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始まりの時計台

 オーエンからすべてを聞いたアイビーは、漠然とその場に立ち尽くすことしか出来なかった。

「偶然も偶然、俺とオズワルドの出会いは奇跡に近い。」

 オーエンはそう言うと、自分の下げていたペンダントを外す。

「こいつが、魔人に嫁いだ女の形見だったとはね。」

 まるで他人事のような言い方だった。

オーエンは、自分の飛行機に手をかけるようにして寄りかかった。

「時間崩壊・・・いや、磁力の乱れ、と言った方が正しいか。」

 視線を上げ、彼は遠くに見えるセントホルネの街を見た。

「何にせよ、呪いを解くには時計台内部に描かれた術式を破壊するしかない。だが、時計台入口は弾圧派によって木端微塵だ。お前なら、この状況をどう切り抜ける?」

「・・・破壊された瓦礫をどかせばいいだけの話だろ。」

 アイビーが低い声で言うと、オーエンは彼女を鼻で笑った。

「分かっていると思うが、現在時計台周辺はちょっとした騒ぎになっている。弾圧派がテロを起こした後だ、容易に近づけるか? トリクシーは魔人の血を直接引く生き残り。彼女の存在を公に晒す訳にはいかない。どうやって事情を説明する? 不審な真似をすれば俺達がブタ箱行きだぞ。」

