表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

避難警報

 エリオットが自動車を運転することが出来たので、彼とユージン、それからペネロペの三人は、十分程で隣町へと入った。

 コンチェッタの街は、旅人の為の宿屋がとても多いとされている。

産業化によって周囲の町が劇的に変わっていく中でもかつての姿を多く残しており、昔と変わらない自然や伝統的な街並みがあちこちに見られる。

エリオットは、やや慣れない手つきでハンドルを握りながら、ペネロペに時間崩壊の予言についての説明をした。

 彼女は魔人弾圧と言う事件があったこと自体は知っていたが、予言についての知識は全くなかった。

 一通り予言について話すと、ペネロペはいよいよ事の大きさに気づいたようだった。

セントホルネの時間崩壊は現実味を増していっている。

 目的地に近づいてくると、エリオットはこれからいくという知人についての紹介を始めた。

「アイビーは国内でも珍しい飛行機技師をしているんだ。以前セントホルネで学んでいたことがあって、その頃知り合ったんだよ。以来、五年以上の付き合いだ。」

 セントホルネはともかく、コンチェッタにはまだあまり自動車は普及していない。

 街中でないところを通っているので人を轢くことはないが、道はあまり舗装されておらず、車体がかなり揺れていた。

「この揺れ、もうちょっとどうにかならないの?」

予言の話をしてからはしばらく黙っていたペネロペだったが、そろそろ退屈になってきたのか、不機嫌そうな様子である。

彼女の言葉に、エリオットは口をとがらせた。

「あんまり文句を言うなよ、歩いて行くよりよっぽど早いんだから大人しくしてろ。」

 ユージンがペネロペをそっと咎めた。

最初は、三人の中でも一番沈んでいたユージンも、ペネロペと同じく時間が経つにつれて少しずつ元気を取り戻していた。

「だって・・・。」

 ペネロペがむすっとした様子で外の景色を見る。

建物も何もない殺風景な原っぱが続いている。

 ユージンは、ふと先ほどの飛行機技師の話が気になり、エリオットに問いかけた。

「・・・なぁ、エリオット。さっき飛行機技師と言ったが、アイビーって女の名前じゃないのか?女だとしたら相当タフだぞ。あんな骨が折れることが出来るなんて。」

「普通に女だよ。さすがに一人でやってるわけじゃないけど。・・・と言うか、君ももしかして飛行機を作ったことがあるの?」

 前を真っ直ぐ見つめたままエリオットが言う。

ユージンは、苦笑気味にため息をついた。

「作ったことがあるも何も・・・俺がここにいるのは自作飛行機で事故を起こしたからだよ。」

「事故!?」

 エリオットがユージンの方を見る。

ユージンは、小さく「前を見ろ。」と言って前方を指さした。

エリオットは微妙な顔をしながら彼の言うとおり静かに前を向いた。

「事故って、まさか時計台に突っ込んだとかじゃないだろうね。」

「ご名答。」

「とんでもない奴だな。」

 エリオットの顔が引きつる。

「まさか冗談だろう?時計台に突っ込んだなんて全然わからなかったけど。・・・そうなの?ペネロペさん。」

 ペネロペは外を見つめたまま、つまらなそうに口を開いた。

「そうよ。その時、トリクシーと一緒に外に出て来たわ。」

 エリオットは口角を若干下げて、ハンドルに前のめりになった。

「僕が思ってたより、事態は深刻らしいね。」

