邪を引いたのだろうか?

けれどここは寒くないし、雪など振ってはいないし、

風邪を引いたとして、痛みがないのだが……と、何気なく喉に触れる。


「えっ!?」


やはり野太い声だ。そして、いつも腫れる箇所が、硬い。

瘤が出来ているようだ。全く痛みはないが、それだけに不気味である。

思わず唾を飲むと、その瘤も上下する。


「え、なに、なんなの!?」


とうとう混乱は極まる。どこに行く当てもないのに立ち上がって、視界が高いという違和感に気付き、

いつもより早く距離を歩く足の長さに気付き、腰まで伸ばしていたひそかな自慢である黒髪が項を覆っておらず風に曝されていることを悪寒と間違えたまま、花畑に胴から倒れこんだ。

痛いはずなのに、痛くない。皮膚が固いのか?それとも、この肩当や胴鎧のおかげ?

いいや、勝手に動いて受け身らしきものを取った腕の功績も大きかろう。


わけがわからない。解らないがとにかく、何らかの面倒が己の身に起きていることくらいは理解できる。


混濁する記憶を整理しなければならない。


煩い鼓動を鎮めるため心臓に手を当てたその小指に無骨な銀のリング(水仕事の多い自分だ、勿論はめた記憶も習慣も相手もいない)が嵌っていることに最早泣きそうになりながらも、

リサは、記憶を失う前のことを思い出そうと、懸命に目を閉じた……。



10-------------------------------------------------------



リサは細い路地裏を歩いていた。

まだ夕闇の時刻だというのに明かりがなく左右が建築物の壁であるために辺りは一足早い夜が訪れたように思える。それが何ともなく不気味だった。


「急いでるからって、近道するんじゃなかったかしら」


どうせ家に帰っても居候と料理を食べるだけだったが、防寒着の足りないこの外出も無駄ではなかった筈。

主食には量が足りずデザートや添え物に使われることが多いヨーリルフの実2つの為にあたたかな家を離れるのは断腸の思いだったが、致し方ない。

私の作るララグルエのパルルーレは何度食べても飽きないという逸品だが、

あの料理はたくさんの具材をたっぷり使うので味が濃くなりがちなのだ。

口直しがあるのとないのとでは全く違う。

しかも今回は最近転がり込んできた得体のしれない居候が実は食べる量を遠慮していたという事実に憤るあまり、調味料も大盤振る舞いしてしまった。

それでもおいしく作れる私の才能に恐れ慄き遠慮など出来ない位におなか一杯にしてくれる。

此方が(主に胃と美容の為に)遠慮して、無駄に気の利く彼が食べないなんてことになれば二日分の食料消費の意味がない。今日ばかりはダイエットのことを忘れて私も暴食に励まねばならないのだ。

ヨーリルフには消化を助ける働きもある。

そういった事情から、主に自分の健やかな食の謳歌の為に、今日の夕餉にヨーリルフは必須であった。


主食の風味の豊かさに舌鼓を打ちつつ、適宜ひんやり且つあっさりとしたヨーリルフを含み舌を落ち着かせる→それによりパルルーレを常に新鮮な心地ままおいしく食べられるという寸法だったのだが、

そんな名脇役が我が家の食卓から姿を消していたのは全くの計算外のことである。

さすが名脇役、退場もひっそりと慎ましいものであった。

私は飛び出した。体に残る暖房を守るように素早く、防寒着を着る手間も惜しみ、逃げ足とセールで培った健脚を惜しみなく発揮した。

ごちそうさまと言う言葉、まだ硬い表情のなかにも満足げに和らぐ目元。

あの時間を得るためなら寒い冬の道もすぐに暗くなる道もなんのその、である。

事情は詳しく聞いていないが、慣れない場所で暮らすのは気が張るだろう。

せめて食くらいは安らいでいるべきなのだから。


料理には一切の妥協をしないという姉の持論を間近で見て育ったからか、

自分もいつのまにかその志を受け継いでいたようだった。


が、いかんせん夕食時だ。寒さに備えて買い溜めをする客達が多く、時間がかかりすぎた感がある。

急いで戻らなくては、あの奇妙だが妙に愛嬌のある居候が待ち疲れて番を任せた鍋の前で立ったまま寝てしまう。


そう思い、軽い気持ちで路地裏に入った。

ここ十数年でぐんと増えた建築物は普段障害でしかないが、その隙間をくぐればよいショートカットになる。

が、先ほどまで橙色の夕日が眩しいくらいだったのに今は薄闇に包まれた細い道からは一層の寒気と怖気、それから非日常を感じさせるではないか?