「それは・・・・・・。」

 アイビーは言葉を詰まらせた。

ユージンたちは分かっていることであったが、彼女らは、バルタザールとワルターが今回の事件にかかわっていることを知らない。

 オーエンはいとも簡単にアイビーの言葉を封じてしまった。

「もうこの街は救えない。オズとはそう言う約束だった。」

「今、そいつはどこにいるんだ。」

「すぐ近くさ。お前のせいで不時着させられたが、本当は別の場所で会うはずだった。セントホルネで安全に着陸できるような場所なんざ一カ所しかない。」

 オーエンの言葉を聞くと、アイビーは北西を見上げた。

頭を掠めたのは、ユージンたちと打ち合わせしていた着陸予定地点。

「まさか十年伊達にパイロットをしていた訳じゃないでしょ。」

 言って、彼の方を見た。

「・・・あんたの言う通り、この街で飛行機が着陸できるところは限られてる。そこに例の男がいるってんなら、やることは一つだ。」

彼女はそう言って、自分の兄へと手を差し出した。

「ジーンたちを迎えに行くよ!」



爆破された時計台の入口、繋がらない無線。

突然現れた謎の飛行機、そして、それを撃ち落とした女。

「この街で何が起きているのでしょう。」

 ライフル銃を背負ったアイビーの後姿を見て、バルタザールが力なく呟いた。

 彼女は、なんだか危なっかしい動きをする敵方の飛行機を追って、

時計台を後にした。

「こりゃいい加減街を出た方が良さそうだな。」

 爆音を聞きつけた警備隊たちが続々と集まってきている。

ワルターは、時計台を何だか悲しそうな目で上を見上げた。

「なかなか気に入った仕事だったんだがね。」

「・・・ごめんなさい、僕が力ないばかりに・・・。」

その時、役場の方から二人の警備員とシャーロットがこちらへ走ってきた。

屈強な警備員に挟まれ、彼女は何だか小さく見える。

「大丈夫ですか、町長。」

シャーロットはバルタザールの傍まで駆け寄ると、警備員たちに時計台へ回るよう命令した。

 すぐに彼女の警護が外れる。

「ご無事で何よりです。お怪我は・・・。」

彼女が言うと、バルタザールは少し眉を寄せて時計台の方を見た。

「僕達の方にはありません。しかし、ダンカンの傍をうろついていたという若者が、爆発に飲まれました。とりあえずは自爆テロとみて間違いないでしょうね。」

「町長・・・もう、お逃げください。」

シャーロットは、バルタザールを見上げて、少し悲しそうに言った。

「弾圧派は、きっとあなたの命を狙っています。」

「・・・でしょうね。ですが、他の町議員や警備員たちを置いては・・・。」

 バルタザールが首を振ろうとした瞬間、ワルターがバルタザールを睨んだ。

「女の言う通りだ。お前が倒れたらこの街はいよいよ駄目になるぞ。」

「ワルター、僕は・・・。」

 バルタザールは何か言おうとして口を開いたが、すぐに閉じてしまった。

心配そうに自分を見るシャーロットやワルターを見て、己の無力さを痛感した。

「バルは私が連れて行く。シャーロット、お前がこいつに代わって指示を出せ。」

「ご協力感謝します。」

 シャーロットは軽く一礼すると、すぐに時計台の方へ走って行った。

バルタザールは、悔しそうに口を結んでいた。

「行くぞ。」

 ワルターは抑揚なくそう言って、バルタザールの腕を引っ張った。


 アイビーに置いて行かれたエリオットは、一人ぽつりと街の中心に取り残されてしまった。

 疲れてしまって何だか追いかける気にもなれず、とぼとぼと下を向きながら時計台の方へと歩いていた。

「アイビーの奴・・・。」

 そう呟いた時、前からワルターとバルタザールが早足でこちらに歩いてくるのが目に入った。

「・・・あれ・・・父さん?」

 バルタザールは、時折心配そうに後ろを振り返りながら、ワルターに手をひかれていた。

ふと、ワルターがこちらに気づく。

「あ、お前は・・・。」

 ワルターは、そう言ってバルタザールの手を強くひいた。

後ろを見ていたバルタザールがエリオットの方を向く。

目の前には逃がしたはずの自分の息子。

「エリオット!」

 バルタザールは、ワルターの手を振り払ってエリオットに駆け寄った。

「お前も来ていたのか、キニアスさんは先に行ってしまったよ。」

「知ってる。何か見つけたみたいだったけど、とろいから置いてかれちゃった。」

 エリオットが苦笑して言うと、ワルターがため息をついた。

「親子揃って運動音痴だな。」

「うるさいですよ、ワルター。」

「ねぇ父さん。こんなところにいていいの?」

 ワルターの言葉を気にすることなくエリオットが聞く。

バルタザールがすべき仕事は沢山あるだろうに、一体何をしているのだろうと思った。

 バルタザールは、申し訳なさそうにエリオットから視線を外した。

「弾圧派に殺される前にとりあえず逃げろ、と言われてしまって・・・。」

「そう・・・。」

「なに、今はこいつに代わってシャーロットが仕事を引き受けておる。そう心配せんとも大丈夫だ。」

 ワルターが励ますと、エリオットは頷いた。

「・・・そうですね。その為の助役ですから。」

「ああ、今はあの女を信じるしかない。それから・・・。」

 バルタザールが弾圧派に狙われているかもしれないと言うことは、勿論、その子供も危ないということになる。

「お前さんも街を出ろ。」

 ワルターがそう言うと、エリオットは少し悩んで、それから頷いた。

「・・・一緒に来たアイビーにも置いて行かれてしまった訳ですし・・・僕がここにいても、もう何の役にも立てないでしょうからね。」

 エリオットは、バルタザールとワルターと共にもう一度セントホルネから出ることを決めた。



「私は時計台へ侵入し、壁に描かれた時間崩壊の術式を壊そうとした。しかし、あと少しと言うところでその道は絶たれた。」

 オズワルドが、ようやく立ち上がった。

最初ユージンとペネロペの前に現れた時と同じように、トリクシーを大切そうに抱えている。

「トリクシーの足に輪っかがついてただろう。それが時間崩壊の合図になっていた。隠し部屋から彼女が外に出た瞬間、バンクルは急速に劣化を始める。その後はもう分かるだろう。」

「・・・俺のせいなんですか。」

 ユージンが小さく言うと、オズワルドは「どうかな。」と首を傾げた。

「一概には言い切れない。余計な術式を加えたディアンのせいかもしれないし、彼の勝手を許した私にも責任がある。もっと突き詰めてしまえば、トリクシーの管理役だったセルマ、弾圧という思想をジークガットに持ち込んだ人物。・・・要は誰のせいでもあるってことだ。運が悪かったんだよ。私は、別にお前を怒ったりしない。」