「今更他人のふりなんてするなよ。」

 ユージンが冗談っぽく脅すと、エリオットは前のめりになったまま苦笑した。

「分かってるよ。でも、凄いね。よく無傷だったもんだ。」

「無傷なわけあるか。軽傷だけど、今だってあちこち痛いよ。」

「え、動いて平気なの?」

「駄目だったらもう遅いな。多分大丈夫だと思うが。」

 命にかかわるような怪我ではない。

確信はないが、特に問題はないだろうと勝手に見込んでいた。

「事が落ち着いたら一度診てもらった方がいいかもね。・・・いつ帰れるか微妙だけど。」

エリオットはそう言って、小さくため息をついた。

「アイビーの家はもうすぐだ。ほら、見えてきた。」

 丘の上に、ぽつんと無機質な工房が見える。

その横には、小さい木の家があり、そこが自宅になっているようだった。

「街中から少し離れてるのね。色々不便そうだわ。」

 ペネロペが不思議そうに言う。

「街中じゃ危なくて工房なんて持てないんだろ。」

「多分そういうことだね。」

 言いながら、エリオットは適当なところに車を止めた。

「さ、着いたよ。降りて。」

外にアイビーの姿はない。

バルタザールから彼女に連絡は入ってるのだろうか。

 仮に入ってなくても追い返されはしないだろうが・・・。

エリオットは久々の彼女との対面に緊張していた。


 工房の方はシャッターが閉まっていたので、自宅の方の呼び鈴を鳴らした。

この家に住んでいるのはアイビーのみであるが、さすがにいつも一人で作業しているわけではなく、週に何回かは仲間が来て共に仕事をしているようである。

 少しすると、中からバタバタと人が走る音がして、ほどなくして、例の彼女が戸を開けた。

「いらっしゃい。こんな格好で悪いね、着替える時間が無かったんだ。」

 アイビーは、深緑色の作業服に身を包み、黒い長靴を履いていた。

「久しぶりだね、アイビー。その、父さんから話は聞いてる?」

「ついさっき連絡があった。でも、思ったより早く来たから驚いたよ。」

「自動車を使ったからね。」

「なるほど。」

ペネロペやエリオットよりも目線が高い、スタイルの良い女性だった。

肩ほどまである真っ直ぐな黒髪を高い位置で結んでいる。

「父さんから話を聞いてるってことは、話が早いね。彼はユージン、こっちはペネロペだ。」

 アイビーは頷いた。

「中に入りな。」

 アイビーの自宅はかなり簡素で、あまり家具などは置いてなかった。

代わりに、依頼か何かの手紙が机に散らばっていたり、工具がその辺に置いてあったりした。

女性らしくない部屋であるが、それが彼女らしさでもあった。

「これ置いてくるから、皆座って待ってて。」

 アイビーは机に乗っていた書類を抱えた。

 エリオットが「分かった。」と返事をすると、アイビーはすぐに階段を上がって二階へと向かっていった。

「さすが、力仕事に慣れてそうだな。」

階段を駆け上がるアイビーの後ろ姿を見上げながらユージンが言う。

女性にしては、シルエットが少々がっしりして見えた。

「敵に回すと怖いよ、彼女は。」

 エリオットは苦笑しながら椅子を引いた。

「言い合いよりも先に殴り合いになるからね。」

 彼につられるように、ユージンとペネロペも椅子に座った。

「エリオットって喧嘩するの?」

 ペネロペが疑問に思って聞く。

エリオットのような人が女性と喧嘩になるようなことあるのだろうか。

「アイビーとはないよ。」