「うーん、なんだか嫌な感じ…」


この前に聞いた話にこんなシチュエーションがあった気がする。




靡く髪も美しく、夕闇を駆ける美少女が路地裏を進んでいく。手には買い物袋。急がなくてはと上気する頬は赤く、吐く息は白い。

ふと辺りを見渡すと、己が細く暗い道を一人で歩いているということを思い知らされる。

俄かに寒さを感じ、足を速める。

家まではすぐだ。ここは近道なのだから、早く通り抜けてしまおう。

そう言い聞かせて、鼓動は足を速めているからと言い聞かせて、言い聞かせて、言い聞かせても。



足音が、聞こえる。


  

己の鼓動の音だと言い聞かせることが出来ないほどに、一拍おいて、確かな誰かの足音が。

否、それは私の方へ距離を詰めている。足音が、近づいている。

とうとう言い聞かせることが出来なくなり、娘は買い物袋からこぼれるものにも頓着せず全速力で駆け出した!

腕を振る。足をめちゃめちゃに動かす。鼓動が跳ねる。それでも、だめだ、ついてくる!

涙が出そうだ。どうしてこうなった?怖くて後ろを振り返ることも出来ない。

ああ、家はもうすぐなのに。屋根の色が見えているのに!

足音が重なりかける。迫る何かが手を伸ばして――――――

    


「リサ」


「きゃああああああああああああああ!?!?!?!?」


ヨーリルフの実が路地裏の汚れた地面に転がっていく。

それを拾う手は、…無かった。



60-------------------------------------------------------



「本当にいいのか」


彼のその声は確認というより引き止める響きを持っているように聞こえたのは願望だろうか。

弱さなど要らぬ、と一層表情を引き締めた。

記憶を失って誰も通らないような路地の裏で野垂れ死にかけていた私を拾ってくれたご主人様。

言葉も、文化も、生き方も、生活の仕方も、全部全部、彼が教えて鍛えてくれた。

そして共に戦うことを決めてから、弱さなど犬の餌にしてやったんだから。

死ぬ瞬間まで、強くいてやる。1丁の銃でいるのだ。

それが私の生き延びた意味なのだと、私は信じている。


「勿論。私の強運、知ってるでしょう?」


強気な笑顔に見えていればいい。私は手が震えないように愛銃のグリップを握る。


男はそれをちらりと見て、小さく息を吐く。何よ、見ないふりをしてくれてもいいじゃない。

でも、その息が白く色づいている。ああ、もうそんな季節なのか。

彼が私を見つけた季節。はじめてもらったプレゼントは手袋。暖かかった。

サイズが合わなくなった今も、私はそれを大事にしまいこんでいると知ったら笑われるだろうか。

もう糸を解いて、飾り紐にでもして、腰に巻いてしまおうか。


「リサ」


名前を呼ぶのは卑怯だ。常はナンバーで呼んでいたくせに。

時折そんな風にするから、周りは私たちを養父とその養い子ではなく兄妹だの夫婦だのと囃すのだ。

思い出したら口が歪みそうになって、ため息で逃がす。

卑怯には卑怯で返すべし、だ。私は呼びかけに答えず背を向けて、それでもひらりと手を振った。


「大丈夫大丈夫。ボス、あなたの犬は優秀ですよ」


ボスが何かを言っている。お前は犬ではないとかいつから望みを言わなくなったとか、そういうこと。

ああ、扉の蝶番の油を昨日差さなくてよかった。声が聞こえないくらい、ぎい、と鳴る。

ボスの言葉が終わらないうちに退室することを彼は許してくれているのがさいわいだった。

慣れた逃げ方だから、常ならば命令違反だと緊張しないで済む。

ほんと、臆病な性根って、死にかけたって直らないのね。


「愛してるわ、私のご主人様」


私にしては上等な言葉。


聞こえただろうか?聞こえてほしかった?


この部屋を出るとき、私はいつもこれが最後だと思いながら彼の表情を焼き付けたものだが、今回はそれをしなかった。


その表情はもしかしたら、いつもの無表情では、なかったのかもしれないけれど。


泣かないように見上げた空、雪は一層激しさを増していた。



90-------------------------------------------------------





違和感はいくつあったでしょうか?

次で答え合わせです。



ナツ様主催「共通プロローグ企画」飛び入り提出作品。

締切三日前に企画を知り二日掛けて練ったプロットに行き詰まり

息抜きで書き始めたこれだけが完成。失われるしかない。


この話じゃ伝わりそうにないのでダイレクトアタック。


素敵な企画の主催に心から敬意を。


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