 辺りに生える短い草が僅かな風にそよぐ。

静かで、重い空気が流れる。

「お前たちも早くここから逃げるんだ。電子機器を壊してしまう程の強い磁気が体に良いはずがない。」

「待ってよ!」

 声をあげたのはペネロペだった。

「まだ方法はあるでしょう!セントホルネは最後まで魔人たちの味方をしていたのよ!」

「弾圧を止めることは出来なかったがね。」

 オズワルドの視線が冷たくなる。

彼は、アルティリークより何より、セントホルネを強く恨んでいた。

 弾圧反対だなんて、所詮は上っ面の言葉だけだったではないか。

セントホルネのバルタザールは所詮は汚名を被るのが嫌なだけの偽善者だった、そう思った。

 ペネロペは、オズワルドの目をしっかりと見た。

「この子の故郷をまた奪うつもりなの?」

 オズワルドの顔が、はっとなる。

ユージンは、彼の動揺を見逃さなかった。

「・・・もう少しだけ、考え直してはくれませんか。」

 ペネロペの言葉に更に付け加える。

「トリクシーは、この街が好きです。あなたやディアンが守りたかったのは、彼女の笑顔ではなかったのですか。」

オズワルドの頭によぎるのは、助けを求めて涙を流したディアンと、己の命を彼に捧げたセルマのこと。

 命の危機に怯えることなくのうのうと生きる奴らに一体何が分かると言うのだ。

気持ちを上手く言葉に出来ず苦心していると、突然、目の前のユージンとペネロペが目を見開いた。

 しかし、それに構わず、オズワルドは声を絞り出した。

「私は・・・もう、この街が、どうなろうが・・・。」

「もう止めないか。オズ。」

 声をかけたのはオーエンだった。

その斜め後ろにはアイビーが立っている。

「・・・オーエン!?お前・・・自分の飛行機は・・・。」

 振り返り、オズワルドが言う。

「妹にやられたよ。」

 オーエンが半笑いで背後に立つアイビーを指さした。

アイビーが無愛想にそっぽを向く。

「アイビー、どうしてあんたがここに・・・。」

「二人が心配で付いてきたんだよ。エリオットもいたけど、置いてきちゃった。多分バルタザールさんたちと合流してるよ。」

 ユージンとペネロペはやや状況が呑み込めていないようだった。

 アイビーは横を向いたまま呆れ気味にため息をついた。

「で、なんでこの馬鹿男といるかって言うと、こいつがジーンを追っかけまわしてた犯人かつ、私の兄貴だったから。悔しいけど飛行技術はプロ級だし、このままじゃ危ないと思ってとりあえず撃ち落とした。」