「他の人とはあるのね・・・あ、いや、そうじゃなくて。ならなんでそんな、彼女の喧嘩が殴り合いなんて分かるのよ。」

「アイビー、お兄さんと仲が悪いんだよ。」

 エリオットは机の上で手を組んだ。

「もう随分昔の事だけどね。凄まじいよ、お互い殴る蹴るの大騒ぎになるし。」

「ふーん・・・。」

 ペネロペは肘をつくようにして部屋を見渡した。

 壁に少し写真が貼ってあるのだが、見事に兄と思われる人間だけ映っていない。

余程、嫌いらしかった。

「今はほぼ絶縁状態らしいよ。あ、この話はアイビーには言わないでね。思い出して機嫌悪くなるから。」

 エリオットがそう言った時、アイビーが何事も無い様子で二階から戻ってきた。

「はいはい、待たせてごめんね。」

それを見て、エリオットもペネロペも、すぐに口を閉じた。

「さて、ある程度事情は把握してる、セントホルネは今大変らしいね。私の名前はアイビーだ。気軽に呼び捨てしてくれて構わない。」

 そう言って、アイビーは、棚に積み重なっているメモ紙を一枚とった。

そして、エリオットの隣、空いていた椅子に腰かけた。

「えっと、ユージンだっけ。呼び方、ジーンでいいかな。バルタザールさんからは聞いてるよ。」

 アイビーは正面にいるユージンの顔を覗き込んだ。

「理由は知らないけど、追われてるらしいじゃないか。」

彼女の言葉を聞く限り、エリオットの立てた推測は正解らしかった。

「・・・そうみたいだな。実感はないが。」

アイビーは、机の中心に置いてあったペン立てから鉛筆を出した。

彼女は、適当にセントホルネ、コンチェッタの地図を描き始めた。

「そっちの女の子・・・ペネロペちゃんは付き添い?」

「まぁ・・・。」

 ペネロペはやや曖昧に返事をした。

成り行きで着てしまった感じなので、付き添いと言っていいのか微妙なところだった。

「彼女には、僕が来てってお願いしたんだ。」

そう言ったのはエリオットだ。

「今回の事について、色々知ってるみたいだし、協力してもらおうと思ったんだ。その方が心強いと思って。」

「まぁ、人数は多い方が良いからね。じゃ、彼女の事はペニーとでも呼んでおこうか。」

 言いながら、アイビーは簡単な地図を一通り描き上げると、コンチェッタ東あたりに鉛筆の切っ先を向けた。

「さてと、いい?ここが現在地だ。見て分かるように、家からセントホルネまでは、そう遠く離れた場所じゃない。」

三人が、アイビーの手元を覗き込む。

 彼女は、再び地図に鉛筆を走らせた。

「セントホルネで時計がおかしくなる現象が起きた根源って言うのが、この辺り。つまり役場周辺だ。」

 セントホルネ中央にバツ印が入る。

「エリオットはともかく・・・ジーンたちは時間崩壊の予言って知ってるの?」

 アイビーが言うと、ユージンとペネロペは頷いた。

「俺もペネロペも、エリオットから聞いたよ。」

「やっぱり?まぁ、私もなんだけど。」

 アイビーが笑うと、エリオットが少し顔をしかめた。

「・・・なんだよ、僕がお喋りみたいじゃないか。」

「そうは言ってないだろ。」

 アイビーは半笑いのまま、一度地図から目を離した。

「それでだ、今回の現象を仮に時間崩壊と呼ぶとして。私が言いたいことは、この時間崩壊は着実に範囲を広げてるってことだ。何かあれば、もっと西に逃げなくちゃいけない。・・・どこまで広がって行くか分からないけど。まぁ、これが弾圧の報いなわけさ。」

