プロローグ
その街は、いつからかカラクリで溢れていた。
金槌で規則正しく鉄を打つ音、忙しくモータが回転する音。
道行く人々のざわめき、壁を伝うパイプからあがる熱を持った蒸気。
機械だらけのその景観は、傍から見たら息苦しく見えるかもしれない。
しかし、沢山の機械に挟まれながらも、天を見上げれば、そこには変わらない青空がのぞく。
少し汚れた空気を吸いながら、人々はこの街に何十年も息づいていた。
ある暑い夏の日の昼下がりのことである。
街の外れの少し開けた草原に、赤錆色をした一台の飛行機が止まっていた。
その傍らには、すっきりとした顔立ちの若い男が立っている。
黒いズボンにサスペンダー姿、黒髪と、空を映したような青い瞳。
彼も、子供の頃からこの機械の街で育った青年だった。
彼が初めて飛行機を作ったのはいつだっただろうか。
人工的な街の中で変わらず存在した青い空へ、彼は夢を抱かずにいられなかった。
彼の父がそうであったように、その息子もまた、空へと思いを馳せて止まなかったのだ。
自宅の工房を手伝いつつ、抜け出して飛行機作りに没頭する毎日が続いた。
当たり前だが、最初から上手く出来るはずはなく、一台目の飛行機はプロペラを回しただけで壊れてしまう粗悪品であった。
しかし、それでも彼は諦めずに何度も挑戦し続けた。
長い月日が流れ、彼はいつしか二十一歳になっていた。
今日もまた、彼の飛行機が風と共に飛び立つ。
赤い塗装が施された彼の飛行機は、澄んだ青空によく映えた。
細かいところを見れば、決して美しいと言える見た目ではなかったが、それでも彼は今の愛機にとても満足していた。
飛行機が、どんどん高度を上げていく。
小さく見える街を見下ろすと、普段見ている以上にセピア色で殺風景な景色が広がった。
行き交う人々は、こちらに気を留めることもなく忙しそうに歩いている。
こんなに綺麗な空を見上げないなんて勿体ない、彼はそう思った。
ふと、視界の隅に短い尾を引いた大きな雲が見えた。
機体に乗り込む前にもわずかに見えていたのだが、先ほどより随分近づいている。
彼は、何となく身に危険を感じ、舵を切った。
その時、突然彼の機体が大きく揺れる。
雲に気を取られていた隙に後方から突風が吹いた。