アイビーが背中に背負ったライフル銃を指さす。

「そんな鳥じゃあるまいし・・・。」

思わず、ユージンが苦笑する。

「アイビーのお兄さんって確か・・・あなたとあんまり仲がよくな・・・あっ。」

「・・・エリオットか。」

 ペネロペは、そこでようやく己の失言に気づいた。

本人の前でいうなと言われていたのを今更思い出す。

「なんだ、俺はこんなところでも有名人か。参っちまうなぁ。」

「呑気に言ってる場合か。」

 アイビーが毒づく。

「分かってるさ。ヒーロー、さっきは突然脅かして悪かった。妹の知り合いだとは思わなくてね。」

「・・・ヒーロー?」

 ユージンが言うと、オーエンは頷いた。

「お前はこの街を救おうとしているんだろ?その願い、叶えてやろう。」



 大通りから外れたその場所、エリオットと合流してすぐだった。

「見つけたぞ、バルタザール!」

こうなることを心配して街を出ようとしていたと言うのに―――

突如ダンカンがバルタザールの前に立ちふさがった。

「・・・囲まれたか。」

 ワルターが言うと、周囲から弾圧派の町議員たちが姿を現す。

「と、父さん・・・。」

 バルタザールの横でエリオットが怯えたように声を出す。

情けないと思いつつも、その場から動くことが出来ない。

「俺は、この時が来るのを待っていた。」

バルタザールは、特に表情を変えずにダンカンの手元を見た。

シャーロットを脅した時と同じ短剣がこちらへ向いている。

「何が目的ですか。」

「魔人への慈悲を許したお前への断罪だよ。」

 ダンカンが歪んだ笑みを浮かべるのを見て、バルタザールは目を細めた。

「・・・お互い変わりましたね、ダンカン。」

 ダンカンは剣を持ったその手を下げない。

バルタザールたちはじりじりと弾圧派に追い詰められていく。

「全てが繋がった時、俺は勝利を確信した。貴様は、セントホルネ大時計台に何か秘密を隠している。」

「・・・バルはあの時計台に何もしちゃいない。」

 ワルターがぼそりと言う。

「そりゃ管理人さんは知らんかもしれんさ。」

「どういうことです。」

 バルタザールはダンカンの考えが読めなかった。

彼がユージンとトリクシーのことを言っているのだとしたら、その事実をワルターが知っていてもおかしくはない。

「あくまでしらを切るつもりか。良いだろう、教えてやる。七年前、弾圧が開始される少し前のことだ。思い出せ、お前の元にやって来たアルティリーク弾圧反対派の男を。」

「また随分昔の話ですね。よく覚えていませんが・・・。」

「建築職人を名乗ったしつこい男だった。貴様は、そいつに時計台の設計図を受け渡しただろう。それが全ての始まりだったんだ。」

 そこまで言われ、バルタザールはあることを思い出した。

 以前、ある若い男がバルタザールの元にやって来たことがあったのだ。

彼は“自分はアルティリークの人間だが、弾圧に反対するセントホルネの意見を応援している。”と言って、バルタザールから、時計台設計図を筆写したものを受け取っていた。

 自らを建築職人の見習いであると名乗り、是非時計台を参考にしたいからとセントホルネまで赴いてきたのだ。

 突然の訪問だったこともあり、最初は門前払いを食らっていた。

だが、彼は最後まで引き下がらずに、ついには町議員を越えてバルタザールにまで申し立てをしたのだった。

「そんなこともありましたね。ですが、それとこれとは話が・・・。」

 言いかけて、止まる。

今日、時計台に来るときにぶつかったインク瓶の男を思い出した。

 彼が向かっていたのは時計台の方角。

「・・・なるほど、考えもしませんでしたね。」

盲点であった。

ダンカンが言っていることもあながち間違ってはいない。

 今思えば、あの男は確かに何か怪しい雰囲気を持っていた。

「時計台上部、必ずそこに答えがあるはずだ。」

 ダンカンが他の町議員たちの顔を見回す。

町議員たちは、皆一様に怖い表情をしてバルタザールたちの周りを囲んでいた。

「貴様は、時計台に魔人の生き残りをかくまっていたのではないか?あの時から、ずっと!」

「違います。」

 バルタザールが反論する。

「それはあなたが勝手に立てた推測でしょう。」

「いいや、貴様は魔人に加担している!今回の騒動を起こしたのも―――。」

「父さんは悪くない!」

 声をあげたのはエリオットだった。

「エリオット、止めなさい。」

 微かに震えながらダンカンに反発するエリオットをバルタザールが止める。

 それでも、エリオットはひかなかった。

「言わせておけば・・・好きなだけ抜かしやがって。お前は父さんの何を見てきたんだ。今まで作り上げてきた街を自分から壊してどうするんだよ!馬鹿じゃないのか!」

「・・・何を生意気な。」

「失望したよ!お前がここまで頭の固い奴だとは思わなかったね!」

「こいつの言う通りだ。」

 ワルターが数歩前に出て来たので、ダンカンは警戒して短剣を彼の方へ向け直した。

「茶番なんぞしおって。自分の連れを殺してまでお前さんがしたかったのは、こんなことだったのか。」

「連れ・・・ああ、エイベルのことか。」

 ダンカンはそう言って、くく、と小さく笑う。

「その様子なら、上手くやったようだな。心配するな、あいつは死んじゃいない。時計台の中を調べに行ったんだよ。後から余計な奴が入れんように入口をわざわざ壊してな。」

「あれはテロではなかったのですか・・・!」

 バルタザールが驚いて言うと、ダンカンは満足そうに時計台の方を見た。

「そこまで落ちぶれちゃいないさ。意味もなく公共物を壊すような真似はしない。俺は町議員だぞ。」

「偉そうに・・・入口を壊したんじゃ自分だって出られなくなるじゃないか。そこまでは考えが回らなかったのかい?」

 エリオットは普段から想像もつかないような目つきの悪さでダンカンを睨みつけていた。

 しかし、その表情とは裏腹に、彼は迫る恐怖心と戦っていた。

今にも逃げ出してしまいたいと言う気持ちがありながら、彼は目を逸らさなかった。

バルタザールが心配そうにエリオットを見守る中、緊張が続く。

「ふん、何とでも言えガキ。追手さえ遅れさせられればなんだっていいのさ。俺たちが正しかったことは後に証明される。」

「どうかな。」

 エリオットは続ける。

 警備隊が来るまで時間が稼げれば良い。

こうして、なるべく話を長引かせられればと思った。

ダンカンなら、煽れば釣られるはずだった。

「僕は君のやり方に賛成しない。街全体の意思とはそこに住まう人々の意見によってつくられるものだ。君の場合、完全に周りが見えなくなっているじゃないか。そんなでは、父さんが作り上げた街の人々は動かせない。考えが幼稚すぎるよ、セントホルネは君が思っているほど簡単には出来ていない。」