 ペネロペが、スカートのすそを握り締める。

「私、そんなの嫌よ・・・何とかする方法はないの?」

 ペネロペが、三人の顔を見回した。

彼女の言葉に皆、微妙な顔をすることしか出来なかった。

「ないから困ってるんだ。」

 少しして、エリオットが冷たく返した。

「遠くから来た君には分からないだろう。だからそんなこと言えるんだ。」

 エリオットは、ペネロペがどこの生まれか知らなかったが、その容姿から、この辺りの人間でないことだけは推測出来た。

 ペネロペはエリオットの言葉に少々かちんとして、怒りをを隠すようにして俯いた。

「・・・そっちがそう言うなら、私だって言わせてもらうわよ・・・。逆に、その遠くから来た人間にはあなた達の戸惑いがおかしくて見えて仕方がないわ。」

「僕達が滑稽だって言うのかい?だとしたら、君は―――。」

「やめな。」

 アイビーが二人の不穏な空気に口を挟んだ。すぐにその場が静かになる。

「こんなところで言い合っても、出来ることは何もないよ。セントホルネからの連絡を待つんだ。私からの話は以上。」

 アイビーはそう言うと、椅子から立ち上がった。

「ジーンとペニーは連絡が来るまでそこにいて。エリオット、こっちにきな。」

 彼女に言われ、エリオットはしぶしぶ彼女の後に続いていった。

二人が奥の部屋に消えると、再びその場が静寂に包まれる。

ペネロペは下を向いたままだ。

 ユージンはこのまま黙っていた方が良いのか、それとも何か話を振った方が良いのか悶々としていた。

 そういえば、エリオットはペネロペが時計台管理人の弟子であることを知っているのだろうか。

ただ、セントホルネに居合わせた外国人か何かだと思っているのだとしたら、あの場で訂正を入れた方が良かったのかもしれないと後悔した。

ペネロペはペネロペなりに頑張っている。

 ふと、彼女の体が少しだけ震えているのに気付いた。

ユージンはため息をついた。

「・・・なにも泣くことないだろ。」

「うるさい。」

 エリオットの“遠くから来た”という発言には、少なからず差別的な意味が感じられた。

 意図したことではないかもしれないが、彼女を傷つけるには十分すぎる言葉だった。

「・・・あいつも、上手く事が進まなくて余裕が無くなってるんだ。悪気があったわけじゃない。」

「言われなくたって分かってるわよ。私もちょっと出しゃばりすぎたの。おあいこだわ。」

 ペネロペは目を赤くしたまま、顔をあげて隣にいるユージンの方を見た。

 消え入りそうな彼女の声に、ユージンは少し心が痛んだ。

「皆、今を生きるのに必死なんだよ。俺だってそうだし、多分あんたも。」

「・・・そうね。」

 ペネロペは涙を手で拭った。

「必死だから、皆ぶつかるんだわ・・・。」

ペネロペは変わらず彼の目をじっと見ていた。

 ユージンは軽く椅子を引いて、ペネロペの方に体を向けた。

「その・・・何と言うか。俺たちは、ずっと平和に生きることなんて出来ないんだよ。国や街だって、人間が戦って血を流した上に成り立っているんだし。」

 そこまで言うと、ユージンは、窓の方を見た。

丘の上にある家から見える景色は、緑の短い草原と、遠くに見える森林。

遠くに少しだけ見える街の風景。

 穏やかで、静かな景色だった。

「争いは避けられない。小さな諍いは、やがて紛争や戦争となって、築き上げたものを破壊するんだ。・・・誰か一人の力で止められることじゃない。バルタザールさんが、魔人の弾圧を止められなかったみたいに。」

