輪状の旅路
過去に作った詩を1つのテーマに沿ってまとめました。6編の詩集であり、1つの詩というコンセプトです。そこそこ長いですのでご注意ください。
『Enter』
曇り切った空、微かに覗く月明かり。
ネオンに照らされた路地裏に音は無く、
そこを僕は俯きながら歩いている。
ごう、と強い風が吹く。
気づくと僕は濃霧の中にいた。
煙たい霧で視界は閉ざされ、
自分の手だけが辛うじて見える。
掴み所の無い霧を掻き分け、
僕は前へと進んだ。
するとどうだ、光が見えてきた。
霧の先にて希望の輝きを放つ、
差し伸べられた手のような光だ。
僕は光へと急いだ。
僕は濃霧を抜けた。
『夢の終わり』
「がんばれ」と
見知らぬ誰かが
歩く私の背中を押す
切り傷と皺が彫られたその手が
抱擁の熱を帯びたその手が
私の体を突き倒すのです
「まだできる」と
見知らぬ誰かが
倒れた私に手を差し伸べる
汗が滴り輝くその手が
血潮が強く脈打つその手が
私の首を絞めていくのです
進むことも 戻ることも
止まることさえ許されない
夢の終わりは
夢のまた夢
『sollow』
仕事が終わり家に帰った
電球の切れかかった部屋は薄暗い
きっちりと正位置に色の落ちた机
その上に置かれたコップには水道水
ほつれた座布団に僕は胡坐をかいて
壁に走った亀裂を所在無くなぞった
風呂から上がり
コップの水を一口飲んだ
苦いような甘いような
なんとも曖昧な水を飲んだ
僕はなんだか腹が立って
水を一気に飲み干した
コップはすぐさま空っぽになった
就寝の時間だ
起伏の無いベッドに横になった
ギシギシと背中越しに板が泣く
微睡みの中イヤフォンから流れる
リピート再生のアンビエント
暗闇が生暖かい体温で僕を覆った
聞き慣れた小鳥の声で目が覚めた
水っぽい粥をかきこんで
煤けた洗面台で歯を磨く
鏡の向こうには
くたびれた制服を着た僕が一人
たった一人
僕はまた仕事に出かける
空にはのっぺりとした灰色が
これ見よがしに塗りたくられている
雨でもないのに
気づけば何故か頬が濡れていた
『金魚』
紫の蛍光管に彩られた
金魚の群集が
薄紅の羽衣を自在に揺らして
悠々と泳いでいる
餌付けの時間がやってきた
そら 俄かに水面が騒ぎ出す
薄っぺらで 臭気の酷い
芥にも似た餌を
赤の自由な魚共は食い漁る
だらしなく開いた目と口を
一心に動かして食らっている
囲われた 水槽の中で
溝臭い餌を待ちながら
延々と泳ぎ続けている
赤の自由な魚共
『無声音楽』
音の消えた劇場
燕尾服に身を包んだ奏者達が
幕の中から姿を現した
彼らの前に立つは 顔の枯れ老いた指揮者
彼が勢いよく手を振り下ろしたところで
ついに演奏が始まる
絶え間なく動き続ける指揮者
奏者たちの楽器を捉える眼差しは動かず
そんな彼らの抉るような手付きに応じて
楽器は打ち震えて鳴いている
けれど音は何もない
音もなく流れる音楽は劇場を通り抜け
うねり 螺子巻き
無数の鋭利な刃となって
観客たちの頭を 心臓を射抜かんとする
無音の演奏に 観客の多くは悪態をついて
劇場を後にした 缶を投げつけた者もいる
しかし残った観客は 鋭い刃を甘んじて受け入れた
いずれも浮かぶのは幸福の顔
世の一切を忘れて 今に酔いしれる顔
ふと指揮の動きが激しくなった
奏者の動きもそれにつれる
そろそろクライマックスだ
弦が切れた 鍵が飛んだ
ああ 見よ 楽器はみるみる無残に壊れていく
気にしたことか それでも楽器は震え続ける
息を合わせるように 突き抜けるように
最後に細かなアルペジオが 天井に走り行き──
指揮者が 拳を強く握りしめた
演奏が 終わった。
観客たちは皆皆立ち上がる
演奏者たちは彼らに向き合う
拍手喝采の音も聞こえない
演奏者達の感謝の声すら聞こえない
だが劇場は満たされていた
音のない歓声と興奮とに
確かに満たされていた
ほどなくして 幕は音もなく閉じられた
それから劇場は完全な沈黙に落ちた
そうして静かに埃をまとった劇場は
次の開演を待ち望む
『Exit』
無音の暗闇から目を覚ます。
夢を見ていた。
僕は繁華街を歩いていた。
けれど、そこのせわしさに心底うんざりし、
路地裏へと逃げるように入った。
すると、濃霧が突然湧いて僕を覆いつくした。
霧が僕の周りを鬱陶しく纏わりつくものだから、
僕は光を探し、見つけるやすぐさま飛び込んだ。
そこまでは覚えている、だがその先の記憶が無い。
本の栞を失くしたような気分だ。実に悪い気分だ。
乾ききった喉が張り付いて苦しい。水が飲みたい。
体を起こした僕は驚いた。
僕は繁華街の真ん中で、布団を被って寝転んでいたのだ。
毒々しい広告の灯、喧しい声。
通り過ぎる人は皆、僕を邪魔臭そうに見つめる。
これは夢だ、きっとまだ僕は夢を見ているのだ。
なんとも胸糞悪い夢だ、とっとと終わってしまえ。
僕はまた瞼を閉じた。
誰かの嘲笑の声が、暗闇の中で響いた。
つまりは、アルバムのようなものを作りたかったのです。
テーマはまさしくタイトル通りでございます。