「・・・昔のバルタザールにそっくりだな。」

 そう言ってダンカンが片手をあげると、周囲の町議員たちが間合いを詰めはじめる。

 バルタザールがエリオットの腕を掴んで自分の方へ寄せた。

「手をひきなさい、ダンカン!!」

 瞬間、バルタザールが叫んだ。

「あなたたちもですよ!!」

 彼は、周囲を取り囲む四人の町議員たちを見回す。

普段あまり声を張らないバルタザールの大声は、エリオットやワルターを含めたその場全員を怯せた。

「自分で言いたかないですが、セントホルネは弾圧を阻止することが出来ませんでしたよ!知っているでしょう、僕は彼らを助けられなかった!」

「バル・・・。」

バルタザールとはかなり付き合いの長いワルターであったが、こんなにも感情的になった彼を見たのは久しかった。

「ダンカンが言っていることが全てデタラメかと言えば、それは違うでしょうね!確かに時計台は怪しかったですよ!それは認めましょう!」

「命乞いか?」

 ダンカンが言う。

「そう受け取られても結構です!ですが、一つだけ言わせていただきます!僕は魔人たちに何もしてやれなかったのです!それが何ですか!今更になって、お前が悪い、お前がやったなどと!責任ばかり僕に転嫁して、あなた方が何をしたと言うのです!アルティリークの先代町長バラクロフ氏の意見に流されていただけでしょう!」