「・・・でも・・・もし、その破壊されたものの中に、たった一人生き残ってしまった人がいたら、私は彼や彼女を守ってあげたいと思うわ。」

 ペネロペは外を見ていたユージンの頬に触れ、自分の方へと向けた。

「ねぇ、ユージン。誰かを助けるって、そんなに大変なことなの?」

 ペネロペが、ユージンのすぐ近くにいる。

正直、恥ずかしいくらいの距離だった。

「それは・・・。」

「私、違うと思うわ。どんなに難しい状況でも、一つや二つ出来ることはあるはずよ。」

彼女には敵わない、と思った。

色々考えていた自分が、何だか馬鹿らしく思えてきた。

「ペネロペ。近い。」

 ユージンがやや目を逸らしながら言うと、ペネロペは小さく笑みを浮かべた。

「あなたってつくづく鈍いのね。」

 そして、ほんの少し、身を乗り出した。



 オズワルドがセントホルネ内を走っている。

人通りはもうほとんどなかった。

皆、この騒ぎで避難してしまっているのだ。

 汗だくになりながら通りを駆け抜ける彼の手には、黒のインク瓶が握られていた。

見たところ、なんてことない、ただのインクである。

だが、彼はそれをとても大切に抱えていた。

「警備隊か・・・。」

 彼が向かっているのはセントホルネ大時計台だった。

しかし、目的地に近づいてくると、次第に周囲に人が増えていった。

決して足を止めることなく、彼は横道へと逸れた。

少々遠回りになるが、こんなところで邪魔をされては大変である。

 上を見上げれば、時計台はすぐそこに見える。

 その時、オズワルドの前に、一人の男が飛び出してきた。

「危な・・・っ!」

オズワルドは、男に驚いて自身の足にブレーキをかけた。

 あまりに急だったので、オズワルドは思わずよろけてしまい、体勢を崩した。

持っていた瓶がカランと音を立てて落ちた。

「すみません!大丈夫ですか!?」

 飛び出してきたのはバルタザールだった。

石畳の上に転がったオズワルドに手を貸す。

「申し訳ありません、急いでいたものですから・・・。お怪我は?」

 オズワルドは痛みに少しだけ顔をしかめて、バルタザールの手を取った。

「てて・・・大丈夫だ。こっちこそ、急に悪かった。」

 オズワルドは立ち上がって、服に着いた土埃を払った。

そして、自分の手にインク瓶が握られていないことに気づく。

「あれ!?」

「お探しの物はこれですか?」

 バルタザールが落ちた瓶を拾った。

「良かった、割れてはいませんね。どうぞ。」

「あ、ありがとう・・・。」

 オズワルドは、彼から瓶を受け取った。

「ここは危ないので、早く避難してください。もう少し大きな通りに出れば、誘導をしている警備員がいますから、彼らの指示に従えば街を出られます。」

 バルタザールがやや早口にそう説明する。

彼は、オズワルドのことをセントホルネに住む一般の人間だと思ったのだ。

 一方、オズワルドは、バルタザールの顔に覚えがあった。

「バルタザール・・・。」

「・・・はい?なんでしょう。」

 やはりそうだ、とオズワルドは思う。

「なんでもない。早くここから出るとするよ。忠告ありがとう。」

オズワルドは、そう言うと再び走り出した。

「あ、待ってください!」

 バルタザールが呼び止めた時には、もうオズワルドの姿は遠くにあった。

 オズワルドが向かっていった方が時計台の方だったので、バルタザールは彼に詳しく道を教えればよかったと思った。

 時計台側に回ってしまうと、通りに出るまで距離がある。

「まぁ、時計台方面からでもいけなくはないでしょう・・・。」

 対するバルタザールも、オズワルドと同じく時計台の方向へと向かっている途中だった。

シャーロットや周囲の話では、時間崩壊が始まった中心点は、ちょうど時計台のあたりなのだそうだ。

 バルタザールはその様子を確認するべく、先を急いでいた。

 彼が時計台へ行くと言い出した時、シャーロットは自分も行くと言って聞かなかった。

弾圧派が何かを企んでいる可能性がある以上、バルタザールが一人になるのは危険だったのである。

 しかし、バルタザールは、役場から時計台までは然程の距離ではないからと言って、彼女を現場に残した。

「早く戻らないとシャーロットが心配しますね・・・。僕も急がなければ。」

 バルタザールは、オズワルドが行った道をたどるようにして、彼に遅れて時計台へと向かっていった。


 時計台前は、バルタザールが思っていたよりも殺伐とし、禍々しい雰囲気を放っていた。

 弾圧派の暴動に対応するため、重そうな装備をした警備隊があちこちを歩き回っている。

 時計台の前の少し開けた場所で、ワルターが険しい顔をして上を見上げていた。

「もう、駄目かもしれんな。」

時計台の内部は完全におかしくなっている。

 突如、訳の分からない時間に鐘がなり、以降大時計台は狂いを止めなかった。

「ワ、ワルター!まだ逃げてなかったのですか!」

 バルタザールが小走りで時計台前までやってきた。

まさか、まだワルターが残っているとは思わなかったので、かなり驚いた様子だった。

「避難命令が出ているのに。まさか、ペネロペさんもまだ近くにいるんですか?」

「いや。あいつは野郎を探して逃げると言って随分前にここを飛び出したよ。もう街は出てるだろうな。」

「野郎って・・・あ、ユージンさんと?」

「あぁ。」

 バルタザールは肩を撫でおろした。

「なら、エリオットとも合流してる確立が高いですね。今頃キニアスさんのところにいるでしょう。」

「お前さんとこのと一緒か。そりゃ頼もしいね。(あたし)は、ここで何かできることがあればと思って残っていたが・・・その様子じゃ、お前さんの方も何も分からず仕舞いみたいだな。」