「ならばこうも言えよう。貴様は反乱分子であった、そこに留まるだけのな。」

「理解力のない奴だな。」

 ワルターは呆れてしまっていた。

「結局、理由をこじつけてバルを説き伏せたいだけか。エリオットの言う通り、もう少し頭を使ったらどうだ。」

「・・・命が惜しくないようだな。」

 ダンカンがいよいよ歩みを進めてくる。

その時、バルタザールたちの背後から微かに風がそよいだ。

「今、この時から、街は新しい時代を迎える!」

ガッと言う何か硬いものが遠くで落ちた音が響く。

ダンカンが叫んだ途端、突如頭上に影が生まれ、辺りに強い風が巻き起こった。

 何事かとエリオットが上を見上げると、そこには天高く舞い上がる橙色の飛行機の姿があった。

「ユージン・・・さん・・・?」

 誰かが後部席に乗ってこちらに向かって手を振っている。

皆で何が起きたか分からず空を見ていると、その隙にワルターが町議員たちの間をぬって走った。

「エリオット!」

 道へ落とされたもの―――

短剣を拾い、石畳を滑らせるようにしてエリオットへと投げる。

ワルターの声に気づいたエリオットは、すぐに足元に飛んできた短剣を拾い上げた。

 一瞬の間もなく、エリオットは短剣を引き抜く。

「どいて、父さん!」

反撃のチャンスは今しかないと思った。

彼は、バルタザールを後ろへと押しのけ、ダンカンの懐へ飛び込んでいった。



 ユージンたちが、アイビーとオーエンに合流したその後、ひとまず状況の整理が行われた。

現在起きていることや、これから起きようとしていること。

それぞれがどのように関わり、事実を知ったのか。

 話していくうちに、時間崩壊の停止を諦めるのはまだ早いと言うことが分かった。

 オズワルドの話では、ディアンがしいたという術式は部屋の壁に描かれており、その魔法陣さえ破壊できれば、混乱は収まるのだそうだ。

 オズワルドが一度諦めたインクを用いた停止をもう一度試みる。

勿論、入口からの侵入は困難である。

 そうなれば、室内へと通ずる道はただ一つ、セルマの移動に使われた天窓であった。

 時計台上部へ近づくとすれば飛行機意外に方はない。

低空低速飛行は技術がいることであるが、ここには十年以上の経験がある冒険飛行家のオーエンが居合わせている。

 地面から離れてしまえば呪いの効果はないことから、いくら磁場を狂わせる呪いとはいえ、飛行機への影響はないと考えられた。

 心配なのは離着陸であるが、この距離であるなら恐らく問題ない。

時計台内部の様子が分かるのはユージンとオズワルドのみ。

そのどちらが行くかとなれば、飛行機慣れしているユージンの方がいいのではないかとなった。

 ユージンは、オズワルドからインク瓶を手渡された。

別れ際、ペネロペはエリオットから託された短剣をユージンへと手渡した。

時計台内部では何が起きているか分からないから、そう言っていた彼女であったが、それは時計台へ行く前に役立った。


「届いたか?」

 オーエンが笑いながら言うと、ユージンはため息をついた。

「多分・・・。」

「まぁ、ここまでやれば、あとは何とかするさ。」

 時計台から少し離れた場所に数人の人だかりがあったため、高度を落として確認したところ、そこにはエリオットたちがいたのだ。

ぱっと見ただけで、危ない様子なのが分かったので、そこに短剣を落とした。

「そうだ、お前に一つ忠告をしておこう。」

 オーエンが思い出したようにそう言った。

二人はアイビーの橙の飛行機に乗り込み、青い天を滑空していた。

「トリクシーを攫った時・・・俺を追ってきた奴がいてな。何とか撒いたが・・・恐らく、トリクシーやお前の存在に感づいていた人間だろう。時計台を爆破させたのも、その一味か、本人、あるいはその関係者。既に潜入されているかも分からん。」

「もしかしたら、鉢合わせになるかもしれないってことですか?」

「時間崩壊が収まっていないところを見ると、魔法陣は壊されていないがな。可能性は否定できん。戦わないことは逃げることとは違う。もし時計台に誰かがいても争おうと思うな。余計な時間を食うより、崩壊を止める方が先だ。」

ユージンは、インク瓶を握り締め、不安そうに時計台を見た。

トリクシーを救うため、この街を救うため―――

あの時の事故が、こんな騒ぎを引き起こすとは思ってもみなかった。

いつの間にか、自分は魔人の遺した呪いに巻き込まれていた。

「・・・はい。」

 ユージンは静かに返事をした。

あんなにも近くに感じた時計台が、今は恐ろしく見える。



エイベルが梯子を上りきり、動力室の上までたどり着いて、もうかなりの時間が立っていた。

上り下りを何度か繰り返し、怪しい場所を探ろうとしたが、それでも魔人たちの仕掛けは見つけられない。

彼はあれからずっと、何の手がかりも得ることが出来ずにいた。

「・・・何もないじゃないか。」

 ぼそりと言った独り言は、少々子供っぽさの残る声音だった。

 怪我を負った腕も痛み、いい加減、表情に諦めの色が出始めている。

エイベルは、木の壁に寄りかかって少しだけ目を閉じた。

 思い出すのは、ダンカンと初めて出会った日の記憶である。

一応、自分にとってダンカンは命の恩人と言うことになるのだろう。

しかし、エイベル自身はあの時本当に死んでしまいたいと思っていた。

 助けを求めた覚えはないし、放っておいてくれて良かったのだ。

何故、ダンカンが自分のようなはぐれ者を助けたのかと考えれば、それはただの良心だったのだろう。

ダンカンに拾われてからは、用心棒と言う形で彼との関係を保っている。

 エイベルは元々盗賊の一人だった。

偶然通りかかった街が内戦に近い状態でがらんどうだったため火事場泥棒でもしようと呑気に通りかかったらこの様である。

大魔人による光の術の衝撃を受け、十数人いた仲間全てを失ってしまった。

そんな中、助かったのが団員の中でも非力だった自分だけとは皮肉である。

 エイベルは目を開けると、ぼんやりと眼下に広がる歯車を見た。

いっそ、ここに飛び込んでしまえば自分も死ねるのではと思った。

そうすれば、両親や旧友と再び―――

そこまで考えて、エイベルは小さく首を振る。

自分はもう、ダンカンに忠実になろうと決めたのだ。

収穫なしでは彼に叱られてしまう。

 彼は再び動き出すことを決めると、壁に体重を預けるようにして少し伸びをした。

 瞬間、体が後ろへ傾く。

「えっ、うわ。」

 壁が勝手に動いたため、思わずバランスを崩し転ぶ。

訳が分からないまま静かに顔を上げると、そこには謎の階段があった。

然程汚れてはおらず、つい最近まで誰かがいたような気配を感じさせる。

 どうやら、何かの扉の前に立っていたらしかった。

だが、見た時にそんなものは無かったはずである。

 エイベルは体を起こして立ち上がると、その部屋へと足を踏み入れた。



 天窓の付いた平面の陸屋根が見える。

タイミングを見計らい、ユージンが機体の淵へ片足をかけた。

オーエンがスピードを落としながら時計台へと近づいていく。


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