 言いながら、ワルターは再び上を見上げた。

「時計台を見に来たのか?」

「・・・はい。どうやら、今回の騒ぎの中心がこの辺りのようなので・・・間合いを見て来てみました。ワルターは、この辺りで何か、不審なものを見ていたりしませんか?原因になりそうなものとか・・・。」

 バルタザールは駄目でもともとでワルターにそう聞いてみた。

あれば、とっくに報告が来ているだろうが、一応だ。

「今のところはないね。・・・だが。」

 ワルターは目線を時計台入口へと移した。

「時計台内部を一度確認しても良いかもな。」

 バルタザールは頷いた。

「あなたがそう言うなら。何か分かるかも知れません。」

 瞬間、バルタザールの背後を一人の青年が掠めた。

 彼は、身を低くし、自身の手の中で小さなピンを引き抜いた。

その速さに、ワルターとバルタザールが思わず振り返る。

 一瞬、表情の無い青年の顔が見えた。

ワルターは、彼に見覚えがあった。

一昨日見た、ダンカンと共にいたあの男―――。

「いけない!逃げて!」

 バルタザールが叫んだ。

エイベルは、彼の言葉を振り切るように迷わず時計台の方に走って行く。

バルタザールの一声で、ワルター他、近くにいた警備員たちも一斉に時計台から離れた。

 エイベルは、思い切り右手を振り上げると時計台入口へと爆薬を投げこんた。

しかし、彼はその後すぐ逃げることなく、そのまま時計台内へと突っ込んでいく。

「あの若造、死ぬつもりか!?」

 時計台から離れながらワルターが言う。

「ワルター、彼を知っているのですか!?」

「ダンカンの連れだ!」

間もなく、辺りにけたたましい爆発音が響いた。



「なんてことを・・・!!」

 オズワルドが憤りに声を震わせてをそう言う。

時計台の入口には噴煙があがり、見事に崩れてしまっている。

 彼は、ぐっと歯を食いしばると身を翻した。



「本当馬鹿な奴。」

 アイビーが声を低くして言う。

「あんたね、もうちょっと他の言い方なかったの?」

「・・・あったと思う。」

 アイビーとエリオットは、二階の設計部屋にいた。

一階リビングスペースにあった書類を移動させたのはこの場所である。

下と変わらずインテリア的なものはほとんどないが、かなり散らかっている為、生活感だけは溢れている部屋だった。

 アイビーは壁に寄りかかりながら、軽く手足を組んでいた。

「説教なんてしたかないけど、あんな言い方してたら周りに嫌われるよ。戻ったら、ちゃんとペニーに謝んなさい。」

 少し間を開けて、彼女の前で棒立ちしているエリオットが頷いた。

「そうする。・・・僕も言い過ぎた。」

 アイビーが目を閉じて大きく息を吐いた。

「全く、あんたみたいなのは変なところで損するんだから。」

「ごめん。」

 エリオットがアイビーに対して頭が上がらないのは会った頃から変わっていない。

ぶっきらぼうだが、なんだかんだ言って面倒見のいいアイビーは、幾度となくエリオットを叱咤し、弟のように慕ってきたのだ。

「・・・それで、折角二人になったから聞くけど。ジーンは何で追われてるんだ?まさか犯罪者とかじゃないだろうね、あんな真面目そうななりして。」

「まさか。この混乱で誤解を解く暇がなかっただけで・・・彼は勘違いされてるだけ。」

「はー納得。いい迷惑だね。」

アイビーが文字通り迷惑そうにそう言うと、突然下の階から小さくリーン、リーンと電話の呼び鈴がなった。

「あ、鳴ってるっぽいな。」

 アイビーは勢いをつけて、壁から跳ね上がった。

「解決の連絡だといいんだけどね。」

 彼女は扉を乱暴気味に開けると、それを閉めもせずに階段を駆け下りて行った。

開け放たれたままの扉は、後からエリオットが面倒臭そうに閉めた。


 アイビーが一階へ降りると、電話の設置されている方を向いて固まっているユージンとペネロペの姿があった。

 突然ベルがなったので驚いたらしかった。

何もそれくらいで・・・と思ったが、とりあえずスルーして電話をとった。

「はい、キニアスです。」

『・・・かっ・・・たいへ・・・・で・・・』

「え?もしもし?」

 ジジ、ガッと言う雑音が何度も入り、声が聞き取れない。

かろうじて、女性の声と言うのはわかった。

 エリオットがゆっくりと階段を降りてきた。

「アイビー、大丈夫?」

「多分セントホルネからだ。よく聞こえないんだけど、相当やばいっぽいね。」

 アイビーが再び受話器に耳を当てる。

『・・・が、・・・と・・・爆破されました!』

雑音が消えた。

「繋がった!」

待っていたとばかりにアイビーは受話器を強く掴んだ。

「爆破したって、何が!」

『時計台入口です!内部に何か仕掛けがある可能性があります!上からの確認を要請できないでしょうか!』

相手は一般のセントホルネ女性町議員あるようだった。

時計台と言う単語から、やはり向こうからの連絡である。

「まさか、飛べって?私は製造修理が専門だ!」

『どきな!』

 アイビーが言ったところで、電話の声が男のものにかわった。

『おい、ユージンという奴はいるか!いたらかわってくれ!』

 アイビーは、声の主が変わって一瞬戸惑ったが、すぐにユージンを手招きした。

「あんたが出ろって。」

 ユージンは、椅子から立ち上がると、すぐにアイビーから受話器を受け取る。

「もしもし、かわりましたが・・・。」

(あたし)だ!学者のガキとペネロペも一緒だろうな!』

「ワルターさん!」

 その声は、ワルターのものだった。

ユージンの声を聴き、机で呆然としていたペネロペが我に返った。

 電話は相変わらず雑音が混じり、とぎれとぎれであったが、なんとか会話が出来るレベルを保っていた。

『いいか、よく聞け!時計台正面入り口を弾圧派が爆破し、現在出入りが出来ん状態だ!時計が馬鹿になり始めた中心点はおそらく時計台!上に必ず、原因の物がある!だが、さっきも言ったように下から中には入ることが出来ない!』

 ワルターの声はいつになく必死で感情のこもったものだった。

『お前さん確か飛行機乗りだろう!しかも、今いるところは飛行機製造の工房だ!潜入はしなくていい、せめて上空から様子を確認することは叶わんか!』

「俺が?」

『無理は承知だ、危険を伴う可能性もある!断っても怒りゃしない。』

 ユージンは、すぐに返答を出すことが出来なかった。

よぎったのは、セントホルネ周辺の気流が読みにくいことや、周辺の天候のことなどではない。

 事故を起こした時の記憶。

一瞬でも死を覚悟した、乱気流に吞みこまれた瞬間が走馬灯のように駆け巡る。

 あの時、ユージンは頭が真っ白になりそうだった。

いくら立て直そうとしても、機体は言う事を聞かなかった。

 雲の中で、一瞬雷が光るのを見た。大きな衝撃の後、思わず目を閉じた。

「・・・・・・。」

 長い長い沈黙が続く。

電話の向こうから聞こえる雑音だけが、無機質に響いていた。

「すみません。」

 答えるユージンの声は小さかった。

『なら、ペネロペたちとさらに遠くへ逃げるんだ。後は、(あたし)たちで何とかしてみせる。混乱の範囲はどんどんひろがっとる。急げ。』

「・・・分かりました。」

ワルターは、『じゃあ。』と言って、電話を切ろうとした。

 そう言えば、事故を起こし、意識を失って、最初に会ったのは誰だったか。

ユージンは、ふと頭の隅でそんなことを考えた。

意識が戻りかけた時、微かに見えた瓦礫の向こうからの光、彼女は自分を見て、子供なりの真剣な顔を浮かべて、そして言ってくれた。


“頑張って!絶対助けてあげるから!”


「待って!」

 ユージンが受話器に向かって叫んだ。

「やっぱり、やります!」

『・・・本気か?』

 正直なところ、自信はなかった。だが、ここで逃げてはいけないのだ。

自分ならやれる、そう一瞬でも思ったなら、可能性はあると思った。

 あまり信じたくなかったが、時間崩壊の中心が時計台と言うのは、少なからずトリクシーが関係あるはずだ。

 自分が動くことで、彼女の運命を変えられるかもしれないならば。

「今からそちらへ向かいます。」

『そうか。・・・頼りにしておるよ。』

 彼の言葉を最後に、回線は勝手に切れた。

ユージンは、受話器を電話機に戻した。

「あんた、まさか引き受けたのかい?」

 アイビーが少しだけ怖い顔で言った。

「言っとくけど、私、操縦は得意じゃないよ。出来なくはないけど、セントホルネ上空は素人には危な・・・。」

「俺がやる。」

 ユージンの目は本気だった。思わず、アイビーは彼から一歩下がった。

「半分独学だが、経験はある。やらせてくれ。」

「この国で飛行機乗りをしてるやつが何人いると思ってるんだ?」

 アイビーがあまりに深刻そうに聞くので、ユージンは少しだけおかしくなった。

「まだまだ飛行機の認知度は低いんだよ、一般人がそんなこと出来るはずがない。ジーン・・・お前、一体何者なんだ。」

「俺は、ただの機械工だよ。ただ、父さんが、若いころにパイロットをしていたことがあって。その誼で色々教えてもらえたんだ。」

 アイビーは、口を少しだけ開けたまま、動きを止めていた。

彼女は、本当にユージンが何者なのか分からなかった。

追われていると聞いて犯罪者かと思えばそうではないし、エリオットにさり気なく彼の正体を聞いてみても、誰かに勘違いされている、としか言わなかった。

おまけに飛行機が操縦できるだって?

「・・・何か証拠が出せたりする?飛行機を運転したことがあるって言うさ。じゃなきゃ、とてもじゃないが任せられない。」

「それなら。」

 ユージンは、机の横によけてあった鞄に目をやると、それに歩み寄った。

拾い、軽くアイビーの方に投げた。アイビーが慌ててキャッチする。

「中を見てみろ。」

 ユージンに言われて、彼女は彼の革製の鞄を開いた。

まず目に入ったのは、飛行帽とゴーグルだった。

「先日やらかしたばかりで少し不安だけどな。だが、もう同じ失敗はしない。」

「アイビー、ユージンさん、一体どういうことなの?」

 エリオットが戸惑いながら二人を見た。

「さっきから、何の話をしてるんだい?一体セントホルネからどんな連絡が入ったの?」

「時計台が破壊されたから、飛行機で上から見てほしいと言う要請だ。」

 ユージンが答えると、ペネロペが、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。

「時計台が破壊・・・!?」

 今にも悲鳴に変わりそうなほど掠れた高い声だった。

「ワルターさんは・・・。」

「このお願いをして来たのがワルターさんだよ。無事だ。」

「それで、君が行くのかい?・・・早死にするよ。」

 エリオットは、やや呆れた風に言う。

 その時、アイビーがゆっくりと二階に向かって歩き出した。

アイビーの起こしたアクションにつられるようにして、その場にいた三人が彼女の方を見た。

 アイビーは、ユージンの鞄を持ったまま、階段に足をかけた。

「レンタルはタダだが、壊したら弁償だからな。」

 吐き捨て、鍵を取りに二階へ上がった。

階段を上がりきってから、もう一度ユージンの鞄の中にあったゴーグルを見る。

 そこに書かれた、国家航空隊員の印。

地平線と、そこから昇る太陽と月が描かれていた。

 先ほど見た時は、あまりの衝撃に冷や汗が出そうになった。

「まさか、元空軍様の息子だったとはね・・・。」

 その素性に驚くのと同時に、段々と胸が高鳴る。

「最っ高じゃないか。」

 アイビーは、眉をしかめながら、にやりと笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